第73話:想定外すぎる、依頼。2

そして、官邸の留守を預かる副大統領のホーキンスから衝撃の電話が入る。

「飛空挺がそちらの方で墜落した。私が陣頭指揮を執るからザックには党大会に集中するように言ってくれ。」

「ジョー(ジョセフ・ホーキンスの愛称)。多分、それは無理な注文だ。ザックは現役の大統領なんだ。とりあえずザックをそこへ向かわせるよ。」

ロンは頭が痛かった。自分が寝食を惜しんでやっとの思いでお膳立てした党大会が台無しである。しかし、自分の都合を優先してしまっては、間違いなくトニーの陣営からの非難は免れないだろう。


報せを受けたザックは直ぐに事故現場へと直行した。

「被害者の中には間違いなく党大会への出席予定者も含まれているだろう。私が行かない訳にはいかない。ロン、済まない。大会は延期だ。せっかく君の肝煎りだったのにな。」

「残念です。」

ロンは短く答えた。


「しかし、スタッフの皆さんが慌ただしいですね。何かあったのでしょうか?」

マーリンがスタッフたちの様子がおかしいことに気づいた。

予定の時間になっても党大会は始まらなかったのだ。スタッフが凄い形相で舞台裏をひっきりなしに行き来している。何かアクシデントがあったようだ。


「何かアクシデントでもあったのか?」

グレイスに尋ねられ、男性スタッフは

「ええ、ゲストのフランクがまだ到着されていないのと、この町の郊外で飛空挺の墜落事故があったようで、大会が延期になりそうなんです。」


「飛空挺が、事故?」

グレイスが聞き返す。

「ええ、ただそこまでしか情報が無いんです。」


「信じられぬな。飛空挺は落ちんぞ、普通。」

戻って来たグレイスは信じられない、と言った表情だ。

「スフィアでは起こり得ない事故ですね。」

マーリンが相槌をうった。


 飛空艇は飛行機と違い、重力の強さや志向を操作することによって浮上し、推進する。 加速用にエンジンを使うだけである。ゆえに飛行機の1000倍以上安全な乗り物である。事故の原因は二つしかない。

暴走か、 テロかである。


「ナベちゃんに、調査を依頼しますか?」

ゼルの言葉に凜は頷いた。


[新地球暦1841年7月11日 惑星ガイア。連合共和党党大会]

[スフィア時間:星暦1552年9月26日]


翌日のニュースはその事故で一色であった。

「法務長官、そして副大統領候補と目されていたフランクリン・バネット事故死。」

である。


「いいいいやああああ……。」

 驚いたのはリーナであった。彼女が育てられた孤児院を経済的に、また精神的に支えてくれたのが「フランクおじさん」であったのだ。フランクがアシュリー夫妻に養子を取ることを勧めたのも彼だった。今の彼女があるのもフランクのおかげといっても過言では無かったのだ。ティンカーベルを受け入れてからは、細かな思い出は失われてはいたが、その恩義については痛いほど承知していた。


彼女は部屋に籠ってしまった。


 やがて、犯行声明が上がる。『短剣党シカリオン』の仕業であった。スポークスマンである「理解ビナー」が動画に静止画の状態で現れた。

「我々の同志を多く虐待し、人類の救出を阻害する悪法の番犬、フランクリン・バネットは死んだ。我々に敵対するブラッドフォード大統領は悔い改め、神に赦しを請え。

地球を無視する彼らを支持する輩は死の危険に直面することになろう。考えたまえ。バネットは多くの共和党員を殺したのだ。彼と共に飛空挺に乗り込んだ支持者を殺したのだ。ブラッドフォードは地球に人類を創造した神のご意思に背いたのだ。」

音声だけでネット上に挙げられたメッセージである。


「ナベちゃん。やつらの言っていることは真実なの?」

凜の問いにナベリウスは頷いた。

「捜査員に侵入して確認しました。重力制御装置をこじ開けて、バイタル・チップを抜き取る、という荒っぽいやりかたです。こじ開けるのにいつもの短剣を使ったのでしょう。」


「そうか、やはりな。それでこの声明の発信元は特定できそう?」

凜はナベリウスに尋ねるが彼女は首を振った。

「どうも最初からネット上に仕込まれていて、『墜落事故』が検索ワードの上位に現れたら自動的に発信されるシステムのようです。」

ナベリウスは淡々と説明する。


「これから大統領支持者に対する無差別テロを行うということか?」

凜が吐き捨てるように言った。

「連合共和党にどう影響が出るのでしょう? この国の選挙はボランティアによって支えられています。同情票も増えるでしょうが、キャンペーンにボランティアを動員出来なくなると厄介です。」

ゼルがつけ加えた。


「リーナはどうしている?」

凜が尋ねると

「ショックで寝込んでいるわ。誰にも会いたくないそうよ。」

ベビーシッターのアデラが言った。



 一方、首都カーライルの大統領官邸「ホワイトパレス」で閣議が行われていた。

「もっと問題なのは、法務長官として、そして副大統領候補としての彼の後任を誰にするかだ。」

院内総務(党首)が見回す。副大統領職は大統領に不慮の事態が生じた場合、大統領権限を引き継ぐ第1位の継承者である。ブラッドフォードは頷いた。

「法務長官はラルフ、君に頼みたい。⋯⋯その、危険を伴うが。」

指名されたラルフ・ウオーカーは頷いた。

「僕でよければ。」

彼は現在、法務副長官を務めており、これまでテロ組織との戦いの陣頭に立ってきた。十分にこの重責に耐えうることを示してきたのだ。彼は繰り上がりの就任を快諾した。

「そして、副大統領候補は⋯⋯ロン、君だ。」


「ええっ!?」

ロナルドは飛び上がらんばかりに驚いた。まさか自分にお鉢が回って来るとは思わなかったのだ。

「いや、僕には荷が勝ちすぎていませんか?」


ロンのリアクションを『謙遜』と捉えたブラッドフォードは

「何を言う。今回、敵に回すのはトニー・クラインだ。若くて男前で、口が上手い。

そして何よりフレッシュだ。彼に対抗するには君の助けが必要だ。」

「僕が彼に対抗できるのはフレッシュなところだけですが。」

「そんなことはない。君は十分に魅力的だ。」


「そんな、女性を口説いているわけじゃあるまいに。⋯⋯少し、考えさせてください。家族と話し合います。」

ロナルドはやっとそれだけ言った。

「そうだな。さすがに家族の了解は必要だ。では明日、返事をくれ。良い返事だと信じているよ。」

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