第72話:想定外すぎる、依頼。1

[新地球暦1841年7月10日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1552年9月25日]


「飛空挺カンザスⅡは間も無くフリーモント州アンセムパーク空港へ到着いたします。」

機内アナウンスを聞くと男は腕時計で時刻を確認した。

「フランク、十分間に合うわよ。」

隣席の女性が彼に微笑みかける。

「そうだな。なんとか開始1時間前には会場に入れそうだ。ぎりぎり間に合うかな。」

男は一度顏をしかめてから、再びシートに背を預けた。ビジネスクラスのシートはゆったりとしている。


「あら、1時間も余裕があれば十分じゃなくて? あなたは何でも前もってでなければ気が済まないのね。だったらボランティアの方をお休みにすれば良かったでしょう?」

女性は今の状況の責任の所在を夫に思い起こさせようとする。

「あれは私のライフワークだ。疎かには出来んよ。」

彼は腕を組んだ。


その時だった。ボン、という篭った爆発音のような轟音がすると飛空挺がそのバランスを失ったのである。

「なんだ? 今の音は。」

男は立ち上がろうとしたが、シートから振り落とされそうな力を感じ、再びシートに戻る。

「フランク、何があったのかしら? 飛空挺エアシップ飛行機エアプレーンより安全なんじゃなかったの?」

悲鳴があがり、女性のキャビンアテンダントが転がりそうになり、必死にシートの角を掴んでいる。


艇長キャプテンより皆様に申し上げます。ただいま、機内貨物室内で爆発が生じ、重力制御装置が機能を停止しております。これより不時着を敢行いたします。お客様はシートに留まり、対ショック姿勢のままお待ちください。皆様に神様のご加護を。」


「爆発物だと? そんなもの検査で発見出来なかったのか。」

フランクは船橋ブリッジに抗議しにでも行きたい気持ちだった。

「あなた、怖いわ。」

そう言われてフランクは妻を抱きしめた。

「大丈夫。きっと大丈夫だから。」

高度はみるみる下がっていく。

(クソ。今日は大事な党大会の日だと言うのに、まったく。)


[新地球暦1841年7月8日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1552年9月23日]

凜はロナルド・アシュリーによって7月の連合共和党の党大会に招かれていた。


これまでの州レベルの予備選挙で圧倒的な支持を集めていたブラッドフォードが大統領候補として指名されることが確実だったからである。


共和党としてはスフィアとの結びつきを強調することによって一層の支持拡大を目指していた。

もちろん、凜と言うよりは人気者のグレイスが本当の目当てだったりするのだが。


その日までに共和党に先駆けて連邦民主党の党大会が行われた。これまで予備選挙を優位に戦ってきたアンソニー・クラインが正式に党の正式な大統領候補に選出されたのだ。彼は地球回帰という非現実路線の撤回を訴えていたのだ。

 そして、驚いたことに、ゲストとして党大会に招かれていたのはハワード・テイラー卿であった。

「よくよく首を突っ込んできますね。この父つぁんは。」

ゼルの呟きには無表情であるにもかかわらず、感嘆だけでなく戦慄の波動すら感じさせるものだった。


 民主党はハワードと同じブラックホール砲の導入を主張するようであった。銀河連盟の救済策が否定された今、民衆は選択を迫られることになったのである。これはアポロニア連邦のみならず、ガイアの惑星全体の命運がかかっているのである。


「こいつはサプライズだ。」

ロナルドが凜に聞こえるように呟く。

「テイラー卿と連邦民主党が交渉していたことが、ですか?」

凜が尋ねるとロナルドは凜に。

「君は知っていたのかね?」

と尋ねた。


凜は首を横に振る。凜も初めて知ったからだ。

「まさに選挙大戦コンクラーベの『場外乱闘』ですね。」

マーリンがあきれたように言う。

「プロレスじゃないんですから。」

凛が突っ込みを入れた。

「栓抜き⋯⋯あれは良い凶器になります。」

ゼルが凜に耳打ちをした。

「いや、ゼル。それがあるご家庭はもう少ないんじゃないか? あっても使うときに慌てて探すだろ。」


「しかし、これで両陣営に外国人が首を突っ込むと言う異常な事態になったわけです。外国人が政治活動、しかもよりによって大統領選挙に首を突っ込むなんてよく問題になりませんね?」

凜が呆れたように正論を言うと、ロナルドは苦笑しながら言った。

「いや、正式な国交が無い以上、お互いに国として認めあってないからねえ。内政干渉もへったくれもないわけだ。だから凜、国交を結ぶのは大切だとわかるだろう?」

「なるほど。」


「だから、という訳でもないが、君も本気で僕たちに協力して欲しい。君の計画の場合、ガイアの協力が無いと成功は覚束ないのだろう?」

ロナルドはもはや脅迫まがいの要請であった。

「今は非常時なんだ。とにかく、僕らは勝って、人類の明日を確保しようじゃないか。手続きや法律については生き残った後に決めれば良い。僕はこの国、いやこの惑星のためならなんだってする覚悟がある。凜、僕は間違っているかね?」


「やれやれ⋯⋯、凜、ここはロナルドに一本取られましたね。」

マーリンが白旗をあげた。


[新地球暦1841年7月10日 惑星ガイア。連合共和党党大会]

[スフィア時間:星暦1552年9月25日]


この日ついに、現職大統領でもあるザック・ブラッドフォードが再選を目指し、党の公認候補として承認されるのである。

 ゲストとして招かれた凜、マーリン、そしてグレイスはリーナたちと共に控え室でのんびりしていた。

出番はまだまだ先であったからである。

「しかし、選挙と言えば『腕がなる』という表現しか思いつかないものだが、ガイアの選挙とは言論のみで行うのものなのか。」

グレイスが真面目に言うので凜は笑いそうになった。

「グレイス、本当は、スフィアのように剣で決着をつける僕たちの方が、この銀河系宇宙の知的生命社会では少数派なんですよ。」

マーリンの説明にグレイスは目を丸くして驚く。

「そうなのか? 皆、そのような結果に果たして納得するのだろうか?」


「納得するかどうか、ではありません。多数の決定に従う、それが民主主義の基本ですから。」

マーリンの答えにリーナが不思議そうに尋ねる。

「スフィアはどうして民主主義じゃないの?」

凜が答えた。

「うん、そうだね。民主主義は意外に高度な民度が要求されるからね。案外難しいんだよ。自由という言葉の意味を本当の意味で知らなければならないんだ。つまり、重い責任が伴う、ということをね。そういう点でスフィアの人たちはまだ勉強中なんだよ。でもリーナは王様に仕える『円卓の竜騎士』が好きなんじゃなかったっけ?」

「えへへ、そう言えばそうだった。」

リーナも笑った。


 いくら民主主義になっても、治安が悪く民度も低い不安定な社会になってしまっては意味がない。武力を含む権力を持つ者たちは、その力を決して私的な目的で行使してはならない。正確にはその力を自分のために使う権利はない、ということをわきまえ知らねばならない。自由と責任。権利と義務。それは常に表裏一体である。翼を持つ鳥でさえ、飛ぶ空域は限られているのだ。自由と奔放を混同したり、あまつさえ他人の権利の侵害に用いてはならないのだ。

そう、民主主義を標榜するには国民一人一人に強い覚悟が求められるのだ。そうでない、看板だけの民主主義は決して国民の幸福には繋がらない。


その時、部屋に振動が走る。

「地震か?」

凜が声を上げる。

「いいえ。この大陸は火山活動や地殻変動とは無縁の地域です。この地震波は『核実験』のような人工的な地震波のようです。」

ゼルが説明する。

「何でしょうかね?」


「ロン、フランクと連絡がつかない。」

「フランクが?」

スタッフの報告にロナルドが顔をしかめた。

「フランクに限ってそれはないはずだ。どうしても連絡はつかないのか?奥様でも秘書でもいい、とにかく当たりをつけるんだ。」


フランク、フランクリン・バネットはこの政権で法務長官を務める大物で、今回で引退する現職のジョセフ・ホーキンスに代わって副大統領候補になる男だ。極めて実直で誠実な男で、これまで公務に欠席どころか、遅刻したことすらないような人物である。


スピーチはそれほど上手くないが、朴訥な語り口と、時折恥ずかしそうにポツンといれるジョークが聴衆のツボに入るらしく、 国民からの人気も高い。「人気」というよりは「信頼」できる、というタイプなのだろう。次の大統領候補に関するアンケートを取ると必ず上位に食い込んでくるタイプの人物である。


「何かあったのだろうか? ……だから前泊をお願いしていたのに。」

ロナルドはぼやきながらも方々に力を尽くして連絡を取ろうと試みた。

彼は午前中に大切な用事があるから、と言って会場には2時間前に入る、というタイトなスケジュールだったのである。その公務も、彼がライフワークにしている孤児院の新しい施設の開所式への出席のためであった。

「フランク、 孤児院くらいなら……。」

訪問をキャンセルしてはどうか、といいかけて、ロナルドはフランクの意志の固そうな眼を見てしまい、二の句が継げなかったのである。

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