第71話:華麗すぎる、マスカレード。②


「マスカレード」競技には2種類あり、「クラッシック」と「モダン」がある。これは普通のダンスの技法を指すのではなく、「クラッシック」は重力を操って翔ぶのが男性だけであり、一方、「モダン」は男女共に重力を操るというものである。


今回は初日が「クラッシック」二日目が「モダン」である。どちらもエアレースのように指定されたコースが設けられ、障害物や妨害物を回避したり排除したりしながら4つのステージで得点を競う。競技者同士の直接の戦闘を伴わないため、位階クラス別はまだ設けられていない。


 二人は公開されているコースをチェックし、どんな空戦術マニューバを使うか打ち合わせをした。空戦術マニューバは飛行の回転技ともいえる。基本的には3つの回転の組み合わせである。


 進行方向に向かって左右に傾く、あるいは回転する「ロール」。ヘソを中心に(鉄棒で回るように)前後に回転し、立ち上がったり、垂直方向へ下降、上昇するのが「ピッチ」。ヘソを中心に進行方向に向かって水平方向に回転する(水面に浮かんだ葉っぱのようにくるくる回ること)のが「ヨー」である。


そして、重力を操るのは両手両足のグローブとブーツに仕組まれた重力制御装置だ。両手のグローブは主に重力を遮断、あるいは遮蔽して持つものの重さを軽くする働きがある。男性パートが女性をリフトアップするのに用いたり、大きな武器を軽々と扱ったり、手をつないでロールする時に遠心力によって繋いだ手を離してしまわないために不可欠なものでもある。ただ、この競技用のグローブは白い手袋であり、ブーツも革靴とヒールのついたシューズの形状をしている。


一方、両足のブーツは重力の方向を調整するのである。つまり、空を「翔ぶ」ように見えるが、実際には「落下」しているのである。地上戦用と空戦用の重力ブーツの違いは、地上戦用は、空中に地面グラウンドを設定するもので、跳躍も一度に垂直に3mまで、と決められている。


そして、空戦用の重力ブーツは地面を設定できない。重力の向きを設定するのである。空中での静止は認められておらず、ヘリコプターのようにホバリングする場合は、落下の角度を最小にしているのである。


マスカレードのコースはスタートから飛び立ち、第一関門のトリッキーなコースを通過し、第二関門の移動標的の破壊、そして折り返し地点では60秒の「レビュー」と呼ばれるエア・ダンスを披露し、第三関門の固定標的の破壊、そして最終関門のスピードコーナーをクリアしてフィニッシュ、という流れであった。

ただ、速ければ良い、というだけでなくダンスのように華麗なフォームも要求される。

速く、強く、美しくなければならないのである。


「残念だけど、僕に芸術点は期待しないでね〜。」

凜はそう言って笑った。動きはインプットした通りに動けるだろうが、やはり、デジタルでは測りきれない美しさ、というものは存在するのだ。

「それは問題ない。わたしもそれほどダンスは得意ではない。」

メグも笑う。メグは、最近、ガイアやフェニキアとの交渉で騎士団を留守にしがちな凜と過ごすことができる、少しでも濃い目の時間が欲しかっただけなのだ。


[星歴1542年8月13日、グラストンベリー。祭り会場。]


「マスカレード」はいわゆるフィギュアスケートと同じように順番に「飛翔」するのだ。


 二人ともレースは初めてだったので、やや緊張気味だったが、結果を期待されているわけではない気楽さはあった。


 二人が登場すると歓声が上がる。とりわけ、グラストンベリーの人々にとって、スタープレイヤーのメグの転籍は衝撃だったようで、いわゆる「メグ・ロス」になってしまったファンも多かったのだ。そのメグが出場するとあって、会場となる地上港周辺の特設会場に大勢の市民が駆け付けていたのである。


「最終組」の出場だった凜とメグは、というよりメグは、大きな拍手喝采を浴びた。音楽が始まるとスタートである。


1日目の「クラッシック」は男性が「空戦」ブーツ、女性が「地上戦」ブーツを履いて行う。

「行くよ。」

「うん。」

凜はメグの手を引いて飛翔を始めた。

 まず高く上昇してから一気に下降しながら加速する。凜はメグと手を繋ぎ、ロールしながら第一関門に入る。メグは凜の顔を見る。その眼はまっすぐに進行方向を見つめていた。

「クイック、クイック、ターン。」

そこには狭い間隔でピンが浮遊しており、まさにダンスのクイックステップを踊るようにピンの間を縫って翔ぶ。それに触れたり衝突すると減点の対象である。凜はメグの体を引き寄せたり離したりしながら調整する。


そこを抜けて第二関門へと加速する。第二関門の手前でピッチしてメグが立ち上がる。その手には凜から渡されたスピアが握られていた。四方八方からバレーボールくらいの大きさの重力ドローンが襲いかかる。無論、それにぶつかっても減点だ。

「来るよ。」

「任せろ。」


メグは空中を水切りの石のように跳躍しながら美しい槍技で次次に倒して行く。そして、メグとカウンター気味に突っ込んできた凜の手を取ると一気に上昇へと方向を変える。

それに追いすがるドローンに、今度は上から落下する勢いで襲い掛かり、残りの機体も始末する。ともに修練することが多いので、お互いの考えていることは手に取るようにわかる。そして、その一体感がメグにはとても心地よく感じられた。


 そのあとは折り返し地点のダンスシークエンスである。ステップやターン、スピン。そしてヨーを組み合わせながら上昇をするのだ。ただ、二人がともに苦手とするところではある。

 重力ブーツから出される重力子が光子化する時に出る光が光り輝くダイアモンドダストのように二人の周りを幻想的に照らす。映画のワンシーンのような場面に観客は静まり上昇が終わると、拍手喝さいがわきおこる。二人は第3ステージへと一気に下降する。


そして、固定標的は三段の雪ダルマスノーマンである。これは動くわけではなく、一定のダメージを与えれば良いのである。

これも、素早く、そして美しく撃破しなければならない。

「メグ、『オ○フ』をやっちゃって!」

「よし!」

メグは凜から渡された剣を華麗な剣さばきで『オラ○』に斬りつけ、倒す。そして、向かうのは最終の高速コーナーである。

ふたりは物凄い加速で駆け抜けると、最後はゴール地点への着地である。いわゆるお姫様抱っこで降下し、ポーズを決めてフィニッシュである。観客から拍手喝さいが上がった。


  結果は技術点はぶっちぎりの一位であったが、予想通り芸術点が振るわず、全体の5位に終わった。

「まあ、こんなものでしょう。」

「おそらく、『モダン』の方がまだマシなので、明日また、頑張ります。」

二人は淡々とインタビューに答えたが、観客は惜しみない拍手をメグに送った。


 二人が宿舎に帰ると、ビアンカがふくれっ面をして待っていた。どうやらテレビ中継を見ていたようだ。

「ずるい、ずるい。わたしもあれやりたい。凜に教わりたーい。」

駄々をこねるアンに加え、マーリンも呆れたように二人に言った。

「なぜ、お二人とも私たちに出場することを黙っていたのですか? わかっていれば応援に行ったのに。」


「ごめん、ゼルからみんなには言っていると思ってたから。何しろ、僕たちも急に出場を決めたものだから、準備するだけでいっぱいいっぱいで、それどころじゃなかったんだよね。」

そして、ふくれっ面のビアンカの膨れたほほに触れると

「ごめんねアン。内緒にして、アンのことを仲間外れにしたわけじゃないんだよ。まあ、僕も下手くそだから、見に来て欲しいって言いづらかったのは確かだけど。今度、みんなで一緒に練習しようね。」

「やった。絶対だよ。明日は応援にいくからね。」

メグは凜にべったり甘えるビアンカを見ながら、自分のリクエストを率直に表現できる彼女を羨ましく思った。


[星歴1542年8月13日、グラストンベリー。祭り会場。]


 二日目は『モダン』競技である。二人とも空戦用ブーツを履けるので、空戦マニューバを得意とするメグは、こちらの方が伸び伸びと演技できるからだ。そして、『前世』を旧世界のアルゼンチンで育った凜にとって、タンゴのリズムに近いモダンは取っつきやすかったのである。


 ゼルが選曲した曲も「エル・チョクロ」というアルゼンチンタンゴの名曲であった。ゼルのモデルであるアイドルの『久遠唯』がファン感謝祭で踊った曲でもあり、その地球時代の遠い昔の日が凜の頭を過ぎる。

「凜、ポーズがいやに様になっているな。」

背中合わせでスタートラインに立つメグが囁いた。

「『昔取った杵柄』ってやつだよ。」


曲のスタートと共に、光の航跡を残しながら二人は飛翔を始める。哀愁を帯びたタンゴの主旋律メロディーに乗って、凜とメグは抱擁アブラッソの形でロールしながら第一コーナーを回ると最初の関門である障害物が現れる。二人は身体を離すとピッチとヨーを組み合わせながら華麗にピンを避けて行く。二人は手を打合せて互いの軌道を微調整しながら器用に避けてゆく。会場から拍手が沸いた。


続いて第二関門だ。二人はスピードを上げると斜め上方宙返りシャンデルで上昇する。こうするとスピードを一気に高度に変えることができる。そこに妨害物ドローンが撃ち込まれる。二人は剣とスピアでそれを撃ち落とすと、そのまま上昇する。


 一気に斜め下方宙返りスライスバックで高度を一気に速度に変えるとダンス・シークエンスである。

「速度が速すぎませんかねえ。」

マーリンは首を傾げた。しかし、ここからが二人の真骨頂である。二人は身体を寄せたり離したりしながら、巧みにループを描いて上昇する。最高高度までは脚を絡め合う「ガンチョ」というスタイルで回る。最高高度で二人がダンスを終えると再び拍手が沸いた。そして二人はそこから一気に滑空する。


 第三関門のスノーマンは圧巻である。凜がスピア、メグがサーベルを操り、踊るような武技でスノーマン(○ラフ)にダメージを与えた。

「やはり、お二人らしく息がぴったりと合いますね。」

マーリンが感心したように言う。

「うう⋯⋯ずるい、メグずるい。でも、綺麗。」

感動と嫉妬で胸もお腹も一杯のビアンカが呻くように言う。


「アン⋯⋯。だいじょうぶですよ。凜はまだ、誰とも付き合う気はありませんから。」

マーリンがクスッと笑った。

「そうなのか?」

「そうなの?」

「ホンマか?」

リックとビアンカが、その言葉に同時に食いつく。

「ええ。とりあえず、任務ミッションが完了するまではね。」


「よかった。まだ、挽回の余地は残っているのね。」

「うんうん。」

「それホンマにホンマなん? マーリンはん。」


「ええ、ホンマです、って。ロゼ?」

マーリンも二人も驚く。突然後ろから現れたのはロゼマリア・ジェノスタインだったのだ。


「いや、なに、二人の演技見んでええのん?」

そう言ってロゼは満面の笑みを湛えた。


凛とメグは最後の第四関門のコーナーを一気に飛翔する。

最後の降下はヨーをしながら降りるのだが、アルゼンチンタンゴのガンチョからの抱擁アブラッソでフィニッシュを決めた。


観客は惜しみない喝采を与えた。

今回は技術点だけでなく、芸術点も高い評価を得てモダンで1位、二日の総合で3位に入った。


 「どうだった、メグ?」

凜の問いにメグは

「すごく、楽しかった。ありがとう、凜。また、わたしと……。」

そこまで言ったところでアンやリック、マーリンがやってくる。

「すごい、凜。わたし超感動した。」

「賞金、いくら出た?」

「肉、肉食べに行こう!」

「おいおい。」

すっかり感動の場面をぶち壊されてしまったが、メグの足取りは軽かった。そして、自分の右手をじっと見る。先ほどまでぎゅっと握られていた凜の手のぬくもりを思い出すかのように。

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