第70話:華麗すぎる、マスカレード。①

[星歴1542年8月10日、グラストンベリー。聖槍騎士団官舎]


 その晩、メグが凜の部屋を訪れた。その顔は緊張と恥じらいに満ちていた。

「凜、……その、折り入ってお願いがあるのだが、聞いてもらえないだろうか。」

「どうしたの、メグ? 改まって。」

何かいつもと様子が違うメグに凜が尋ねた。


「実は、今回の祭りの夕べの部のことなのだが、一緒に空戦マニューバのペア競技にエントリーしてもらいたいのだが。」

「えーと、……あの『マスカレード』に?」

「うん。」


『マスカレード』というのは、男女の騎士のペアで行う空戦競技マニューバの一つである。別名、空中舞踏エア・ダンスとも呼ばれるもので、ペア同士で戦うというよりは優美な飛行形態で障害物を避けて飛んだり、空中で剣技や槍技を披露したりするもので、空戦の基本練習を発展させ、競技として昇華させたものである。

ちなみに、「仮面舞踏会マスカレード」と呼ばれるのは仮面ならぬマスクを被るからだ。


これは選挙大戦コンクラーベの種目には入っていないものの、近年、人気が上昇中の競技である。最近では優秀な成績を修めれば、奉納試合の優勝と遜色ないポイントを挙げることもできる。

それに『泥臭い』奉納試合が昼間におこなわれるのに対し、人気の高い天位騎士以上の奉納試合と同じく、夜に開催されることが多いのである。


「別に、僕はかまわないけど。そういえばメグには経験があるの?」

「実は、ヴァルキュリアにいた頃は必須課目だったのだ。凜が留守の間、基礎修練の一環で嗜んでいたのだが、思いのほか奥が深いので、最近少しハマっていたのだ。」

メグは恥ずかしそうに言った。


 しかし、参加するならするで色々準備も必要だ。例えていうならば、競泳に対するシンクロナイズドスイミング、体操に対する新体操、スピードスケートに対するフィギュアスケートのような立ち位置の競技だ。とりわけ、コスチュームは自前で用意しなければならない。それに音楽もある。

「あと、いろいろと準備も必要だね。音楽とか、コスチュームとかの準備はどうするの?」

「確かに。⋯⋯そこまでは考えてもいなかった。」

さすがにメグもそこまで思いが至っていないようであった。彼女は凜に承諾してもらえるかどうかばかりに気をもんでいたのだ。


「そうか⋯⋯。思いついたらすぐに参加とは、簡単にはいかないものなのだな。すまない、凜。この件は忘れてくれ。」

用意するものの多さにメグは萎れてしまった。凜はにこっと笑った。

「大丈夫だよ、メグ。裏技を使えばなんとかなるかもしれないよ。あまり、大したものは用意できないかもしれないけど、メグさえそれでよければ。」

「本当か?」

メグの表情がぱっと明るくなる。凜はゼルを呼んだ。

「まーた、お二人で面白そうなことを企んでいますね。けしからん、……わたしも乗っかります。コスチュームと音楽、ですね。音楽はわたしの生歌、というのはいかがでしょうか?」

ゼルは満面の笑みだ。

「いや、ゼル。実はルールでボーカルが入った曲は禁止なんだよ。」

凜はゼルの申し出はすでに折込済みだったようで、ルールを説明するとゼルはがっかりした様子だ。むろん、メグはほっとした表情をうかべる。


「……そうですか。残念無念です。コスチュームの方ですが、早速、『七十二柱』を呼びましょう。召喚モード。こちらオーソリティーコード、アザゼル。召喚対象、序列第59位『オリアクス』。」

「そうか、オリさんかあ。」

凜の顔が曇った。


 すると床に召喚陣が展開する。そこからゆっくりと長身の男性が現れる。白いスーツに黒いドット模様のシャツを着て、ボタンは第ニボタンまで開けているハンサムな青年だ。茶色の髪をやや長めにして、首にはスカーフを巻き、大きなティアドロップのサングラスをしていた。


「あらトリちゃん、おひさ〜。」

サングラスを上にあげたその男はなぜかオネエ言葉であった。

「こちらがソロモン七十二柱、序列第59位、オリアクスです。主に軍服などの軍装備品の調達を担当しています。」

ゼルが紹介する。

「あら。ゼルちゃん、やだわぁ。まあだそんな往年のアイドルみたいな格好しているの?私がコーデしたげるわよん?」

オリアクスはゼルの格好に食いついた。

「オリさん、実は、今日あなたを召喚したのは凜の用事なのです。それに、私は、このコスは、これはこれで気にいっているのですよ。」

ゼルは素っ気なく断りを入れた。

「あら、それは残念ね。」


(いったい、なんなのだ、これは……。)

オリアクスの奇天烈な個性にメグは固まっていた。故国のヌーゼリアルでは見たこともない手合いである。凜は苦笑する。

「大丈夫だよ、メグ。彼はゼルやルネのような有人格アプリなんだ。なんだか往年のファッション評論家みたいな格好なりなのはスルーの方向でお願い。」


凜は参加する競技について説明する。それをオリアクスはオカマっぽい仕草で聞いていた。

「わかったわ。すぐに用意したげる。ま・か・せ・て。でも、その前に二人を採寸しなくちゃいけないわねえ。」


 オリアクスの目からレーザーのようなものが放たれ、凜とメグを照射した。レーザーによる3Dスキャン なのだろう。

「はーい、お二人さん、じっとしていてねえ。」

全身を舐め回されているような視線の感覚にメグは嫌悪感を感じた。

「その、彼は透視などしてはおらぬよな?」

凜の耳元でメグが囁く。

「まあ、多少はね。でも、彼らは『アプリ』だから、性的な含みは一切ないんだよね。だから、そっちの方は安心して。」

凜も苦笑する。


「ふう、凜、大分逞しくなったわね。美味しそうに育ってきて、嬉しいわぁ。じゃあ、明日にはワンダフルでアメイジングなコスチュームをお届けするわよ。楽しみにし・て・て。」

オリアクスはウインクをしながら、凜の鼻の頭を指でつつくと召喚陣へと沈んでいった。

「本当に信頼しても大丈夫なのだろうな。」

メグは信じられないようだ。まだ、声がやや震え気味である。


オリアクスが去った後、

「凜、あなたは、ああ言う『手合い』は大丈夫、なのか?」

メグには苦手なタイプのようであった。

「うん。まあ⋯⋯、大丈夫、というか、正確には『慣れた』かな。」

凛も苦笑する。

「彼らは、僕ら地球人種テラノイドの過去の記憶アーカイブを漁って、面白そうなキャラクターを見つけるとやりたがるんだよね。どちらかと言えば、ただのサービス精神だよ。なにしろ「七十二柱」だから、まだまだ変なヤツが満載なんだ。おかげでだいぶこっちも慣らされちゃったかな。」


[星歴1542年8月11日、グラストンベリー。聖槍騎士団官舎]


 翌日オリアクスが持ってきたのは、メグのための白いイブニングドレスと、凜のためのタキシードであった。得意そうに広げて見せるオリアクスに放った凜の感想は

「案外、普通で良かった。」

であった。

「そう? こう、もっと喜んでもいいんじゃない?」

オリアクスはその反応はあまり面白くなさそうであった。


「こ、⋯⋯こんなドレスを着るのか? その肌の露出が多い気がするが。背中に布地がほとんどないではないか。」

 メグは自分で手に取って一度広げて見たものの、すぐに閉じてしまう。自分が思ったより生地の面積が狭いことに不安を訴えた。

「あら、そう? メグは王女様プリンセスなのだから、これでも露出は抑えめにしたのよ。それに、こんなにスタイルがいいのだから、隠していては勿体無いわよ。」

オリアクスは気にも留めない。

「さあ、試着してらっしゃい。我ら『聖杯システム』の全力の縫製よ。見えそうだけど、絶対に見えないから安心して。」

メグが着替えるため、凜は席を外す。しかし、オリアクスは一歩も動かない。メグはこちらをじっと見ていた。


「ほら、オリさんも。一旦、出て。」

凜が声をかけるとオリアクスは不思議そうに首を傾げた。

「あら、あたしなら平気よ。」

「いやいや、平気じゃないのはメグの方だから。」

「おかしいわねえ。あたしがあれだけナイスバディなら見せびらかしたいくらいだわ。」

首を傾げたまま、凜に部屋から強制排除されていった。


 しばらくしてプライベートラインでメグから着替え終わった、との連絡が入り、二人が部屋に戻るとメグはドレスを着て、その上に上着を羽織った状態だった。

「サイズは問題ないんだね?」

凜の言葉にメグは頷く。

「ほら、恥ずかしがってないで上着をお脱ぎなさいな。」

オリアクスに急かされ、二人に背中を向けたままメグが上着を脱いだ。だが、もじもじしてこちらを向こうとはしない。オリアクスは呆れたように両手を広げた。

「メグ、さあ、こっちを向いて。それはね、あなたがいずれ大人になったら着なければならない正装フォーマルな形よ。メグ、大人になることを恥ずかしがったり、ためらったりしないで。あなたのママも、ママのママもみんな大人になったら着ていたものなのだから。」


なおももじもじとしているメグにオリアクスは声をかけた。

(そうだ。私は大人になりたかったはずではなかったのか。)

メグが決意して振り返った。

凜と初めて出会ってから既に3年近い月日が経ち、メグの身体つきもぐっと大人っぽくなっていた。いつもは、緩めのカッターシャツと乗馬ズボン、という騎士の平服姿であるため、その成長に気にも留めていなかった凜だったが、この時はさすがにドキドキしてしまった。

「そ、その、凜。おかしくはないだろうか?」

恥ずかしそうにうつむき加減に尋ねるメグに凜は

「そんなことはないよ、メグ。すごく、綺麗だよ。……美の女神が舞い降りたかと思ったよ。」

この言葉は腹の底から真実であった。

「うん、デザインがシンプルすぎるかと思ったけど、メグが綺麗過ぎて、かえってちょうどいい落ち着きに見えるね。」


 ドレスはフォーマルな純白のイブニングドレスで、ノースリーブで首の後ろに結び目のあるものだった。くるぶし近くまである長いスカートであったが、深いスリットが入っていて動くには問題がなさそうである。

「そ、そうなのか? は、恥ずかしい。」

一昨年の五月祭メイ・フェアで来ていたドレスはロココ調のドレスであったため、露出が低く、少女らしさを強調するものであったが、このドレスを着たメグはずっと大人っぽく見えた。


 反対に凜のタキシードは至ってオーソドックスな形である。ただ、凜の髪は亜麻色なので、黒い衣装はその髪色を際立たせていた。

「オリさん、なんだか僕って地味じゃない?」

凜が不満を述べるとオリアクスは指を振る。

「あら、凜。あなたはメグという芸術作品の『背景』にすぎないわ。その素敵な亜麻色の御髪おぐしも『額縁』に過ぎないわね。」

「は、背景⋯⋯ですか。」

両手を床について大仰に落胆して見せる凜に二人は笑った。


 無論、イブニングドレスといっても、重力の鎧をまとった防護服である。露出しているようにも見えるが、何があっても『大切な部分』が見えないよう守られているのである。

「みなさん、『ポロリ』はありませんからね。」

ゼルが男性読者にとっての「悲報」を告げる。


「じゃあ、あたしの仕事はここまでね。あとはゼル、よ・ろ・し・く。」

そう言いながらオリアクスは再び召喚陣へと沈んでいった。

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