第67話:育ちすぎる、思春期。③
[新地球暦1841年2月10日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1552年4月25日]
首を傾げている凜にマーリンが尋ねた。
「どうしました?」
「いや、リーナに呼ばれた場所がちょっとね。」
そこは首都のカーライルでもなく、ロナルドの地元であるリッチモンドでもなく、惑星ガイアでも有数の学園都市セント・アンドリュースあった。
「『飛び級』で大学にでも入学されたのでは?」
「そうかもしれないね。」
二人は街の空港から無人タクシーで大学へと向かった。
セント・アンドリュースの街は昔ながらの学生街で、石畳で舗装された道路を若者たちが行き来していた。
「スフィアでは騎士団が大学も兼ねていますからね。こういう方が本来の地球の姿に近いのかもしれませんね。」
マーリンが興味深そうに見まわしていた。
街路にはパトカーならぬパトリオットが治安を見守り、清掃用のマリオネットが作業をしていた。
やがて大きな大学の正門にたどり着く。マーシャル大学、アポロニア連邦でも名門といわれる大学の一つであった。
門衛を務めるマリオネットにリーナからもらったコードを伝えると、別のマリオネットの案内を受け、校庭へと案内された。そこでは、人間ではなく、人間と同じ二足歩行のマリオネットがスポーツに打ち込んでいた。
「なかなかシュールな光景ですね。これはもはやスポーツと呼べるのかどうか。」
マーリンは皮肉った。
「
一方、彼らの兵器は外部から操縦するタイプである。それでガイアの人々は『天使』を「
多くの「
人間と同等の大きさの人型の
元々はVR(ヴァーチャル・リアリティ)技術の延長として開発されたものであった。フェニキア人を通して入ってきた技術を加えながら、ガイアの人々によって独自の進化を遂げたものである。
「お兄ちゃん!」
久しぶりに会ったリーナはまさに見違えるほどの成長を遂げていた。身長は10センチ以上伸び、体つきもすっかり大人の女性らしくなっていた。もともとの175cmの身長で成長が止まってしまった凜とあまり変わらない。
「うう⋯⋯すでにGカップ、いやそれ以上あるかもです。あのアンダーとトップの高低差は裏山すぎます。まあ、肩は凝りそうですけど。」
ゼルが驚嘆する。
「良かった〜、来てくれたんだねえ。」
ハグを交わすとあまりの成長に凜はどきっとしてしまった。
(やっぱり、白人系統の女の子は、一気に成長するなあ。混血が進んだスフィアの12歳とはまるで違うな。)
スフィアでは単一国家の維持のため、人種が分立しないよう混血政策を進め、言語を統一し、宗教の政治への介入を厳しく排除してきたのだ。スフィアで格差があるのは経済的なものくらいである。
ただ、相続税は配偶者以外への相続は100パーセントであるため、一代で巨万の富を得ても、子々孫々受け継げるものは少ない。
リーナの方は無邪気にそうしているだけなのだが、これ以上ハグを続けると男の子が反応してしまいそうだったため、凜は体を離す。
「リーナ、ホントに大きくなったね。もう大学に入学したの?」
凛が頭を撫でるとリーナは満面の笑みをうかべた。
「えへへ。そうだよ。工学部で『有人格アプリ』の開発を研究しているの。」
リーナは
「リーナ、何かスポーツを始めたの?」
「ん〜、スポーツっていうのかなあ。」
凛に気がついて、若者たちが集まってくる。当然のことながら皆、リーナよりも年長であり、それどころか凛の『身体年齢」よりも上であった。大学生であった。
「
凜の質問にリーナはかぶりをふる。
「ん〜ん。
彼らは「ロボ・フットボール」の大学チームの選手だったのである。ロボ・フットボールは、マリオネット、特にスケアクロウを使ってアメリカン・フットボールに似たスポーツをさせるのである。
元々は人間同士がしていたが、激しい
アポロニアでは「国技」といわれるほどの国民的に人気のスポーツであり、マリオネットの性能向上につながる上に、宣伝にもなる。
リーナは以前、ワイアット・アープを動かしてからマリオネットの操縦にはまってしまい、このスポーツを始めたのだ。しかも才能があったため、大学でもチームに抜擢されたのである。
「リーナは物凄く
コーチが説明を加えた。
「その通りですよ。実に素晴らしい才能です。」
プロチームのスカウトであった。
「でも、親御さんは リーナにはカンタベリー大学への進学を希望なさっているのですよ。リーナは研究者の道を歩ませたいとかで。」
そう残念そうにいった。カンタベリー大学とは、ブリタニカ共和国にある惑星ガイアでは国際的にも優秀な大学である。確かに、リーナの学力であれば入学を認められる可能性は大いにある。
(凜、これも『座標系』のスポーツ、凜なら余裕。)
ゼルがふと思いついたように言った。
「そういえば、そうですね。凜、試しにやってみたらどうですか?」
マーリンもけしかける。
「いや、『試し』でできるようなものでもないんじゃない。」
リーナのチームメイトが疑問をさしはさむ。
「お兄ちゃんならできるよ。」
リーナの言葉には確信がこもっていた。
「リーナ、初心者じゃ二足歩行すら難しい。ガイアの人間は人形遊びで馴染みがあるけど、スフィアの人には無理なんじゃないかな?」
チームメイトが笑う。
「むー、お兄ちゃんはスフィアの「騎士」なんだよ。これくらい余裕で出来る子だからできるの、はい、これでやってみて。」
皆は、珍しくムキになるリーナに驚いていた。
「はいはい。」
凜はリーナからヘッドセットを受け取ると装着する。
すると、モニターにはスケアクロウからみえる景色しか見えなかった。
「ねえ、リーナ、プレイの補助機能のようなものはついていないの?」
「ないよ。」
リーナは笑顔で首を横に振る。
「そりゃそうだよ凜。一応スポーツなんだから。これはただの防具の延長なんだ。ただし、
主将のマシュー・オズボーンが説明する。
「なるほど。ねえ、この
凜が尋ねる。
「いや、プロと違って、大学リーグは統一サプライヤーがあってね、そこから同一の躯体を購入することが決まっている。そうじゃないと公平にはならないだろ?だからいちいち
マシューが説明を加える。
「そんなことはないよ。その子の名前は『ベル・スター』。私がつけたの。」
リーナが答える。大昔の女性ガンスリンガーの名前だ。
「そりゃ強そうだ。」
皆が笑う。リーナは「妹キャラ」として溶け込み、皆にもかわいがられているような様子に凜も少し安心した。
「じゃあ、行くよ。『ベル・スター』
凜の操る「ベル・スター」が立ち上がった。歩けるには歩けるがいまいちぎことない。
「おお、立った!」
(『クララ』じゃあるまいし、立ったくらいでいちいち騒がないで欲しいです。)
ゼルが毒付く。
(ゼル、駆動形式は掴んだ。あと、ルールと主な体捌きなど、情報を収集してくれ。まあ、軍事機密と違って幾らでもあるだろう。)
凜がゼルに頼む。
(凜、ひょっとして
(いや、少し違う。体の動きを瞬時に指示するコードを作るんだ。おそらく、これがマリオネットの操縦の真髄だろう。)
凛の操る「選手」の動きが突然、滑らかになる。
「嘘だろ?」
皆唖然とした表情で見つめていた。
(どうです、いきなり尺八で音を出すようなものですから、びっくりでしょう。)
ゼルは得意そうだ。
(ゼル、そこはフルートでも十分意味が通じるよ?)
(いいんです。『尺八』の方が響きが淫靡でいいのです。)
「ねえ、この『ベル』のポジションは何?」
凜が尋ねる。
「ランニングバックだ。」
ランニングバックとはオフェンスの起点、そして要であるクオーターバックからボールを受け取り、敵陣へと切り込んでいくポジションだ。
機体は全て同一だが、パラメータが設定されている。左右の腕力。体幹力。脚力。スピード。加速度。俊敏性。それぞれに数値を割り振ることによって機体に個性が生まれるのだという。
機体にはフットボール用の装備と、ヘルメットがつけられていた。
「どうせ顔が見えないのだから、人間でなくてもいいはずだ。」
そういうドライな発想がアポロニア人のアポロニア人らしい気質なのだろう。
ボールを持った「ベル・スター」が華麗なステップを踏みながら前進するのを見て、マシュー・オズボーンも刺激を受けたようだ。
「さすがはスフィアの騎士。簡単にやってくれるものだねえ。どうだい、ミニゲームでもやってみない?」
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