第66話:育ちすぎる、思春期。②

 今回「ガイア惑星会議」が凜をわざわざ招いたことには彼らの逼迫した事情があった。当初、彼らは「銀河連盟(GA) 」の救援をあてにしていたのである。


 「銀河連盟(Galaxy Alliance)」 とは 銀河系の知的生命体の懇親組織であり、スフィアもガイアも加盟している。その目的は、惑星間通商のルールを定めることや、惑星間航路の管理と保全が主なものであった。また、先進文明惑星が後進文明惑星を侵略したり、そこを植民地にして住民から搾取したりすることを防ぐためであった。


銀河連盟は、自力で銀河系内を自由航行できる文明を持つ種族をカテゴリー1(C1)、その能力が無い種族をカテゴリー2(C2)と分類しており、スフィアもガイアも後者であた。二つの国はフェニキアの口添えによって加盟することができたのである。ただ、彼らに議決権は付与されていない。彼らは自力で議事が行われる惑星までたどり着けないからであった。


そして、カテゴリー2の種族に関しては、保護区域として、カテゴリー1の種族による侵略は認められていない。いわば「鳥獣保護区域」と見なされているわけである。

それは、スフィアもガイアも宇宙人の侵略から保護されていることを意味するが、皮肉的な一面もある。それは自然災害による救済は認められていない、ということだ。つまり、今回のメテオ・インパクトは救済の対象外、ということになる。

「野生動物」なんだから、生きるも死ぬも「自然なりゆき」に任せよう、ということなのである。


「それで、先日フェニキアを通じて、災害救助要請が却下されたことが正式に伝えられた、と陛下のほうにも報告があったのです。ようは、ガイアは銀河連盟に見捨てられたわけです。」

ゼルが説明する。

「そのようななこと、なぜわざわざスフィアにも伝えてきたのか?」

グレイスが疑問を差し挟む。


「それは、スフィアの方は例外的に助けてやらんこともない、という知らせがあちらからあったからです。ただ、条件があんまりでした。」

 ゼルが眉を寄せる。確かに、スフィアに関しては彼らが先住種族であるゴメル人の知恵を受け継いでいることが知られているための措置だった。ただ、それにはキング・アーサーシステムに接続されている、ゴメル人の智慧の遺産レガシーである「聖櫃アーク」、およびゼルを含む、その知恵を自由に導き出す最高位の4つの有人格アプリ「四つの生き物」を引き渡すことが条件であった。よって、そんな条件が飲めるはずもなく、スフィアは凜によって準備が進められているのである。


 一方、ガイアとしては、もはや凜の提唱する案に乗らざるをえなくなったのである。

「酷い差別ですね。惑星が隣なだけなのに、この扱いの差です。」

ゼルは皮肉を言う。

 「仕方ありません。『持っているものはさらに多くを与えられ、持たざる者はそのわずかな持ち分すら取り上げられる。』これは地球教の聖典の一節です。まさに真理じゃありませんか。」

マーリンの皮肉はさらに上回っていた。


 そのためか「ガイア惑星会議」の反応は先回の訪問よりはるかに熱烈に受け入れられた。無論、これは彼らが窮地に立たされた焦りもあるが、熱狂にはもう一つの理由もあった。演説スピーチのために壇上に立った⋯⋯、というより立たされたのがグレイスだったからである。


 グレイスは前もって凜に渡された原稿を元に、演説することになっていたのである。彼女は騎士団長礼装をしており、その『ヴァルキュリア女子修道騎士会』の団長礼装は白のローブに黄金の頭飾り、飾り鎧をあしらったものであった。さらに、団長は深紅クリムゾンレッドのマントがつけられている。それはまさに、彼女のガイアにおける異名(二つ名)「月の女王アルテミス」のイメージにぴったりであった。


妖艶な彼女がそれを纏ってあらわれると出席者の間には歓声ではなく溜め息がもれた。彼女が緊張の面持ちでマイクの前に立つと、怒涛のような拍手が鳴り響いた。


 「皆さん。これまでこの二つの惑星は別々の道を歩んできました。それは、ガイアとスフィアの歴史の間には100年の歴史の差タイムラグがあったからです。その100年の差をもたらしたもの、それが今から1800年前のメテオ・インパクトでした。そのとき、我々スフィアの民は多大の損失を被りました。しかし、わたしたちはその災害に立ち向かうために団結し、それ以後、単一の地球人種による国家としてこれまで存続してきたのです。


しかし、その歩みは決して順風満帆なものではありませんでした。我々は400年の間、異星人の下で奴隷としてのくびきを負い、それはガイアとスフィアの科学・文明力の差を埋めはしましたが、国民性の差は、さらに広がってしまいました。


 そうです。「自ら決められない。自らを守れない。自らで勝ち取れない。」まさに、奴隷根性がすっかり染み付いてしまっていたのです。

そして、それを取り除く道のりは決して容易なことではありませんでした。そのために我々の国王と先人たちは『騎士団』制度を敷いたのです。


それは、常に緊張感を持って生きることを意味しました。国民の一人一人が騎士として立ち上がり、大事な生命と財産と権利を自らの手で守るために戦ってきたのです。それから500年、この騎士道の精神こそが国家のよりどころとなりました。ようやく我々は、共に危機を乗り越えるための皆さんと対等なパートナーとして立つことができるようになったのです。


我々はこの惑星ほしで生まれ、育ってきました。この惑星が我々の『地球』であり、アポロン、とよぶ我らが戴くこの恒星こそが、我々の『太陽』なのです。我々は今、しっかりとこの地に踏みとどまり、危機に立ち向かわねばなりません。

そのために我々はずっと研究を続け、それはようやく「新エクスカリバー」として実を結ぶことができたのです。


この危機との戦いは、人間同士、また生命を持つもの同士が行う不毛な戦いではありません。我々、つまり惑星ガイア、そして惑星スフィアに住まう全ての知的生命が手に手を取り合ってこの危機に立ち向かうという、きわめて崇高なものです。そう、ここにおられるすべての皆さんお一人お一人がまさに騎士として戦うべき戦いなのです。


さあ、皆さん立ち上がってください。そして叫ぶのです。『私はあなたを愛している』と。そう言えるのは我々の幸福です。

さあ、皆さん立ち上がってください。あなたが愛するもののために戦い、そして勝つためです。


明日、あなたの愛する者を奪おうとする危機を目の前にして、どうして私たちは背を向けるべきでしょうか?

明日、あなたを愛する者を助ける手段を目の前にして、どうして私たちは顔をそむけるべきでしょうか?


さあ、皆さん、手を伸ばしてください。それはあなたの明日をつかむための手です。

皆さんの腕は、あなたを家で待つ愛する伴侶や子供達を抱きしめるため腕なのです。


そして、どうかその手を私に差し伸べてください。さあ、ともに戦いましょう。そして、その時は今なのです。」


会場を割れんばかりの拍手が再び木霊する。

グレイスの演説は見事なものであった。元元、グレイスはこの惑星で人気があったので、凜が語るよりもずっと効果があるだろうと踏んでいたのだが、これほどまでとは思わなかった。完全に主役の座を食われた凜は、しばらくグレイスのサポートに徹することにしたのである。

「まるで私の方が主役あつかいなのだが」

恐縮、というか思わぬ展開に戸惑うグレイスに凜は苦笑しながら言った。

「その、『まるで』ではなく完全にその通りですよ。まあ僕にとってグレイスさんは『鵜飼の鵜』ですからねえ。うーんと、頑張ってくださいね。」



そのころ、アナスタシアの宇宙港ブルックリンに駐在するスフィア王国の通商代表部を通じてリーナから連絡があったのである。 正式な国交の無いアポロニアにおいて、そこは大使館の役割を兼ねていたのである。

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