第6部:「白人の娘は成長が早いなぁ…巨乳眼鏡っ子になってるし」―大統領選挙編―

第65話:育ちすぎる、思春期。①

「幻想月世界旅行記」ールーク・ハミルトン・ジャンセン著より。


「これが……龍眼石?」

アブリルはモニュメントのように立つ岩を見上げた。

「ええ、そうです、お嬢さん。」

黙ったまま佇むリンに代わって、ガイドのピーターが答えた。

「魔龍の化石だっちゃ。人間がここにたどり着く何千年も前に、ここで龍族の戦争が起こったっちゃ。戦場で力尽きた魔龍たちは姿を石に変えて、魔龍王の復活を待っているっちゃ。」

妖精ゼルフォートが説明を加えた。


「だからこの石には魔力が宿っている。強く念じたことをかなえる魔力がね。でも、もう権力や富を得る、といった難しい願いをかなえるほどの力はない。せいぜい、愛する人の病気を癒す、それくらいの魔力しかもう、残ってはないんだ。」

リンがようやく口を開く。

「それだけ、いやそれこそ私が願い求めてきたものです。これがあれば、パパの病気はきっとよくなる。うれしい。伝説はほんとうだったのですね。」

アブリルは感極まっていた。兄のクリントは妹の浮かべる涙をみながら、まだその効果を疑っていた。


「さあ、削るといい。御父上の快復を祈りながら。ただ、ほかの人のためにとりすぎてはいけないよ。」

凜はアブリルにそう促した。夜明け前の空気は夏の終わりにもかかわらずひんやりとしている。北極圏近い土地だけのことはある。アブリルは父親の快復を願いながら、たがねで石を打つ。

「思ったより、柔らかい。」

アブリルは石の破片を拾い上げると、その断面は虹色の淡い光を湛えていた。

「これが、龍の涙。」

アブリルはその石を握りしめた。もう命はないはずの石なのにその感触には温もりすら感じられた。


[新地球暦1841年2月2日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1552年4月17日]


「温かい……。」

リーナは凜にもらった『龍眼石』を握りしめた。それはペンダントに仕立てられていた。



 ブラッドフォード大統領の再選に向けて、ロナルド・アシュリーは選対委員長として走り回っていた。主に各種団体、企業に対して選挙戦資金への寄付金や支援を要請する。全国各州ごとにに選挙対策委員会(選対)支部を設け、選挙人の選定を勧めてもらう。インターネットで寄付金やボランティアを募集して、戸別訪問によるローラー作戦のキャンペーンを企画してもらう。そのほかにも、キャンペーン動画の製作、演説原稿のライターを依頼したりと、やるべきことは尽きない。


ただ、ブラッドフォードには現職としての強みがあり、党内で行われる予備選で、対抗馬として登場しそうな候補で有力な者はなかった。また、その他の「泡沫」候補たちも、年が明ける前には早々に撤退を宣言してしまっていた。連合共和党の代表候補を選ぶ予備選挙は、ほぼ無風と言ってよかった。それで、ロナルドの目はすでに正式候補が確定する7月の党大会、そしてそのあとの本選挙に注がれていた。ただ、今回の選挙にかかる結果の重みは、彼がこれまで経験した選挙戦の中で最も重いものだった。


 それは、「世界の命運」だからである。ガイアに住む人類25億人の命運は、この選挙にかかっている、と言ってよかった。

 「スフィアとの連携」を訴えるロナルドが属する与党、連合共和党(UPR)に対して、「地球への回帰」を訴える野党、連邦民主党(DPF)の争いであったからである。

 国民も意見が二分されていた。国民の多くが帰依する地球教会でも共和党を支持する「世俗サドカイ派」と民主党を支持する「原理パリサイ派」に二分されていたのである。


一方、連邦民主党では、候補者が多く、まさにどんぐりの背比べの状態であったが、やがて、アンソニー・クラインが頭角を現していた。彼の持つ抜群の弁舌とフレッシュさ、は支持者たちの期待を集めていた。党員集会での討論会を重ねるたびに彼の支持率は伸びを見せていた。


そんな時に、凛が再びガイアを訪れる。 今回はアポロニア一国ではなく、惑星ガイアの国連に当たる「ガイア惑星会議」の招聘によるものであった。

それゆえ、アナスタシアの宇宙港ブルックリンには、2年前と打って変わって、多くの国の代表者たちが我先に凜を出迎えに来たのである。それで、そこにはロナルドだけでなく、アンソニー・クラインも来ていた。今回も凜はグレイスを隣に置いての登場だった。先回のグレイス人気を慮って前面で活躍してもらうためであった。


 ロナルドは凛とグレイスを満面の笑みで迎える。

「ロナルド、リズとリーナ、そしてロバートは元気ですか?」

凜はロナルドと握手を交わす。

「ええ、おかげさまで元気にやってます。特にリーナはあなたに会えることを切望しているよ。また、時間をとって家族とあってくれると嬉しいのだが。」

ロナルドのリクエストに

「もちろんです。」

凜は快諾すると、トニーにも声をかける。

「こんにちは。クライン候補。民主党の有力候補の呼び声が高いですよ。」

握手を交わすと、

「なるほど、君はちゃんとこちらのニュースにも精通しているようだね。凜、できればぼくもトニーと呼んで欲しいね。ぼくが大統領になった暁には、今度はぼくが君の交渉相手にになるのだから。」

トニーの手にギュッと力が込められる。

「OK、トニー。その時はお手柔らかに頼みますよ。」

トニーの気迫に凜はたじたじとなる。


「キミに本物の選挙エレクションを見せてあげるよ。剣よりも強い言論という形でね。」

トニーは選挙大戦コンクラーベのことを言っていたのであるが、『揶揄』といった悪意が込められているわけではなさそうだった。


「剣よりも強いんじゃ、もっと激しそうだね。」

凜は苦笑する。騎士道の極致とみなされる選挙大戦コンクラーベだが、その実態は騎士道の本道からはすでに遠くへそれているからだ。その実態は買収あり八百長ありの表には出せない駆け引きがたくさんあるのだ。


「では、先に僕は『惑星会議』の方に出るから。また、後で。」

凜たちはヴェパールでアナスタシアへと降下した。

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