第64話:手ごわすぎる、獲物。2

「ゼル、助けに行かなくてもよいのか?」

メグがリックの体を揺さぶった。

「慌てないでください。どちらが『猟師』でどちらが『獲物』か、まだ決まったわけではありません。」

凜は天衣無縫ドレッドノートを抜こうとしたが、鎖を引っ張られると体のバランスを崩され、それはかなわなかった。左足と右手に枷をかけたので、鎖で引っ張ることによって凜の動きを完全に封じたのだ。


「よし、『魔獣』確保!」

いつもの癖でそうコールしたのだろうが。凜は少し傷ついた。

「⋯⋯それはあんまりです。さすが、魔獣の扱いに長けているだけのことはありますね。」

凜は悔しがりもせず賛辞を贈る。逆に彼らはその態度に警戒を示した。


「気をつけろ、こいつの目はまだあきらめてはいない。」

凜をしとめるためにポチョムキンが剣を抜いた。その時だった。

枷と鎖で縛られているはずの凜の体が宙を舞ったのだ。

「ばかな。」


「いまです、突破します。」

その瞬間を待ちわびていたかのようにゼルはリックの体を走らせた。メグもそれに続く。

凜を束縛していた鎖は断ち切られ、枷が地面に転がっている。転送ジャンプを使い、腕と足にかけられた枷は空間ごと凜に置いて行かれたのだ。


「次!」

まだ破壊されていない枷を持つポチョムキンとコルチャークが凜に投げつける。しかし、信じられないことにその枷は自らの方へ戻ってきた、いや、向かってきたのである。その枷には矢が刺さっていた。


凜が射撃手に向けてすでに放っていたものが呼び戻されてきたのだ。

「凜は無駄に射ったわけではありません。待機させておいたのです。」

ゼルは得意げに言う。こういう芸当ができるところが、凜が弓にこだわる理由の一つであろう。


「なんだと。」

枷に刺さった矢はそれにつながる重力の鎖を引いて二人の周りを飛ぶ。そして、ポチョムキンとコルチャークは自らが握るその見えない重力の鎖にからめとられる結果になった。

「なんてこった。」


「まずい。旗を守れ!。」

いきなり、戦力が半減したことに慌てたミシチェンコとネッセルローデは、急いでキーパーを務めるフォークのもとまでもどる。

 そして、戻ってみれば、すでに突破に成功したメグが旗を背にしたフォークと斬り結んでいた。

「御二方の相手は私です。」

ゼルが憑依したリックが加勢に戻った二人を迎え撃つ。


さらにその二人を追って後ろから凜が現れた。その手には「空前絶後フェイルノート」が握られていた。

凜が光の矢の束を放つ。一度に放たれた矢は12本。それは別々の軌跡を描き、敵の3人を一度に襲った。


その攻撃が二度、三度と繰り返されるうちに彼らはじりじりと後退させられ、最終防衛線に縫い付けられる結果になってしまったのだ。


「なんとか突破しなければならない。」

フォークは突破を目指すために、相手の弱点に集中攻撃をかけるよう命じた。


 この時、弱点なのはメグであった。

メグはやや押され、ついに包囲網を綻びさせる。


喜び勇んだ彼らが攻撃に転じようとした時、一瞬の行動線の伸びに付け込んだのが凜であった。凜はキーパーのフォークの前に飛び込むと、フォークを剣技で圧倒する。


(そうか、メグの後退は『擬態みせかけ』だったのか⋯⋯。)

リックが呟く。

(そうです、よく気付きましたね、リック。このチャンスは偶然の産物ではありません。これは私たち3人の連携が生んだチャンスなのです。リック、これが頭を使った戦い方です。勇気だけでは勝てません。正義だけでも勝てません。相手の知略の幅と深さを超えなければならないのです。)

ゼルはそれに気づいたリックの成長を褒めた。


 二人はフォークの支援のために後退を図ったが、今度は反転攻勢に出たメグとゼルが許さなかった。

 凜はフォークを切り伏せると、旗を掴んだ。第十三旅団が優勝を決めた瞬間であった。


凜に引き起こされながらフォークは笑う。

「いやはや、してやられました。どうやらこちらが狩人のつもりでしたが、却って獲物になってしまいました。⋯⋯次は負けません。」


「お疲れさん。優勝、おめでとう。」

戻って来たチームメイトをアトゥムとビアンカが迎えた。

「やっぱり四人はきついです。トムもそのうち出られるといいですね。」

ほとんど働いていないマーリンが愚痴をこぼした。

「きつい、ってマーリン、あんたそんなに動いてないじゃないか。まあ、俺の戦死期間は来年の末までだからな、本番ギリギリだよ。」


「しかし、今日は『魔獣』扱いされて散々だったよ。」

凜がぼやく。

「凜が魔獣ならわたし、食べられてもいいかも。」

ビアンカがうっとりとつぶやく。

「まあ確かにアンは、最近少し美味しそうになってきたもんな。」

リックがからかった。

「そ、そんなことないもん。」

ビアンカが抗議する。

「どれどれ?」

メグがビアンカの下腹をつまんだ。ビアンカの顔がひきつる。

「……女の子らしくて私は良いと思うぞ。大体、殿方のほとんどは適度に母性を感じられるくらいの程よい肉付きを好むというし。」

メグがフォローしたつもりでとどめをさす。ビアンカもさすがに答えたようで、

「か……帰ったらパパの鍛冶場を手伝うもん。あ、汗をかけば痩せるよきっと。」

(鍛冶場はサウナじゃないんですが。)

みな心の中でツッコミをいれた。


ビアンカは話をそらしたいのか、ドリンクを凜に渡しながら尋ねる。

「凜。また、ガイアにいくんでしょう?」

「うん。今回は二週間の予定かな。みんな、修練を怠らないようにね。」

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