第63話:手ごわすぎる、獲物。1

[星暦1552年3月31日、王都キャメロット]


そろそろこの時期になると、次世代のホープ、と言われる選手たちが出揃い始める。特に、人位や準天位に上がった選手たちに世間からの注目が集まる。2年後の選挙大戦コンクラーベの頃、彼らが準天位や天位になり、まさにチームの中心選手となる、と考えられているからだ。


さらに興味深いことに聖槍騎士団にも変化が見られ始めた。凜やマーリンの活躍で、また人気のある「闘う王女ワルキューレ」、メグの転籍によって、男女を問わず「修道騎士」を目指す者の中にその門を叩く志願者たちが現れ始めたことである。


ただ、外交日程で忙しい凜の手を煩わせることもできず、団長の透は新たに教導旅団を立てて、訓練を施すよう取り計らった。もちろん、時間のある限りは凜も指導を怠ってはいない。いずれ、この中からも凜の「第13旅団」に配属される者たちも増えていくことだろう。


「凜、そろそろ、みんなにも団体戦トゥルネイの試合も経験しもらった方がいいと思いますよ。」

マーリンが提案した。


これまで、選挙大戦コンクラーベ出場資格である人位を取ることに重きを置いていたが、リックが人位を取ったことで、出場に必要不可欠な最低人数である5人は確保できる見通しが立ったからでもある。


「それじゃあ、祭りの2日目は団体戦トゥルネイの奉納試合にエントリーしよう。」

春の祭りの時期のキャメロットはベストシーズンとも言える気候である。亜熱帯の北回帰線上にありながら、高い標高にあるため、過ごしやすいのだ。


今回、参加エントリーするのは首都防衛騎士団「近衛府」が主催する大会、「親衛隊杯プラエトール・カップ」の団体戦トゥルネイであった。そのミドルクラスの大会にエントリーしたのである。

団体戦トゥルネイとは、拠点制圧型のゲームで、互いの陣地に立った旗を奪いあうのである。それゆえ、「旗取り合戦レイズ・ザ・フラッグ」とも呼ばれる。

闘技場には、炭素系ナノマシンによってランダムに作られた建造物が舞台ステージになる。

 選挙大戦コンクラーベや夜に行われる天位クラスの騎士が参加する「エキスパートクラス」の試合は8人編成であるが、下位、中位の騎士が参加する試合は通常は5人編成である。 そして今回、第十三旅団は4人であった。というのもトムは現在戦死判定を受けているため、まだ公式戦の出場は出来ないからだ。


[星暦1552年4月3日、王都キャメロット]


順調に勝ち進んだ「第十三旅団」が決勝戦で当たったのが、北方防衛統括騎士団「鎮守府」に所属する「ウルフハウンド猟団」であった。

「ハウンドドッグ」の異名をとる「鎮守府」は主に北方に展開し、麾下の7つの騎士団を束ねて魔獣の南下を阻止して来た。そのため、彼らの「旅団」は「猟団」と表記されているのだ。


彼らが立てて来たのは「猟団長」マキシム・ウルフハウンド・フォーク準天位を筆頭に、

ポール・サルーキ・ミシチェンコ

ラウール・バセット・ポチョムキン

ジャン・ノーリッチ・コルチャーク

クロード・ビーグル・ネッセルローデ

の4人の地位騎士である。今が伸び盛りの新星ホープたちで、彼らが2年後の選挙大戦コンクラーベ団体戦トゥルネイのスペシャルチームになるだろう、と目されていた。


凜は作戦を説明する。

「今回、相手はかなり強力だ。おそらく、こちらと力は五分五分だろう。それで、不満かもしれないが、今回リックは憑依ポゼッセオモードで頼む。」

思わぬ強敵の出現に、リックも黙って頷いた。


 キーパーとして旗を守るのはマーリンである。普通はディフェンス2人、オフェンス3人でプレイすることが多いので、マーリン1人を置いて3人で攻めることになる。


ところが、試合が始まっても、対戦相手は出てこようとしなかった。

「どうやら縦深陣を引いたようです。」

ゼルの解析に凜は頷いた。

全員で守り、オフェンスを潰してから攻める、という作戦である。

「いかにも『猟師ハンター』らしい選択ですね。」

マーリンが通信で感想を述べた。


「でも、あちらさんは準決までは普通に攻めていたよね?」

リックが疑問を呈する。

「それはまず、こちらの力量を量るつもりなのでしょう。」

マーリンが推し量る。


「やはり、俺に怖れを成したかハンターどもめ。ふはははは。」

高笑いするリックにメグがツッコミを入れた。

「残念だがそれは違う。凜は一昨年、単身で魔獣を倒している。しかも獰猛な子持ちの『肉屋羆ブッチャー・グリズリー』のつがいをだ。恐らく、彼らもそれを知っているのだろう。」

メグは「素手」で魔獣を倒した凜の戦いっぷりを思い起こしていた。

「メグ、リックは場を和ませるために言ってみただけですよ。」

いじけるリックを見かねてマーリンがフォローらしきものを入れた。


 魔獣の恐ろしさを熟知する彼らだからこそ、それを倒した凜に対してもそれ相応の敬意があるのだろう。

「トリスタンは我々と同じ『猟師』だ。敬意を込めて最高のおもてなしを用意しようじゃないか。」

猟団長のフォークはほくそ笑んだ。


 鎮守府の副武器サブウエポンはライフル銃である。

むろん、弾丸が重力子コーティングされている、れっきとした魔獣狩りに使用する火器である。ただ、重力子甲冑を纏った相手には、よほど当たりどころが良くなければ、ダメージの判定は低い。ただ、狙撃の目的は、相手を倒すことよりも、警戒させて状況を作り出すことにある。逆に、「当たり所」さえよければ、即死の判定を受けることさえあるからだ。


炭素系ナノマシンが作り出した建物を凜はゼルが操るリック、そしてメグと共に進む。部屋は薄暗い。

「凜、この建物、なんだか嫌な予感がします。」

ゼルがリックの口を借りて言う。

「ああ、どうやらあちらさんのリクエスト通りのようだな。」

凜の答えにメグが訝しそうに尋ねる。

「いったい、それはどういう意味だ?」


「メグ、僕らを勝たせたくないという勢力がこの国には存在する。執政官コンスルになるためには天位まで位階を上げなければならない。しかし、そうなって欲しくない人がいる、ということさ。だから、今回の作られたこのステージは不作為ランダムによるものではなく、綿密な計算によるものだろう、それも相手によるね。」

ゼルが尋ねる。

「凜、作戦はどうしますか? 変更しますか?」

凜は首を横に振る。

「恐らく⋯⋯いや、間違いなく奴らの狙いは僕一人だ。簡単なことだ。僕が囮になる。その間に旗をとれ。」

珍しく凜の指示はシンプルだった。


「どうやって?」

メグが不安そうに声をあげる。

一方、リック(ゼル)は落ち着いた様子で答える。

「了解しました。」


「リ⋯⋯ゼル?」

リック(ゼル)はメグの肩に手を置いた。

「やってみましょう。そうすれば分かります。」


「C3稼働。」

凜の脳に宿る超高速演算システムが稼働する。凜は「空前絶後フェイルノート」を手にそのまま敵が待ち受ける部屋へと進んだ。そこは間違いなく狙撃用ライフルによるクロスファイヤーポイントとなるところである。


サイレンサーで音が抑えられたライフルから銃弾が発射される。凜の頭をめがけた銃弾はその前で忽然と消えた。

「空間断裂です。空間をねじって接合しています。重力子コーティング程度では貫通できないでしょう。もっとも、完全に重力子金属で作ってしまうと、物質に干渉できませんからノーダメージで通過してしまいますけどね。」


凜が構えた「空前絶後フェイルノート」から矢が二度、三度と放たれる。その矢は銃弾が撃たれた場所へと飛ぶが、すでにそこには射撃手スナイパーの姿はなかった。

(さすが、移動が早いな。)

すると、今度は凜の左足のくるぶしに重力枷が撃ち込まれた。枷は凜の足に取り付くと、重力を発生し、加重して数十キロの重さになる。

(先ほどの銃弾は陽動か。)

 重力制御ブーツとグローブのおかげで全く動けないということはないが、凜の動きは著しく制限される。すると、今度は凜の顔にサーチライトが当てられる。不意を突かれ、光を遮った彼の右手に、さらに重力枷が撃ち込まれた。

そして、そこに光学迷彩を解いた騎士たちが現れる。彼らの手には枷からのびた重力鎖が握られていた。

「なるほど、魔獣の狩り方の応用ですね?」

凜は感心したようにつぶやいた。

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