第61話:はかなすぎる、誓い。①

[新地球暦1835年4月22日。アポロニア連邦、チェイニータウン。セント・バーバラ孤児院。]


「ねえ、聞いた? 今回はリーナが引き取られることになったみたいよ。」

 子供たちの間では、職員たちの会話から、リーナがアシュリー家に引き取られることが決まった、というがもっぱらの噂だったのだ。そして、やっぱりね、というのがおおよその反応であった。リーナとルイのコンビはみんなにとても愛されていたので、職員たちにとってうれしくもあり、残念でもあった。


「おい、リーナ!あの話、本当なのか?」

またノックもせずに女子児童部屋のドアを開けたルイの顔に枕が投げつけられる。

「なに、す⋯⋯。」

「だからまずノックしろ、って言ったよね。あんたもほんと懲りないわね。」

抗議の声をあげかけたルイの前に、リーナが仁王立ちで立ちはだかる。ルイは気まずそうに下を向いた。


「なあ、リーナ、本当に行っちゃうのか?」

ルイの問いにリーナは満面の笑みで答えた。

「うん。そうだよ。私、幸せになるからね。だから、あんたも頑張りなさいよ。」

ルイはこの時、初めて自分がリーナのことが好きだったことに気づいた。何度も経験したはずの別れだったが心がこれほどまでに乱れ、苦しいと思ったのは初めてであった。

「そうか⋯⋯。」

ルイはショックを隠そうともせず、すごすごと引き下がって行った。孤児院に入れられた子供たちの誰にとっても、実の親が迎えに来たり、新しい里親に引き取られることが夢なのだ。


 まだ6歳同士のリーナとルイの『好き』が恋愛感情のようなものがあったかどうかは分からない。でも、親がいない、という共通項の中で共に生き抜いて来た「戦友」として強い連帯感が絆としてお互いにあることは間違いがなかった。


 メアリーナ・ドルツとルイ・リンカーンは共に捨て子であった。赤ん坊であった同じ年に、この孤児院へと引き取られて来たのである。とりわけ、ルイの両親はまったく誰ともしれず、旧世界の大統領の名にあやかって「リンカーン」という姓を与えられたのだ。


[新地球暦1835年5月10日。アポロニア連邦、チェイニータウン。セント・バーバラ孤児院。]


「じゃあね!」

 リーナが院を去る日もあっけなく来た。リーナは新しい母親のエリザベスに手を引かれ、皆の「バイバイ」の声に手を振って答えた。

「あれ、ルイは?」

「うんこだろ?」

その場にルイはいなかったのだ。リーナもルイの姿を探したが、見つけられなかった。

「どうしたの? リーナ。忘れ物でもあった?」

「ううん。」

エリザベスに聞かれたが、リーナは首を横に振った。


空港に向かってハイヤーが出発する。

(いよいよ、ここともお別れなんだ。そう言えばルイのヤツ、見送りにも来てくれなかった。やっぱり、私だけが幸せになるのが気に入らなかったのかしら?)

リーナは気持ちが晴れなかった。ルイに祝福されなくても、お互いに笑顔で別れは告げたかったからだ。


「ねえ、リーナ。あれは君のお友達じゃないのかな?」

ロナルドが俯いているリーナの肩をゆする。リーナはロナルドの指差す方向を見ると

ルイが他の孤児たちや院の職員と段ボールに字を書いた横断幕、いや看板のようなものを掲げていた。

そこには「Go for it!」(ガンバレ)、と書かれていた。

「絶対幸せになれよ!」

ルイはそう絶叫し、千切れんばかりに腕を振っていた。


「車を止めようか?」

リーナは感激と寂しさで涙で顔がくしゃくしゃになってしまい、恥ずかしいという気持ちもあったが、うなずくと、停めてもらった車から降り、ルイたちに手を振った。

「ありがとう!バイバイ! お前らもな!」


目いっぱい手を振る。鼻声で、それだけ言うと車に戻る。

「もう、いいのかい?」

尋ねるロナルドにリーナは何度もうなずいた。きっとこのままいかなければ、孤児院あそこから出ていきたくなくなってしまう。

「なんだよ、もういっちゃうのか。冷たいな。」

手を振り続けるルイに、

「きっと、飛行機の出発の時間が近いのよ。」

同行した施設の職員はそう言ってルイの頭を撫でた。彼の顔も涙と洟でくしゃくしゃになっていた。



[新地球暦1841年2月5日、惑星ガイア某所。]


「それで、なぜ、俺はこんなところにいるんだろう?」

ルイは銃の状態コンディションを確認しながら、そう思った。あれから6年が経ち、二人の運命は大きく変わった。リーナはメアリーナ・アシュリーとして上院議員令嬢におさまって優雅な生活を楽しんでいるのだろう。一方、ルイは「短剣党シカリオン」の構成員、しかも最年少の準幹部パスにおさまっていた。


「リーナ。⋯⋯キミを俺の手に取り戻せば、俺は幸せになれるだろう。でも、キミはどうなのだろうか。」

ルイは銃を構えた。照準の先にあるのは、鏡に映る自分の姿である。


4年前のあの日、ルイは「ファビュラストレジャー号事件」から解放されたリーナの姿をニュースの映像で見ていた。

「あいつの顔、全然幸せそうじゃない。新しい親にいじめられているんじゃないのか?」

テレビに映ったリーナの姿を久しぶりに見たみなは歓声を上げたが、一人ルイは吐き捨てるように言った。

「そんなことないわよ、ルイ。リーナはテロリストに誘拐されてきっと怖かったんでしょうね。すぐに笑顔なんてできるはずないじゃない。」

「おまえならしょんべんちびってんじゃねえの?」

周りの人間にもそう言われたがルイは聞き入れなかった。

(いや、あいつとコンビだった俺だったからこそ解る。⋯⋯いや、俺にしか解らないんだ。)

おそらく、ティンカーベルのインストールによって、リーナの雰囲気が激変したことに気づいた最初の人間はルイだったのだ。ただ、その雰囲気の変化の理由を知る由もなかったのである。


俺はあいつを助けに行く、そう思い立ったルイは、『家出』の準備を始めた。実際にリーナと会って確かめよう。そして、もし、「あいつ」があの家で虐められているとしたら、リーナを助け出さなければならない。そう、それが俺の役目なのだから。

しかし、家出を実行するまで1年がかかってしまった。


そして、意を決して孤児院を飛び出したルイは、彼女の住む首都カーライルへ歩みを進めた。ただ「飛行機の距離」にある彼女の住む街は余りにも遠過ぎた。すぐに路銀が尽きたルイは、盗みを働きながらカーライルへと向かい続けた。やがて彼は「スリ」の技術を身につけ、年寄りや酔っ払いから財布を抜き取るようになった。


 そして、家出から1ヶ月ほど経った。彼はついに捕まってしまったのである。ただ彼を捕まえたのは孤児院の関係者でも警察でもなく、テロリストである「短剣党シカリオン」のメンバーだったのである。


 それは、ルイがキーを挿しっぱなしの車を盗んだところから始まる。彼はそれまで何度かオートドライブの車を盗んだことがあった。それを走らせ、次の街で乗り捨てる、それを繰り返してきたのだ。大抵は、キーのあたりのイグニッションボタンの近くの電極をショートさせれば車は動いた。しかし、今回はキーが挿しっぱなしになっていたのだ。ただ、ふつうはキーがあっても大概は身体に埋め込まれたチップの認証が必要だ。

 しかし、それはテロリストの車だったため、フリーパスだったのだ。というのもテロリストが個人認証システムなぞ利用してしまえば、そこから足が付き、たちまち捕まってしまうからだ。


「ラッキー。」

ルイは目標を20km離れた次の街にセットすると車を発車させた。自動運転のため、免許証は不要だし、子供1人で乗っていても怪しまれることはない。

「お?」

ルイは後部座席にぞんざいに置かれた細長いアタッシュケースに気づいた。

「もしかして、金目のものかな。」

臨時収入を期待してそれをあけるし、入っていたのは自動小銃であった。

「ひっ!」

ルイはそこで初めて、触れてはいけないものに手を付けてしまったことに気づいた。


ルイはその後も距離を稼ぐべく車で移動を続けたが、その逃走は長くは続かず、ほどなくテロリストに捕まってしまった。ルイは安モーテルの一室に監禁されてしまったのだ。

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