第60話:あざやかすぎる、お子様。④

「お留守番、ご苦労様。」

ヴェパールに戻るとマッコーリーは憮然とした表情で二人を迎えた。

「作戦終了の連絡がライアンから入った。これから救助者、ならびに捕らえた容疑者の回収に向かう。」

先ほどは一瞬で行き来した距離を今度は数分かけて向かう。


重力リフトで怪我人やリズとリーナ、また拘束されたテロリストたちが次々と引き揚げられる。近くの軍事基地にある「陸軍病院」にまず立ち寄り、負傷した隊員たちやテロリストたち、そして人質だったリーナとリズ、が降ろされた。本来なら「警察病院」に搬送すべきであったが、そこは市井にあるため変更になった。つまり、敵が仲間を取り返しに来た時のための措置である。


そして、捜査本部へと戻ったのである。

「凜、お疲れさん。お二人とも随分と大活躍だったそうじゃないか?」

血相を変えて二人に掴みかからんばかりのシュローダーを抑えて、ケビンが出迎える。


「いいえ、私たちはなにもしていませんよ。ねえ、ライアン。」

凜はとぼける。

「ええ、凜たちはカルバンとお留守番でしたよ。ねえ、カルバン?」

ライアンもとぼけた。

「ええ、彼らは私と一緒でしたよ。作戦も成功しましたし、なにも問題はありませんでした。」

カルバンもとぼける。気には食わないが、たとえ譲られた手柄でも、手柄は手柄である。


「貴様ら、覚えていろ? 絶対に記録した動画で明らかにしてやる。」

シュローダーは怒って立ち去って行った。


「彼は何を怒っているの?」

凜が訝しげに聞く。

「ああ、シュローダー本部長はワイアット・アープの『実家』の出なのさ。」

ケビンがウインクする。

「今日の作戦でせっかくワイアット・アープを投入して、大活躍。警察どころか軍も買ってくれるかも、って思っていたら何のことはない。凜の引き立て役で終わってしまったからな。なにしろお前さん、根こそぎ良いところを持っていってしまったからな。」


「それは、悪いことをしたかな?」

凜も苦笑する。

「そんなことはない。」

ライアンが三箇所同時に行われた人質救出作戦の結果報告を指差す。

「今回の作戦、成功したのは俺たちのチームだけだった。」


成功とは、人質の生還でありテロリストの生き死には問わない。

実際、「Gチーム」は抵抗した犯人グループを全滅させたものの、ギュンター夫妻も死亡させてしまった。

また「Jチーム」にいたっては大企業のCEOジェイコブス氏を犯人グループにまんまと連れ去られてしまうという大失態であった。後日、彼の企業が多額の身代金を支払い、解放されることになる。


「かく言う俺たちも、あともう少しで失敗するところだっんた。今、ここにいるのもこちらの天使様たちのお陰だ。何しろ、あのデカブツ(タイフォン)が投入されていたのはあの屋敷だけだったんだから。」

ライアンは思い出したように身震いした。

「あそこ⋯⋯だけ、だったんですか?」

マーリンが天井を仰いだ。


 その後の始末がまた大変だった。

陸軍病院にリーナを見舞うと、そこに居合わせたロナルドに泣いて感謝されてしまった。

「本来なら、パレードでも催して君の栄誉を称えたいくらいだ。」

本当にやりかねないロナルドの感謝のしように凜も苦笑してしまった。


「いや、まだ解放されていない方もいらっしゃいますし、テロリストの本部アジトを壊滅させたわけでもありません。また、今回は私が無理を言ったにすぎませんから、どうぞおきになさらないでください。」

凜はさすがに固辞した。少なくとも、これでロナルドにとって凜に対する信頼は絶大なものになっているわけで、人脈を築くという点では大きな一歩を踏み出したといえる。



 「幹部セフィラ勝利ネツァク』、あの少年、一体何者なのでしょう?」

誘拐・監禁部隊の戦闘と撤退の様子をモニタリングしていたオペレーターが男に尋ねる。

「あれがスフィアの『天使』だよ。しかも最高位のね。あの男が出てきたことは、我々にとって良くも悪くも誤算だった。部隊は良くやってくれたが役不足だったようだね。もう一度、『ワイアット』を動かした女の子を見せてくれないか?」


録画された監視カメラの映像から、ワイアット・アープを起動したリーナのものに切り替わる。

「どうやって起動させたのでしょうね? いくら天才少女といったって、あっという間に警察のプロテクトをハッキングしてしまうなんて、とても人間業とは思えません。幹部セフィラ。」

オペレーターの疑問に「勝利ネツァク」と呼ばれた司令官の口元が笑う。


「やっと、見つけたよ。彼女こそが『知識ダァト』、我々が探し求めていたものだ。まさに、瓢箪から駒とはこのことだ。⋯⋯しかし、まず我々がやらねばならぬことは、そう、『引っ越し』だな。」


人質が奪還され、タイフォンが破壊された時点で、アジトは別の場所へと移ったようだ。本部の鎮圧を命じられなかったブーネはそのまま潜入を続けたい、と志願してきた。

「こんな中途半端なままでは、ぼくの沽券に関わる。」

凜はブーネにしばらくガイアでの諜報活動を命じた。



[新地球暦1839年7月1日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1550年9月16日]


 驚いたのは、フォルネウスに帰って来たグレイスたちであった。

「凜、ずいぶんとエキサイティングな休日だったようだな? おかげでこちらも休暇が長引いてな、いささか暇を持て余していたところだ。」

事件の解決に凜の関与を知ったグレイスが嫌味を言う。

「すみません。極秘に、と言うのが先方(FAI)のご希望だったもので。しかし⋯⋯。」

凜はグレイスたちの姿を見て微笑んだ。いや、驚いて声を失った。


 彼女たちの姿がすっかりと垢抜けていたのだ。騎士の平服といった質素、悪く言えば「田舎臭い」服装ではなく、カラフルで美しい、そしてゴージャスなワンピースでの装いであったからだ。


「その、グレイスたちも、充実した休暇でなによりでしたね。」

最後は笑い声を懸命に抑えていた。

「その⋯⋯なんだ。敬虔な

信徒の皆さんがいろいろと手配してくださってだな⋯⋯。」

グレイスが口ごもる。

「ねえ、凜くん、聞いて聞いて。団長先生マムったらどこへ行っても、殿方にもてもてなのよ。」

アンネ・ダルシャーンが告げ口をする。

「プレゼントがコンテナいっぱいは集まったかも。あとね、1日最低5人は素敵な殿方たちにプロポーズされていたのよ。」


「⋯⋯ソレハソレハ、スゴイデスネ。」

凜の口調がゼルっぽくなる。

「どうです。お眼鏡にかないそうな殿方はおられましたか?」

マーリンもにやにやしながら聞いてみる。


「いや、その⋯⋯なんだ。悪い気はしないものだな。」

グレイスは突然訪れた『モテ期』に戸惑っているようだ。


「きっとそれはバツゲームですよ。ポーカーに負けた男からあなたに求愛するという。」

ゼルが余計な茶々をいれた。

「痛っ。」

グレイスに宿主ごと鉄拳制裁を受けるゼル。


「酷いよ、グレイスさん。あやうく意識だけスフィアに還るかと思いました。」

とばっちりを受けた凜が抗議する。

「黙れ、飼い主の責任だ。」


「そうだ。これだけモテるなら、使わない手はありません。ガイアでの任務、グレイスに凜の『ファースト・レディ』役をしていただくのはどうでしょう?」

マーリンがとんでもない提案をする。

「うーん、それこそ女王陛下と執事にしか見えないと思うけど。」

「それこそバツゲームです。」

ゼルがまだ性懲りもなくつっこみを入れた。


[新地球暦1839年7月2日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1550年9月17日]


 帰国前日、凛はリーナを見舞うためにガラテア州の州都リッチモンド郊外のアシュリー家の邸宅を訪れた。

首都の邸宅はテロリストに襲撃された時に荒らされてしまっていたからだ。

リーナはもう、体力的には回復していた。しかし精神的なショックが大きく、大きな物音や大人の男性を見ると、恐怖がフラッシュバックするようであった。


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」

リーナは凜に抱きついて離れようとしない。

「うん。ごめんね、リーナ。しばらくはこちらには来れないかも。でも、また必ずリーナに会いに来るから。」

リーナは凜を見上げた。

「約束だよ」

「うん、騎士の約束は王の命令よりも上だから。これをリーナにプレゼントするよ。」

凜はリーナに石を渡した。

「なに?」

「軽く握ってごらん。」

リーナが石を両手でもむようにさするとそれは光り始めた。リーナが手を開くとそれは淡い虹色に光っていた。

「すごい、これが月の『龍眼石』ね。ありがとう、お兄ちゃん。とてもうれしい。」

(『犬笛』ですか?)

 ゼルがつぶやいた。この石に見えるものは重力子金属の結晶体を物質に固定したもので特殊な重力波を放つ。凜のように天使の身体を持つものには容易に感知できるが、普通の人間には感知できないものだ。

 それで『犬笛』とゼルがよんだのである。

「リーナが困ったときに、それをさっきのようにして神様に祈ってごらん。きっといいことがあると思うよ。」

「うん。そうする。お兄ちゃんにすぐに会えますように、って毎日お祈りするね。」


ただ、この約束が果たされるのは1年以上先のことになる。

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