第59話:あざやかすぎる、お子様。③

「それでは凜はセト2体のお相手をお願いします。私は二人の安全を確保してますから。」

マーリンが勝手に役割を振る。しかも、ちゃっかり自分の楽な方を選択していた。

「それは名案だね。残念だけど、まずは敵のマリオネットを黙らせるのが先だ。それまで二人を守ってほしい。つまり先にセト(タイフォンのこと)とやり合うのはあなた、ということになるね、よろしく、マーリン。」


凜は気を失ったリーナをマーリンに渡す。

「やれやれ、楽はさせてもらえませんね。奥方もどうぞこちらへ。」

マーリンがリズを呼びよせ、リーナを渡した。


八岐大蛇エイトヘッズ・サーペント。」

マーリンが唱えると杖にからまる2尾の蛇が巨大化し、8つの頭に分かれる。それはマーリンと二人を 守るようにタイフォンを睨みつけた。


天叢雲剣アメノムラクモノツルギ。」

もう一度マーリンが唱えるとカドゥケウスから剣が現れ、マーリンはそれを構える。


「新手か?」

突然、現れた二人が敵なのか味方なのか、どちらの陣営も一瞬計りかねていた。しかし、どちらにとっても目的であるリズとリーナの身柄を確保している。テロリストたちは凜とマーリンを敵として認識した。


空前絶後フェイルノート。」

凜の左手に魔弓、「空前絶後フェイルノート」が現れる。凜は光の矢を束でその魔弓につがえた。そして天井に向かって矢が放たれる。矢の束は渦を巻くように散開すると光の軌跡を残して一気に突き進む。そして次々にテロリストたちの操るマリオネットに突き立った。


 矢はめりめりと音をたてながらマリオネットの中へと侵入する。

マリオネットの躯体が矢を飲み込んだ次の瞬間、マリオネットはバタバタと地面に倒れていったのである。

「ばかな」

テロリストたちはマリオネットを立ち上げようと懸命に手足を動かすが、立ち上がることさえできない。

「これが『加重矢グラヴィティ・インクリーザー』です。この矢じりには重力子金属が埋め込まれていて、

重さ50t分にあたる重力を発生させることができます。あの大きさの機体では自分で立ち上がることすら困難でしょう。」

このゼルの説明が届くのは読者の皆様までで、本当にその情報を必要とするテロリストたちの耳には届かない。


「まさか、スフィアの『お子様』か? どうやってここまで?」

味方であることをようやく識別できたライアンは指示を飛ばす。

「よし、こちらも反撃を開始する。」

特殊警察隊は雄叫びを上げながらテロリストに反攻を開始する。数的優位に加え、マリオネットが向こうにはない。

しかも強力な兵器であるタイフォンは新手に集中している。


「ひるむな。まだ負けてはいない。人質を取り返せ。」

 それでも、テロリストたちがいまだに心理的に優位でいられるのには2機のタイフォンの存在が大きい。

そして、そのタイフォンは人質を取り返すべくマーリンの方へ向かっていった。

「剣だと、それで一体何ができる。」

実は、防具に当たる天使は銀河系にあまねく買い手が付く商品であるが、剣や槍、と言った武器はそれほど売れているわけではない。カスタムメイドであるため高価であること、また強力だとは思われていないからである。それで、昔は天使は武器とパワードスーツの一体型であったが、後に分かたれたのである。


スフィアで行われる選挙大戦コンクラーベはスポーツとしては人気があり、競技としてとりいれたい、と思う人々はいるが、軍人が扱う武器として制式に取り入れたい、という国はわずかである。ただ、儀礼的に使う「儀仗兵」用の武器としては大変人気が高い。


凜がもう一度矢の束を射つ。

今度は2体のタイフォンの両足に面白いように突き刺さる。


「駆動系に異常発生。機動スピードが30%低下します。」

タイフォンのパイロットは思わぬ事態に焦り始める。

「なんだ? 何が起こった?。」

それでも相手は生身だ。マーリンに向かってタイフォンを進めようとしたその時、


拘束バインド。」

マーリンが唱えるとカドゥケウスの蛇たちが鎌首をもたげ、踏み出そうとしたタイフォンの脚に取り付き、仰向けに転げさせた。

「今です!」

ゼルに応じて 凛がもう一度矢の束を射るとそれはタイフォンの四肢に次から次へと突き刺さり、重さでタイフォンは動けなくなった。

仰向けに横たわったまま起き上がろうと懸命に手足を動かす。

「なぜ動かん?」

「駆動部分に過重。過負荷がかかっています。」

訝るパイロットに、コンピューターが無表情に答えた。


「あのセトの姿……。そうだ、どかで見たと思ったら、デパートでオモチャをねだって駄々をこねる5歳児のようですね。」

立ち上がろうとジタバタする姿を現したゼルの比喩に、凛もマーリンも思わず笑いを噴いてしまった。


「バカな。対戦車兵器だぞ。生身の人間相手に何してるんだ?」

その「生身の人間」にタイフォンを屠られ、テロリストたちの間に動揺が走る。


「凜、あと一体残っていますよ。

マーリンに促され、凜は「天衣無縫ドレッドノート」を抜いた。

凜は転移ジャンプすると、まだ機能しているもう一体のタイフォンの後ろに回り、膝裏の部分に切りつけた。

火花が散り、刃が深く突き刺さる。そこにある駆動系の部品は完全に破壊した。

 タイフォンはたまらず片膝をつく。


 凛はもう一度転移ジャンプすると今度は利き腕の肘の部分を破壊した。

タイフォンは榴弾砲を取り落とした。

(人型兵器の欠点ですね。関節部分が圧倒的に弱い。)

マーリンは頷いた。


「マジかよ」

SOEの隊員たちは呆気に取られてしまった。単身で、しかも生身の人間が大型の戦闘兵器を沈黙させたことにである。マリオネットばかりか人型戦闘兵器タイフォンを失ったテロリストたちは、もはや逃走するという選択肢しか残されていなかった。


「テロリストどもを制圧せよ。」

ライアンが命じると一気に状況は決した。


「凜、応援バックアップはこれくらいでいいでしょう?我々は一足お先にヴェパールに戻りましょうか。」

「そうだね。ライアン、また迎えに来るよ。」

凜は、ライアンにリズとリーナを託すとヴェパールに帰還した。

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