第58話:あざやかすぎる、お子様。②

一方、リーナはすっかり脅えていた。飛び交う銃弾の音や、硝煙や血の匂い、怒号や爆音もそうだが、「お兄ちゃん」に見捨てられてしまったのかもしれない、という落胆が彼女の心の拠り所を折ろうとしていた。

「お兄ちゃん、お願い。助けて!」

彼女が祈りのような願いを発した時だった。


「リーナ、私がいるわ。」

それは音声ではなく、直接リーナの意識に語りかけてくる言葉であった。

「ティンク?」

リーナは驚いた。テロリストは彼女たちが外部と通信をさせないため、wifiとなっているピアスとデバイスになるメガネは外していたからだ。

「リーナ、そこに落ちているゴーグルをかけなさい。それがマリオネットの制御システムとリンクします。」


リーナは今瀕死の状態にある隊員の顔から落ちたゴーグルをかけた。肌にあたる部分はまだ温かい。

「これから、ワイアット・アープに侵入します。」

ティンクはワイアット・アープの展開する電脳防壁にハッキングをかけ、それを次々と解除する。

すると突然、リーナの脳に、マリオネットのデータのようなものが大量に流れ込んでくるような感覚がおこる。

「リンク?」

戦闘型マリオネットとのリンクは当然リーナには経験がない。マリオネットを模した、あの小さな猫の人形ぐらいだ。その人形を動かすためのデータリンクとは桁違いの情報だ。ティンクはリーナを励ました。

「大丈夫です。猫のダンスと要領はかわりません。」


(動いて、ワイアット!)

リーナの盾となり、人工知能だけで防戦しているマリオネットがリーナの意思に反応した。

「リンク、ワイアット・アープ。」

リーナが命じる。

「OK、ボス。」

デバイスにワイアット・アープの応答が表示された。


「ティンク、どうやって戦えばいいの?」

「リーナ、あなたは凜様の試合の動画を見たことがあるはずです。それをイメージてください。」

リーナは凜が去った後、凜の試合の動画を幾つも集め、それを何度もみていたし、面白がって猫の人形にも

同じ動きをさせていたことを思い出す。


「ワイアット、ゴー!」

突如、ワイアット・アープがジグザクに前進し、あっと言う間に敵マリオネットの側面に回ると銃を発砲した。側頭部を撃ち抜かれた敵マリオネットが昏倒する。


「いきなり、『シザーズ』か。」

個人認証のはずなのに、なぜかリーナの命令に従うワイアット・アープに驚いたSOEの隊員たちは、そのなめらかな操作にさらに驚いた。


 リーナの動きに驚いたのは味方だけではなかった。敵も排除しようとリーナの機体を包囲しようと動き出す。

「ワイアット、ジャンプ!」

リーナはワイアット・アープを天井まで跳躍させるとシャンデリアを下げる鎖を銃弾で撃ち落とした。

シャンデリアは床に落ちると激しい音をたてる。

攻撃的な効果は無いが、マリオネットの操作は脳波制御式であるため、操者である人間の集中力を一旦断ち切り、敵の反転攻勢への出鼻を挫いたのだ。


「うまい。⋯⋯でも効果は一瞬だ。」

モニターを見ながらマーリンは嘆く。なおも凜は立ち塞がるマッコーリーに告げた。

「すみません。私はこの惑星ではただの他所者です。しかし、私は騎士ナイトなのです。兵士ソルジャーではありません。兵士には兵士の倫理ことわりがあるでしょう。しかし、騎士には騎士のみちがあるのです。」


「政治問題になりますよ、『閣下』。」

マッコーリーの警告に凜は笑って答える。

「あなたが私に頼んだのです、カルバン。『応援バックアップをよろしく』、と。そして、あなたが私をタクシードライバーと呼ぶのであれば、それこそお客様が安全に家に着くまでが私の仕事です。」


転移ジャンプ。」

凜の下に転送陣ゲートが開くと、凜とマーリンの姿は一瞬にして消える。

「え?」

何が起こったのか理解できないマッコーリーは突然消えた二人を探す。彼らが次に現れたのは現場げんじょうを映すモニターの中であった。

「バカな。」


「くそ、驚かせやがって。」

シャンデリアの音でワンテンポ遅れたテロリストたちは即座に体勢を立て直しつつあった。彼らの任務は人質の監禁である。彼らはすでに、人質の回収と撤退に気持ちを切り替えていた。2機のタイフォくりとこちらに向かってくる。マリオネットが二人を庇うように前を立ち塞がるが、セトの持つ槍で簡単に破壊されてしまった。

「お兄ちゃん。」

リーナは心の中で叫ぶ。


「ごめん、リーナ。遅くなったね。」

その時、リーナの 目の前に光る転送陣ゲートが開く。そこには凜、そしてマーリンが立っていた。

「よく頑張ったね、リーナ。」

ついに、リーナが待ち望んできたことが起こったのだ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」

リーナは凜にしがみつくとホッとして力尽き、気を失ってしまった。


「さて、今度はこちらの番だね。『ガブリエル』。」

「 ええ、遠慮会釈は不要ですよ。『メタトロン』。」

凛には6枚、マーリンには4枚の翼がそれぞれの背中に現れる。

天使エンジェル⋯⋯だと?」

天使グリゴリ」という表現は堕天した者を指すことが多く、優美で白い翼の「天使」を見たのは初めてだったからである。

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