第57話:あざやかすぎる、お子様。①
[新地球暦1839年6月29日 惑星ガイア]
[スフィア時間:星暦1550年9月14日]
「凜、潜航いたしますか?」
ヴェパールは凜に尋ねる。
「いや、光学迷彩をかけてくれ。」
「了解いたしました。」
ヴェパールは
すでにブーネを介してリーナの座標は把握していた。
本当はすぐにでも
「では、代理人閣下、
連邦捜査機関(FAI)の特殊部隊にあたる、特殊作戦執行部(SOE)の隊長カルバン・マッコーリーは凜に敬礼する。
「『お子様』は黙って見学していろ、と言いたげですね。」
マーリンが凜に囁いた。
「こちらゼル、敵拠点のすべてのシステムをコントロール下におきました」
ゼルから通信が入る。マッコーリーは隊長であるため、突入作戦には直接参加しない。作戦指揮を担当するのは対テロリスト対策部長のライアン・フリッツザーンである。
「全員配置につけ。」
突如、リーナを監禁しているアジトの電源と通信設備がダウンする。それが、攻撃開始の合図であった。
ヴェパールの射出口が開く。
「
本来は
マリオネットの制式名称は「SSM-256」という味気のないものだが、愛称は「ワイアット・アープ」である。旧世界のアメリカにいた保安官の名前からとられていた。警察の特殊部隊が扱う戦闘マリオネットの中もで最強を誇る機体である。隊員たちは着陸するとマリオネットを切り離す。そして、マリオネット自らもは銃を構えつつ、共に現場へと前進して行った。
マリオネットは天使とは異なり、人が外から操るものである。無論、ある程度は人工知能で自律行動が可能であるため、操作にかかりきりになってしまうことはない。
敵テロリストの数は15名と確認されいた。それに対して30名の隊員が投入されるため、作戦の遂行はそれほど難しくはない、と見ていた。無論、マリオネットを戦闘員と数えれば、その差はさらに倍になり、戦力差は4倍という数的優位にある。
しかし、目論見通りにはいかず、思わぬ苦戦を強いられることになった。
というのも、彼らを待ち受けていたのは「タイフォン」であった。惑星スフィアのアマレク人が使う人型の戦闘兵器「機神セト」をコピーしたものである。大きさは15mほどもある。もちろん、アマレク人はこの機体を
「ウイッカーマンは相手にするな。いなしておいて、回り込め。」
ウイッカーマンとは大型のマリオネットの総称である。ライアンは隊員たちに
しかし人間と等身大ほどのマリオネットには、たとえ2機とはいえ、大型兵器のタイフォン相手では荷が勝ち過ぎた。やはり、犯罪者相手の『武器』と軍人相手の『兵器』では地力が全くと言っていいほど異なる。たとえそれが最強の武器であったとしてもだ。
「くそう、軍用のマリオネットにすべきだったか。」
マッコーリーは、作戦の甘さを悔いた。
しかし、 ワイアット・アープにもタイフォンに対しては的が小さい、という利点もある。なんとか懐に潜り込んでは攻撃を加え、自分の躯体の何倍もある敵の足止めに挑む。まるで、巨大なパイソンに立ち向かう猟犬の群れのようであった。
「目標に潜入しろ。こっちが建物に入ってしまえばデカブツは手出しが出来ないはずだ。」
なんとかタイフォンの防衛線を突破に成功する。しかし今度はテロリストたちが待ち構えていた。すぐに銃撃戦が始まる。
そして、当然ながらテロリストたちもマリオネットを持っていた。そして特殊作戦執行部(SOE) 同様、シカリオンのテロリストたちも非常に良く訓練されていた。マリオネット同士の銃撃戦や格闘戦がアジトの至るところで行われる。
未明の強襲にもかかわらず、テロリストたちは恐慌に陥る事もなく、組織だった反撃をつづけてきたのだ。ようやく建物の裏から回り込んで突破してリーナとエリザベスの監禁場所へとたどり着く。そこまでに7体のマリオネットを失っていた。
隊員たちは、テーブルやソファを転がして拵えられたバリケードのところに女性二人を発見する。
「やれやれ、『お子様』の情報がなければ危なかったか。」
「エリザベス、そしてメアリーナだね。」
特殊作戦執行部(SOE) の隊員が二人に手を差し出した。
リーナは駆けつけた「騎士」が凜でないことにがっかりしていた。隊員たちは用意された防弾ジャケットを二人に着せた。
「人質は確保した。これより脱出する。」
しかし、シカリオン側もそう簡単に彼らを脱出させてはくれなかった。おそらく、彼らも拠点の維持はあきらめたのだろう。脱出を試みる隊員たちに、容赦なく攻撃を加えて来た。しかもタイフォンの使う武器は火力が強く、とても『犯罪者』風情が持っているようなものではなかった。
銃弾が飛び交う。要救助者であるリズとリーナを守るためにマリオネットを使用しているため、どうしても隊員自身の防御が弱い。テロリストたちもその弱点を見逃さなかった。
「うわ!!」
リズとリーナを守る隊員が撃たれたのだ。当たりどころが悪く失血が酷い。アマレク製の重力子硬化弾なのだろう。強化繊維の防弾チョッキでは防ぎようがない。
「大丈夫ですか?」
リズの懸命な呼びかけにも応じられないほどの深手でああった。ぐったりとして、意識もない。
「そろそろ限界のようですね。」
モニターを見ていた凜とマーリンが立ち上がる。
「おい、ちょっと待ってくれ。」
隊長のマッコーリーが二人を止める。
「ここは私の国だ。ここまで送っていただいたことには感謝するが、タクシーのドライバーはタクシーのドライバーとしての役割に徹していただこう。」
凜の表情は極めて冷ややかであった。
「間違わないでください、カルバン。私は
一瞬、気圧されたカルバンだが、去ろうとする凜の肩をつかんだ。
「じゃあ、なんのつもりだ?」
「私は
あなたのプライドと人質の命、どちらが大切なのですか?」
凜の口調はこれまでになく厳しかった。これまで貴公子然と穏やかに振舞っていた凜の素顔から漏れ出る異質の迫力である。いわゆる、実戦の経験がある人間にしかわからない迫力であった。
(こいつ、ただの『坊や』じゃない。)
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