第55話:小さすぎる、貴婦人。②

[新地球暦1839年6月25日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1550年9月10日]


さらに2日後、再び画面に現れた「理解ビナー」はシカリオンの精神的支柱と言われる地球教の「原理パリサイ派」の僧職者ニコラウス・ボッティチェリの解放を要求リストに加わえた。

彼はいわゆる「地球帰還派」ともいわれる原理主義者で、魂が地球に帰るのではなく、肉体が帰るべきである、という教理を主張し、そのための宇宙船を奪取すべきだ、と信徒たちを煽ってきたのである。

それを体現すべくシカリオンが結成されたのだ、と言われている。


「凜、この要求をお前さんはどう見る?」

ケビンが尋ねる。

「実は、彼らにとってこの釈放こそが本命で、これを安易だと感じさせるための素っ頓狂な要求をこれまでしているのかどうか、ということですか?」

「そうだ。」

凜は少し考えてから、

「それもあるでしょう。ただ、これはチャンスかもしれませんね。私に考えがあります。」

「おいおい、一つ譲歩したら土足で5、6歩踏み込んでくるような連中だぞ。安請け合いは怪我のモトだ。」

ケビンだけではなく、本部長のマーティンも反対する。


「とりあえず、人質交換ということにすればいいでしょう。」

凜は説明を続ける。

「おそらく合計7人の人質は、一箇所にではなく最低三箇所か、それ以上に分けられて監禁されているものと思われます。三箇所同時に人質の奪還作戦をかけることは困難です。少なくとも、子供たちは釈放してもらいましょう。失敗なぞしたら幹部はそう失職ものです。そして、こちらの提案に対する反応レスポンスによって彼らの目論見や組織の規模、背後関係などが見えてくるかもしれません。」


本部長は反対していたが、凜がニコラウスに「ボイス」を仕込む、ということを知ると渋々承諾した。「渋々」というのは、彼らにはそのような技術はなく、捜査の主導権を凜に握られることを恐れたのである。

無論、彼らもガイアでは最新式の極微小な盗聴器をニコラウスにしかけた。


[新地球暦1839年6月27日 惑星ガイア]

[スフィア時間:星暦1550年9月12日]


シカリオンによって指定された街で、警察はニコラウス・ボッティチェリ師を釈放した。しばらく街を泳がせていると、彼は光学迷彩を施された飛空艇によって回収されると姿を消してしまった。警察も町中に警戒線を張っていたものの、重力リフトで音もなく持ち上げられてしまっては手も足もでなかった。


そして、翌日アポロニア大陸西岸の大都市ゴールドラッシュ市の市街で人質の二人の子供たちが保護された。ジャスティン・クリーブランドとフィリス・アン・ウイリアムスであった。


リーナが釈放されなかった理由について、「理解ビナー」はリーナ自身が母親と引き離されることを拒んだことと、警察の卑怯なやり口の結果である、と述べた。

実際にニコラウスにつけられた盗聴器は発信することなく終わったのだ。


畜生シッツ!ばれていたのか。」

本部長のシュローダーもほぞを噛んだ。


「まあ、ボイスブラフぐらいの役には立ちましたね。」

マーリンは何気なく言ったのだが、周囲にはかなりの皮肉と聞こえたに違いなかった。

「おかげさまで、こちらの方は気づかれずに済みました。」


会議室のスクリーンに凜のモニターが写された。そこにはゼルが現れる。

「凜、この娘は?」

ケビンが尋ねる。

(こいつ、オタクナードかなぁ、なんでかんで美少女ばかりだ。)

「わたしの名はアザゼル。ゴメルの知恵の実を司る4人の巫女の一人です。ボイスはヌーゼリアル王家に伝わる秘術ですが、私たちはそれをアレンジして使っています。」


その後、ニコラウスの目線の映像がモニターに現れた。会議室を安堵の空気と共に、凜の反応に注意が集中する。

「その⋯⋯」

シュローダーが口ごもる。プライドが彼の言葉を押しとどめていた。


「たまにはスフィア製もやるもんでしょう?」

凜が助け船を出す。今回はマーリンが突き放し、凜がフォローするといういつもとは反対の形になりそうであった。

ほっとした空気が会議室を流れた。

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