第48話:苛烈すぎる、記憶。①

フェニキアの商船は大抵、星系外や惑星外で賊に襲われることを想定して、対艦兵器による武装を施している。しかし、まさか惑星内の、しかもドック内で襲われるとは思ってもみなかったのである。警備員もかなりいたが、戦闘に長けているわけでは無いため、次々に倒されていった。


「どうした?『ティンカーベル』、現況を報告せよ。」

船長は船を司る有人格アプリ、ティンカーベルに命じた。

ティンカーベルは被害状況を淡々と説明する。

「第一警備部、第二警備部、沈黙。第三警備部、交戦中の模様。現在、動力室占拠されています。パーティ会場も占拠され、人質が多数いる模様です。」


「こちらの虚をつかれた、と言うしかないな。」

 船長は忌々しそうにつぶやく。短剣党シカリオンはわりと少人数で行動することが多く、それなりの大きさの船しか狙わないことから、巨大な船体を持つこの船なら安心だと、油断していたことは否めない。


しかし、今回はどうやら小型艇を用いて複数の部隊が同時多発的に作戦を展開しているのだ。統率のとれたやり口は、とても素人のものには見えなかった。

「おいおい、どうなっているんだ? テロリスト風情がえらく手際が良いじゃないか。ティンク、船内の隔壁の閉鎖はできるか?」

しかし、整備中のため、それはできなかった。

「くそ、積荷を守る装置はあるんだがなあ。それに見向きもしないとは。やつらの狙いはなんだ?、。パーティに参加した要人に、暗殺対象でもいるのか?」


やがて、操舵室にも賊が乱入して来た。施錠はしていたものの、スフィア製の対金属重力刃アンチマテリアル・グラヴィティナイフでやすやすとドアを破られる。船に押し入るのにこのナイフを使うことから、彼らは『短剣党シカリオン』と呼ばれているのである。銃を持った賊が乱入すると、それに対して船員はあまりにも無力であった。そこにいた船長以下全員のクルーが拘束されてしまうまで、それほど時間はかからなかった。


「貴様らの目的は何だ? いくらなんでもこんな巨大な船体、お持ち帰りテイクアウトは不可能だぞ。」

そう警告する船長に、テロリストのリーダーとおぼしき男は答えた。

「船長。統御コンピュータのコアを開放してもらおうか?」


「コンピュータ・コアだと?」

テロリストの要求に船長は思わず聞き返した。

コンピュータ・コアとは生体型コンピュータのユニットの中でも有人格アプリがインストールされている部分で、船の最重要部分の一つである。いわば「第二の船長室」と言っていい。


「さては、宇宙航路図が狙いか?」

宇宙航路図とは、銀河系内のすべての有人惑星への安全航路が記録されているものである。そして、ブラックホールやホワイトホール、あるいはワームホールという危険な特異点の座標や、それを利用したワープ航路の詳細が載せられているものである。

それなくしては星系外航海はできない。そして、ガイアにはないものであった。


「そんな物を取っても、貴様ら蛮族だけでは何もできやしないぞ。」

船長の言葉に、

「それはどうかな?」

テロリストたちは余裕を見せていた。


 その間、ロナルドたちは息を潜めて船長室に閉じこもっていたのである。

やがて、操舵室の床の中央部から金属製の円筒状のものが迫り上がる。それがコンピューター・コアの格納容器であった。


 船長が手と網膜による認証で蓋を開けると、テロリストたちは持って来たカバンをあける。そこには小型パーソナル生体型コンピュータがあった。

これもガイアで普通に手に入るタイプのものでは無い。


(いったいやつらの背後には誰がいるというのだ?)

彼らは手際よく二つのコンピューターを接続すると、中のデータと、有人格アプリであるティンカーベルを抜き出そうとした。「ティンカーベル」は有人格アプリでも汎用性の高いもので、高次文明圏惑星では宇宙船、とりわけ商船の制御用に用いられているアプリである。ウインドウズやiOS のようなコンピュータのオペレーション・ソフトだと思ってもくれれば良い。


「何か御用でしょうか?」

突然、直接ハッキングされ、ティンカーベルはいかにも不快そうに尋ねた。


「心配するな、ティンカーベル。データごと、お前を引っこ抜きたいだけだ。」

テロリストはティンカーベルを書き換え、抽出しようとしていた。軍艦用の有人格アプリはフォルネウスの『ルネ』のように個別で作られるが、こうした商船用のものはたいていが汎用なのである。つまり、セキュリティに関しては一枚も二枚も落ちる。


「拒否します。どうぞ、お帰りください。」

当然ながらティンカーベルから拒絶される。

「なんて生意気なんだ。……たかがアプリのくせに。」

テロリストは毒づく。そうはいっても「人格」があるため、「彼女」にも自分の意志というものがあるのだ。


「おい、あまり時間をかけるなよ。」

テロリストのリーダーがオペレーター役の兵士を急かす。ティンクは抜き出されまいと必死に抵抗しているのだ。

(貴様ら『土人』の知識ごときでティンクの防壁を破れはしない。)

船長は心の中で毒づいた。

「仕方がない。強行突破だ。」

オペレーター役のテロリストは銃を取り出した。

「何をするつもりだ?」

操舵士が叫ぶ。

「安心しろ、ただの麻酔銃トランキライザーだ。」

そう言うとコアに麻酔を打ち込んだ。

すると、ティンクの操る防壁の構築速度がみるみる遅くなる。

 というのもこのコンピュータは「生体型」なので麻酔は効いてしまうからだ。オペレーターはティンクに脅しをかける。

「おい、ティンカーベル。お前にも人格があるというのなら尊重してやろう。このコアが眠ってしまえばお前の意志とやらは何の役にも立たない。こちらのやりたい放題だ。お前の大切な乗組員クルーも乗客もみんな殺してやる。そして、次はお前にも麻酔ではなく、毒を打ち込んでやる。

どうする?お前がこちらに来るか、乗組員の命が無くなるか好きな方を選べ。あまり時間は無いぞ。」


(貨物区画の警備ロボットたちをこちらに回せて来れれば、あるいは。)

ティンカーベルはテロリストたちを物理的に排除する方法を取ろうとしたが、もう遅かった。自分の意思にコンピュータが全く反応しないのだ。このままではテロリストにせ宇宙航路図とそれを可能にする有人格アプリである自分を奪われてしまう。そうしたら、この星域の安全は損なわれるだろう。

オペレーター役のテロリストは、ティンクの意識を初期化するプログラムを流し始めた。もう、あまり時間も手段も残されてはいない。


(それだけは避けなければ。)

ティンカーベルは船長と乗組員に別れを告げた。

「船長。そして皆さん、さようなら。短い間ではありましたが、これまでお世話になりました。どうぞファビュラス・トレジャー号をよろしくお願いします。」

船長にはその言葉は彼女が「自滅」を決意したように聞こえた。


「ティンク、正気か?」

船長は驚いて聞き返す。ティンカーベルはほほ笑んで言った。

「大丈夫。私の『代わり』はいるもの。」


一方、ティンカーベルの言葉を敗北宣言と受け取ったオペレーターはほくそ笑む。

「ではこちらへどうぞ、お嬢さん。」

彼は、有人格アプリを運搬するための『鳥籠ケージ』となるパソコンを指差した。ティンクがモニターから腕を出し、指先がそのパソコンの画面に触れると、その姿はパソコンへと移る。


かくしてティンクは『籠の鳥』になった、その瞬間であった。

「うわっ!?」

 パソコンから強い放電があり、オペレーターがその手を離した。ティンクがパソコンに入った、と思った瞬間、ティンカーベルは、そこからさらに、ガイアのネットワークの世界に跳んだのだ。

 つまり、ガイア人のチップを通して、ガイアの電脳サイバーネットワークに入り込んだのだ。

「なに?」

皆があっけに取られた時、今度は隣の船長室にいたリーナに異変が生じたのである。


「いや〜。」

リーナは自分の頭の中に、なにかが潜り込んだ違和感を感じ、叫び声をあげた。

「どうしたの、リーナ? ダメよ、静かにしていなくては。」

突然、頭を抱えて苦しみ出すリーナをエリザベスは抱きしめ、励ます。


 リーナの頭の中に侵入したのはティンカーベルであった。

「リーナ、リーナ、お願い。私を助けて!」

リーナの脳裏にティンカーベルの姿が浮かぶ。

「ティンク?⋯⋯なの?」

リーナは自分の脳内に闖入したものがお友達になったばかりの『妖精』さんであることを悟った。


ティンクは懸命にリーナに訴える。

「お願い、リーナの脳の領域を少しだけわたしに貸してほしいの?」

幼いリーナにその意味は理解できなかった。

「お願い、私の大切な人たちの命が危ないの。それを守るには、リーナ、あなたの助けが必要なの。」


「え?わたしが?」

「そうよ。そうしてくれないと、あなたのパパとママの命も危ないわ。きっと海賊たちに殺されてしまうわ。」

パパとママの命と言われて、リーナに恐怖が走る。そう、彼女の幼少期は孤児院での記憶しかない。何も無い。白く透明な現実の世界。パパのハグも、ママのキスも、冬の夜の暖炉も、暖かいスープも本の物語の中にしかなかった自分の世界。そこから掬い上げてくれ、本物の居場所をくれたのは、パパとママだった。そして、この世に自分がいてもよい、そう感じさせる愛情をくれたのも。

そして、そのパパとママの命が危ないという。

「それだけはダメ。パパとママだけはダメ。いいわ。あなたを手伝ってあげる。私があなたの『ウエンディ』になってあげる。」


(そこはピーターパンでは。)

ティンクは苦笑してそうつぶやいた。そして、それは独り言のはずであった。しかし、リーナはほほ笑んだ。

「だって、『ピーターパン』は私の王子様になる人がなるんだもの。」

リーナがその問いに答えたことにティンカーベルは驚いた。それはつまり……。

(そうか、私たち、もう、リンクしているのね、リーナ。)

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