第47話:秘密すぎる、少女。②

「幻想月世界旅行記」ールーク・ハミルトン・ジャンセン著より。


 「リン。お願いがあるの? 兄と私は龍眼石、という石を探しているの。それは、地球(ガイア)にいるパパの病気の薬の材料に、どうしても必要なものなの。」

アブリルはリンドブルムに必死になって懇願する。

「龍眼石⋯⋯? ああ、魔竜の化石のことだね。」

リンは聞き返した。


「正確には先のメテオ・インパクトの際に、急な温度変化により氷漬けにされた魔竜の体のことだっちゃ。見つけるのはさほど難しくはないっちゃ。惑星北極圏の黒い森にむき出しになった氷漬けの状態でもって転がっているはずだっちゃ。」

妖精ゼルフォートが付け加えた。


「しかし、ここからはずいぶんと離れたところだね、夏場のうちに一気に往復しなければ難しいと思うよ。秋になってしまっては人間にとってはとても厳しい環境だからね。それに、 今日のような魔獣が多く棲息している地域だしなんだ。そして高値で取引されているものだから、悪い人間にも狙われるだろう。……しかし、お父上へも気持ちが本物であれば、きっと神のご加護があるでしょう。」

凜の説明にアブリルは一層熱心に懇願する。


「お願いです。リン。私たちをそこへ連れて行って欲しいの。お礼ならなんでもしますから。」

アブリルは祈るような気持ちでリンに縋った。その真剣さにリンは降参でもしたかのように両手を挙げた。


「解った解った。僕も同じような方向に任務があるから、手伝ってあげてもいいよ。わざわざ宇宙(そら)を超えて来た君たちを空し手で帰すわけにもいかないか。」

「方向は同じっちゃけど、大分足を延ばすっちゃねえ。」

ゼルがため息をついた。

「このお人好しのええかっこしいめ。」


[新地球暦1839年4月27日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]

[スフィア時間:星暦1550年7月12日]


引っ込み思案でおとなしいリーナは、当初は凜に接するときにおずおずととしていたが、徐々に凜に心を開いていき、一週間も経つ頃には、すっかり彼にべったりになっていた。

凜としばらくおしゃべりをした後は、凜の膝に座るか膝枕をしてもらって本を読んでいるのである。

凜も仕事の準備が必要なため、過度に注意を引こうとしないリーナの相手はさほど苦にはならなkった。


 リーナの愛読書は「幻想月世界旅行記」というファンタジーの古典で、ルーク・ハミルトン・ジャンセンという人が書いた本である。


「へえ、月の世界がまるでファンタジー世界みたいなんだねえ。」

きっと小説というよりはラノベにカテゴライズされるような物語である。

「ねえ、こういう物語が好きな私って、やっぱり幼稚なのかな?」

本から目をあげ、凜の反応を見ているリーナは可愛かった。

「そんなことはないよ。本は良いよ。様々な人々人の中にある様々な世界を自由に旅行することができるのだから。僕の住むスフィアはこの作者のスフィアとは少し違うけどね。

でもそれは嘘、という意味じゃない。この本の中では、この世界は本物なのだから。」


 一方、ゼルはティンクと会話を楽しんでいる。ガイアの情報をいろいろとネットワークの中で探しているようである。

「私と違ってティンクは社交的な性格なの。だから、ゼルとお友達になれて喜んでいるのよ。」

リーナも嬉しそうだ。

「でも、お友達が有人格アプリでなくてもいいんじゃないの?」

凜が尋ねるとリーナは寂しそうな顔を見せた。

「パパがね、絶対にティンクの存在を他の人に教えてはいけない、て言うの。悪者が私を攫いに来るから、だって。」

「ふーん。で、僕は良いの?」

凜が意地悪く聞くとリーナは真顔で答えた。

「だって、凜の正体は竜騎士リンドブルム様だもの。正義の味方よ。」


[新地球暦1839年4月29日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]

[スフィア時間:星暦1550年7月14日]


 メアリーナは天才で、10歳でありながらすでに大学受験資格を得ていたのである。凜はリーナについてロナルドに尋ねた。


「あの子は超記憶症候群ハイパーサイメシアなんですよ。」

ロナルドは少し悲しそうな顔をしながら娘について語るのであった。

超記憶症候群ハイパーサイメシアとは見た事象全てを記憶してしまうという、超能力とも障害とも言われる能力である。しかし、リーナの場合はきちんと、能力の発動をコントロールできているようであった。


「それは、リーナの飼っている『妖精さん』のせいなのかな?」

凜がそう切り出すとロナルドはギョッとしたような表情を浮かべた。

「凜にはあれが見えるのかい?」


「ええ、『あれ』、つまりティンカーベルは有人格アプリですね。彼女の能力と関連性が高いと思いますが?」

凜に見抜かれ、ロナルドは頭をかいた。

「しかし、あれは国家機密でね。凜と言えども教えるわけには……。」

ロナルドが渋ると、ゼルがその姿を現した。


「だ、誰だ?」

突然の闖入者にロナルドが驚く。

「私の名はアザゼル。凜に宿る有人格アプリです。あなたには見えないのでしょう? ティンカーベルの姿を。」

ロナルドは頷いた。

「なるほど。スフィアではすでに知られていた技術なわけだ。しかも、きみにもそれが宿っているとはね。それなら、私にも有用な情報を提供してもらえる、ということかな?」


ロナルドは語り始めた。

「実はリーナと私たちは遺伝子上の繋がりは無いんだ。」

「そうだったんですか。」

凜は驚いた。

「友人のフランクはライフワークで孤児院の支援のボランティアをしていてね。当時子供の無かった私たち夫婦に、養子を取ってはどうかと勧めてくれたんだ。


その孤児院ではリーナとルイスという名物コンビがいてね。とかく暗くなりがちな孤児院の雰囲気を明るくしていたんだ。私は痛く感動してね。リーナを養女にすることを決めたんだ。

 妻のリズも全く同意見でね。こうしてリーナはウチの子になったんだ。

それが今から4年前のことかな。


……そして、今から2年前のことだ。僕らは家族でフェニキアの商船の船上パーティに招かれたんだ。」


「惑星間通商国家フェニキア連邦」は、銀河系を股にかけて通商で身を立てる国家である。知的生命体の住む惑星に植民都市を作り、そこをネットワークで結んで物流や文化の交流を促して来た。

スフィアでもガイアでもフェニキアは宇宙港を租借している。

それで現在、スフィアとガイアの間には国交はないものの、フェニキアを通して物流や文化の交流は存在しているのである。そして、若干の人の行き来も存在している。


さて、彼らの持つ星系外航行宇宙船は巨大な物が多い。大気圏内には降下出来ないレベルの巨大さなのである。今回は、その中でもとりわけ大型な商船メルカルト級の最新鋭船「ファビュラス・トレジャー」の処女航海であった。そのため、寄港先の宇宙港ごとにお披露目のパーティが行われていたのである。


それにロナルドとその家族が招かれたのである。


「大きい⋯⋯まるで宇宙の海を泳ぐクジラさんみたい!」

リーナは船を眺め、子供らしくはしゃいでいた。案内嬢(コンパニオン)がロナルドたちを案内していた。


「お嬢さん、こんにちは?」

妖精のようなホログラムがリーナの周りを飛び回る。

「妖精さんだ!」

物語を読むのが大好きなリーナは大喜びだった。


「私はティンカーベル。この船の『妖精』です。あなたは?」

「私はメアリーナ。みんなはリーナ、って呼んでいるわ。ティンカーベル、ぜひ私のお友達になってくれる?」


 養女になって、いきなり上流家庭の子弟が通う学校に入れられたにも関わらず、あっという間に友達でいっぱいにしたメアリーナの面目躍如である。ティンカーベルも嬉しそうに答えた。

「では、私のこともティンク、って呼んで。」


微笑みながらも何のアトラクションなのか考えあぐねているロナルドと妻のエリザベスに案内嬢コンパニオンは説明した。

「あれが『有人格アプリ』ティンカーベルです。この宇宙船『ファビュラス・トレジャー』のすべての業務を一手に統括しているんですよ。」


有人格アプリは自力で星系外航行が出来ない第2種文明圏惑星のガイアには無いものであった。これを自力で開発できることが銀河系でも『先進国』と見なされる最低条件の一つなのである。


三人が船橋せんきょう(操舵室)を見学していたその時だった。


突然、操舵室に警報アラートが鳴り響く。

「大変です。何者かが船内に侵入しました。」

オペレーターが声を上げる。


「すみません、どうやら緊急事態のようです。お三人はこちらに避難していてください。」

船長は操舵室に隣接する船長室に三人を案内すると施錠した。


やがてモニター上には覆面をして武装した男たちが船内で行われていたパーティ会場に乱入してきたのである。

「我々は『ノアの箱船』である。」

世間では「短剣党シカリオン」と呼ばれるテロ組織で、宇宙船を奪うことで知られているグループであった。

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