第46話:秘密すぎる、少女。①
[新地球暦1835年4月13日。アポロニア連邦、チェイニータウン。セント・バーバラ孤児院。]
「おーい、リーナ!今日、俺たちの誰かを里子にする人が来るらしいぞ。」
ルイがリーナたち、女子児童の部屋の扉を勢い良く開け放った。キャー、という女の子たちの悲鳴があがる。
「知っとるわ。はよドアを閉めんかボケ。着替え中やぞ。」
ルイの頭頂部に踵落としを食らわせながら、リーナが答える。
「痛え。⋯⋯な、何すんねん?」
頭をさすりながらルイが抗議する。
「黙れ、ど阿呆。女子の部屋にノックもせんと開ける、ど阿呆には当たり前のことや。」
リーナは下着姿のまま仁王立ちである。
「だから、みんな着替えているんじゃないか。そんなにオッパイに興味があるのか? ルイ。」
からかわれてルイも黙っていない。
「なんだよ。お前のおっぱいなんか、まだ俺と大して変わらないのに、そんなもの見てもしょうがないだろ?」
ルイが加えた余計な一言に、リーナは無言でルイの股間を蹴り上げる。
「痛えよ。ここは攻撃禁止なんだぞ。」
ルイは再び抗議の声を上げる。
「もう一撃ほしくなければさっさと出ていけ。」
二人は再びにらみ合った。
「こら、静かになさい。」
職員が騒ぎを聞きつけてやって来る。
「やばい。」
ルイはそそくさと自分たちの部屋へと帰っていった。
[新地球暦1839年4月17日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)首都カーライル]
[スフィア時間:星暦1550年7月2日]
アポロニア国家連合。(United States of Apollonian )。
アポロニア国家連合は建国してまだ300年に満たない新興国であるが、ガイアでは最強の軍事国家でもある。もともとは小国がひしめいていた大陸であり、周辺の大陸国家からは半ば植民地のような扱いを受けていた。
やがて、それぞれの国家が形ばかりの独立が認められてはいたものの、宗主国から自主外交権や国防権・警察権を取り上げられていた名目のみの独立であり、軍隊の駐留費と称して徴税権すら侵害されていたため、ほぼ植民地時代と変わらなかった。
しかし、アマレクの圧制から自由を勝ち取ったスフィアの民衆の話がつたわると、完全な独立を果たすためには民衆の心と力を合わせることが必要である、と力説したクリストファー・カーライルを中心に「復権闘争」と呼ばれる合邦運動を始める。しかし、それは新たな超大国の誕生を嫌がった宗主国と独立をかけた戦争を経ねばならなかった。長い戦いを経て、ようやく完全な独立を遂げたのである。
以後、「教育・科学・軍事」の三点に取り分け力を入れ、バラバラだった公用語、通貨を統一して国内の融和を計り、国力を高めて行った。
そのため、独立の契機を与えたスフィア王国に強いシンパシーを持っているのは初代大統領、クリストファー・カーライルがかつて率いた「連合共和党」で、彼らが政権を取るとスフィアに対して国交の樹立を要請するのである。
一方、スフィアが「民主主義国家」ではないことにアレルギーを持っているのが現在下野している「連邦民主党」であり、人類の代表者たるアポロニアは、いつかはスフィアを「民主化」すべき義務を負っている、と主張しているのである。
現在、スフィアとガイア諸国の間の国交は無いのだが、宇宙空間の資源管理に関しては互いの交渉が必要なため、国王が個人的に交渉を騎士団長に依頼することが多い。
しかし、士師が自ら訪れる、ということは史上初めてのことであった。それで、一気に修好まで持って行きたい、というのが現在の政権与党である、連合共和党の思惑であった。
首都カーライルの大統領官邸へ続く道は野党連邦民主党の支持者によるデモが繰り広げられていた。
「圧制者は出て行け!」
「月(スフィア)に自由を!」
そう記されたプラカードを掲げ、口々にシュプレヒコールを上げる。
「ずいぶんとまあ、熱烈なお出迎えですねえ。」
マーリンが感心とも皮肉ともつかないことを呟く。
「ごく一部の『市民』の皆さんですよ。」
アシュリーは気にも留めていないようである。
「ようこそ、大統領官邸へ。」
ブラッドフォード大統領は親しみを込めた握手で凜を迎えた。一方、グレイスには前回の交渉の印象があまりにも強かったようで、右手の親指を左胸に突き立てる騎士式の敬礼をしてみせた。
無論、お互いの初めての会談ではあるが、これまで事務方レベルの話がきちんと煮詰められていたので、話は割りとスムーズに行った。
「また9月に訪問させていただきますが、その時には転送技術の検証実験のキットをお持ちいたします。できればそれまでに議会の方に諮っていただければ助かります。是非、議員の皆様方にもご覧いただきたいですし、できればご希望があれば他の国の方にもお目にかけたいですね。」
実は、国王アーサーはここのところ、ラドラーやグレイス、聖堂騎士団長ナルセス・サンダース、衛門府団長カイル・ヨコスカ・ローダンなどをアポロニア以外のガイアの主要5カ国にも遣わして、交渉を繰り返してきたのである。ちなみに衛門府は宇宙港とそれに関係する業務を任務とする騎士団で正統十二騎士団(アポストル)の一角である。
ガイア諸国としては概ね好反応であるものの、効果を疑う者、建設費に難色を示す者、技術の移転を要求する者、と様々なリアクションを示している。
いずれにしても、凛が提唱してきたシステムは最も効率的で安上がりなのである。ただ、効果が実証できさえすれば、である。ただ、実証実験のキットの方はようやく完成し、先月初めての実証実験を成功させたばかりであった。その時撮影された動画を今回持っての訪問であった。
ただ、何度も実験を繰り返して効果があることを証明できるようにならなければならない。
凜としてはこれまで構想500年の案件であったこともあり、できればスタッフとして裏方で技術面から支えたかったのだが、今回、自分が交渉役として、表舞台に出る羽目になってしまったのである。
今回、主に凜とグレイスに付いてサポートしてくれたのはロナルド・アシュリー上院議員である。
ロナルドは今年40歳を迎えた壮年の男で、妻のエリザベスと娘のメアリーナ、そして息子のロバートの四人家族であった。
凜は、グレイスとは別に、マーリンと共にロナルドのカーライルの邸宅を宿舎にしたのである。これはどちらにしてもロナルドと行動を共にすることになっており、翌日の予定の打ち合わせもしやすい、と合理的だったからである。
ただ、ロナルドは非常に恐縮していた。本来なら5つ星ホテルの最高級のスイートルームでも取らねばヘソを曲げる首脳たちの接待とは異なり、極めて質素なものでも二人が文句一つこぼさなかったからである。
(まあ、アイドルの追っかけをしていた前世に比べれば全く問題ないんだけどね。あの硬いバスのシートで寝るなんてざらだったから。それこそベッドが『水平』なだけでもじゅうぶん寝られるだけなんだけど。)
そして、もう一つの理由は、リーナが持つ有人格アプリ、『ティンカーベル』がどうしても気になったからである。
有人格アプリはアザゼルのように一個の人格を持つアプリである。感情や個性を持ち、成長していくためのプログラミングシステムは極めて高度であり、想定外の問題が生じやすい外宇宙航海において必要不可欠なものであった。
よって、ガイアにはまだ無い技術のはずであったからだ。
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