第45話:人気すぎる、女王②
[新地球暦1839年4月16日 惑星ガイア、アポロニア連合国(USA)宇宙港、ブルックリン]
[スフィア時間:星暦1550年、7月1日]
空母フォルネウスが宇宙港ブルックリンに入港すると、大勢の見物客が待っていた。しかし、彼を迎えた政府の代表はロナルド・カーター・アシュリーという上院議員であった。
「国家元首の代理が来た、というのに扱いが低いですね。」
マーリンが凜に囁く。
「正式な国交がありませんから仕方ありません。大統領は執務室でどんと構えて待つ、と言ったところでしょう。」
ゼルが答えた。
「しかし、アシュリー氏は上院の外交委員会の委員長ですし、彼の父ドナルドはスフィアとの国交の開始に尽力した外交通です。数年先には党の要職に就くだろう、と言われている若手のホープですよ。まあ、若手といっても40は回ってますけど。」
「ようこそ、スフィアへ。あなたが棗凜太朗=トリスタン閣下ですね。」
ロナルドは思わずマーリンの手を取って握手をする。
「いえ、わたくしはゲイブ・マーリン。宮廷魔導師です。こちらがトリスタン卿です。」
「申し訳ありません。警備上の関係で、一切、皆様の情報は伏せられていたものですから。」
ロナルドは平謝りであった。
「確かに、円卓は凜の存在を認めていませんから、情報の出が悪いのは仕方がありません。」
ゼルが凜にフォローする。なんとも間が悪いファースト・コンタクトであった。
「いいえ、お気になさらず。今のはそちらへの1ポイントの貸しになっただけですから。棗凜太朗=トリスタンです。どうぞ、よろしく」
もちろん、凜もそれほど気にはしていなかった。自分の容姿に貫目が足りないのは百も承知だったのである。
「これは手厳しい。」
どうやらロナルドはジョークが解る男のようだ。
「最近は不穏な輩が跋扈跳梁してましてね。特に、こうした場では気が抜けないのですよ。」
「テロリスト、ですか?」
凜は昨年末に宇宙港デジマで戦った「
その日の晩は大統領主催の歓迎レセプションが行われた。
そこでの主役は、グレイスであった。真っ赤なイブニングドレスにドレスアップしたグレイスのセクシーさに、凜も度肝を抜かれた。普段の騎士の甲冑姿か、修練の道着か、修道女の服装しか見たことがなかったあらである。
「どうした?何か変なものでもついておるのか?」
グレイスが不思議そうに凜に尋ねる。グレイスは両手を腰に当て、『仁王立ち』をしていた。片方の脚がにゅっと、スリットからはみ出している。鍛えぬかれた、まさにアスリートの脚である。
「いいえ、グレイスさん。そのお姿で仁王立ちはちょっと。甲冑じゃないんですから。」
ロングドレスだが、深いスリットが入っているため、妖艶この上ない。
「やはり筋肉質過ぎてにあわぬかの?」
グレイスが凛の腕を取る。
「いいえ、まるで古代ギリシャの彫刻みたいに、お綺麗です。」
「トリスタン卿。まさかそれが褒め言葉のつもりではあるまいな。まあ、良い。ではエスコートをよろしく。士師閣下。」
二人が腕を組むと、グレイスの方が凜よりもずっと背も高い。
(やれやれ、これでは女王陛下と従者にしか見えませんね。)
二人のあまりにアンバランスな後ろ姿にマーリンがクスリと笑った。
「おお、美しい。」
「まさに月の女王『アルテミス』のようだ。」
「すごい、あの綺麗な腕、そして御御足。」
二人が登場すると、集まっていた紳士淑女のため息がこちらにまで届くようだった。
「まあ、伊達に鍛えてはおらぬ。」
グレイスも得意気であった。
「おお、これはこれはグレイス。お目にかかれなかった月日のうちに、ますますお美しさがまされましたな。」
大統領のザック・ブラッドフォードが駆けよってくる。彼はひざまづいてグレイスの手の甲にキスをした。
「閣下、今日の主役はこちらのトリスタン卿ですよ。それに、国家元首たる者が臣下のような礼をするのはご冗談でもおやめください。」
ロナルドにたしなめられてブラッドフォードは頭をかいた。
「棗凜太朗=トリスタンです。ブラッドフォード大統領閣下。」
ブラッドフォードは凜と握手を交わす。彼は値踏みするように凜を眺めまわした。
「これはこれは、まさに『王子様』ですな。閣下はお幾つでいらっしゃるので?」
王政を敷いていることは知られていれるため、凜が本当に年端がいっていない、と見たようだ。
「この『身体』は今年で16歳の『設定』です。何分、東洋(オリエント)の血が濃いので、背はそれほど高くはならないでしょうね。」
まさか1500歳以上という本当の歳を言うわけにはいかず、子供扱いされるのも甘受する凜であった。
そして、次から次へとグレイスに挨拶に客が『押し寄せて』来たのであった。もはや完全に凜は蚊帳の外へと押し出される形になった。
「しかし、すごい人気ですね。」
凜もたじろぐほどの人気なのである。
「嫉妬しますか?」
ゼルが凜に尋ねる。
「僕が女だったらね。⋯⋯いや、もし僕が女だったとしても、むしろ彼女のファンになっているだろうね。」
凜の答えにマーリンは
「おそらく前回の訪問のイメージがあまりにも強烈だったからじゃないですか?」
と打ち明けた。
今から5年ほど前のことである。
「これはひどいな。」
グレイスはつぶやいた。まるで戦場にでも来たかのようであった。家は爆撃にでもあったかのように跡形もなく破壊されていた。あたりには煙が立ち込めている。
災害救助の専門家集団である
「どうやら鉱滓の不法投棄に間違いありません。」
現場を捜査すていた
「亡くなったのは、マリア・ドレスデン。30歳の女性、そして彼女の娘のエアリー、2歳とのことです。」
「うむ。」
次々に上がってくる報告に耳を傾けながら、グレイスは憤りを感じていた。密漁者の「節約」のためになぜ、罪もない親子が死ななければならないのだろうか。その憤りは徐々にグレイス自身に向けられてきた。
「女性や子供、社会的弱者の保護。それがヴァルキュリア女子修道騎士会のよって立つ大義ではないか。私は一体、何をしているのだろうか?」
そして、宇宙船脱出用小型カプセルも発見される。それを開けたグレイスは眉を顰めた。
「これは⋯⋯いかんな。」
それから、グレイスはラドラー卿率いる
やがて、数十隻の船を捕らえると、いつまで経っても梨の礫のガイア側に業を煮やしたグレイスは、ガイアとの交渉の許可を国王アーサーに願い出た。
「いいぜ、やってみな。」
アーサーは快諾した。そして、ガイアに渡るため、宇宙空母シンシナティも提供する、と決めたのである。
当時、執政官であったハワード・テイラーは「若過ぎる」という理由で彼女の起用に反対した。
「あちらはいくつもの国で成り立っております。一度で交渉するのではなく、硬軟織り交ぜて地道に交渉しなければなりません。」
しかしアーサーは
「いやいや、今まで
とその反対を一顧だにしなかったのだ。
そしてガイアの大国、アポロニア国家連合は、その経済首都アナスタシア上空の宇宙港、ブルックリンの眼前に突如現れた空母シンシナティに驚いたのだ。しかも、その後ろには数十隻の密漁船が繋がれていたのである。
港湾関係者たちは、大統領との会見を申し込んだグレイスを彼らは冷淡にあしらい、拿捕した漁船を置いて帰るように通告した。しかし彼らは信じられない光景を見ることになる。
繋がれていた漁船の1隻を大気圏に向けて射出したのである。漁船は大気圏に突入した熱で燃え尽きてしまった。
「ばかな、あれにはレアメタルがのっているんだぞ。」
港湾関係者たちは驚きや怒りを露わにした。
「貴殿らが心配するのは
グレイスが尋ねる。彼女の低いトーンの口調とは裏腹に、瞳には怒りで燃えるような輝きがあった。
「次の船には乗員が乗っているかもしれぬな。もし、この船があなた方の国と無関係であるなら、鉱滓共々焼却処分にいたすが、如何に?」
そう言うと、拘束された密猟者たちが並べられている船の映像を送ってきたのだ。
「あんた、何を考えているんだ?」
通信員は驚いてグレイスを詰る。
「貴殿も口のきき方に気をつけることだ。私は国王アーサー67世・ペンドラゴン陛下の正式な使者である。放て!」
グレイスはそう命じると、レアメタルを満載した漁船を再び大気圏へと射出した。密漁船は美しくも激しく輝く。地上からは流れ星のように見えるだろう。
「少々お待ちください。レイノルズ⋯⋯閣下。」
慌てた港湾関係者は通商代表部に連絡すると、彼らはすぐに大統領府に報告するようにと指示した。
しかし、「女だと思って甘く見ていた」大統領府は追い払うよう指示して来たのだ。
しかし、ここで動いたのは当時の野党であった連合共和党であった。
騒ぎを聞きつけたロナルド・アシュリー下院議員は、同じ党の上院議員、ザック・ブラッドフォードと共にグレイスに面会を求めたのである。
ロナルドは宇宙戦艦で乗り込んで来た使者が若い女性であることに心底おどろいたのである。
「私はグレイス・トワイライト・レイノルズ宮廷伯である。スフィア国王アーサー・ペンドラゴン67世陛下の親書を携えた正使である。」
ちなみに宮廷伯というのは
二人はグレイスに「
「実は、問題はそれだけでは無い。これをご覧いただこう。」
そして二人はグレイスが出させた者に驚愕した。
「麻薬⋯⋯いや、覚醒剤だ。これが鉱滓と一緒に射出された脱出ポッドに載っていたのだ。つまり、密漁船は麻薬密輸の温床にもなっている、ということだ。無論、こちらにもこれを買い付ける者がいるわけなので、一方的にそちらだけの非を咎め立てするわけにもいかぬがな。しかし、申し訳ないが、次は発見次第、容赦なく撃墜もやむなし、という意見もあるのだ。」
スフィアで覚醒剤を製造しようとしても、アーサー・システムの義眼デバイスによってすぐに摘発されてしまうため、密造は困難だ。密輸しか方法はない。金銭の授受は宇宙港のデジマで行えば済むのだ。
「確かにこれは、政府間の協議が不可欠ですな。大統領へは我々が時間を空けさせます。」
この後、ようやく大統領との会見が実現したのだ。まあ、大国の大統領のスケジュールを空けさせるのは容易ではないためのグレイスの力技であった。
首都カーライルの地上港には初めて首都にやってくるスフィア人を見ようと群衆が詰めかけた。
空母シンシナティから降り立ったのは白い騎士団礼服に団長の赤いマントを来た長身のグレイスだった。
皆、その美貌と圧倒的なオーラに釘付けになった。どうにも、アポロニア人の好みにどストライクな容姿だったようだ。もっとも、群衆がオーラと感じてくれたものの正体は、彼女が義憤と緊張感にみなぎっていたからに他ならなかったのである。
当時の大統領エドワード・スティングレイは満面の笑みでグレイスを迎えた。
そして、グレイスはようやく当初の目標を果たしたのである。
「その時の様子が報道された時にグレイスさんに奉られた異名が『月の女王』『アルテミス』だったというわけです。」
しかし、野党よりも先に、スティングレイがグレイスを出迎えなかったツケは大きかったのだ。この覚醒剤を密造していた組織が当時の与党連邦民主党の大物議員に献金していたことが明るみに出たのだ。先にその証拠の覚醒剤を手にしていたら、そちらの案件は握りつぶすことができたはずだからである。
また、その議員によって国家犯罪捜査局や違法薬物取締局などに圧力が加えられていたことが明らかになったからだ。しかも、大統領秘書官の一人も、収賄の罪で逮捕されてしまったのだ。これが、時の大統領スティングレイ政権の致命傷になり、1年後、彼は政権を追われることになった。後の世に言う『ムーンゲイト事件』である。
その後、副大統領のジョナサン・クラインが昇格したものの、翌年に控えた大統領選挙まで求心力を得ることができなかった。
彼は大統領選挙で争ったが、連合共和党の候補となったザック・ブラッドフォードに苦杯をなめさせられたのである。
「なるほど。それはグレイス様様になるだろうね。」
凜もその理由に納得がいった。
「では、脇役は少しくつろぐとでもしますか。」
凜が壁際のソファに腰掛けると、凜の視界の片隅を光る物体が通り過ぎた。
「?」
ゼルも気がついたようだ。
「凜。有人格アプリの
凜が天井を見上げると「それ」はいた。緑の服に帽子をかぶり、4枚の羽で飛翔する「妖精」である。その「妖精」はこちらに気づかれていることを認識していないようで、凜やグレイスの周りを自由に飛び回っていた。
「グレイスも誰も気がつかない、ということはスフィアの所属ではないようだね。どこの『子』だろう? 」
「あの、無防備、いや無邪気ともいえる飛翔の仕方はスパイの手のものでもないようですね。私が行って調べてみましょう。」
ゼルが身を起こそうとした時、それは再び蝶のようにひらひらと舞い上がると、凜たちの近くを旋回し、それからやはり会場の別のソファに座っている少女のもとに舞い降りた。
「ティンク。ご苦労様。」
少女がそう話しかけると妖精は一瞬でその姿を消した。
ガイアには無いはずの有人格アプリを所有する少女。凜は興味をそそられて彼女に近づいた。
「こんばんは。」
凛が話しかけると、その少女は身体を強張らせ、抱いていた大きなクマのぬいぐるみに顔をうずめた。
「キミ、妖精さんとお友達なのかな?」
凜の問いに、少女は背中をぴくりと一回震わせると、おずおずと顔を上げた。
「あなたにはティンクの姿が見えるの?」
凜は少女を怖がらせないように微笑むと
「もちろんだよ。実は、ボクも妖精さんのお友達がいるんだ。」
そう答えた。すると、ゼルがその姿を現した。
「『銀河の妖精』シェ◯ル・ノームです。」
「ゼル、そこはボケない。」
少女は『ゼル』と聞くと目を輝かせた。
「ゼル? あなたは白銀の妖精『ゼルフォート』なの?」
少女の愛読する物語に登場する竜の涙から生まれた白銀の妖精。彼女の心臓の鼓動が高鳴る。
「いいえ、『歌の妖精、アザゼル』です。ゼル、と呼んでくださいね。」
そう自己紹介した。やや盛っていたが。
「すごい、思っていたのよりずっと大きいわ。」
少女の目が輝く。
「さすが『大きいことはいいことだ』が国是のアポロニアの娘ですね。」
『大きい』と言われたことが気に障ったのか、ゼルが毒舌モードに入りそうだったので凛は慌ててそれを制した。
「僕は棗凜太朗=トリスタン。月から来ました。凜と呼んでね。」
少女はメガネをかけていた。正確には眼鏡がたデバイスであり、ガイアでは一般的なものである。ガイアでは個人認証用のマイクロチップを体に埋め込み、ピアス型ルーターを耳につけ、メガネ型のモニターデバイスをかけるのである。
「リン?⋯⋯もしかしてあなたが竜騎士『リンドブルム』?」
「いや。『りんたろう』だよ。騎士ではあるけど。それでは、キミの名前を教えてもらってもいいかな? 、
思いがけない展開に少女は思わず答えた。
「メアリーナ・アシュリー。みんなはリーナ、って呼ぶわ。」
「アシュリー?」
聞き覚えのある姓だ、と思った時に、そこにロナルド・アシュリーが現れた。
「おお、リーナ、ここにいたのか? おや、トリスタン卿、あなたがお相手をしてくださっておられたのかな? リーナ、そろそろキミはオヤスミの時間だ。ママと(ホテルの)お部屋に戻っていなさい。」
そういうと、ホテルのボーイにリーナを託し、再び会場の人の輪へと戻っていった。
(アシュリー上院議員の娘さんだったのか。しかし、なぜ有人格アプリがあの少女に?)
そう訝りながら、凜はパーティへと戻って行った。
凜の今回の来訪は大統領との会談で惑星防御システムの導入について交渉するためだったからである。
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