第5部:「眼鏡っ娘お嬢様(ロリ)を守るぜっ」―対テロ組織編―

第44話:人気すぎる、女王①

「幻想月世界旅行記」ールーク・ハミルトン・ジャンセン著より。


「生い茂る黒い森の頭上を『月』が蒼く輝く。水を湛えた美しい、月。それは少女アブリルの生まれた惑星ほしでもある。


「走れ、アブリル。追いつかれるぞ!」

旅に同行する兄クリントが彼女の背中を押す。

漆黒の闇に包まれた木々の間を獣たちが疾駆する。時折、月明かりが木洩れるとその眼は月光を反射して怪しい光を放った。

足音は聞こえぬが、彼らが踏み砕く小枝の音や、枯葉が飛び散る音が聞こえてくる。


少女は気を取り直したかのように再び走りはじめた。そう、『月』に目を上げてその美しさを味わっている場合ではないのだ。

人狼ウエアウルフです。回り込まれると厄介ですぞ。」

ガイドのピーターが猟銃ライフルを背中から下ろし、込められた弾を確認する。


やがて眼の前の森に光の切れ目が見える。

「森の、出口か?」

はあ、はあという人狼の吐息がこちらまで伝わってくるようだ。そこに行き着くと森は終わり野が開ける。

水面が月明かりを映してキラキラと揺らめく。その光の正体は湖であった。


そして、正円に満ちた月が、その影を湖面に落とす。その月はアブリルとクリントの星、ガイアであった。

「まずい。追い詰められたか。」

クリントとピーターはアブリルを背の後ろへ下がらせ、銃を構えた。


そこへ巨大な狼が現れる。その数は7体。

「人狼か。」

狼は輪になると3人の 周りをぐるぐると回る。彼らは回りながらその包囲網を徐々に絞っていく。

バシャバシャと水音もあげる。

パン、と乾いた銃声が湖面に響く。それは狼の足元に火花を閃かせる。薬莢の落ちる音が微かにした。

「外したか。」

ピーターが舌打ちと共に呟く。

狼の喉を鳴らす声が吐息に混じり始める。アブリルは恐怖で身がすくむ。

「神様⋯⋯。」

彼女の口から微かな祈りの言葉が口をついて出た。


その時だった。彼女の前に、白く大きな影が現れる。

「きゃっ。」

驚いた彼女が叫び声をあげると狼の大きな唸り声が上がる。


「リンドブルム⋯⋯。」

うらみとも怒りとも含まれた憎しみを込めた声が人狼からあがる。

人狼は狼の姿を捨て、人の形を取り始めた。

「獣のなりの方が有利であろうに。それを自ら捨てるとは。なんとも愚かなことだ。」

上の方から涼しげな少年の声が響く。

アブリルが恐々と目をあげると、白銀の甲冑を纏った亜麻色の髪の少年だ。白馬に跨り、大きな刀を肩にかついでいる。

月明かりに照らされて白皙の頬はなお白く、アイスブルーの静かな青を湛えたその瞳は、月明かりに照らされサファイアのごとく輝く。

「リンドブルムよ。我が一族の恨み、思い知るが良い。」

人狼たちの背後から禍々しいオーラが巻き起こる。


「ゼル、この者たちに加護を。」

「はい、リン様。」

小さな黒髪の妖精が蝶のような羽をひらめかせ、3人の周りを飛ぶと、たちまちキラキラと煌めく光の結界が作られる。

「私は妖精ゼルフォートと申します。これは人狼を寄せ付けぬ白銀の結界。こちらの中におとどまりくださいますよう。」


「助かった。まさか王子殿下がこんなところにまで駆けつけてくださるとは。」

ピーターがヘナヘナとその場に座り込んだ。


人狼が跳躍する。しかし、リンドブルムは馬上からさらに彼らの上に跳躍すると鞘から刀を抜いた。その刀身は月の光を含んでまるで濡れたような怪しい光を湛えた。

そして、人狼が彼の命の最後に見たものは、その刀身に映り込んだ己が瞳であった。

大きな水しぶきをあげ、人狼は湖面に叩きこまれる。おびただしい血しぶきがあがった。


残りの人狼がジリジリとリンドブルムとの間合いをつめていった。

「妖刀『七代目村正』⋯⋯またの名を。」

リンドブルムの言葉が紡ぎ終わる前に二体の人狼が跳躍し、彼に襲いかかる。月明かりを映す刃が再びきらめく。ザブンと大きな音とともに湖面が水飛沫を上げた。

その二体も湖面に突っ伏し、動かなくなった。


「ラ・クリマ・クリスティー⋯⋯。」

クリントとアブリルの足元でピーターが呟く。

「誰なんです? あの少年は?」

クリントの問いに、ピーターはやや昂奮気味に語る。

「スフィア国王アーサー陛下にお仕えする『円卓の竜騎士』、リンドブルム大公ジュリアン王子殿下にあらせられます。最強の竜騎士ですよ。」


 恐怖から解放され、紅潮するピーターの顔を見ている間にさらに三体の人狼が切られ、高々とその首が舞い上がった。

最後の一体はアブリルたちを人質に捉えようと襲いかかるがゼルフォートの結界に阻まれた。

銀の炎がその腕の侵入をゆるさなかったのだ。

「人狼風情にアタシの結界は破れないっちゃ。あきらめて『乾燥ドッグフードカリカリ』でもかじっていたら良いっちゃ。」

ゼルが笑い飛ばす。


「くそ、覚えてろ。」

最後の一体は身を翻すと矢のように森へと逃げ込もうとした、その時。

リンドブルムの指から放たれた弾丸がその心臓を貫いた。

「ぎゃんっ。」

人狼は一声あげただけで、その勢いのまま前へ倒れ込んだ。


「シルバーバレット。魔弾だよ。僕は魔弾使いなんだ。⋯⋯まだ、お馴染みじゃないのか? 存外僕も存在感が薄いようだね。⋯⋯ところで、みなさん、ご無事ですか?」

リンドブルムが近づくと、ゼルがその結界を解いた。


ピーターは平伏して感謝を現し、無事を確信したクリントもその場に座り込んだ。

リンドブルムはアブリルに近づく。

「あ、あのう⋯⋯ありがとうございます。リンドブルム様。」

アブリルは地面に頭がつくかと思えるほど頭を下げた。

「僕のことはリン、でいいよ。お嬢さん、お名前を伺っても良いかな? 我が命をかけてかけてお守りした貴婦人レイディの御名を。」



「メアリーナよ。メアリーナ・アシュリー、みんなはリーナ、って呼んでいるわ。」

本を閉じて少女はそう声を上げてから周りを見回した。恥ずかしかったからだ。「幻想月世界旅行記」。ファンの間では略して「幻月」と呼ばれている。この少女もこのファンタジーの虜であった。


「リーナ、お客様がお見えになるわよ。そう、『月の王子様』よ! 姉やのアデラに着替えを手伝ってもらいなさい。」

キッチンから母のエリザベス(リズ)の声が聞こえる。


「はーい。」

リーナは本を置いて立ち上がった。



[星暦1550年、6月25日、ヌーゼリアル大公スフィア領、公都シャーウッド。]


この話は、前章より星暦を1年ほど遡ったところから始まる。


「メグ、僕はしばらくシャーウッドここを留守にするから。」

修練の後、シャワーを浴びて戻ってきたメグに凜は唐突に告げた。


「え?」

唐突な言葉にメグは思わず聞き返した。

「アヴァロンへ帰投するのか?」

「違うよ。」

メグの問いに凜が否定する。

「じゃあ


「では、どこへ?」

凜は夕暮れの空に青く輝く月を指差した。


「月ですよ。」

マーリンの言葉にメグはさらに驚く。

「『月』、というのは連星ガイアのことか?」

連星ガイアは惑星スフィアと公転軌道を共にする有人惑星で、今から2000年ほど前、地球からの移民船のうち半分が入植した惑星である。


大きさもスフィアとガイアはほぼ同じで、互いに自分の惑星を「地球アース」、相手を「ムーン」と呼び習わしている。


惑星スフィアで地球人種テラノイドは単一国家を成しているが、惑星ガイアは移民船の出身地ごとに国に分かれている。ただ、スフィアのように他の異星人は入植していない。例外なのは、フェニキア人で、彼らが惑星間交易を請け負っているのである。


現在、スフィア王国はガイアの国々と正式な国交を結んではいない。というのも、スフィアは1800年ほど前のメテオ・インパクトの影響で、惑星への入植が遅れ、二つの惑星の社会の進歩の度合いに、若干の温度差があったためである。


ただ、まったく音信不通、というわけではなく、王都キャメロット上空にある宇宙港デジマに、ガイア各国の通商代表部の事務所が置かれていて、そこが『大使館』の役目を果たしているのである。

また、同じようにガイアの軌道エレベータを有する7つの大国にスフィア王国の通商代表部が置かれている。

国王はそこで新惑星防御システムの宇宙港への設置について交渉を重ねていたものの、首脳レベルの交渉が必要になってきたため、改めて凜をガイアに派遣することにしたのだ。


「実は、今回の交渉はグレイスさんに付いてきてもらうことになったんだ。」

団長先生マムに?」


グレイスは5年ほど前に、ガイアとの交渉の経験があった。


 その時の交渉は「密漁船」の取り締まりに関するものだった。ガイアとスフィアには数万とも数十万ともいわれる衛星が存在する。

その多くは岩石の塊である。しかし中にははニッケルやアルミニウム、鉄や希少金属レアメタルが含まれる「金属衛星」がある。


大きさは大抵50m以内のものが多く、「金属含有極小衛星ナゲット」と呼ばれている。

船乗りの間では俗に「鯨」と呼ばれ、「金属含有極小衛星ナゲット」を捕まえて金属を取り出す宇宙船は「捕鯨船」と呼ばれることも多い。


問題となったのはその捕鯨船の一部に、金属を取った後の鉱滓を惑星スフィアの大気圏に直接投げ込んで処理する者たちが居たのである。

この処理法は大気圏突入の摩擦熱を利用して鉱滓を焼き尽くすものであるが、投入角度を間違えると大惨事にもなりかねないので、禁止されている。


本来は、宇宙港まで「鯨」を引いて行ってそこで金属を精製しなければならない。そして専門のギルドに委託して、鉱滓を処理してもらわなければならないのだ。


しかし、ガイアの船は「デジマ」以外の宇宙港に入港できない上に、処理費用もバカにならないので、その不法投棄を続けていたのである。

何度か燃え尽きない鉱滓が地上にまで落ちて被害者が出るという悲惨な事故が起こったため、国王はグレイスにガイアと交渉するように依頼したのだ。


「その時の『ご活躍』⋯⋯を踏まえまして、今回も応援を頼んだのですよ。」

口ごもるマーリンにメグは少し怪訝そうに

「そうか、『活躍』であれば問題は無いではないか。マーリン卿、私からも団長先生(マム)によしなに伝えて欲しい。⋯⋯その、それで、いつあなたは帰ってくるのだろうか?」

メグが聞きたかったのはここだったのだろう。凜は微笑むと答えた。

「夏祭りの前には帰ってくるよ。」


「⋯⋯そうか。」

凜の答えにはにかむような、そしてほっとしたような笑顔をメグは浮かべた。


[星暦1550年、6月30日]


今回は、リックとビアンカもシャーウッドに残して来た。

空母フォルネウスにヴェパールが接続し、エレベーターでフォルネウスの艦橋(ブリッジ)まで上がると、そこにはグラストンベリーから乗り込んだグレイスと、アンネ・ダルシャーンが待っていた。


「グレイス卿、お久しぶりです。今回は御同道いただいてありがとうございます。」

凜はそう言いって敬礼した。グレイスとは春の祭りの御前試合以来の再会である。

「凜か、王室主催の弓比べでは活躍だったそうだな。メグが嬉しそうに報告してきたぞ。」

そう言って、二人は握手を交わした。

「ええ、ありがとうございます。私はガイアは初めてなので、グレイスさんがいると、心強いです。」


宇宙港を離れ、フォルネウスは一路ガイアに向かった。

「夜空に浮かぶ青い月も良いが、二つの青い惑星ほしを一度に見るのはなんとも乙なものだな。」

グレイスの言葉に、宇宙旅行が初体験であるアンネは子供のようにはしゃいでいた。


「24時間後にはガイアに着きますよ。現地時間の『午前中』に着く予定になっていますから、時差ボケ対策をお忘れなきよう。」

マーリンの言葉にも上の空の様子であった。

「心配するな。これでなんとかする。」

そう言ってワインのボトルを艦長席のデスクに置く。

「なるほど、寝酒という訳ですか?」

苦笑するマーリンにグレイスは言った。

「マーリン卿、たまには付き合ってもらおう。月見酒といこうじゃないか。」

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