第42話:高すぎる、代償。


[星暦1551年 8月25日]


それは、アマレク総督ゲラシウスから『交渉再開のための交渉』の打診が来たのである。


「どうやら、やっと『解凍』されるのか。」

『凍結』からの一転に、凜がほっと一息ついたが、

「そう、問屋が卸してくれるものでしょうかねえ?」

マーリンは過度に期待しないよう釘をさした。


[星暦1551年 11月3日]


彼らは総督府であるカルナック宮殿へと通された。

 今回の交渉はクレメンス大統領、そしてゲラシウス総督が代表であった。そしてクレメンスの護衛武官としてアトゥムも部屋の片隅に侍していた。


型通りのあいさつの後、ゲラシウスは本題に入った。

「どうだね。『転送ゲート』技術の移転へ同意出来そうかね?」

しかし、凜の態度はきっぱりとしたものであった。

「何度もご説明差し上げたとおり、御断り致します。なぜなら、この技術はまだ研究途上のものなのです。しかも、技術を公開する前に、法整備をしなければならない案件なのです。この技術が犯罪や軍事に応用されたら、それこそ宇宙の秩序が崩壊します。まだ、時ではないのですよ。」


凜はしばらく考えてから、つづけた。

「しかし、定点転送機をお譲りすることはできます。つまり、アマレクの12の主要都市を一瞬で結ぶネットワークの構築です。宇宙港を結ぶシャトルは不要になるような優れものです。

 無論、主要システムはブラックボックス化させていただいた上、メンテナンスはこちらでやらせていただきますが、建設費用こちらが持ちますし、運用に関しましては、当然貴国の自由にしていただいて構いません。いかがでしょうか?」

スフィアにとっても、これが最大限の譲歩であった。


「それは良い財源になりそうですね。ついでに我が国にも必要ではないのかな。」

そう言いながら部屋に現れた人物に凜たちは驚いた。

ハワード・テイラーであった。凜は立ち上がって一礼する。


「テイラー卿、お久しぶりです。いらしておられたのですか。」

ハワードは問いには答えず、クレメンスやゲラシウスとあいさつを交わすと、凛の側にではなく、ゲラシウスの隣に席を取った。


「さて、ハワード君、先ほどのこの者の言をどう思う?」

ゲラシウスは意味ありげにハワードに問いかけた。


「はい、そもそも、このものはスフィア王国国王から統治を委任された円卓の一員ではございません。士師を僭称する詐欺師にて、我が国とはなんの関わりもございません。」

「な……。」

ハワードの言動に凜や同席していたマーリンもラドラーも絶句する。


ゲラシウスはソファに深々と座りなおすとクレメンスに命じた。

「ではクレメンス君、彼を逮捕したまえ。」

クレメンスは慌ててゲラシウウスをいさめる。

「お言葉ですが、総督閣下。トリスタン卿には外交官として『不逮捕特権』があるのですが。それも我が国の刑法に触れるようなことをなさったわけでもありません。どうかお考え直しを。」

それにもゲラシウスは動じない。

「聞いただろう、クレメンス君。ハワード君によれば、彼はただの詐欺師だそうだ。」


「なんか、まずい展開になってきていないか?」

ラドラーが隣のマーリンに耳打ちする。

「そうですね。どうするつもりなんでしょうねぇ?」

マーリンも首を傾げる。


凜が笑い声をたてた。

「なるほど、そう来ましたか。しかし、私を逮捕するのは簡単ではありませんよ。テイラー卿。」

凜はソファに座ったまま組んだ足を組み替えた。


「もちろん知っているさ。お前の中にある兵器の真の名は『ガブリエル』。我が国最強であることはな。ただ、我々もこれまでただ手を拱いてきたわけではない。『コード;エデン』の苦杯から1200年、『ゴシェン』解体から500年、

貴族ハイランダーである我々の苦杯の時は、決して短くは無いのだよ。」

ハワードも自信がありそうだ。

「では閣下、よろしくお願いします。」


(なんだか『越後屋』と『悪代官』みたいな会話ですね、黄門様?)

ゼルが凜に耳打ちする。

(どちらかといえば、『越後屋』と『用心棒の浪人』じゃないか、八兵衛?)

凜もボケ倒す。


「さあ、新兵器の威力を見てもらおう。インプ隊、突入せよ。」

ゲラシウスの一声で漆黒のボディスーツに身を包んだ部隊が部屋になだれ込んだ。

「凜、どうしますか?」

マーリンが声を上げる。


「マーリンはラドラー卿の保護、そしてルネの安全を頼む。彼らの狙いは僕だけだが、人質になられると困るのでね。」

すると、マーリンとラドラーの足元に転送陣ゲートが現れるとその姿は一瞬にして消えた。フォルネウスに転送したのだ。

「大統領閣下、供の者たちが中座する無礼、ご容赦願います。」

凜は立ち上がるとクレメンス大統領に一礼した。


「なるほど、これが『アザゼル』の能力ちからというわけか。……欲しいな。」

ゲラシウスが呟いた。

「お断りします。」

ゼルがアマレク人にも見えるように、ゆっくりと姿を顕した。


「任意のものを任意の座標に転送できるのはこの『アザゼル』だけです。そして、彼女はゴメル人が残した知恵を司る4人の巫女の一人です。」

ゼルが会釈をする。そして、凜は自分の頭を指差した。

「ただし、アザゼルを抽出するにはここを抉じ開けないとなりません。ただ、私もそうされると困ってしまいます。死んでしまいますからね。ですから、そう簡単にお譲りするわけにはまいりません。」


ゼルが口を開いた。

「警告いたします。わたしたちがこの惑星ほしを預けたのは、スフィア国王アーサー・ペンドラゴンだけです。その意を踏みにじろうとするには、あなた方の力はあまりにもお粗末です。過ぎた力を望んではなりません。」


「ずいぶんと余裕だな。この者たちの力はすでに見てしっているはずだが。」

ゲラシウスもかなり上から目線の凜やゼルの態度にイラッとしているようだ。丹精込めて育てあげた新兵器インプをこれほどまでに見下されていることに。


「なるほど、スフィア最強兵器『ガブリエル』を相手にすることが、みなさんの新製品のデモンストレーション、というわけですね。」

窓から外を眺め、凜は大きく伸びをすると、爽やかな笑顔をみせる。

「宣伝になると良いですねえ。」

もう一度へやを見回す。総督府付きが10人。大統領府付きが10人。戦うには屋内ではあまりにもせますぎる。


「閣下。ここは遊び場にしてはあまりにも狭いですね。容積キャパシティがあまりにも足りません。河岸を変えませんか。」

凜の不敵な提案にゲラシウスは苦笑する。

「では表の広場でやりたまえ、存分にな。」

そういうと、秘書に大きな窓を開けさせた。常夏の国の秋の風が吹き抜ける。


 総督府アブシンベル大統領府カルナックはメンフィスで最も広い『国民広場』に面して建てられている。

 広大な広場の周りや入り口には規制線が張られ、人影も警備の兵士と撮影クルーだけで閑散としていた。

上空には撮影用のドローンが何十台と飛び交っている。


「おお、空中戦マニューバで、しかも殲滅戦メレですか? あまりにもテレビ向けではないですね。脚本とカメラワークをしっかりと決めておかないと、ぼやっとした映像にしかなりませんよ。これでPRになりますかどうか。」

 窓から広場を眺めながらダメ出しをする凜の背後にインプ隊が躙り寄る。

「問題ない。我々の躯体にもカメラが装着されている。」

総督府隊の隊長、スネフェル・アトキンスが説明した。

「なるほど、そうですか、資料用に、私のモニターに映る動画も提供しましょうか? よかったらリンク先を教えてください。」

 凜は、命のやり取りをこれからするとは思えぬ平静さであった。


「さて、ゲームを始めましょうか? ただ、ここは互いに堂々と名乗りを上げてから始めましょう。それが500年続いたスフィアの騎士道です。」

 そう言って凜は窓から身を投じる。するとその背から6枚の翼が現れるとそれは凜の身を包み込む。間もなく閃光がその隙間から漏れ出し、翼が広がると長く緩やかな白い衣を身にまとった姿で現れた。凜は翼を広げたままゆっくりと広場の中央にある尖塔オベリスクの上に降り立った。スフィア最強兵器ガブリエルの完全態である。その全身は重力子が光子変換する光を放ち、昼下がりの陽を浴び燦然と光を放っていた。


 凜の周りに二つのインプ部隊が展開する。80体の部隊だ。そして、凜が飛び立った窓から先ほどのインプ部隊が黒い光翼をきらめかせながら周りを取り囲んだ。凜の左手には魔弓「空前絶後フェイルノート」、その右手には霊剣「天衣無縫ドレッドノート」が現れた。


そして凜は騎士の名乗りを上げる。

「我はスフィア王国の正統十二騎士団アポストルが一翼、聖槍騎士団に属する者。その「第十三旅団、国士無双」を預かりし者。我が名は『棗凛太朗=トリスタン」である。

 我が甲冑の名は『ガブリエル』。『御門みかど熾天使セラフ』と呼ばれ、天国と地獄の鍵を司る者である。我が望むものを天国へ誘い、我が裁きを下せしものを地獄へと降すものである。

 我が左の手には魔弓『空前絶後フェイルノート』。つがえし矢をただの一つも落とさず、王の敵の心臓を貫くものなり。

 我が右の手には霊剣『天衣無縫ドレッドノート』。残像すら残さず、王の敵のこうべを砕く者なり。」


朗々と名乗った凜にぱちぱちと手をたたきながら二人の隊長が凜の前に進み出た。

「アマレクにはそう言う習慣はないのでね。隊長の自己紹介で失礼するよ。俺はスネフェル・アトキンス。総督府付き特別武官だ。」

「俺はタケロット・クレメンス。大統領特別補佐武官だ。 先回は不覚をとったが、もう油断はしない。」

(スネ夫とジャイアンです。)

ゼルが自前で勝手につけた二人のコードネームを繰り返す。


(スネフェルのスネ夫はわかるけど、タケロットのジャイアンがわからん。)

凛のツッコミにゼルはややしたり顔でいう。

(ジャイアンの本名は剛田タケシ。タケつながり。)

(なるほど。)


「じゃ、始めようか。」

凜が弓に光の矢を番えた、その時だった。

「ちょっと待った!」

凜の前に飛び込んで来たのは天使を展開したトムであった。

「各々方。このように、多勢に無勢など言語道断です。どうか、アマレクの誇りを思い出してください。」

(おいおい。ここでまさかの『のび太』くん乱入とはな。)


戦闘の出端をくじかれたインプ隊は甚だ不快な表情を浮かべた。


(どうする、『ドラえもん』?)

ゼルは凜に対応を促した。

(とりあえずは様子を見ましょう。)

凜は様子を見守ることにした。


タケロットはトムに怒鳴りつけた。

「アマレクの誇りを忘れたのは貴様だ、カーメス!なぜ、大統領の御前に、よもやスフィアの天使なぞまとってノコノコと出て来やがったのか、恥を知れ。まあ、良い。御二方のご意志に逆らうとは。大した度胸だ。おい、こやつは逆賊だ。まずこいつから始末しろ。」


当然、インプ隊は隊長の命令に逡巡する。クレメンス家の護国官に刃を向けることになるからだ。

「心配するな。やつはまだアヌビスを起動出来ない。貴様らでも十分に勝てる。」

インプ隊は二手に分かれ、凜とトムに対して攻撃を加えはじめた。


フェルネウス内のモニターで様子を見ていたラドラーは感心していた。

「そうか、トムのやつずいぶんと成長したもんだな。」

2年ほど前、テロリストの脅威に直面した時、恐怖のあまり身動き一つもとれなかった少年が、目の前の不公正に敢然と立ち向かったのだ。そう、自分の足で立ち上がって。


しかし、兵士用の天使では、インプの性能にとても太刀打ちできるものではなく、トムは善戦空しく、やがて力尽き、ついに、片膝をついてしまった。槍を杖に息も絶え絶えのトムにタケロットが近づく。


「どうしたカーメス。それで終わりか? なぜ私に、いや、国家に背いたのだ?」

タケロットは槍の柄でトムを殴ると、彼は倒れてしまった。トムはまたゆっくりと起き上がろうとした。


そして、あえぐように言葉を絞り出す。

「いいや、俺が背いたのは国ではない。アマレクは正義によって立つ国だ。こんなのは公正フェアネスに反している。国際法に反して外交官に攻撃を仕掛けることもそうだ。多勢に無勢で寄ってタカって襲いかかることもそうだ。

僕にとってアマレクも地球人種テラノイドも関係ない。俺は、卑怯な人間にだけはもう、なりたくない。ただ、それだけだ。」

そう言いながら、トムは立ち上がる。しかし、立ち上がっただけで、武器をとって構えるまでには至らなかった。


「さあ、槍を取れ、カーメス。俺が止めを刺してやる。」

トムが槍に手を伸ばしたその時に、タケロットの剣がトムの胸を貫いた。

トムはそのまま地に突っ伏した。

「騎士の情けだ。感謝すると良い。」

タケロットが言い放った。


「戦死判定。これより、保護モードに入ります。」

ついに、トムに『戦死』が宣告された。


「トム⋯⋯」

ラドラーは天を仰いだ。

「のび太、死亡の模様。」

ゼルが凜に告げる。凜も手加減モードで、インプのデータを取っていたのだが、そうも言っていられなくなってきた。トムに割かれていた人員が再び集結しようとしていたからである。


 しかし、事態はそれにとどまらなかった。スネフェルが再び剣を手にトムに近づいて行く。

「さて、ただの『判定』の死では僕は不服だね。本当に戦死していただかないと。」


「どうする、ドラ美ちゃん?」

凜が防戦に手一杯でゼルに意見を聞く。

「絶対絶命⋯⋯じゃない?」


すると、ゼルは凜に向かってVサインを突き出した。

「大丈夫。『しずかちゃん』が間に合ったようです。」

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