第38話:突飛すぎる、ジョブチェンジ。

「夢……だったのか?」

 俺が意識を取り戻して眼を開けると、眩い光が眼に入る。

最後、虚空に向かって俺が伸ばした手を誰かが握っていた。逆光で顔は見えないが、どうやら女性のようだ。髪が長いのだ。しかも烏の濡れ羽色、ともいうべき美しい黒髪である。


“彼女”の口もとが動く。

「握手会、残念でしたね。」

しかも、その声は男のものだった。「残念な」ことに、俺の手を握っていたのは男性だったのだ。俺はびっくりして手を引っ込めた。


「す⋯⋯すみません。しばらく眠っていたもので。ところで、ここはどこですか?」

自分で言っておいて、そうか、と俺は記憶の糸を手繰る。乗っていたバスが事故を起こし、それに巻き込まれたはずである。寝呆けていたのだろうか。

「ここは病院、ですか?」

俺は起き上がろうとして失敗した。ただ、身体に痛みはない。


「いいえ、ここはティル・ナ・ノーグ、電脳空間サイバースペースですよ。」

先ほどの男の声だ。医者だろうか。眩しさのあまり、先ほどの振りほどいた右腕を俺は眼にあてがった。

「すみません、眩しかったようですね。光量を調整しますね。」

ほどなく、眩しさはなくなり、俺は改めて周りを見回した。


「はじめまして、棗凜太朗さんですね。私は宮廷魔導師のマーリンと申します。端的に言いますと、あなたはすでに死んでいます。その、バスの事故でね。」


「オマエハ……モウ、シンデイル?」

俺は世紀末でもないのに世紀末覇者的に、彼の言葉を繰り返した。

「そうですね。あなたはすでに亡くなっています。人間としては、ですけど。」


男の宣告に俺は息を飲み込んだ。「端的に」、最悪の答えを出されてしまったからだ。でも、俺は自分の手を見つめる。死んだはずなのにきちんと感覚も残っている。


「話は長くなりますが、掻い摘んでお話ししますと、死んだあなたの身体から脳が摘出され、生体ホストコンピューター『オモイカネ』の部品として組み込まれ、宇宙移民船イザナギに積み込まれたのですよ。」

(俺の脳が摘出された?)

衝撃的な答えに俺は思わず聞き返した。

「なぜ?」

俺の問いにマーリンは、俺の首からぶら下がっているものを指差した。

「献体の署名をなさったでしょ? その、YSIのプロジェクトに。」

思い出した、そうだった。


 宇宙移民船イザナギは、世界各地で建造された50隻の移民船とともに船団を組み、地球から35光年離れた可住惑星を目指し、困難な旅をする、そしてそのうちの36隻が無事に到着したのだ。

 そして、移民船は二手に分かれ、18隻ずつのチームで惑星スフィア、そして公転軌道を共にする連星である惑星ガイアのテラフォームを開始したのだ。


 それからおよそ300年の歳月をかけ、惑星スフィアはテラフォーミングを終えようとしていた。その時に不幸な事故が生じる。小惑星がスフィアに衝突したのだ。惑星は再び氷河期へと戻るほどのダメージを受け、小惑星に直撃された4隻の移民船が犠牲になった。


後の世に言う「メテオ・インパクト」である。


 ダメージを受けた惑星を効果的に再テラフォームするために、移民船全てのホストコンピューターを統一し、「JUSTIN」という統合人格のもとでミッションが続けられていた。しかし、100年ほどたってようやくテラフォームが完成しようという時に、事件が生じる。


 今度はその「JUSTIN」が暴走したのだ。


 それを引き起こしたのは、自分の脳をとある移民船の生体コンピュータに自らの脳を組み込んでいたマッド・サイエンティスト、ジム・ハリスであった。彼はモルドレッド・モリアーティ、通称「ドM様」として俺たちの前に立ちふさがることになる。


 彼はこの計画を失敗させるために、自分の脳に破壊プログラムを入れておいたのだ。暴走した「JUSTIN」はメテオ・インパクト後に設置された移民船を小惑星の衝突から防御する兵器を互いに向かい合わせ、移民船の全滅を図ったのだ。


 後の世に言う「ウロボロスの蛇事件」である。


それを一先ず止めるため、選ばれたのが……。

「私だ。」

部屋の扉が重そうな音を立てながら開くと、別の男が入ってきた。


「これはこれは陛下。こちらが棗凜太朗。円卓の騎士『トリスタン』の名を背負うものです。」

マーリンが陛下とよんだのは、大分混血は進んでいるが、大和人の血を持つ顔立ちの男であった。

「私はこのイザナギの船長、鞍馬哲平だ。凜太朗君、長い間、人類のためにありがとう。」


 聞いた名だと思ったが、この、献体システムの発案者となった科学者の名であった。彼の妻である可南子さんが、「JUSTIN」の暴走を止め、そのデバッグとリプロムラミングをしているのである。

 しかし、今度は「JUSTIN」そのものが停止してしまったため、それに代るシステムが必要になったのだ。そうしないと、衛星軌道上に展開する移民船のクルーたちが死んでしまうことになる。


「つまりここにいる人間は今、存亡の危機にある。それは私たちに託された人類の未来そのものの危機でもある。この、『オモイカネ』は、このマーリンの民の知恵を受け継ぎ、人類を救わねばならないのだ。そして、君も選ばれたその一人なのだ。」

 哲平さんの説明は俺にとってはあまりにも突拍子も無いものだった。

ツッコミどころ満載なのだが、簡単に説明すると、マーリンの民はこの惑星に元々住んでいたのだが、科学の進歩によって、物質(電子)の身体を捨てて、霊(重力子)の身体を手に入れたため、この星から居なくなってしまったのだそうだ。

 そして、この男、マーリンは管理者として星に残っていたのだが、この惑星に植民しようとする人類のあまりの不甲斐なさに、助けを与えようとしてくれたのだ。


その条件が、この星を綺麗に使うことだ。

そのために、救世主、また王として選ばれたのが、この『オモイカネ』だった。「オモイカネ」には俺を含む10人の少年少女の脳がCPUの補助として組み込まれているのだ。その一つが俺の脳だったわけだ。

 さらに、そのシステムにコールドスリープしたままつながれた鞍馬夫妻、その脳も含まれている。

「君も手伝ってくれないだろうか? でないと、人類は滅びることになる。」

正直、全然理解出来ない。

「もし、断ったら?」

俺は尋ねた。何も、見も知らない人間のために働く必要があるとは思えない。第一、めんどくさい。


「それは困った。このままだと、君も私も死ぬことになる。」

鞍馬博士はおかしなことを言っているように聞こえた。

「そもそも、もう僕は死んでしまったのです。……それが何か問題でも?」


その時だった。部屋の中で、『宇宙への架け橋』が流れ出したのである。


「きみが、(きみが)いてくれたから。わたしの(みんなの)夢が、そこに届いたんだ。

どんなに(どんなに)遠く離れても、夢は無限さ(無限大)。夢は光よりもはやく、私ときみを結んでくれる。きみと私は一緒なんだ。」


鞍馬博士、いや哲平さんが真面目な顔で言った。

「そうだな、そうなってしまうと、『君』に託された『ゆいたん』の『夢』や『思い』も死ぬことになるが、それでもいいのかね?」


俺の中で何かがはじけた。そう、ゆいたんの歌声に俺は、俄然、奮い立ったのだ。そうだ、俺はゆいたんに励まされて来た。

「人生にやり直しはきかない。」しかし、俺は死んでしまった。だったら、ゆいたんのお願いを聞いても良いのではないか、いや、聞くべきだ。なにかを「取り返す」ことができるかもしれない。


「……いいですよ。俺、凡人ですし、大したことは何もできませんけど。どうせ、もう死んだ人間みたいですし。」

俺は手を哲平さんに差し伸べる。


「ありがとう、恩にきる。『人類の』なんてたいそうなことは言わない。君は『ゆいたん』の『夢』のために戦って欲しい。」

俺と哲平さんはがっちりと握手をかわす。


「どうやら話がまとまったようですね。では、凜太朗さん、あなたにパートナーを授けます。手を出してください。」

俺が、哲平さんの手を離してマーリンに手を差し出す。マーリンは俺のてのひらに卵を置いた。


「念じてください。一番大切なものを。」

(一番、大切な……もの)

俺が念じると卵に変化が生じる。卵の中から何かが出てこようとしていた。

「鳥でも生まれるの?」

殻に穴が開くとそこから光と煙が噴き出した。


「⋯⋯⋯!?」

俺は驚いて尻もちをつく。そして、そこから現れたのはなんと、「ゆいたん」であった。

「宇宙にかける架け橋」のコスのゆいたんだったのである。

「ゆいたん?」


「わたしはゆいたんではありません。これはあなたが望んだわたしの姿アバターです。わたしの名は『アザゼル』。あなたに与えられた力、『ガブリエル』と対を成すものです。」


「トリスタン、あなたには重力子アストラルの身体、ガブリエルが与えらえています。あなたの脳にインストールされたこのアプリケーション、彼女の名は『アザゼル』、わたしの民の知恵を汲み出すための道具です。」

マーリンが説明する。


「トリスたん?」

「それがあなたの騎士としての名前です。あなたは、惑星スフィアを治める王、「アーサー王と円卓の騎士」を構成する一員、「眷属ハイ・エンダー」に任じられたのです。そして、『トリスタン』であって『トリス』ではありませんよ。凜。」

マーリンは笑いながら説明した。


「では、最初の仕事を始めましょう。移民船の機能を復活させ、再びテラフォームを始めるのです。」

以来、俺たちはスフィア王国のために働いて来たのだ。


 移民船のスタッフとともに移民船で運ばれてきた数千万に及ぶ人間や動物の凍結受精卵を惑星で生まれさせ、文字通り、地球の人類社会を再現してきたのである。


[星暦1551年 5月21日]


「まあ、僕の名前がちょっと変わっているのも、こんな訳があるんだ。人類の言語は元『英語』と呼ばれた標準語スタンダードに統一してしまったからね。」

凜が話しを続けた。

「そして、僕たち眷属ハイ・エンダーの脳は、千数百年にわたって生体コンピュータに繋がれていたことによって劇的な変化が生じたんだ。大脳皮質の一部は、独立したスーパーコンピュータとして、別働するようになった。僕ら眷属ハイ・エンダーは、これを大脳皮質コンピューター(cerebral cortex computer)、略してC3(シー・キューブ)と呼んでいる。そして、ここがゼルがインストールされ、支配している領域なんだ。」


「それは、僕らの闘い方を変えた。そう劇的にね。僕が君たちの闘い方を見る。それはログとして記憶され、ある一定のデータが蓄積されると、君たちの次の挙動を予測することができる。それもかなりの正確さでね。だから僕はタケロットさんの動きが手に取るように読めたんだ。」


「凛、それは凛が追跡矢チェイサーを一度に複数本扱えることとも関係しているのか?」

メグが質問する。

「いいことに気がついたね、メグ。試したことは無いが、追跡式矢チェイサー・ミサイルなら同時に20本くらいは別々の的に撃ち込めるだろうね。それも、ミクロン単位の正確さで。」


「無茶苦茶だな。確かにラドラー卿の言う通り、まさに『生きた理不尽』だな。」

リックがため息を吐く。


「まあ、僕の場合、ゼルの扱う技術が『転移・転送』に特化されていることも関係しているかな。座標系は特に強いんだよね。」

凜は笑った。


「でも、なぜ凜はそんなことを俺たちに打ち明けたの?」

トムが聞く。


 「理由は3つある。一つは僕が『最強』の天使の持ち主だということを知っていて欲しい。僕のもう一つの持つ力『ガブリエル』に関しては、まだ所有者の僕でさえ、本当のスペックは把握できていないんだ。アザゼルを守るための『殻』としか聞いていない。

 だから、僕の戦い方を見ても、自分にがっかりして欲しくないんだ。僕は人の皮を被った人ならざる者なんだ。

 だからと言って、僕のことを怖がらないで欲しいんだ。それが2つ目の理由。僕ももともとはただの『ドルヲタ』だしね。」


「それは、凜にとっては『黒歴史』なのか?」

リックが聞く。

「そんなことあるか、⋯⋯と僕は言いたいが、客観視すればリックのいう通りだよね。」

凜は苦笑する。


「そして、最後のもう一つの理由は、たとえ最強でも、僕一人では何も出来ない、ということを知って欲しいんだ。僕は宝具レガリアを抜いて見せたが、円卓は僕を認めようとはしなかった。だから今でもこうして苦労している。

  もちろん、僕も彼らを強制したいと思わない。これは、みんなでやらなきゃ意味がないんだ。『救い』は待っているだけではだめだ。力を合わせてみんなで勝ち取らなきゃいけないんだ。


 だから、みんなの力を僕に貸して欲しい。ここはみんなの惑星だ。地球人種テラノイドだけのものじゃない。アマレク人だけのものでもない。ヌーゼリアル人だけのものじゃない。だから、みんなで手と手を取りあって守ろう。

 ……だから僕はこの旅団に13の名を付けた。

 円卓には「13」の席がある。これはキリストの最後の晩餐にインスパイアされている。13番目の席は呪われた席。資格ある者以外座してはならない席、なのだ。そして、そこが『僕ら』の席だ。


 そして、マーリンは13から『麻雀』の役の一つ、国士無双の名前をつけてくれた。これは13種類の字牌と一と九の牌を集める役だ。一枚一枚ではなんの役にも立たないけれど、みんなが揃う時、その役は最強となる。みんなも一人一人の力は小さいけどみんなが力を合わせれば僕たちは最強チームだ。」

凜は話したらすっきりとしたらしく晴れ晴れとした顔をしていた。


「じゃあ、円陣でも組もうか。」

不意にリックが言い出した。そして、仕切りだす。

「凜、手を下において。」

そして、マーリン、メグ、アトゥム、ビアンカ、そして自分の手を重ねた。

「よっしゃ。みんなで力を合わせて頑張るぞ、ファイト!おー!」

そう、気合いを入れた。


「みんな……。」

凜は思わずじーんと来てしまった。

しかし、

「やり直し。凜の手に私の手をのっけたーい。」

ビアンカがブーイングを入れる。

「じゃあ、凜の手の下が私だ。」

メグも対抗する。


「おいおい、せっかくここまでかっこいい流れで来ていたのに。」

リックが苦笑する。そして、女子のリクエスト通り、もう一度円陣を組んだ。


「ねえ、リックはどうして今の円陣やろうと思ったの?」

マーリンの問いにリックはしれっと答える。

「いやあ、俺が将来、執政官コンスルになったらさ、俺の伝記がかかれるわけじゃん。なんか、こういうエピソードが入っていたら、ちょっとかっこいいかなって思ったから。」


(こいつ……侮れません。)

凜の正体に触れても全く折れないリックのハートに、一同が驚愕した瞬間であった。








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