第35話:遠すぎる、雪解け。

[星暦1551年 4月8日]


春の例大祭は、凛とマーリンは二人とも1日目は地位の奉納試合、2日目と3日目は準天位の奉納試合で優勝し、凛に関しては夏の大祭で準天位への昇格が決まった。


 天位にならないと執政官コンスルに就任する資格が取れないので順調に昇格することは望ましいものではある。リックは1日目と2日目は優勝。3日目はベスト8で敗れた。

リックもゼルの戦い方を身体で覚え込まされているので、なかなかどうして、強くなっているのだろう。

メグも1、2日目は優勝したものの3日目に挑戦した準天位の奉納試合では2回戦止まりであった。優勝すれば準天位への昇格は確実であったが、ここは足踏みである。


「凛に逆転されちゃったね。」

ビアンカの意地悪な言い方にメグは

「旅団長が強いのは当たり前であろう?」

澄まして答えた。メグは凜の方が自分よりはるかに強いのは分かっているので、気にもならないのである。


「ところでビアンカは技巧騎士の資格は取れたのですか?」

逆にマーリンに突っ込まれてしまった。

「うう⋯⋯。パパが厳しいんだもん。」

 ビアンカは、凛の旅団に所属しているものの、普段は父や祖父の工房で修行をしているのだ。

名匠の家系らしく、普段はビアンカに激甘な二人も、こと刀剣に関しては一転、鬼のように厳しくなるらしい。


「課題が⋯⋯」

祭の間も、遊べるどころか旅団に随行した工房の職人さんの手伝いに追われていたのだ。

職人の派遣は、父ラッキースターがビアンカが騎士団に入団を許可する条件であった。無論、無資格のビアンカに大切な武器を預けるわけにはいかず、凜たちも助かっていた。


「さすが、オヤジさんも強かだね。」

凛は苦笑した。

「でも、あまりにも厳しすぎるようだったら、国王陛下主催の統一試験の方を受験してみたらいいかもね。」

 徒弟制度を取るギルドでは、弟子の技量に対して客観的な判断をっくだすことに難しさを覚える、という親方も多い。自分の贔屓目で、技術が未熟であるにも関わらず一人前の太鼓判を押してしまったり、逆に厳し過ぎて、十分資格があるにもかかわらず、騎士へ昇格させずに芽を摘んでしまう、ということも多い。それで、親方の判断とは別に技能の度合いを公平に測る統一試験を設けられているのである。

 一級の資格に合格すれば、それを根拠に騎士への昇格を認めてもらえることになる。


[星暦1551年 4月10日]

 ラドラーのもとに凜から知らせが入った。

新エクスカリバーの実証実験を見せて、クレメンス大統領と交渉したいので、アポイントを取って欲しい、というものであった。


「トム(アトゥム)。」

ラドラーは団長室に呼ばれ、神妙な顔をしているアトゥムに微笑みながら言った。

「今度、陛下の仕事で、また凛のお供でメンフィスまで行くことになった。君もついて来なさい。このあいだの祭りでの君の活躍、実家のご両親も喜んでいるそうだよ。」


「はあ。」

アトゥムは気が進まなかった。先日の祭で、アトゥムは初日はリックに敗れたものの、2日目、3日目は共に優勝したのだ。しかも最後の3日目の優勝、はリックがベスト8に止まった人位のチャンピオンシップ大会であったのだ。


 実家の両親はたいそう喜んでくれたが、養親であるクレメンス大統領はまるで無関心であったのだ。

(俺はできて当り前、そうでなければダメを出される立場だからな。)

 正直に言って、肌の色で時折差別されることもあるものの、なんのしがらみも無いグラストンベリーでの生活の方がアトゥムにとってはかえって気が楽であったのだ。


[星暦1551年 4月20日]


 アトゥムにとっては久しぶりに踏んだ故郷の地であったが、

「暑い。」

その心に湧き上がる感想はこれ一択であった。

(こんな暑いところで育ってきたなんて信じられん。)

グラストンベリーも惑星スフィアの回帰線上にあり、十分に熱帯地方であるが、赤道直下に存在するメンフィスはまた格別の暑さである。


凛とマーリン、ラドラーは大統領官邸アブシンベルに招かれ、中庭に通される。そこにはすでに前もって神殿のスタッフが新エクスカリバーの実証機を持ち込んで組み立てていたのである。

 実際には、何度も実証実験を重ね、その都度現れる課題をクリアしながらのものである。すでに、実験室より大きな規模での実証段階に入っていた。


 実証実験のスタッフに差し入れを用意してくれたラムセスがふらっと凜たちのもとを訪れる。

「クレメンス大統領、宮殿の中庭をお貸しくださり、ありがとうございます。」

凜のあいさつにラムセスも笑顔で答えた。

「いえいえ、こちらこそ。うまくいけば宇宙港の屋上はすべてお貸しすることになりますからね。」

 実証機は、転送陣を機械的に発生させる装置で、物体を別空間に送り出せることが出来れば成功、ということになる。


「送りだす目的地は決まっているのかね。」

クレメンス大統領は興味深そうに尋ねる。


 実験対象となる物体は自動車で、その下にはボートがつけられていた。

「ええ。幸いメンフィスは海に面していますから。海上のどこかへと転送します。

本来、転送は正確な座標に送り込むことが最重要なのですが、今回の場合、なるべく遠くへ、そして我々に害となる影響を及ぼさないところまで遠ざければ良いのです。

 今回はこの被験体にGPS発信機を付けてあります。この車の質量でしたら、10km以上、遠くの海に排除できれば、成功、ということになります。」

凛は説明した。


 そして、準備が出来たことがスタッフから知らされると、クレメンス大統領は招待していた要人たちを招き入れる。

  陸戦騎士団エネアード空戦騎士団オグドアードの団長といった軍幹部や政府の閣僚、また科学者たちである。


「では、実証試験を始めてください。」

  マーリンに促されてスタッフが実証を開始する。

固定されたレーザー発射機からいく筋ものレーザーが照射される。すると光で円が描かれ、ついで、その中に複雑な文様が浮かぶ。


みな食い入るように見つめている。

やがて、完成した転送陣に向かって、被験体の車がゆっくりとレールに沿って進む。そして、光の文様に差し掛かると、車は文様をを通り抜けずに、その姿を消し始めたのだ。


「おお」

という低いうめき声が見守る人々の間から漏れる。

転送陣ゲートに入った車の姿は完全に消えてしまった。


「問題は、距離だね。」

凛はマーリンに囁く。つまり惑星を削り取った破片が惑星近辺や公転軌道上に残らない、という担保が必要なのである。

「GPS確認しました! メンフィス東沖25kmの海上です。機竜ホルスによる確認をお願いします。」

スタッフの声が弾む。機竜ホルス(飛行型戦闘ロボット・スフィアの能天使エスクアイにあたる)が飛ばさされ、GPSを頼りに探索が行われた。


20分ほど経ち、

「被験体発見しました。」

その一報とライブ映像がモニターに入る。アマレク側に検証させることで、この実験がいかさまではないことを証明するためであった。


 見守る人々の間から歓声と拍手が沸き起こり、スタッフたちも喜びのあまり踊りあがった。今回出た転送距離が最高であったからだ。


 凛とマーリンは安堵のため大きく息を吐くと、ハイタッチを交わした。

これで転送陣ゲートをレーザー発生機によって描く新しい惑星防衛システムが有効である証明ができたのである。


「素晴らしい、実に素晴らしい。」

クレメンス大統領にも握手を求められ、凛やマーリンと両手でがっちりと握手を交わした。


アトゥムは何が起こっているのか分からず、ラドラーに説明を求めた。

「空間跳躍技術の応用さ。凛の頭にインストールされている『アザゼル』ってアプリでキング・アーサーに遺されている『ゴメル人』の知恵を引き出せるんだ。

特にアザゼルは『時空の魔女』って呼ばれていてな、瞬間移動の専門らしい。まあ、実用化されれば航空機もいらなくなる時代が来るかもな。そんときゃうちの騎士団は廃業、ってことになるかもな。

 ようするに小惑星を爆砕するんじゃなく、徐々に空間ごと転送して削っていく、というやり方なんだ。」


 ただ、この時代の空間跳躍はまだワープ航法か重力子航法アストラル・ドライブしか知られて

いない時代であった。

 その夜はパーティーが催され、交渉が順調に行く、とそこにいる誰もが確信し、和気藹々とした雰囲気さえ、みなぎっていた。


しかし。


 アトゥムはパーティー会場の端っこでソフトドリンクを楽しんでいた。

アマレク人の肌に含まれる色素はメラニンではなく葉緑素フラボンなので、光に当たると光合成し、酸素と糖分を作る。そのため、アマレク人は極めて少食であり、いわゆる穀物を摂取する必要はあまりないのだ。ただ、歴史的に地球人種テラノイドとともに過ごした時間が長かったため、スフィアに住むアマレク人は食べることが好きな人が多い。


「おい、カーメスじゃないか。カーメス・マクベインだろう、貴様?」

後ろから不意に自分のかつての名前を呼ばれて、アトゥムは振り返った。そこには見知らぬ長身の男が

立っていた。


「すみません。今はアトゥム・クレメンスという名になっています。失礼ですが、どちら様でしょうか?」

昔の名を知るものと会うことなどめったにないので、アトゥムは身構えた。

 彼がその男を良く見ると、親衛隊の軍服を身にまとっており、徽章から総督府を護衛する部隊の騎士で

あることが見て取れた。男はアトゥムに対して皮肉っぽい表情を浮かべる。


「ふん、大統領の養子様にでもなると、自分が犯した大罪すら忘れてしまうらしい。」

アトゥムも、スフィアに渡ってから4年近くが経っており、当時の友人に会ってもわからなくなっていた。なにしろ一番大きく変化する成長期の4年だ。それに、その当時の記憶は忘れてしまいたいほど忌まわしいものであった。


「ジャン・アトキンス、この名前をまさか忘れたとは言わないよな?」

アトゥムは雷にでも撃たれたかのような衝撃を感じた。

 ジャン・アトキンス。それは初等学校時代、アトゥムを散々イジメにイジメぬいたかつての同級生の名前であった。

「かつての」と過去形なのは、アトゥムが初等学校を卒業した日、彼を散々痛め付けた挙句、アトゥムに「殺してやる」、と脅した少年である。そのとき、生命の危険を感じたアヌビスが突然起動して、彼を含むイジメに関わった数人の少年たちを惨殺したからである。


 アトゥムは当時の出来事が電流のようにフラッシュバックするのを感じ、その時の衝撃を思い出して

頭が真っ白になってしまった。

 男は名乗った。

「俺はスネフェル・アトキンス。ジャンの兄だ。俺も、殺された他の奴の家族も、貴様のことを忘れない。確かに、弟にも非があったかもしれない。しかし、貴様に切り刻まれて殺されるようなことまではしていないはずだ。」

 アトゥムは耳を塞ぎ、激しく頭をふる。

「違う。あれは⋯⋯俺の意思ではない。俺にはそんなことをしたかったわけじゃない。」

アトゥムは後ずさる。


スネフェルはアトゥムに顔を近づけると凄んだ。

「俺はいつか、必ず貴様を殺してやる。貴様のその忌まわしい鎌によって無惨に切り刻まれた弟の仇を必ずとる。弟の無惨な亡骸を見て、俺の母親は精神を病んでしまった。何しろ抱きしめてやることすらかなわなかったのだからな。そうだ。貴様は俺の家族も全員不幸にした。そして、それは俺の家族だけでは無い。貴様を殺したいほど憎んでいるやつはこの国にはたくさんいる。俺は貴様を許さない、絶対にだ。」


アトゥムは後ずさりをし過ぎて人にぶつかってしまう。

「す、すみません。」

彼がぶつかった相手は凜であった。


「アトゥム、どうしました? すごい顔をしていますよ。」

一瞬、凜は「顔色が悪い」と言いそうになって止めた。肌の色の話になってしまうと人種間トラブルの元となりかねないからだ。アトゥムは言葉を紡ぐことができなかった。


「アトゥム、この方は君のお知り合いなの?」

アトゥムを追いかけている体のスネフェルを見て凛は尋ねた。


「彼はスネフェル・アトキンス。総督府付きの親衛隊員。階級は少尉です。」

ゼルが説明する。無論、ゼルと知己なわけでは無い。単に軍服と階級章、そしてネームプレートから総合して判断しただけである。


「そうでしたか。警備お疲れ様です。アトキンス少尉。彼は私の友人です。今回、私の任務に随行してもらったのです。何か彼に問題でもあったでしょうか?」

凜は穏やかに尋ねた。


スネフェルは舌打ちすると表情を和らげ、凜に敬礼する。

「失礼しました。代理人閣下。彼は私の弟の同級生だったものですから。」

「だった?」

凜が聞き返す。

「ええ、弟はもう歳を取らないのです。12の時にすでに死にましたから。では、失礼しました。」

そう言うとスネフェルは踵を返した。

 アトゥムはホッとした表情を浮かべると、その場を離れようとする。その手首を凜がつかんだ。アトゥムはすごい形相で凜を見つめる。

(放っておいてくれ、と言いたげだな。)


「アトゥム。今日は部屋に帰って休みなさい。これは、使節団の団長としての命令です。いいですね。」

凜が手を放すと、アトゥムは黙って敬礼し、そのまま会場を後にした。


[星暦1551年 4月21日]


翌日、凜はスフィアへ帰国する予定であったが、突然、総督府官邸であるカルナック宮殿に呼びつけられた。

「外交上の儀礼に欠くな。」

ラドラーはやや苛立っていたが、凜がそれを制した。

「取り敢えず、お話を伺いましょう。」


 総督府に通された凛とマーリン、ラドラーの三人に対して、総督ナルメス・ゲラシウスの申し出は信じられないものであった。

「卿らに協力して、『我々』に何かメリットがあるのかね?」

凜は実験にも立ち会おうともしなかった総督に対して、そのことわりを説明する意欲がわかなかった。

「それは、大統領閣下にすでに説明済みです。どうぞクレメンス閣下からお聞きください。」


 しかし、ゲラシウスの「我々」という言葉には「国民」という意味では無いことに凜たちが気がつくまでさほど時間はかからなかった。

「その技術、その転送技術を私に提供するつもりは無いのかね?」

ゲラシウスの言い様に、凜はため息をつきそうになるのを必死に堪えた。

(『我々』ではなく『私』か。)

「閣下。この技術は、今現在のあなた方の手に負えるようなものではありません。私どもでさえ、この形に仕上げるまで数世紀を要した技術です。これを使いこなすには技術だけではなく、法整備など社会のソフト面での整備がかかせません。⋯⋯ただで寄越せるはずなどありません。」

(まさかこの男、この時点で出しゃ張るつもりなのだろうか?)

凜はここは慎重に行くべきだと気を引き締める。


ナルメスはにやりとした。

「ただではないと思うがね。それで君たちの国民の命が助かるのだよ。」

「そうですね、そのかわり皆さんの国民の命も同様です。」

凜は嫌な予感がした。


「別に、私はこの惑星ほしに私の係累がいる訳ではない。国民の命など、私にとってはチキンレースの具にもならないのだよ。」

ゲラシウスの言葉に凛はぞっとする。

(確かに、自分は本星に帰ればいいわけだからな。しかし、この男、かりにも民主主義を標榜する国家の首長の立場をなんだと思っているのだ?)

凜はきわめて平静を装いながら尋ねる。

「失礼ですが、総督閣下。我々はクレメンス大統領閣下と交渉を重ねております。この後は、議会に諮っていただき、両国の間で協力に関する条約を締結する、そこまで進んでいるのです。今になって、ひっくり返すとおっしゃるのですか?」

ナルメスは言い放つ。

「私が代表しているのはあくまでも『アマレク連邦(本星)政府』の権益だ。その一部の『スフィア共和国』の益では無い。」


凜は、どうやって嫌悪感を出さずに居られるか考え続けていた。そしてようやく言葉を絞り出した。

「お話は伺いました。まず、何を優先させるのか、そちらの意思を統一なさってください。続きはその後で、承りましょう。」


凜たちが立ち去ろうした時、ナルメスはさらにダメを押してきた。

「片腹痛いな。卿らの国もすでに分裂しているではないか? 他国のことが言えるのかね?」

彼は円卓と凜の不協和音について語っていたのである。さすがにこれは凜は笑いそうになる。


「ご心配痛みいります。ただ、閣下の国は共和国、民主主義の国です。民主主義にとって『手続き』とは何より大切されるものです。閣下のご意思も重要ですが、必ず、『手続き』はお踏みください。

 そして、私の国は王国、君主制の国です。意思の統一は必要ないのです。国王陛下の意思がそのまま国の意思ですから。」

とっぷりと疲れた会見であった。ただ、本国へ帰った後、大統領からきた通告は悲痛なものであった。


「交渉を凍結されたし。」

おそらく、総督が強権を発動したのだろう。ため息を吐く凜に、この知らせを持ってきたラドラーがその手を凜の肩に置いた。


「大丈夫だ、凜。『終結』したんじゃない。『凍結』しただけだ。また、季節が巡ってくる。雪が解ける時も来るだろう。まだ、諦めるな。そして、信じて欲しい。俺たちを。」

ラドラーは、叔父のクレメンス大統領が総督の無礼を詫び、彼の説得に全力で努める、という言伝を頼まれたことを伝えた。


「そうですね。……あんなに暑い国ですものね。」

凜の表情はその言葉ほど冴えたものではなかった。

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