第34話:暑すぎる、故郷。
「アマレク人惑星連邦スフィア共和国。」
高い科学技術を誇り、銀河系内に数多くの工業製品を輸出する工業国家である。彼らが惑星スフィアに入植したのは
冒険家として名高いアマレク本星の大貴族の血筋を持つ二人の青年によって切り拓かれたのである。
一人はラムセス1世・クレメンス。彼は音楽家の卵であったが、ここに、かつて銀河系最高の科学技術を持ち、現在は別次元の世界へと姿をくらました『ゴメル人』の遺産が眠っていると見て調査に乗り出したのである。
もう一人はトトメス1世・グレゴリウス。彼は詩人の卵であったが、親友のラムセスの心粋に心酔し、共にこの惑星へと降り立ったのである。
⋯⋯というとカッコいいのだが、実は二人とも貴族のドラ息子であり、放蕩・遊蕩の限りを尽くして一族郎党に愛想をつかされ、「辺境伯」の称号を与えられて、この惑星へと放逐されただけ、という話であった。
とはいえ、二人はここでゴメル人の遺産を発掘して一発当てたい、当てて祖国に戻りたい一心だった。そんな二人を助けたのは、最初の士師であり
それ以来のアマレク星人と地球人種の付き合いであるのだが、その後の歴史は紆余曲折の連続であった。
それから200年、徐々にアマレク人は
その結果、突然牙を剥いたアマレク人に
国王アーサーはその
その時、地球人種は南北回帰線上にある14の軌道エレベーターの返還を求め、それに応じたアマレク人は赤道上に12の都市と軌道エレベーター、そして宇宙港を改めて建設したのである。
その後は、両者の間に幾度かの小競り合いはあったものの、全面的な対決は回避してきた。ただ、それが災いして、互いに対する国民感情は今も悪いままである。
そんな中で、ラドラーの実家であるセルバンテス・ラザフォード家は代々、この二国間の仲を取り持って来たのである。
セルバンテス・ラザフォード家の初代、ジョシュア・ラザフォードは、何と言っても自分が仕えていたアマレク人の豪商セルバンテス家の一人娘、エミリアと愛し合い、その愛を貫くために独立闘争に身を投じたのだ。彼は前線指揮官として活躍し『赤い狼』として知られるようになる。
「ちなみに当のご本人は『赤い彗星』と呼ばれたかったらしいです。赤い機体とツノにこだわりを持つお茶目さんでしたよ。」
ゼルが豆知識を加えた。
「と、のちに本人がそう主張しているらしい。」
子孫のラドラーは疑問を挟んだ。
「でもエミリアと結婚し、セルバンテス・ラザフォード家になったのは事実なんですよね? 超ロマンチック。」
ビアンカは信じているようだ。
「どうせ、ソースは映画かドラマだろ?」
リックが笑う。
「まあ、あちらさんと不穏な空気感になると、途端に使われるネタだからね。」
凛も笑った。
「しかし、今回の交渉でラドラー卿に『おんぶに抱っこ 』なのは間違いないのです。」
ゼルが指摘する。
[西暦1551年1月15日]
「うわあ、暑いね。」
メンフィスの地上港は物凄い陽射しである。
「まあなんといっても赤道直下だからね。真冬の1月でも30度超えなんてザラだよ。」
ラドラーも汗をぬぐう。ただ、都市の中心部は巨大なサンシェードで覆われ、そこから吹き出すミストによって意外にも快適なのである。
大統領ラムセス24世・クレメンスを訪ねるため、一行は大統領府官邸であるアブシンベル宮殿へと向かった。ラムセスはラドラーの母の弟、つまり叔父にあたる。
会見は凛とマーリン、そしてラドラーの三人が当たった。
「我々も当然、準備はしていますよ。」
クレメンス家の当主でもある大統領のラムセスは穏やかな人物であった。
「それは存じております。しかし、この度は我々の推進する術式のものでないと間に合わないレベルの危機なのです。こちらをご覧ください。」
凜に促され、ラドラーは立体投影動画を起動しする。
「これは?」
ラムセスが尋ねる。
「小惑星デストロイヤーです。小惑星と言うよりはもはや準惑星レベルの巨大さです。」
凜の答えにラドラーが解説を加える。
「叔父貴。こいつが6年後、この惑星の公転軌道に進入する。こいつはこちらの公転軌道を逆進して、この惑星とすれ違う予定なんだ。」
「すれ違う?」
ラムセスはまだその重大性が理解できない。
「つまり、こいつの重力によってに幾つかの小惑星やらその破片やらが一気に動き出す。それがデストロイヤーに衝突すれば、一気にこの惑星のに多数の小惑星が降り注ぐことになる。とても、惑星砲程度では対処出来ない。」
「なるほど。」
「また、これだけ巨大な天体とすれ違うだけでも、連星の惑星ガイアの重力とは桁違いの影響がある。
たとえば、潮位が一気に上下する。それは惑星中に大津波を起こす。こんな海抜0メートルのメンフィスなんかひとたまりもない。」
ラドラーの「予言」にラムセスもため息をつく。彼も本当は知っているのだ。
「やはり、惑星外避難が必要か。」
ラムセスのお気楽な発言にラドラーはさらにかみついた。
「そんなこと言ったって、アマレク人だけで4億人はいる。そんな人間を載せる船をどうするんです?避難先の確保ができるのですか? その経費を誰が負担するのですか? 経費だけじゃない。準備にだって物資や人員、そして時間が必要だ。まさか、貴族だけで逃げるというわけにもいかない。間違いなく、民衆の暴動、いや革命騒ぎになる。」
ラムセスはため息交じりに言う。
「確かに、そうなれば500年前の大貧困時代に戻ることになるな。」
凜は熱意を込めてまさに「力説」した。
「そこで、この新しい術式です。この『転送式』惑星防御砲です。小惑星を砲撃しても破片を出すことなく、どんな硬い物質でも貫通することができます。つまり、小惑星を空間ごと徐々に異空間へ転移させて受け流すのです。小惑星はたとえ砕いても破片が大気圏に突入すると危険ですからね。」
ラムセスは疑問をさしはさむ。
「ハワード君が導入するというブラックホール砲とどう違うのかね?」
「求める結果は似ていますが、術式の理念がまったく異なります。ブラックホール砲は、対象にブラックホール爆弾を撃ち込み、内部から崩壊、吸収させます。しかし、それで攻撃するには、今回はあまりに標的が大きすぎます。「デストロイヤー」クラスの小惑星を破壊するブラックホールを精製しますとなると、ホーキング放射によってブラックホール消滅するまで、この惑星にまで及ぶ可能性があります。そうなったらこちらの惑星ごと破滅するのは目に見えています。
その点、物質(電子)界ではなく、
ラムセスはようやく理解する。
「なるほど。それで、きみの理論は実現は可能なのかね?」
「はい、スフィアが持つ12基の宇宙港、アマレクの持つ12基の宇宙港、そしてフェニキアとヌーゼリアルの2基。そして、ガイアの持つ18の宇宙港にそれぞれ、特殊なレーザーシステムを取り付けます。それを起動させれば可能です。」
「なるほど、ずいぶんと壮大だな。しかし、それなら宇宙船に取り付けて展開したほうが現実的ではないのかね?」
ラムセスは指摘する。
「ええ、それも考えました。しかし、それですと一糸乱れぬ艦隊運動が求められます。ただ、小惑星の破片が飛び交う空間でそれを果たすのは困難を極めることでしょう。それに、宇宙船だけでは小惑星を破壊させるだけの転送陣を描き続けるエネルギーを確保することが難しいのです。しかも万が一にも、小惑星の破片が大気圏突入にした場合に対応するために、一定の攻撃艇の数は揃えておかなければなりません。また、良からぬ人間の手に渡れば、兵器としては銀河系最強クラスです。とても危険極まりないのです。
ですから、定点であり、しかもエネルギー生産ユニットを使える宇宙港を使うことが、もっとも成功する確率が高いのですよ。」
「それで君たちは、我々アマレク人にも協力しろ、と言いたいのかね?」
ラムセスは凜をじっと見つめると腕を組んだ。
「その通りです、閣下。私の民と閣下の民の間には紆余曲折の歴史がありますが、ここはひとつ、この危機的状況をともに乗り越えてみるのはいかがでしょうか?
この経験の共有はお互いの民の未来(あした)のために、良い種をまくことになると思いますが。」
凜は力説した。
「トリスタン卿、君の言いたいことは分かった。しかし、わたしの一存では決めかねる。とりあえずは実務者協議の場を、そうだな、閣僚級の協議の場を設ける、ということでよいかな。」
ラムセスの答えはとりあえず、交渉の第一歩としては上々の反応であった。
「ありがとうございます。」
二人が握手して会見は終了した。
「今晩、公式の晩餐会がある。その時にまた。お会いしましょう。」
大統領との会見を終えた三人は大きく息をついた。
「とりあえずは第一関門は突破したね。」
しかし、この交渉がまだまだ先が長いことを思い知らされるのである。晩餐会で大統領のさらに上座に座る者がいたのである。
「ナルメス・ゲラシウス閣下。総督でいらっしゃる。」
紹介された男はいかにも粗雑で、野卑な雰囲気を漂わせていた。
「お初にお目にかかります。私はスフィア王国国王、アーサー67世・ペンドラゴンの名代、棗凛太朗=トリスタンと申します。以後、お見知り置きを。」
凛の自己紹介にふん、と鼻で笑うと、一顧だにせず供に連れてきた女性との会話に戻っていった。
「総督、ということはアマレク本星から派遣されている、ということですか?」
実は、大統領の上にいる存在について凛は初めて耳にしたのであった。
「まあ、ただの『名誉職』だからね。基本的には無視して良いんだよ。」
ラドラーが説明する。
「500年前の
まあ、仕事もせずに日がな一日遊び呆けているらしい。もっともそれが仕事といえば仕事なのさ。下手に勤労意欲に目覚められても困るからね。」
[星暦1551年 3月25日]
再び、王都キャメロットで春の例大祭「自由祭」が行われる。凛もマーリンも今年の成績如何では準天位への昇格が決まる。リックは人位に昇格して初めての祭となった。
今回、世間の注目を集めたのはラドラー率いる伝令使杖(カドゥケウス)騎士団の人位騎士、アトゥム・クレメンスであった。
というのも、彼の使う「天使」(アマレクでは機神という)アヌビスの武器は
この
考えても見れば刃物を振り回す武器は味方を傷つける恐れもあり、集団戦闘には不向きであり、しかも非常に扱い辛い。ましてやかなりの重量がある。しかし、騎士の戦いは一対一が多く、重力調節グローブによって武器の重量は考慮に入れる必要はもはや無くなった。それでも、空気抵抗の関係で
1日目、聖槍騎士団が主催する「ユニコーンカップ」人位の部、決勝で対峙したのは奇しくもリックとアトゥムであった。
ダグアウトで試合開始を待つ。
「あの時のあいつが決勝の相手か。厄介だな。かなり強い。」
リックはこれまでのアトゥムの戦いっぷりを見てアトゥムの実力を認めざるを得なかった。
「どうする? リック?」
意地悪そうにゼルはリックに問う。
「よろしく。」
リックがあっさりゼルに頼ったので、ゼルは拍子抜けしたようだ。
「良いのか?」
ゼルは思わず確認する。
「とにかく、俺はポイントを稼ぎたい。それに、知り合いには勝っておいた方が後で舐められずにすむだろう?」
リックの少しも少年らしく無い打算にゼルもほくそ笑む。
「それでこそリック。少年ジャ◯プで決して主役を張れぬタイプ。」
「なんとでも言え。『ヤング』の方だったらいけるだろうよ。」
ちなみにリックの天使は「カンナカムイ」という短めの剣と棍棒に別れた武器であり、
リックは意識を集中する。ゼルの意識が入って来るのを感じた。
「リラックスだ。リック。」
ゼルの言葉にリックは素直に従う。意識を無に近い状態にするとゼルの声が徐々に大きくなっていく。
やがて、リックの意識はゼルと完全に
開始線を挟み、礼をする二人。
一旦、距離を置いたところで試合が始まる。一気に間合いを詰める二人。アトゥムはリックの振り降ろす一撃を鎌の背で受けると、カウンターで大鎌を一閃させる。
それをリックは薄皮一枚の距離で避けた。
(怖⋯⋯。)
リックは最初、このゼルの避け方が怖くて仕方が無かったが、2年も付き合えば慣れて来たところもある。恐怖で身を強張らせば強張らせるほど、ゼルの動きを封じてしまうのだ。
リックはアトゥムが振り切ったタイミングでさらにカウンターを入れる。
(かすった!)
しっかりとした手ごたえは無かったが、追えぬ速度では無い。
しばらくインファイトでの攻防が続いたが、間合いとしてはアトゥムがやや不利であり、それを嫌ったアトゥムが距離を取った。
「追い切れなんだか。」
ゼルが悔しそうに言う。リックの反応速度は長足の進歩を遂げたとは言え、まだまだゼルの要求スペックをみたしてはいなかった。
今度はアトゥムがスタンピングを使って上から攻撃する。
「空中戦か、厄介だな。」
ちなみに、お忘れの読者諸姉諸兄のために解説すると、スタンピングとは重力制御ブーツでジャンプした空間に
上から縦横無尽に鎌を振られると、攻撃したくても近づきようが無いし、逆に攻められているときは防御で手一杯にさせられる。
「切り替えるか。」
ゼルはリックの背中の棍棒を取ると剣をドッキングさせる。槍対鎌、の勝負になる。槍となったを構えるリックのもとに、アトゥムが敢然と突進して来る。
ゼルは槍の柄で鎌を受け止めると、間髪を置かず、そのまま鎌を巻きこんで槍でアトゥムを投げ飛ばす。
「お見事。」
リックが呟く。投げられたアトゥムはそのまま反転して着地したものの、すでに大鎌は彼の手を離れていた。ゼルはサブウエポンである刀をアトゥムが抜く前に、間合いを詰めて、槍を突きつける。
「それまで!」
ここでリックの勝利が獲得した。
「勝者、リチャード・ウインザー人位」
勝名乗りを得たリックが一礼をする。
「俺一人の勝利ではないが、勝利は勝利だ。」
恒例のVサインの後、リックはゼルが自分から抜けて行くのを感じていた。
「ウインザー人位、明日は一つ上を目指しますか?」
メディアの記者がリックに尋ねる。リックは少し考えてから、
「いえ、人位になって間も無いですし、地道に行きます。」
そう答えた。
「それで良いのかリック?」
ゼルが意地悪そうに尋ねた。
「いいんだ。俺はいつかは
(ほう)
ゼルは感心した。この子はきっと強くなるだろう。武の天凛は無いが、それなりにはなれるのかもしれない。
一方、準優勝に終わったアトゥムも淡々としていた。
ラドラーは悔し泣きでもするのかと期待してニヤニヤしていたのだが、そうならなかったのでいささか拍子抜けしてしまった。
「なんだトム、試合で負けたのに悔しくは無いのか?」
ラドラーの問いにアトゥムはこう答えた。
「悔しいよ、普通にね。ただ、向こうの方が俺よりも一枚も二枚も上手だった。それだけ。おかげで、アヌビスの弱点も分かって来た。」
「そうだな。まだお前は実りを刈り入れてるわけじゃない。まだ種を蒔いている時だ。嘆くにも諦めるにもまだ早すぎるからな。」
(こいつもだんだん成長しているのだな。)
ラドラーはアトゥムの成長に目を細めた。
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