第32話:長すぎる、韜晦。

[星暦1550年11月20日、ヌーゼリアル公都シャーウッド]


 インテイクの謹慎禁足が命ぜられ、調査はリーファイスを中心にした、近衛騎士団の憲兵旅団「士道審議旅団」に一任されることになった。

 こうして、事態は収束に向かうかに見えた。ただ、気掛かりなのは、シモンの廃太子を目論む本星の王との関係がどちらの騎士団にも一向に見えないことであった。


 そして、事後処理を話し合うべく、貴族たちが枢密院に召集された。オブザーバーとして凜とマーリンも招かれ、成人王族としてメグも初めて出席を許された。

 提案を述べるよう求められたマーリンは忌憚なく述べた。

「殿下、今回の騒動が、このような形で終わりになるとは思えません。いまだ残党は健在ですし、二人の柱となる党首を失った両騎士団は、細分化して過激な行動に訴えるようになる可能性がまだあります。」

マーリンが説明する。


「では、どうしろと?」

「どうか融和政策をお取りくださいますよう。実行犯を法に従って処罰することは、法治国家として避けることはできません。しかし、見せしめとして、累を家族や一族に及ぼすことが無いことを明言なさるべきです。

そして、クルーグリッツ聖騎士団もウオーラバンナ聖騎士会もこれまでの血統血縁主義を改め、我がスフィア王国のように自由騎士団になさってみてはいかがでしょうか?」


王太子は

「それも一考の余地はあるだろう。確かに、親の罪が子に、兄の罪が弟に及ぶのは避けることにしよう。今度は我が一族にその憎しみの鉾先が向けられてはかなわぬからな。」

そう決断したようだった。


会議が終わり、退出の挨拶をしようとした凜を王太子が呼び止めた。

「トリスタン卿、貴公に頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか?」

「なんでしょう、殿下。どうぞ仰ってください。」

王太子の頼みは意外なものであった。


「メグをあなたの騎士団で預かってはもらえないだろうか?」

「父上?」

凛より先に素っ頓狂な声を上げたのはメグだった。王太子は大きく息を吐くと話をつづけた。

「今回の事件で、私は少し遊びが過ぎたようだ。メグを餌にサムとインテイクに、少し灸をすえてやろうと思っていたのだ。しかし、結果はひどいものだ。これでは、メグに憎悪を抱くものがあらわれてもおかしくはない。思い余って暴発するものもおるやもしれぬ。それでは、メグを受け入れてくれているヴァルキュリア(女子修道騎士会)にも迷惑がかかるだろう。あそこにいるのは騎士とは言え、女子供ばかりだからな。


 私としては、まだトリスタン卿には自分ともう一人ぐらい身を護れる余裕は十分にあると、見ている。

これまで父親らしいことを何一つしてやっていない私のために、娘に肩身の狭い思いをさせるのも忍びないことなのでな。」


凜は少し考えてから

「承知いたしました。お預かりいたしましょう。」

そう応えた。王太子の父としての思いもあるのだろう。

「凜⋯⋯。」

 メグは動揺していた。幼少の頃から世話になったヴァルキュリア騎士団の恩に報えない後悔の気持ちと、凜の近くにずっといられる、という昂揚感がないまぜになっていたからである。


「ただし、娘には手を出すなよ。」

そう言ってシモンは凜にウインクをした。


「大丈夫です。心配にはおよびません。」

突然、ゼルが顕現する。

「殿下、そのような時は『倍』にしてお返します。赤ちゃんもついてきますから。」

ゼルがとんでもないことを言った。

「ゼル!」

凜とマーリンが慌ててゼルを制した。


冗談を冗談で返されたことがよほどおかしかったのか、シモンは哄笑すると、

「その時は3倍だ。トリスタン卿も婿として一緒に(ヌーゼリアル)本星に渡ってもらおう。そうだ、君[ゼル]ももれなくついてくるから4倍だな。どうだ、投資としては悪い話ではあるまい?」

さらに冗談で返してきた。


(いや、恐らくはこれが王太子のホンネでしょうね。不知火尊=パーシヴァルを宰相に据え、名君と謳われた大王シモン7世の再来を狙っているとすれば、まさに深慮遠謀。昼行燈みたいな表情からはうかがえないものですね。)

マーリンは逆に感心した。


[星暦1550年11月23日、ヌーゼリアル公都シャーウッド(冬の都)]


 シャーウッドを立つ日が明日に迫っていた。一度、グラストンベリーに寄り、メグの移籍の手続きを済ませてからアヴァロンに向かうことになったのである。

 

「用意は済んだのかね?」

5月に来てから半年あまりもシャーウッドに逗留したことになる。別れを告げに謁見に訪れた凜とマーリン、そしてメグに王太子夫妻はお茶をふるまった。

 

 その時、ジョブ・リーファイスが王太子と凜に伝えたいことがあると尋ねてきたのである。そして、リーファイスは意味ありげに言う。

「国王陛下の手先が判明いたしました。」

「ほう。」

みなの耳目がジョブに集まる。


「それは、この男です。」

ジョブ・リーファイスが指差したのは、こともあろうに凛であった。

「おいおい、ジョブ、冗談にもほどがある。」

王太子が笑おうとしたその時だった。


「ジョブ、貴様だったのか⋯⋯。」

王太子が立ち上がる。凛は脳の奥に響き渡るジョブの声を聞いた。

「王太子を、シモンを殺せ。」


「これが、『ヴォイス』⋯⋯ですか?」

凛は抵抗しがたい力に、思わず霊剣『天衣無縫(ドレッドノート)』に手をかけ、鞘ごとぬいた。

『聲(ヴォイス)』とは、ヌーゼリアル王国に伝わる秘技で、羽虫大のドローンを脳内に潜入させ、脳波を操って相手を自由に動かす、というものだ。


マーリンにも、メグにも、奥方にさえも仕掛けてあり、皆、ジョブの命令によって動けない状態にあった。

「ええ、そうです。上位者の命令は絶対です。私は国王陛下の命に従い、仕掛けているのです。つまり今、私の声は陛下の声そのものなのです。


ご安心ください。まず、トリスタン卿が王太子殿下を斬殺します。そして、奥方もね。次いで、わたしに斬りかかったマーリン卿を私が殺し、最後に私がトリスタン卿を殺します。そして、メグは見たこと全てを忘れるのです。

 こういう段取りです。どうですか?」

ジョブは得意げに言った。


「なるほど、王太子を暗殺した私をジョブ、君が誅殺する、ということですね。」

凛が繰り返す。

「それで、陛下にはどんな約束をもらったのだ? 本星で宰相にしてやる、あるいはメグを嫁にやるのどちらかと言ったところか?」

苦しそうな表情で王太子が問うた。


「その、どちらもです。」

ジョブはぬけぬけと言う。

「意外にヤリ手ですね。」

マーリンが皮肉った。

(裏切者に対する約束が果たされたことなど、歴史上いまだかつてなかったことくらい知らなかったのだろうか。)


「そうだ、俺はオヤジのようにはならない。」

ジョブは語り始める。


 ジョブの父、ザンザ(ザンジバルザカリアス)・リーファイスは内大臣として、自らの野心を遂げようと奔走する左右両大臣をけん制していたが、今から5年前、事故でなくなった。王太子の行幸に使う船を自らチェックしていた時に転落したのだ。

 明らかに怪しいのに、誰もが「事故」と判断し、事件の真相の調査を求める遺族の訴えは一顧だにされなかったのである。

 ジョブは父親の後ろ盾を失うと、騎士団でも花形だった「親衛隊」のメンバーから外され、最も地味で嫌われ者の仕事である「士道審議旅団」へと左遷されてしまう。


 しかし、その立場を利用して、父の事故の真相をひそかに調べていたジョブは、この事件の犯人がスフィアの「黙示録騎士団」であることに行き着いた。ただどうしてもその証拠をみつけることができなかったのである。


 しかし、がっかりしたジョブに「黙示録騎士団」の方から接触を求めてきたのである。それは本星の国王から「黙示録騎士団」に王太子の暗殺を依頼されたのだ。特務機関Mを名乗る男はジョブに、協力すれば親の「真の仇」を討たせてやる、と持ち掛けたのだ。


 そして、今度は「黙示録騎士団」から実行犯に関する情報を引き出したジョブは、それをネタに、父を殺した近衛騎士団んの警備責任者を脅し、情報を得るようになったのである。彼は目先の実行犯に復讐するのではなく、その背後にいる黒幕の二人、左右両大臣を陥れることを企んだんのだ。


そこに現れたのが凛であった。ジョブは凛を殺しても「黙示録騎士団」から報復されるどころか多額の謝礼が出ることをを知ると、三者で潰し合いをさせるよう目論んだのであった。それで、警備責任者から王太子や凜、またメグに関係する警備情報を仕入れて、二つの騎士団に情報を流し続けてきたのだ。


 ジョブはどちらが潰れようと結果はどちらでもよかったが、なんと二つとも騎士団のトップをつぶすことに成功したのだ。

親の真の仇は討てた、と満足したジョブに「M」はこう誘ったのだ。

「いいえ、まだです。あなたが位人臣を極めてこその復讐ではありませんか? 陛下は事がすめばマグダレーナ姫を伴侶にシグ王子の摂政になることを認めておられます。やがては本星に渡られて、シグ王子を廃し、あなたが本星で宰相を務めてこそ、父上の無念を完全に果たすことになるのではありませんか?」


そして、今、こうして国王から預かった「ヴォイス」を使って、野望の仕上げにかかっているのだ。

ジョブは晴れ晴れとした表情をしていた。

「トリスタン卿、冥途の土産に教えておいてやろう。君の国の「黙示録騎士団」団長、いや、執政官コンスルであるマッツォ・メンデルスゾーンこそ真の悪党だな。国王陛下が依頼をしたのは黙示録騎士団だったのだよ。メンデルスゾーンはクルーグリッツにも、ウオーラバンナにも同じことを持ち掛け、互いを潰させようとしたんだ。


 そう、これはあいつの描いた絵だ。そして、この俺はただの絵筆に過ぎない。でも、それでもいいんだ。俺の人生を根こそぎ奪っていったやつらの人生を、根こそぎゴミにしてやったのだから。ザマをみろ。これで俺はもう一度、勝ち組に復帰するんだ。」


そこまで言ってジョブはテーブルにおいてあったお茶でのどを潤すと、改めて凜に命じた。


「さあ、トリスタン卿、娘との結婚に反対する王太子を殺すのだ。さあ。」

しかし、凜は刀を収めてしまった。ジョブの顔が青ざめる。

「なぜだ?」


そして、そこにゼルが顕現する。初めて彼女を見たジョブは驚きを隠せなかった。

「お前はだれだ?どこから侵入した?」


「残念ながら、あなたに名乗る名を私は持ち合わせてはいません。あなたが凛にかけたいましめを解いたのは私です。なにしろあなたは話が長い、長すぎるんです。2時間もののサスペンスドラマの犯人ですら、『東尋坊』を背にしてこんなに語ったりはしません。あなたの戒めを解くには十分過ぎる時間でした。」

ゼルがいかにも鬱陶しい、という顔で説明する。


「ばかな?そんなはずはない。さあ、殺せ、殺すんだ、トリスタン卿。」

ジョブの命令にもはや凜は小指の先すら動かそうとはしなかった。

「わたしが『船越英○郎』や『片平な○さ』のように大人しく聞いてあげると思ったら大間違いです。」

ゼルが勝ち誇ったように言う。凜は眉を少し寄せた。

「ごめん、ゼル。僕にもそれはわからん。つっこめんよ。」


業を煮やしたジョブはマーリンに命じた。

「別にトリスタン卿でなくてもいいのだよ。さあ、マーリン卿、あなたが殺すのだ。」

「え!?私がですか。ひええ。」

術に操られたマーリンが杖を持って王太子にとびかかろうとしたその瞬間、凜が「天衣無縫ドレッドノート」を鞘ごと抜き、柄でマーリンのみぞおちをしたたかに打った。


「げぶぼふぉ。ひ、ひどい、凜、今のは本気でやりましたね?」

恨み言をつぶやきながらマーリンは失神する。


「くそ、なぜだ。」

いきなり、優位にたっていたポジションを奪われ、打開策を必死に考えるジョブに凜は命じた。


「ジョブ、お座り。」

凜の命令にジョブは逆らえずにしりもちをつく。何が何だかわからないジョブに凜は伝えた。


「まだわかりませんか?『ヴォイス』とは脳波で脳波をあやつる技法、つまり腕相撲と一緒なんです。つまり腕力ならぬ精神力の強い方が勝ちます。『上位者の命令が絶対』というのは、術をかけた相手にそう思い込ませておけば、より優位に立てますからね。

 それだけでなく、あなたが『王の代理』なら、私も同じです。士師である私は国王アーサーの全権代理人だからです。つまりあなたとわたしが同格なのですよ。私は儀礼上、王太子殿下を「陛下の代理」として遇していただけですから。

 ですから、あなたはすでにわたしの支配下にある、ということです。あ、これは内密オフレコでお願いしますね。」


凜の気迫に観念したのか、ジョブは拘束されたように動けなくなった。

やがて、親衛隊が呼ばれるとジョブは身柄を拘束された。


「ジョブ、最後に一つお尋ねしてもいいですか?」

拘束され、連行されつつあるジョブの背中に凜は声をかける。

「あなたは、メグのことを本当に愛していたのですか?」


ジョブは立ち止まって振り返ると、ほほ笑んだ。

「それは、オヤジの望みだったんだ。『メグ様の婿にふさわしい男になれ』ってね。これが生前のオヤジの口癖だったのでね。もう、かなわぬ望みになってしまったけどね。」

それだけいうと、親衛隊の騎士に促され、再び歩き出した。


 こうして、この事件は完全に幕切れとなった。ただあまりに後味の悪い結末に、みな、終始無言であった。


「そうか?終わったのか。よくやってくれた、凜。きっとおふくろも安心すると思う。あ、それとだな。メグの転籍の件、GTRとも話がついた。きっとまだまだ落ち込んでいるだろうから、メグのことをよろしく頼む。」

透は凜の連絡を受けるとねぎらった。


[星暦1550年11月24日]


 メグはシャーウッドからグラストンベリーへ向かう飛空艇ヴェパールの中でも終始無言で、割り当てられた部屋にずっと閉じこもっていた。


 そして、彼女がヴァルキュリア女子修道騎士会の自室に戻ると、すでに領事館から派遣された職員たちの手で綺麗サッパリと片づけられていた。

(まるで、今の私みたいね。)

がらんと空き部屋になった空間は、それは彼女の心を余計に悲しくさせた。彼女の頬を涙が伝う。メグの背後に人の気配が近づいた。

「メグ、話は団長マムから聞きました。あなたともう、肩を並べて戦えなくなるのは、とても残念で寂しいことです。」

副団長に昇格したアンネ・ダルシャーンがメグに話かけたのだ。

「アンネ。」

メグはアンネに抱き着き、二人は号泣した。

彼女にとってグレイスが『母』だとすればアンネは『長姉』だったからだ。心細いときや、失敗してグレイスに大目玉を食らったとき、メグはアンネの部屋に泊まって明け方になるまで二人でおしゃべりをしたこともなんどもあった。


「さあメグ、みんなで『巣立ちの会』をしましょう。」

メグを抱きしめたままアンネが言った。

「『巣立ち』……?」

「そう、あなたと私は『別れる』のではないわ。成長した小鳥が若鳥になって大空に向かって羽ばたいていくの。だから、『巣立ちの会』よ。」


 すると、「星組」の皆が部屋に入ってくる。その手にはお菓子やケーキの乗った皿、敷物、ワインの瓶とグラスなど様々であった。


「お帰りなさい、メグ。」

皆に言われるとメグは笑顔と涙が止まらなかった。

 

「いつでも遊びに来てね」、「ここはあなたの実家と同じよ。」、「また、騎士団に帰ってきてね。」

そういった温かい励ましや、ねぎらいの言葉にようやく凍り付いたメグの心が氷解したのだろう。

その晩はいつも「消灯時間」にうるさい寮監シスターもグレイスも来なかったのだ。

メグは、夜更け過ぎまで皆と語り合った。


[星暦1550年11月26日]


 ヴェパールが係留された桟橋(ボーディング・ゲート)に手荷物を持ったメグがグレイスと共に現れた。メグの旅立ちの日だ。凜とマーリンが二人を出迎え、敬礼した。

「トリスタン卿。メグをよろしく頼む。」

「はい。騎士の名にかけて。」

二人の別れを邪魔せぬよう、凜とマーリンは先に乗船しようと踵を返した。


「トリスタン卿。」

グレイスが不意に凜を呼び止めた。

「はい、なんでしょうか……ン、ぐ……。」

 グレイスは振り向いた凜の肩をつかむと下その腹に思いっきり拳を入れる。

「く」の字に折れ曲がる凜。あまりの痛みに声も出せない凜の耳元で

「この泥棒ネコめ。……本当に、あの子をよろしく頼む。」

グレイスは凜の耳元でそう囁いた。

 

 「く」の字に折れ曲がる凜の姿を目にしたマーリンは小さくガッツポーズをした。


「トリスタン、間違っても、メグに手え出すんじゃないよ。」

凜の背中にグレイスは声をかける。凜は振り返らず手を振って応える。


「だいじょうぶ、もし赤ちゃんが生まれたら、あなたのことを『お姉さん』と呼ぶようにちゃんと教育します。『おばさん』とは呼ばせませんから、ご安心を。」

凜の痛みを分け与えられたゼルがささやかに反撃した。

「相変わらず口の減らない悪魔だな。飼い主に似て。」

グレイスは笑った。


グレイスはもう一度メグと抱き合った。

「メグ、達者でな。これでわたしたちの絆が裁ち切れるわけじゃない、いつか、また共に戦おう。わたしはあなたと共に過ごした時間を決して忘れない。とても幸福で、とても充実した日々だった。ありがとう、メグ。あなたはわたしの誇りだ。」

メグはすっかり泣いてしまい、言葉にならなかった。


「ありがとう……ございます。この御恩は終生忘れません。」

ようやくメグは言葉を振り絞り、涙を流しながら深々と頭を下げた。


グレイスの目にも涙が浮かんでいた。「最後の直弟子」、そう心に決め、手塩にかけて育ててきたこともあり、グレイスにできた心の隙間は決して小さくはなかったのである。


[星暦1550年11月29日、アヴァロン]


「凜、あなたの旅団に入ったところで、わたしはあなたの役に立てるであろうか?」

メグは不意に凜に尋ねた。

「なにしろ、これまでのわたしはあなたに守られてばかりだ。」


 凜とメグはアヴァロンの街へ買い出しに出かけていた。メグは透さんの家、つまり団長官舎に下宿することになり、必要なものも多かったからだ。


「そんなことはないよ。少なくとも今回の事件ではお父上の役に大いに立ったじゃない。そして、これからも。きっと大丈夫。」

凜は明るく答える。晩秋の街にも冬の兆しが見えてきた。


「それも微々たるものだ。ああ、わたしは子供だ。いつになったら、ちゃんとした大人になれるんだろう?一人で自らの道を切り開いていける大人に。」

メグはまだうじうじと悩んでいるようだ。そんなメグを見ていると、凜は不意に歌を歌いだした。


「大丈夫。時間はまだある。だって、僕たちはまだ若いのだから。

さあ、悩まないで、ただ歩いていこう。

僕らは『大人』になんかならない。大人になっていくんだよ。

そう、ただ迷わず、いま進んでいこう。きっとそれに気が付くだろう。

いつか振り向いた時に、その進んできた距離ディスタンス。」


「誰の歌だ?」

メグはいぶかしそうに聞く。

「昔、聞いた歌の歌詞かな。」

「よもや、アイドルではないだろうな?」

ひじでわき腹をつつくメグに凜は笑いながら言う。

「さあ?……じゃあ今度、ゼルにでも歌ってもらおうか?」


「いや……。ごめんなさい。それだけはやめて⋯⋯ください。」

思わず二人とも笑いだす。

アヴァロンの晩秋の街角に二人の影が長く伸びる。

そして2つの影は歩き出す。一歩一歩、踏みしめる様に。

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