第31話:ド派手すぎる、演出。

[星暦1540年10月28日、ヌーゼリアル公都シャーウッド]


その晩、王太子シモンが行なった『重大な発表』とは、凛の提唱・推進する新惑星防衛エクスカリバー・ネオ計画に全面的に協力する、というものであった。つまり、左大臣インテイクに一任していた事業を王太子の直轄案件にする、ということである。


メグの婚約ではなくてほっとした反面、新たに左右両大臣の陣営は恐慌パニックに陥っていたのである。


凛の暗殺に失敗した右大臣サムは右往左往していた。あの『ナノ・アサシン』は、なにしろ『足が付かない』画期的な暗殺方法としてフェニキアから手に入れたものだった。


王太子の暗殺のために何度も訓練を積み重ね、いわば予行演習として凛に実行し、万全を期するはずであった。しかし、それがあっさりと失敗したあげく、単身で身柄を捕らえ、毒の影響でろくに動けないはずの凛に、ごっそりと配下の者を捕縛されてしまったのだ。

しかも、失敗しても分解して文字通り『雲散霧消』するはずの『ナノ・アサシン』が、こともあろうに捕獲されてしまったのだ。


 「 魔獣による暗殺未遂で懲りておけば良かったものを。」

若輩者、と侮っていたジョブ・リーファイスに締め上げられると、堪え性も辛抱強さも忍耐も持ち合わせない貴族の子弟たちはあっさりとサムの名を挙げた。


なにしろ証拠は全て揃っていたのである。弁解のしようはもはや残されてはいなかった。

確かに揃いも揃って「グルーグリッツ聖騎士団」の関係者であるため、どうあがいてもお先は真っ暗であった。少なくとも、サムの団長としての監督責任は重大であった。他国の元首の代理人を弑殺しようとしたのである。国際問題どころか、場合によっては戦争の引き金を引きかねない事態である。


「士道審議旅団は、サムを『外患誘致罪』での立件を視野に入れている』という情報が宮廷内を駆け巡ると、サムは即座に行動を起こした。「夏の都」から「冬の都」への遷都の際、宇宙港のある冬の都からフェニキアへと家族を伴って亡命したのである。

外患誘致罪が確定してしまうと最悪で死罪。最良で自害といずれにしても死は免れないからである。


もう少しでサムの逮捕まで取り付けようとしていたジョブはまさに『地団駄を踏んで』悔しがった。

「閣下、今、少しでしたが、謀反者を取り逃がしてしまい、申し訳ありません。」

ジョブは王太子にも凛にも詫びたが、二人とも気にとめてはいないようだ。


「どうやらフェニキアの後ろ盾は本当だったようですね。」

「そのようだね。これでフェニキアから少し資金を引っ張れそうかね?」


(これが政治の世界か⋯⋯。お二人にとっては自分の命すら手持ちのカードの一枚なのかもしれない。父上もそうだったのだろうか?)

ジョブは不思議な感覚に包まれていた。


「サムは失敗した。これで、俺の地位を脅かすヤツは当面はいなくなったわけだ。」

インテイクはライバルの失敗を素直に喜んだ。しかし、自分が直面する状況は決して楽観すべきものではなかった。


インテイクは着々と軍備を整えており、それは、国を守る、という観点では過大なものであった。ほぼ全ての戦艦に跳躍ワープ装置と強力な攻撃兵器が備わっており、周辺空域の防衛にはオーバースペックだったのである。


つまり、これは本星へ攻め上るための軍備であった。

しかも、十分に騎士たちも訓練が施されており、戦争をいつでも始められる程度に士気は高まっていたのである。しかも、ウオーラバンナ聖騎士団によって宇宙艦隊は組織されていたのである。インテイクの「私兵」を国費で作ったと言われても仕方のない状況であった。


無論、これまで『世事に疎い』と思っていた王太子だったため、丸投げされていたインテイクは好き放題やってこれた。しかし、どこで火が点いたのやら王太子が国防に首を突っ込もう、というのである。そうなると、この軍備にメスを入れられ、計画が頓挫してしまう恐れすらあった。


[星暦1540年11月14日、ヌーゼリアル公都シャーウッド]


「今日の軍事パレード、何か良からぬことが起きるでしょうか?」

マーリンが心配そうに言う。

「そうだね。また、リックとビアンカにヴェパールで待機してもらいましょうか。」

「おう、任せとけ。危なくなったら颯爽と救出してやんよ。」

リックが大きく出る。


その視察は、『観艦式』の形で行われる。宇宙港『故郷ジアコカナーバ』にずらりと並べられた艦艇群はそれはそれは壮観であった。


勇壮な軍楽隊ブラスバンドが奏でるマーチにのって、真空の海を艦艇が次から次へと通り過ぎる。

それを王太子シモンと並び、凛がそれを見守る。王太子の右隣にはフィリス妃、左隣には凛が、そしてさらに左隣にはメグが座っていたのである。本来は、メグはフィリス妃の隣にいたはずが、まさに凛の妻のような扱いになっていたのである。インテイクはその様を忌々しそうに眺めていた。


「見事なものですね、殿下。いつでも戦える、そんな気概を感じます。」

凛が褒めると王太子はつまらなそうに言う。

「いったいどこの誰を相手に戦争を始めるつもりなのやら。」


「あの王太子、案外『昼行燈』を装っているだけかもしれませんね。どうしたら人間が暴発するか、その煽り方が絶妙ですね。」

マーリンはプライベート・ラインで凛に言う。凛とメグを相席にさせたことを言っているのだ。

「普通の君主は席次のことなどきにしませんよ。」


「そうだね。きっとジョブの父上が暗殺された時に、目覚められたのだろうな。今はむしろ命を狙われるスリルを楽しんでおられるようだね。」

凛は苦笑する。

「でしょうね。凛という『最強の手札ジョーカー』を持っている、という余裕を感じられますね。下手をすると本当にメグのムコに、と言い出しかねませんね。」

マーリンも苦笑を隠さない。


そして、実際に王太子と凛が艦艇に乗り込んで現場の騎士を激励する、という場面が設けられることになっていた。この式を差配するインテイクが指示を飛ばす。


近衛騎士団の騎士たちの護衛のもと、港から艦艇ふねまでの桟橋を凛は王太子と共に進んでいた。桟橋は透明なチューブになっていて、周りを満天の星空が包み、足下には青い惑星スフィアが横たわる絶景であった。

「素晴らしい景色ですね。殿下。」

「私もこの景色が大好きでね。貴公にもぜひにご覧いただきたかったのだよ。」

王太子も笑顔だ。


「いいなあ。ボクも行きたかったな。」

映像でその様子を見守るメグの側で弟のシグが呟く。


(もし、なんらかの攻撃を仕掛けがあるとすればここしか無いのだが⋯⋯)


凛は緊張感に包まれる。スフィア王国であるならば、施設を統括するコンピュータはキング・アーサーシステムなので、どんな小さな動きでも察知できる。しかし、

「ここはアウェイです。どうしても対策にはタイムロスが生じます。」

ゼルが説明する。


桟橋は動く歩道で繋がれていて、ゆったりとしたペースで艦艇ふねまで進んで行行った。二人は桟橋の中頃に差し掛かる。

その時だった。突然、照明が落ち、動く歩道が停止した。ただ、惑星からの照り返しで、真っ暗ということはない。むしろ、景色はより幻想的になる。凛は一瞬それが演出かと思ったのだがそうではなかった。


突然、王太子と凛、そして護衛の一団の前後を黒ずくめの兵士たちが囲んだのだ。

囲まれた、というよりはある程度の距離をもってはさみ打ちにあった、というところだ。

「どうやら救出に駆け付けた、という様子ではありませんね。」

凛が王太子に囁いた。王太子も頷く。


「構え。」

護衛の近衛騎士団の騎士たちも前後に陣営を組み、王太子と凛の防御に努める。

黒ずくめの兵士たちもやはり盾を持ち、前後両側からゆっくり展開すると、凛や王太子に向かって射撃による攻撃を始めた。

「弾丸など効くものか。」

通常の弾丸は「天使グリゴリ」には効かないので、大胆になった一人の騎士が剣を抜くと飛び出していった。すると、一斉に銃弾が撃たれる。その騎士はもんどり打って倒れこんだ。


「いかん、重力子コーティング弾だ。こっちを殺す気満々だぞ。」

護衛の責任者が怒号を上げる。

「応援だ。応援を要請しろ。」

何人かが連絡を試みる。


(恐らくはインテイクの差し金だろう。応援に駆けつけるわけがない。)

しかし、凛には不明な点があった。この程度の戦力であれば凛を殺すどころか傷をつけることさえ出来ないことは、凛が見せた幾つかの戦いっぷりを見れば容易に洞察できるはずである。


しかし、狭いスペースで、しかも挟撃という方法を取ったことはセオリー通り、と言えるが、何か違和感がある。と言うのも、せっかく挟撃という有利な状況にありながら、包囲網を狭めてこないのだ。

凛は転送陣ゲートの用意をした。


すると突然、ゼルが警告アラートを発した。

(凛、4時方向にエネルギー反応。)


凛は、その正体に思い当たった。

(そうか、足止めが目的か。)

「殿下、失礼します。」

凛が王太子の腕を掴んだその瞬間、桟橋を覆う透明なカバーが眩い光に包まれた。


凛は王太子と共に転移ジャンプする。

次の瞬間、凛は転送先、と決めてあった自分の控え室に到着した。

「艦砲射撃⋯⋯か?」

桟橋の中央部分は戦艦のエネルギー砲によってすでに撃ち抜かれ、桟橋は真っ二つに折れて、下へとゆっくりと崩れて行った。まだ、惑星からの重力の影響があるのだ。ただ、空気がないため轟音は聞こえない。しかし、構造物を伝って、橋がくずれるギシギシという振動が部屋にも伝わって来ていた。


「いくら凛が強いから、と言っても戦艦の艦砲とは⋯⋯。当たりどころが悪ければ死んでしまいます。」

ゼルがぼやく。

「当たりどころって⋯⋯。」

凛は苦笑した。


黒ずくめの兵士たちは艦砲射撃に合わせてすでに後退していたようだ。

「どうする?ゼル?」

凛は決めかねていた。王太子の無事がまず第一であるが、兵士たちを捕えないことにはインテイクを追い詰めることは出来ないだろう。どちらを優先すべきか。

(マーリンがいないのが、痛い。)


「なら呼べばいいと思います。私が呼んできます。」

ゼルが消えると、すぐにマーリンが転送されてきた。

「時間外労働を強いるとは、パワハラですよ、凛。」


マーリンの冗談に、凛は少しだけ笑うと

「殿下の安全をお願いします。」

王太子を託すと、再び、転移ジャンプする。


王太子は衝撃的な状況に頭を抱えていた。

「共の者たちは、どうなった?」

王太子の問いにマーリンは首を横に振る。

「申し訳ありません。まだ、調査中です、殿下。まだ、殿下の安全も確保されたわけではありません。もう少々、お付き合いをお願いします。もっとも、騎士達は大天使アーケンジェルを装着していますからなんとか生き伸びていてくれたら良いのですが。」

マーリンはウインクすると、リックを呼び、強襲降撃艦ヴェパールで迎えにくるように頼んだ。


「凛、敵が強すぎます。『ガブリエル』の本格起動を要請します。」

アザゼルが凛の全力を促した。


「了解、行くぞ、ゼル。ガブリエル、最大起動!」

了解ラジャー。」


凛は、熾天使セラフを起動した。6枚の翼が凛の背中に顕現する。凛は翼を広げると、艦砲を放った艦艇にめがけて飛翔する。


被弾した王太子の護衛騎士たちのことも気にかかるが、今はそれよりも第二射を撃たれる方が怖い。幸い、艦艇は第二射を撃つのではなく、状況を確認しようとしているようだ。2機の能天使エスクアイが艦艇から射出され、偵察を始めていた。


「凛、護衛たちの救出は後回しにしましょう。犯人まの確保をまず優先する必要があります。」

ゼルが凛に促す。

空前絶後フェイルノート。」

凛の手に弓が現れる。魔弓、空前絶後フェイルノートである。

凛は艦艇ふねを目掛け矢を放った。人間大に過ぎない凛が放つ矢は、艦艇のレーダーには宇宙塵芥スペースデブリ程度にしか認識されないだろう。


この「一矢」は攻撃ではなく制圧のためのものだ。矢は船のアンテナ部分に刺さると通信ケーブルを

伝い、艦艇のホスト・コンピュータにゼルを送り込む。

「ゼル、いつもの『ジャイ◯ン・リサイタル』、頼んだぞ。」

凛の言いようにゼルは膨れっ面を作って抗議した。

「違う。シェリ◯・◯ームだもん。」

「シェ◯ル?」

「銀河の歌姫です。」


鼻の穴を広げてドヤ顔のゼルに、凛も笑う。

「大きく出たな、まあいい。分かった分かった。早く行きな。」

「『飛んでっけー』、って言って欲しかったです。」

やがて、艦艇は機関を停止する。凛のもとにモールス信号で光の明滅が確認される。

「ワレフネヲセイアツセリ」


「よくやった、ゼル。」

凛は近衛騎士団に連絡する。

「救助隊の出動を要請する。現在犯人は身動きが取れない模様。」


そう言って凛はそのまま桟橋の跡まで戻る。護衛の騎士達を救助するためだ。音の届かぬ宇宙空間の捜索、凛は天使から出される救難信号を頼りに、護衛の騎士たちの救出を続けた。

やがて、応援が駆け付けた。


「私も出る。救出の指揮は私が執る。」

メグは出撃しようとしたが、許されなかった。

「姫、おやめください。姫を守るために、救助隊の人員を割くわけにはいかないのです。ご自重のほどを。」

この場合、暗殺や誘拐の対象に成り得る王族が出歩く事は遠慮しなければならなかったのである。

(私はなにもできない⋯⋯のか。助けを求める者たちを目の前にして、なにも。)

メグは悔し涙を流した。空戦のような三次元空間での行動能力に長けたメグなのに、立場ゆえに、なにもできないのだ。


しかし、残念なことに大半の騎士たちの死亡が確認された。大天使が艦砲のエネルギー波との接触による「重力子共振」によって、一瞬重力子バリアが無効になったことが主原因だった。宇宙空間は、その一瞬が許されるほど甘い場所ではない。


「私は、もうヴァルキュリアには帰れないのかもしれない。もし、私のせいで関係ない団員みんながテロにでもまきこまれでもしたら。」

メグは不安が大きくなるのを感じていた。


 やがて、ゼルによって制圧された艦艇が戻ってきた。

ハッチが開けられ、近衛騎士団の騎士たちが踏み込み、実行犯たちを次々に逮捕した。捕らえられたほとんどの兵士たちが、左腕に入れ墨をしていた。

つまり、インテイクが率いる「ウオーラバンナ聖騎士会」の犯行であることは明らかであった。たとえ、インテイクが無関係を訴えたとしても、監督責任は免れないだろう。


 「これで終わったのか。」

王太子シモンが力なくつぶやく。グルーグリッツとウオーラバンナ聖騎士会はお互い主義主張が異なるとはいえ、王家のもとで、車の両輪のように切磋琢磨し、よきライバルとして王太子の権勢の興隆に寄与してきた。しかし、いつの間にか、自分のコントロール下から離れてしまい、どちらもその求心力を失いつつあった。


(これが、親父殿の本当の狙いだったのかもしれない。)

もう、独立する力も、攻め上る力も残されてはいなかった。王太子は、これからどうやって国の立て直しを図るのか、考えなければならなくなったのだ。

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