第30話:電波すぎる、迎撃者。
[星暦1550年10月1日、公都シャーウッド]
王太子シモンは臣下を宮殿に集めると命じた。
「来る10月28日、『冬の都』への遷都の前に恒例の園遊会を行う。その時に我が国にとって重要な発表をするであろう。皆、配偶者を伴い、参列するように。このたびの差配は右大臣に任せる。」
発表を聞き、宮殿を後にする家臣たちの間では噂でもちきりであった。
「いよいよメグ様の婚約が決まったに違いない。やはり、トリスタン卿なのであろうな。」
「いやはや、たいへん、お似合いであらせられる。」
「きっとお強いお子が生まれるであろう。王子殿下の摂政にでもなられるやもしれぬ。」
「なんとも気の早いことじゃ。」
ある者は喜び、ある者は妬み、ある者は嘆き、ある者は怒りを覚える。
そして、ある者たちは『焦り』を感じていた。
「父上!!父上!!」
右大臣サムのところに息子のトワイスランブルフェイズ(トワイス)がやって来る。
「もはや、猶予はありません。ご決断を。」
サムは腕を組み、じっと考える。王太子の発表は恐らく、メグの結婚相手があのトリスタン卿で決した、ということであろう。
発表される前に何とかあのトリスタン(凛)を排除したかったのだが。無人戦闘機は撃ち落とされ、魔獣さえも倒された。残された手立ては少ない。いや、まだ発表されていないのだから、発表前に手を打てばよいのだ。
「分かった。」
その声に迷いはもはやなかった。
実は、公都シャーウッドは二つ存在する。北緯35度付近に存在する「夏の都」。そして、北緯20度、つまり北回帰線上に存在する「冬の都」である。
無論、移動するのは王太子を始めとした王族と重臣たちだけである。
夏の都は4月の下旬から10月いっぱいまで使われる。南北に長い植民地であるため、半年ごとに過ごしやすい地域で政務を執るのである。
そして、夏の都は右大臣、冬の都は左大臣が治めている。そして、ジョブ・リーファイスの父である内大臣が王太子を補弼していたのだが、当のザンザ・リーファイスが5年前に不慮の事故で亡くなってかは、まだ後任は置かれていない。
「もしかすると、王太子殿下が内大臣の後任を定めないのも、メグの婚約を匂わすのも、左大臣派と右大臣派の牽制なのかもしれませんね。」
マーリンが言う。
「しかし、妙だと思わないか? 『征服派』の左大臣が勝てば、自分のところに攻め込んで来るし、『独立派』の右大臣が勝っても、国が分かたれてしまえば税収は減るだけだ。一体、国王はどっちの陣営に腕を突っ込んでいるのだろうか?、」
凛も、判断がつきかねていた。
無人機や魔獣の入手ルートから、右大臣の背後にはフェニキアが、左大臣の背後にはハワードら円卓の反士師派の思惑は透けて見えるが。確証までは至らない。
「しかし、今度の園遊会ですが。仕切りは右大臣のサムだそうですよ。恐らく、何らかのアクションはあるでしょう。」
マーリンの言葉に凜もうなずいた。
[星暦1550年10月28日、公都シャーウッド]
そして、当の園遊会である。宮殿には左右大臣を始めとした貴族や高級官僚たち、周辺各国の大使たち、また功労のある市民たちが招かれていた。
「お出ましだ。」
生オーケストラの演奏の中、王太子一家が会場である宮殿の園庭に登場する。王太子シモンと妃のフィリス、そして王女マグダレーナ(メグ)と王子シグリッドフォールス・タケル(シグ)である。
シグ王子は8歳で、今年始めて養家から戻り、お披露目されたのだ。この秋からは
秋の低くなった陽射しがメグのドレスを美しく浮かび上がらせるようだ。
「いいなあ、ドレス。」
凛の隣にいるビアンカがため息をつく。
「そうだね。でもビアンカの振袖もとても素敵だと思うけど。」
凛がすかさず褒めるとビアンカも笑顔を見せた。
「まあ、パパの趣味なんだけどね。凛の『
ビアンカの振袖はピンクの生地に、紅葉の刺繍が施されており、濃い紫の帯の下は袴になっていた。物珍しい民族衣装に、報道陣や列席者が目を止める。
「良く似合ってるよ、ビアンカ。ほら、皆んなキミの写真を撮ってる。」
午後の園遊会が終わると、数時間の休憩を入れて夜の懇親会になる。
懇親会は座っての晩餐会と舞踏会の二部構成である。
異変は、晩餐会の時に起きた。
(体温が異常に上がっている。)
凛が自分の体調の異変に気付く。
(毒を盛られた可能性があります。)
ゼルが外には聞こえないように言った。しかし、そんな怪しい気配はなかった。
(いつだ?)
凜がゼルに尋ねる。
(恐らく、乾杯に使ったシャンパンである可能性が大です。)
しかし、シャンパンは随意に回されたものであり、特別凛のために
(今は、毒を盛った手口よりも、対策を講じる方が優先だ。ゼル、毒の分析、解毒を頼む。⋯⋯いや、非常事態のため、俺の身体のコントロールも頼む。)
(了解しました。)
身体が異常に熱い。凛は席を立つとふらつきたいのを堪え、会場の大広間を出る。
そして、そこで片膝をついた。
「大事はありません。すみませんがソファーをお貸し願えませんか?」
凛は
(まずい。意識を刈られそうだ。)
凛は必死に意識の保持に努めるが、確実に意識がふっと、2度3度と一瞬真っ白になっては戻る、ということを繰り返していた。
(ゼル⋯⋯俺は一度、スリープに入る。)
調整が終わってから初めての
(凛、お待たせてしまいました。まもなく、解毒プログラムが組み上がります。しばらく⋯⋯)
ゼルの声が遠ざかり、凛は意識を失った。
(マーリン。凜が毒を盛られました。ここはしばらく死んだふりをして、やつらの尻尾を掴みます。マーリン、しばらく凛の代理をお願いします。)
ゼルはプライベート・ラインでマーリンに連絡した。
(そちらを手伝わなくても大丈夫ですか?)
マーリンとしては、ゼルの抱えている案件の方が面白そうだ、と思っている。
(座標と現況は逐次伝えます。『副音声』でお楽しみください。)
パーティも外交の一部だけに、疎かには出来ないのだ。凛は国王アーサーの代理なので、マーリンともども席次も高い。その席を二つとも空ける訳には行かないのだ。
無論、凛の身に危険が及び、ゼルだけで対処出来ないのであれば、即座にマーリンを遠慮会釈無しに召喚するつもりである。マーリンもそれは十分承知していた。
「トリスタン卿はいかがなされた?」
メグが凛の姿が見えないことに気づき、
「急なご用事だそうです。」
「そ……そうか。」
素っ気ない返答にメグも嫌な予感がした。無論、
一方、凛は救急車で搬送されていた。
宮殿には王室の侍医がいるはずなのに、おかしな話ではある。
(間違いなく罠)
ゼルは凛の解毒を処置しながら戦闘にも備えることにしていた。
救急車は施設に運び込まれる。凛はストレッチャーに担架ごと乗せられたまま建物へと搬入された。
ゼルはGPSの座標や建物の外観から施設情報を問い合わせる。
(施設名検索⋯⋯登録無し。土地、建物所有者検索⋯⋯ライトフォーヘンルマルク・ロビンコステイン。
所属検索⋯⋯医師。近親者検索⋯⋯絞り込む⋯⋯グルーグリッツ聖騎士団。副団長。いとこ。……やはり、罠。黒幕が右大臣の可能性が大です。)
ゼルに今度はアラートが入る。
(毒が特性を変えた?)
解毒プログラムで体内のナノマシンを解毒剤に変換して治癒に当たっていたのだが、その毒がいきなり特性を変え、再び凛の身体を蝕み始めたのだ。
地下室に設けられた手術室に運び込まれた凛は白衣を着た男たちに囲まれていた。
「まだ、脈拍があるぞ。」
「しぶといな。」
凛の血液が採取され機械で調べているようだ。
「毒特性、フェイズ2。これでも死なないのか? バケモノだな。仕方ない、身体を開いて確実に殺そう。」
(毒を盛って自分の息のかかった病院に運び込む。そして緊急手術と称して凜を殺す。医療事故を装った殺人か?暗殺の常道だ。ふむ、毒性をまた変えた⋯⋯。恐らく指向性毒素発生ナノマシン。最新型のナノ・アサシン⋯⋯といったところか。)
ゼルは相手の特性を見抜いた。
ナノ・アサシンは体内に取り入れられると、毒成分を生成する機械に組みあがり、体内に毒を流し続けるものだ。一定の毒素が効かない場合、違う毒素を合成し始める。
そして胃から排出された毒素発生マシンは腸まで達するとまた細かく分解され、証拠も残らないのだ。
ターゲットだけに毒を精製させるため、不特定多数の人間に飲ませても、任意の人物のみを殺すことができるのだ。
(この分だと王太子の身も危ういです。マーリン、王太子殿下と侍医に連絡し、胃を洗浄するよう申し上げてください。おそらく、殿下の『発表』とやらの内容いかんによってはそのまま殿下の命が危険だ。)
宮殿にマーリンを残して正解だったようだ。次にゼルはリックを呼ぶ。
(リック、ヴェパールを私の指定する座標まで連れてきてくれ。至急だ。)
リックはヴェパールでのお留守番にふてくされていたが、出番と聞いて張り切り始める。
(やれやれ、ナノマシンが相手となると、私も専門家を呼ばざるを得ない。)
ゼルはアーサーシステムにリンクする。
「キング・アーサーシステムにリンク。こちらレベル9リンカー。アザゼル。召喚要請。オーソリティコード、序列68位ベリアル。」
「久しいのう、ゼル。」
虚空から女性が湧く。明るい栗毛色の長い髪に翡翠色の瞳。先のとがった長い耳を持つ美女だ。
彼女の名はべリアル。キング・アーサー・システムのアプリの中でも高位のアプリで、「
「リア、少女バージョンは止めた?」
以前とは姿形を変えたアバターにゼルは食いついた。
「うむ、宿主の嫁の在りし日の姿だ。どうだ、可愛いだろう?
「そうだった、つい、うっかり。」
ゼルは舌を出した。
「データはもらったが、厄介なシロモノじゃの。一丁、捕らえてみるかの。」
べリアルが「杖」を振ると風がキラキラと光りながら凛の鼻へと吸い込まれていった。
やがて、白衣の男たちがざわつき始める。
「バカな。アサシンが停止した。くそ、何が最新型だ。仕方ない、このまま死んでもらおう。手術の用意だ。なるべく自然な感じで殺すんだ。麻酔深度を上げてくれ。」
少なくとも、体内で停止した『アサシン』を開腹して取り出さねばならない。
ハサミで凜のタキシードを切開し、開いた男が絶叫して後ずさった。
凜の腹にはゼルの顔があったのである。
「ド根性カ●ル。」
そして、ゼルはゆっくりと凜の胸のあたりから姿を現していった。
「ぴょこん。ペタン、ぴったんこ。……私のお胸もぺったんこ。……。大きなお世話です。」
ゼルが怪しい歌を歌うがおそらく音痴なため、怪しい呪文にしか聞こえないだろう。
「だ、誰だ。いったいどこから入ってきた?」
ゼルはゆっくりとほほ笑んだ。ぞくりとするような憎悪が込められているかのように見えたかもしれない。
「これまで、この部屋での犯罪の様子はすべて記録されています。外患招致罪、並びに殺人未遂の現行犯です。無駄なあがきはやめて、投降しなさい。そうすれば、罪一等を減じることもあるかもしれません。」
ゼルの不敵な勧告に、男たちは鼻で笑った。
「こんな密室で、お前のような小娘に、何ができるというのだ。バカは休み休み言え。」
ゼルは再びほほ笑む。
「なるほど。ここは密室でしたね。そう、密室だからこそできることもある。」
そういうとゼルはいずこからかマイクを取り出した。思わぬ展開に男たちの動きが止まる。
(おい、ゼル。まさか『あれ』をやるつもりではないであろうな?しかも、こんな密室で?くそ、
ベリアルが途轍もなく嫌そうな顔をした。
「では歌います。『ハートのナース』、どうぞお聞きください。ミュージック、スタート!」
突然、部屋に音楽が鳴り始める。アップテンポな曲だ。
「くそ、アップテンポならごまかせると思うなよ、ゼル。」
ベリアルは耳をふさいだ。
「絶対、無理って言ったじゃん。あの
ゼルが歌いだす。
「だけど、ここにいるんだよ。キミのハートを、いやせる、ハートのナース。イエイ」
ぼえー、というハウリング音が響く。相も変わらず、絶望的な音痴である。
「イエイじゃねえ。」
ゼルはステップを踏みながら歌い続ける。
「『絶対』、って言葉がキライ、よくわかる。若さは可能性!大人が言ってる魔法の言葉。
でも、女の子には絶対、絶対って言葉はあるの。それはわたしだけのこだわり。
キミにだって変えられないよ。彼女も自分もね。
だから疲れる。だから
ゼルが人差し指を振りながらウインクする。
「お前の歌が超無理だ。チクショウ。」
男たちが床に両膝をつく。
「だからあたしが、ここにいるー。あなたをいやす、ハートのナース!
あまえていいのよ。あの子と違って、あたし甘やかすの大好きだもん!
だから気付いて、早くきづいて。ここにあたしがいること、ねっ!」
「やばい、
しかし、部屋の鍵が開かない。ベリアルが
「くそ、開かない。誰か、誰かここを開けてくれ。」
男たちはドアを乱暴にたたいた。
「いつもそばにいる、ハートのナース。いつもここにいる。ハートのナース。
あなただけの、あなただけの、あなただけのハートのナース。
一緒にいて、あげる。
あ、あなたって言っちゃった。」
(ゼル、もうそのへんで勘弁してやれ。もうつっこめる勇気も
ベリアルに止められてゼルはしぶしぶマイクを置いた。
気絶した者、気分が悪くなって嘔吐するもの。密閉された部屋は悲惨な物であった。
まもなく、激しい戦闘の物音が聞こえてくる。そして、抵抗が止むと、軍靴と甲冑の音を響かせながら騎士の群れが施設になだれ込んできたのである。
マーリンの通報によって、この施設に踏み込んできたのは近衛騎士団であった。いわゆる「憲兵」にあたる「士道審議旅団」である。
「
手術台に座る凜の足元に跪いたのは、ジョブ・リーファイスであった。
「お疲れ様でした。ジョブは憲兵さんだったのですね。」
凜は意外そうに言ってしまった。
「はい、嫌われ者をやっていますよ。」
ジョブはそう言って苦笑した。普通、救助された要人は、たいてい、助けが遅かったことに不満を述べるか、憤りをあらわにするものだが、殺されかけてなお、平然としている凜に好感を持ってしまいそうであったからだ。
「それはお互いに苦労が多いことですね。」
凜はもう一度ジョブをねぎらうと、
「これが私の体内に入れられたものです。おそらく、ナノマシンの形でシャンパンに
しこまれていたのでしょう。体内でこの形に組み立てられて毒素を吐き出していたのでしょう。わたしの体内のナノマシンでコーティングしてあります。
これをたどれば、犯人に行き着くはずです。」
そういって体内から取り出したナノマシンをハンカチにくるんでジョブに託したのである。
「何から何まで恐縮です。閣下。この事件の黒幕、必ずや突き止めてご覧にいれます。」
そして、敬礼すると担当の部下を残して立ち去っていった。
「閣下、病院に搬送いたします。」
ジョブの部下は担架を勧めたが凜は辞退した。
「実は、もう迎えをよんでいるのです。あと、他の医師にかかると、主治医の先生が嫉妬しますので。」
凜がゆっくりと立ち上がり、自分の足で歩いて施設の外に出ると、リックとビアンカがヴェパールで迎えに来ていたのである。
「凜、大丈夫?」
凜は心配するビアンカに微笑みかけると
「ええ、念のため、ナディンさんに診てもらいます。その方が安心ですしね。]
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