第29話:せこすぎる、包囲網。

[星暦1550年8月10日、主都グラストンベリー]


久しぶりの「グラストンベリー」である。


強襲降撃艦ヴェパールは聖槍ロンゴミアント騎士団の支所に到着した。凛たち一行は、まず、既に着いていた透に挨拶と経過を報告する。


「そうか。意外に複雑なことになっているのだな。(王太子の姉である)うちのオフクロも心配してるんだ。

 それと、凛。君の活躍ぶりが、最近どうにも過ぎているようで、どうも君に対する『包囲網』的な動きが出始めている。気をつけてほしい。」

透はそう忠告した。


「了解です。」

凛はそう答えてから

「メグ、ヴァルキュリア騎士会まで送るよ。」

と申し出る。


「いや、今は、その、あの……噂があるし。その。」

メグがしどろもどろになる。ヴァルキュリアの女性騎士は『修道女』なので、基本的に恋愛は禁止なのだ。


「メグ、あなたのおかげで、暗殺の対象が王太子から凛へと変わりつつあるのです。ご家族の安全のためにこれからも『怪しい』行動をぜひ。」

マーリンが促す。


「なんだ、そこまで深刻化しているのか? シャーウッドは?」

透が呆れたように言う。


「ええ、宮廷はいつでも噂話ゴシップ醜聞スキャンダルの巣窟ですから。」

マーリンは楽しそうだ。


「わたしは楽しくない。」

ビアンカがふくれっ面をする。凛はメグどころか、ヌーゼリアルの女性たちにも大人気なのだ。しかも、地球人種テラノイドよりはるかに整った顔立ちの方が多い。

「俺も、弓の稽古始めようかなあ。もてたいなあ。」

リックがぼやく。

「君は槍の方が先です。」

師匠のゼルが不肖の弟子に釘を刺した。


「まあ、王太子を殺しても、王太子を継ぐ者の正統性を保証するメグを、凛に持っていかれては元も子もありませんからね。どうしても、凛の存在は邪魔なんですよ。」

マーリンの解説に透も頷く。


「凛には申し訳ない。私の家族のために、何度も命の危険にさらしてしまった。」

メグも申し訳なさそうに言う。

「まあ、僕がやり始めたことだし、なんとか決着けりはつけたいよね。まあ、あぶりだす餌として、君との噂は効き目がドラスティックすぎだったかな。」

「まあ、まさに劇薬ですよ。もっとも短期間のうちに炙りださなければなりませんからね。仕方がありません。」

凜の軽口にマーリンも合わせた。


[星暦1550年8月10日;ヴァルキュリア女子修道騎士会本部]


 祭りの期間中のため、いつもは男子禁制の構内も、今だけは広く公開されている。凛が、メグを送った後、すぐに去ろうとすると『星組』の旅団長(シスター)に呼び止められる。

「トリスタン卿。団長マムが御用があるとかで、しばらくお止まりいただけませんか?」


「かまいませんが、さて、どんなご用向きでしょう。」

凛が通されたのは道場であった。広大な道場では騎士修道女たちが竹刀や薙刀で稽古に勤しんでいた。凛は階段を上ると、一段高い、総師範席に座るグレイスの隣席に座を勧められた。

「お久しぶりです。グレイス……さん。」

「閣下」と言われるのをグレイスは嫌がるのだ。


「凛、メグとの婚約の話、真実ほんとうなのか?」

凜には一瞥もくれず、じっと稽古の様子を見つめたままグレイスが凛に尋ねる。

「……噂ですよ。ただのね。」

凛はグレイスの横顔を見ながら応えた。


「女の子の気持ちを弄びおって。悪いオトコだな、キミという男は。」

グレイスの目はなおも稽古場を見つめたままだ。

「いいえ、わたしが弄んでいるのは『男』どもの嫉妬心ですよ。女性のそれよりもはるかに性質タチの悪いね。」

そうして凛は、今回の噂はが王太子の許可とメグの協力によるものであることをグレイスに伝えた。


「それで、決して否定も肯定もせず、ただの噂、と言い張っているわけか。」

グレイスは初めて凛の方を見て尋ねた。そして、付け加える。

「こちらでもいろいろ、魑魅魍魎どもが蠢きはじめている。気をつけることだ。」


「いろいろ、とは?」

凜が聞き返す。

「いろいろだ。君が『謙遜』し過ぎるせいで、皆、つい、夢を見てしまうのだ。もうそろそろ、ここらへんで、考え違いをしている連中に格の違いをしっかりと見せた方が良いのではないか?」


グレイスの忠告に凛は苦笑した。凛としても、 年末に円卓を訪れた時に、彼らが凛を受け入れてくれさえいれば、ここまで苦労することはなかったといえる。


「グレイスさん、僕はある意味、『生ける理不尽』なんですよ。ラドラー卿の言葉を借りるとね。つまり、僕の存在そのものが、これまで皆さんが長年かけて築いてきた価値観の終焉を意味するわけです。

 当然、彼らは受け入れられるどころか反発や抵抗もするでしょう。まあ、それはすでに折り込み済みだったはずなのですけどね。」


凜の言葉に、グレイスは高らかに笑った。

「『生ける理不尽』か。確かに言い得て妙だな。わたしの時もそうだった。長年、鍛え、研いてきた力も技も君にはまったく通用しなかったのだ。がっかりどころか茫然としたよ。もしかすると、今こそが騎士道の歴史が劇的に変わる転換点なのかもしれないな。」


道場に道着に着替えたメグが入って来た。メグは凛に気が付くと驚いた様子を見せた。そして、恥ずかしそうな素振りで、ウオームアップを始めた。アップが終わる頃グレイスがメグに声をかけた。

「メグ、久しぶりにわたしと手合わせをしよう。帰郷中、きちんと修練を積んでいたか、確かめさせてもらおうか。」

「はい、団長先生マム。」


グレイスは下の道場へ降りると壁にかけてあった木槍をとった。

二人は礼を交わすと互いに木槍を構える。周囲の稽古の音が止み、乙女たちが二人の手合わせに注目していた。


3分のインターバルで3試合ほどこなした二人は、かなり息が上がっていた。

「どうやら怠ってはいないようだな。少し、安心したぞ。」

タオルでグレイスが汗を拭う。

「ええ、団長先生マムの言いつけは絶対ですから。」

メグの声も弾んでいる。


「結構なことだ。くだんの噂のカレシのお陰かな。」

グレイスがからかうと

「か……カレシじゃありません。」

メグは否定する。


シャーウッドにいる間、メグは、週に二度は凛と共に近衛騎士団の道場で修練をこなしていたのだ。

グレイスが思っていた以上にメグの腕が上がっていたのだが、あえてそこは言わなかった。


[星暦1550年8月15日、主都グラストンベリー]


祭りの奉納試合、凛とマーリンは順当に三日間優勝した。しかし、御前試合に招かれることはなかった。

というのも、天位以上の騎士でトーナメントが満席だったからである。


「どうやらこれが、我々への『包囲網』のようですね。」

マーリンは苦笑する。

上位の騎士に勝てば、大きなポイントを得られるため、凛たちを御前試合に出場させれば、それだけ二人の昇格が早くなってしまう。それを阻止するために、下位の騎士たちが出場する「空席」を作らない、という手段に出てきたのだ。


「せこい……としか言いようが無いわね。」

事実を知ったビアンカの一言が、皆の心情を表していた。


無論、エントリーした騎士が全員出場するわけもなく、不戦敗に終わった試合も

多かったため、その多くが「名義貸し」だったことを示している。


今回、祭りの使者として、ヌーゼリアル王国王太子からは左大臣のインテイク・オズワルドが派遣されていた。


彼は個人的にもハワード・テイラーと交友があった。

「ハワード、あの、トリスタン卿とは、一体どんな御仁なのだ?」

インテイクは夜遅く、ハワードを自分の宿舎に招いていた。

凜が五月祭メイ・フェアでの弓比べで無双の強さだったこと、また、ハワードを通して導入した無人機を弓で撃ち落としたこと、さらにはつがいの魔獣を単身で屠ったことをハワードに告げた。


「実のところ、わたしもまだヤツのことを良く分かっていないのだ。何しろ、去年、唐突に現れたのだ。奴のおかげで、私は『士師』として執政官コンスルを退官するという花道を奪われたのだ。面白いはずが無い。その上、ヤツは次の選挙大戦(コンクラーベ)に勝って、執政官にまでなろうという心づもりのようだ。」


 テイラーは憤慨していた。確かに、テイラーは執政官コンスルとして十分な手腕を振るっていたし、インテイクにもその憤りは理解できた。


「しかし、メテオ・インパクトの危機だ。君の国も彼の下で一致団結する必要があるんじゃないのか?」

インテイクの言葉は正論だが、テイラーの欲しい答えではなかった。


「ではインテイク、私も君に尋ねるが、摂政をあの小娘にやらせるのに、夫君が君の息子のインマルクである必要があるのかね? 件のトリスタンでも良いではないか」

「なるほど。」

インテイクも理解した。今は人類の危急の時である。しかし、それを救うのはハワード本人でなければならない。


自分も本星に錦を飾りたい。本星を征服して新しいエンデヴェール家オズワルド朝を創設する。そして、その始祖は女王マグダレーナ(メグ)であり、その夫となるべき彼の息子を通して自分の血が王統に注ぎ込まれなければならないのだ。


「だからこそ、シャーウッドの宇宙港みなとの施設を彼(トリスタン)にいじらせてはならない。あそこには見せてはいけない物が多すぎるのだ。」


一方、その頃サムはシャーウッドの自宅にフェニキア商人ハルパート・ジェノスタインを招き、会合を持っていた。

二人は領内の北方にある鉱山を開発したいのだが、王太子が首を縦に振らないのであった。この惑星は、先住民であるゴメル人が社会ごとアストラル化した時に、かなり環境面でも影響を受けていて、変わった特性を持った金属が産出されていたからである。


 「『エルフ』に『ドワーフ』の真似事ができるかよ。」

王太子は地球人種テラノイドの伝説をネタに、冗談めかしてその提案を却下した。

実際、開発するにしても、その地は魔獣がうろつく危険な地域である上、開発による環境へのダメージが懸念されていたからである。


しかし、分離独立を目論むサムたちにとって、独立後の国家運営のための安定した財源となる鉱山開発は不可欠なものであった。

王太子を排除したとしても、とりあえず摂政としてメグを立てねばならないのは確かだ。

そして、サムとしてはその時にメグを支える伴侶は自分の息子でなければならない、と目論んでいる。


「で、あの魔獣はお役に立ちましたかな?」

ハルパートは尋ねた。捕獲に苦労した魔獣である、役に立たねば困るのだ。

「それが⋯⋯、アッサリと倒されてしまいましてな。あの男に。」

サムの答えにハルパートは血相を変える。


「そんなバカな。つがいの肉屋熊ブッチャー・グリズリーですぞ。しかも育児期のいちばん気性の荒い時期ですぞ。あの屈強な鎮守府の連中ですら、3個猟団が束になってやっと捕らえた個体だったというのに ? たった一人で倒せるはずがない。」

ハルパートととしても、鎮守府に無理を言って、そして金を積んで生きたまま捕獲してもらったのに、大した効果がない、では困るのだ。


「次は、地獄竜ゲヘナス・ドラゴンでもないと無理かもしれませんな。」

サムはため息を吐く。


「なんとか⋯⋯、そう、なんとかしなければ。」

凛が友邦とはいえ、外国の要人であることを盾に、メグとの縁談の噂に批判的な世論を喚起しようとしたが、『弓比べ』での三冠や、先日の『魔獣狩り』で、狩人としても比類のない能力の持ち主であることが民衆レベルにまで周知されてしまい、二人の婚約に、かえって待望論まで出る始末なのだ。


「確かに、せっかく熟するまで我慢していた果実を野鳥についばまれてしまっては、面白くもなんともありませんからな。」

ジェノスタインには、まだ奥の手があるようであった。


[星暦1550年8月24日、ヌーゼリアル公都シャーウッド]


「また、あのお二人が稽古なさっておられるわ。なんて素敵なのかしら。」

週に一度、近衛騎士団の道場で、凛の旅団とメグが稽古に励んでいた。


 最近は、近衛騎士団の剣術師範代であるジョブ・リーファイスも見に来るようになり、主にビアンカが稽古を付けてもらっていた。


凛の『玉の輿』が目当てなビアンカは、稽古が大嫌いであった。

「『技巧騎士テクノナイツに刃物はいらぬ。金槌ハンマー1本あればいい。』……て、パパよく歌っていたもん。」

都合が悪くなるとパパの教えを持ち出すビアンカだが、


「じゃ、戦槌メイスでいいじゃん。」

リックにたった一言で論破されてしまったのである。

 ただ、ゼルに言わせれば彼女には武道の素質はそこそこあり、センスの良さを評価していたが、残念なことにそれを活かせる『基礎体力』が彼女ビアンカには全く無かったのである。


しかし、そんな彼女も、イケ面のジョブの稽古はだけは嬉々として受けていたのである。

「『可愛い』凛くんも良いけど、大人で『シブい』ジョブさんもカッコ良いよね。」

「そうか?」

目がハートマークになっているビアンカをリックはやれやれという感じで見ていた。


「そうですよ、リック。あのビアンカのような移り気で飽きっぽくて、超絶ど素人を教えるのは難しいですし、かなりの技術と熱心さが必要です。さぞかし彼もモテるでしょうね。」

マーリンも褒めちぎった。


「そうかな、俺はやっこさんには、なんか嫌なものを感じるんだけど。」

リックは不承不承ふしょうぶしょうである。

「リックは妬いてるんだよ。リックはもうちょっと素直になったほうがモテると思うよ。」

ビアンカもジョブを擁護した。


「 彼は内大臣、ザンジバルザカリアス(ザンザ)・リーファイスの遺児だ。」

メグがそういったことを凛は思い出していた。


内大臣ザンザ・リーファイスは今から5年前、事故死している。『保守派(現状維持派)』である近衛騎士団を率いていた彼はインテイクやサムを抑え込む役割を果たしていたが、その役割ゆえに、多くの憎しみを買い、暗殺されたのではないか、とまことしやかに語られていた。


「ジョブは亡くなったお父上のように近衛騎士団の団長になるのかな?」

ビアンカの稽古を見ながら、凛は傍らのメグに尋ねた。


「おそらくは無理だろうな。ザンザ卿は極めて私欲を抑えた方で、家族といえども特別扱いなさるような方では無かった、と聞いている。

 逆に、ザンザ卿を継いだベンド卿は『家族思い』な方でな、すでにご子息のクランド卿が筆頭副団長に就いておられる。クランド卿が団長になられたら、おそらくは私のようにスフィアの騎士団に赴かれることになるだろうな。

 ジョブは有能な方だが、残念ながら運命の女神には見放されておられるかもしれないな。」


「そうですか。」

メグはジョブの人柄を知った上で、運命に抗わない彼の態度に腹を立てているのだろうか。それとも、彼の身の上の不幸を嘆いているのだろうか。

 凛はそう考えながら懸命に剣を振るメグの横顔を見ていた。



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