第28話:怖すぎる、余興。

[星暦1550年8月1日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


 やがて、夏祭りのシーズンが近づいて来る。

騎士はグラストンベリーの奉納試合に出場しなければならない。騎士団は休んでも騎士であることは変わりはないため、メグも祭りには参加することを決めていた。

それで、メグの壮行会が宮殿で行われることになったのである。


メグはドレスではなく、自らが属するヴァルキュリア女子修道騎士会の礼服で会場にいた。

「ドレスもいいけど、やっぱり、こっちの方がメグらしくていいね。」

凛に制服を褒められると、メグは苦笑いを浮かべた。

「そうであろう? 私はドレスなどよりよほどこちらの方がしっくり来る。」

メグはおどけて見せる。


「メグ様、なんとも凛々しゅうございますな。」

(身長が170cmほどでこの国では)小柄な凛を押しやって、一段の貴族の子弟である若者たちが出てきた。


「我々もぜひメグ様の試合にはお供させていただきたいものですな。」

その人だかりには否が応でも熱気がこもっている。

(メグ、モテモテだな。仕方ないか。王女である彼女を手に入れさえできれば、位人臣を極める最短ルートだからな。この若者たちのギラギラした眼。きっと、親たちからもけしかけられているのだろうな)

凛は苦笑する。


「うむ、ありがたい気遣い、感謝する。しかし、グラストンベリーまではトリスタン卿に送ってもらうのでな、心配ない。」

メグの言葉に、若者たちの気が殺気立つ。

(父上以外の貴族の船に乗ったら、それはそれでまた、あらぬ憶測を撒き散らしかねないからな。)


「みなもわざわざ出向いてくれてありがとう。わたしはこれから演武の準備があるのでな。失礼させていただこう。」

若者たちの迫力にたじたじになったメグは足早に立ち去った。


(アイドルの握手会並みの熱気だな。)

ただでさえ、乙女の園である女子修道院生活で接点が無い上、帰国してみたらいきなり婚約の噂、である。メグを狙う者たちが焦らないわけがなかった。噂をまいた張本人としては申し訳ないきもした凜であった。


「貴様、少し顔を貸してもらおう。」

若者たちが今度は凜を取り囲む。彼らは凛の腕を掴むと、パーティ会場となっていた大ホールから、廊下へと連れ出した。

「貴様がメグ様と婚約した、というのは本当なのか?」

(めんどくさいな。)

凛はなるべく彼らを激昂させぬよう言葉を選ぶ。


「ただの噂ですよ。」

若者たちは気色ばむ。

「では、メグ様に金輪際、近づくな。」


「それはできません。」

凛は素っ気なく答える。

「なんだと。」

一人が凛の胸倉を掴む。


「メグと私は良き友であり、騎士道を共に修める同志でもあります。その関係を止めるつもりはありません。皆さんは、私と何かしら違うところがあるとでもいうのですか?」


 凛に逆に尋ねられて、彼らは言葉に詰まってしまった。

彼らは「騎士団」に属しているとはいえ、修練に励んでいたわけではない。

武器を無闇にふりまわすだけの「愚連隊」に過ぎなかったのである。


「トリスタン卿、姫様の演武デモンストレーションのお相手の時間です。」

そこに現れたのは、凛を含む、そこにいた若者たちよりも少し年長の青年士官であった。


若者たちは舌打ちをしながら凛から離れていった。思わぬ助け舟に、凜はほっと胸をなでおろす、

ジョブカントーレスバイク(ジョブ)・リーファイスという近衛騎士団の団員であった、その青年は凛に謝った。

「トリスタン卿、若い者たちがイキリ立ってしまい、申し訳ない。」


「いえいえ、私も助かりました。」

凛も短く礼を返す。

「彼らは、まだ未熟なのです。相手と自分の力量の差を量れないほどね。」

ジョブはため息をつく。


 メグと息のあった演武デモンストレーションが終わった後、右大臣のサム・ペイジから凜に提案というかお願いがあった。

「トリスタン卿、ここは一つ、本気の闘いを見せていただきたいのですが。」

その笑顔は含みのあるものであった。


「本気で⋯⋯とおっしゃいますと?」

凛が聞き返す。

「ただの余興でございますよ。」

サムが笑う。その笑いはどことなく虚ろなものであった。


「子供の魔獣、なんですが。」

魔獣とは高い知能を持った凶暴な獣で、惑星の北極周辺や北半球の緯度の高い森林地帯に住んでいる。


スフィア王国では正統十二騎士団アポストルの一角、「北方護衛騎士団・鎮守府」が中心となって、7つの騎士団を率いて彼らと闘い、南下を防いでいるのである、

 ヌーぜリアルの植民地の北方も同様に魔獣の生息域と接しており、時折、戦闘になることもあるのだ。その際に捕らえた幼獣(子供の魔獣)ということである。


 たとえ子供とはいえ、闘いに本能的に長けており、決して一筋縄ではいかないのだ。捕らえられた魔獣は幼体であれ成体であれ原則殺処分されることになっている。

その処分方法とは、多くの場合、見世物あるいは宗教的儀礼として騎士と戦わせるのが習慣だ。

(正直、悪趣味ではある。しかし、これはあちらの好意だ。)

この場合、指名されることは名誉に当たることなのだ。そして、凛は宮殿側の闘技場に案内された。主に弓技に使われることが多いが、魔獣が放たれるため、強化された重力バリアで覆われた客席で囲まれていた。


(本当に子どもなら、生まれ故郷まで転送するという手もあるが。しかし、そうも行くまい。きっと観客は血を望んでいるのだろう。)

凛は半ば、あきらめたように相手の出現を待つ。


扉が開き、闘技スペースに子どもの魔獣が放たれた。熊の形をした、魔獣だ。


肉屋羆ブッチャー・グリズリー」と呼ばれる種類で、人間の内臓や脳が大好物である。その鋭い爪や牙で獲物を部位ごとに引き裂いてから食べることから、「肉屋」の称号がついている。

 しかし、まだ子どもだけに、小熊のような愛嬌すら残している。魔獣の子は凛を見ると、まるでご馳走を見つけた子どものように無邪気に走り寄って来た。

無論、ご馳走とは凛のことである。


観客席から、魔獣に対する憎悪が渦巻き、立ち上っていくのを凛は感じていた。毎年大勢の人間が犠牲になっているからだ。


 凛は、子どもながらに鋭い爪を振り上げた魔獣の一撃を『天衣無縫ドレッドノート』で受け止めると

重力ブーツで蹴り飛ばした。


(まあ、よく考えると人間が牛や豚や鶏に対してしていることとなんら変わりはないのですが。)

凜は同情を禁じ得ない。小熊はよほどお腹を空かしているらしく、一度蹴られたくらいではあきらめきれない様子だ。

 果敢に凛に襲いかかるが、その幼い爪と牙では凛に届く間もなく蹴り飛ばされる。小熊はぺたんと床に座り込むと大声で咆哮し、母親を呼んでいた。


(残念だが、ママは来ないよ。)

別段、恨みもないため、凛は小熊に攻撃をするのを躊躇ためらっていた。


その時だった。


闘技場の扉が再び開くと「肉屋羆ブッチャー・グリズリー」の成獣のつがいが、乱入してきたのである。


「罠⋯⋯ではないか。」

メグは心地光明クラウ・ソラスを手に、凛に加勢しようとはかったが、王太子に止められた。

「メグ、あなたが行っても足手まといだ。それに、あなたが行ったら、あなたを護衛するために多くの供が必要になる。あなたは彼らをかばいながら戦えるのか?おそらく、トリスタン卿なら大丈夫だ。ほら、メグ、彼の表情をご覧。」


メグはモニターに映る凛を見た。凜の横顔はため息をつくアンニュイなもので、恐怖を感じている様子は微塵もなかった。

(私はなにもできない、というのか。共に戦うことさえも。)

メグは自分の自由の無さに唇を噛んだ。


そして、闘技場に突入するためには観客席の間を隔てているバリアを解かねばならない。それは他の観客に危険が及ぶ可能性もある。

「では、騎士の部隊に応援を。」

メグは王太子に要請した。


「殿下、いったいどうなっているのでしょうか? 親魔獣がいるなどとは聞いておりませんでした。」

この見世物を企画した右大臣のサムが真っ青な顔をして王太子のもとへ駆け込んできたのだ。メグは声を張り上げた。

「サム、貴殿はここで油を売っている場合なのか? すぐに凛の援護を。」

「は、はい。姫様。仰せの通りに。」

メグの要請にサムはふらふらしながら騎士の詰所へと向かって行った。

「恐らく、だれも援護にはいかぬだろうな。」

王太子は呟いた。


「さて、魔獣相手に1対3とはね。本気でいかないとこっちも少々危ないかも⋯⋯ね。」

凛は、応援は当てにしていなかった。子どもを守ろうとする魔獣に挑むには1個中隊の騎士でも微妙である。かえって他の騎士を庇いながら戦うよりは一人の方がやりやすい。


「ガブリエル、起動。」

凛の背中から4枚の光の翼が顕れた。

「やや、本気で行きましょう。」

ゼルが支援モードに突入する。


この非常事態を、ただの演出だと思っている観客はますますヒートアップしていた。

「殺せ! 殺せ!」

シュプレヒコールがあがる。


「さて、どうきますか?」

問題は魔獣の知能が極めて高いことにある。本能然と突っ込んでくる幼獣こどもならいざ知らず、成獣おとなともなれば。


親羆たちは二手に分かれるとはさみ打ちをするように二方向から同時に凛に殴りかかろうと迫る。

「コンビネーション・プレイもありか。『ただもの』じゃないね。」

(ええ、「けだもの」ですから。)

ゼルがくだらないジョークを飛ばすと補助を始めた。

凛の姿が消え、雄羆の背後に現れた凛が、その背に斬撃を叩きこんだ。

しかし、硬質化した体毛で、思ったほどのダメージは与えられなかったようだ。


(手ごたえは無しか。)

凛は舌打ちすると、二頭から距離を開け、今度は「空前絶後フェイルノート」で矢を射かけた。

二頭の魔獣は雄叫びを上げながら今度は真っすぐに突撃する。


一頭が矢を受け、一頭がその背後から飛び上がり、凛に殴りかかる。

「ジェット・ストリーム・アタックかい。」

(どっちがオルテガでしょうかね?)

ゼルもボケ倒す。


ガシ、という鈍い音が響き、凛は「天衣無縫ドレッドノート」でその一撃を受け止めたものの、あまりの衝撃に受けきれず、「天衣無縫ドレッドノート」落としてしまった。手がビリビリと痺れる。

(うわあ。なんて重い一撃なんだ。)


そしてすかさず、もう一頭が落ちた「天衣無縫ドレッドノート」を拾いあげると闘技場の壁に突き刺した。

(なんて賢いんだ。パワーと頭脳が半端なものではないな。)

さしもの凛も舌を捲く。


メグはハラハラしながら戦局を見ている。

刀を喪った凛は拳を構えると、不敵な笑みで二頭を挑発する。


「まさか拳を交えるつもりなのか?人間などひとたまりもないぞ。」

王太子は呆れたように呟いた。


弓もない無手の凛に、魔獣たちは勝利を確信しつつ、凛に襲い掛かる。


「嫌。」

メグが手で顔を覆った。


凛は雄の魔獣の懐に入るとその腹を両方の手のひらで打つ。

掌底しょうてい⋯⋯。」


魔獣は、そんなもの効くか、という顔をした次の瞬間、口から大量の血を吐いてうつ伏せに倒れた。

観客席から悲鳴が上がる。やがて、その血が凛のものではなく、魔獣のものであると分かると、大歓声があがった。

「いったい、今、何が起こったの?」

メグは全く理解できなかった。雄の羆はピクリとも動かない。


雌の羆は夫である雄の羆の死を確認すると咆哮を上げる。その声には悲しみと怒りに満ちていた。

(ごめんね。)

凛は雌の羆の怒りのこもった一撃を躱して上へと跳躍すると、今度は手のひらで雌の魔獣の頭に触れた。

魔獣の咆哮がそこで途切れると、雌の魔獣はそのまま、糸の切れた操り人形のように床に昏倒した。

 痙攣はしているが動いてはいない。


 あっけない勝負の顛末に観客席は水を打ったように静まり返る。しかし、凜が鎮魂のために合掌し、踵を返すと、凜の勝利を理解した観客席から拍手喝采があがった。


 両親を喪ったばかりの子どもの魔獣は母親であろう雌の魔獣に取りすがっていた。凛はそれを相手にすることなく闘技場の扉を自ら開けた。


そこにはジョブ・リーファイスが立っていた。

「後は、よろしく頼む。」

深々と頭を下げ、最敬礼するジョブの肩をたたくと凛はそのまま退出した。ジョブは闘技場へと入ると親の死に直面し、悲しげに咆哮している子どもの魔獣に近づく。

「悪く思うなよ。家族みんなで冥府へと旅立つがいい。」

ジョブは剣を抜くと幼獣の首を刎ねた。


その場面シーンに観客はさらなる歓呼と興奮の声を上げた。


「よかった、無事で。」

胸が潰れる思いで見ていたメグは、凛を迎えに行く。凛を見つけたメグは、凛を抱き締めたい気持ちを必死に抑えていた。

「メグ……。」

凛の目には薄っすらと涙の跡が残っていた。危険な生き物とはいえ、魔獣の家族を殺してしまったことに、後悔の念があったのだろう。


「これはこれはトリスタン卿。聞きしに勝る強さ。誠にありがとうございます。」

サムがぬけぬけと凜に礼を述べた。

「少し、手違いがあったようですね? 右大臣閣下。ご説明を賜りたい。」

凛は冷たい目線をサムに送った。


「いや、違うんですよ。子どもだけを引き離したところ、親たちが暴れて、拘束を破り、勝手に突入してしまったのです。事故なのですよ。しかし、士師ジャッジが無事で本当に良かった。」

必死に文言を考えていたのか、サムの舌は滑らかであった。


凜は泣きそうなメグのほほに手を触れた。

「メグ、ごめんね。心配させてしまったようだね。僕なら大丈夫だ。」

その言葉に、メグの気持ちの枷は決壊してしまい、メグは凛に取りすがって泣いてしまった。しばらく子供のように泣いていたその声が嗚咽に変わるまで、凜は彼女の首を胸に抱いて少し待った。

「ごめんね。わたし、なんにもできなかった。凜にいつも助けてもらってばっかりなのに。ごめんね。」

必死に謝るメグの髪をなでる。

「本当に怖かったんだね。⋯⋯もう、大丈夫。怖がらせてしまったお詫びに、どうやってあの魔獣を倒したのか教えてあげる。」


メグは凛を見上げると頷いた。

(さすがは騎士シュバリエール。立ち直りが早い。)


凛がメグを連れて、凛に絡んだ若者たちの詰所に近づくと、部屋の中は大パニックになっているようで、怒号が飛び交っていた。


凛がノックもせずにドアを開けると、中からは血まみれになった若者たちが悲鳴をあげながら飛び出していった。


「ひっ」

さすがのメグもびっくりして座り込む。

「これは、どういう?」


「あの時、僕は魔獣の内臓と脳を空間ごと転送してやったんだ。この部屋にね。僕の転送能力ゲートは空間を交換したり、空間同士をつなげる能力なんだ。あまり、兵器としては使いたくはなかったけど、今回は仕方なかった。

 子どもを心配したり、愛したりするのはどの種族でも変わりはないはずなのに、僕は⋯⋯僕は⋯⋯血も涙も無い、ただの兵器なんだ。これでは魔獣と何にも変わらないかもしれないね。」


凛は震える声でそう言うと目頭を押さえた。ぎゅっと握られたもう片方の手を今度はメグが握った。

「大丈夫、私はいつだって凛の味方だ。たとえ、凛が何者であろうとも、私はありのままのキミを受け止めたい。あなたはあなたの力を正しいことにしか用いるつもりはないことは私がよくわかっている。わたしはあなたを怖がったりはしない。」


「⋯⋯あ、ありがとう。」

メグは初めて見る凛の弱音に、少しだけほっとしていた。

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