第27話:刺激的すぎる、噂。

[星暦1550年5月12日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


「『王女マグダレーナは、スフィア王国士師、棗凛太朗=トリスタンと婚約する予定である』と。」


「な⋯⋯⋯!!!」

「なにそれ!?」

「どういうこと?」

リックとビアンカはブーイングをし、メグは顔を真っ赤にして俯いた。


「待て、みんな。ゼル、そこで話を止めたらだめ。説明を続けて。」

殺気だつ雰囲気に凜も慌てる。ゼルは予想以上のリアクションに満足したようで、説明を続ける気になったようだ。」


「なぜ? ここはためるところでしょう。その通り、あくまでも噂を流すのです。改めて今回の事件を考えてみましょう。

 

 まず、グルーグリッツ聖騎士会は「分離派」なのです。彼らにとっては王太子が本星に行くのを止める、という意思を示せば問題無いはずです。しかし、殿下にその意思は無い。

しかし、国王からの刺客が送られれば、もしかすると激昂した殿下が独立の意を示すやもしれない。」


「それでも王太子が動かなかったら?」

リックが尋ねる。


「良い質問ですね、リック。その場合は、王太子を亡き者にし、幼い王子を擁立すれば良いのです。王太子が死ねば自動的に本星にいる王子が王太子になるでしょう。その時は、シグ王子を傀儡として独立を宣言させれば良いのです。無論、『摂政』に誰かがなれば良いわけです。そして、その摂政、もしくはその係累がシグ王子の姉のメグを妻にすれば権力の正統性が唱えられる、という訳です。ここまではわかりましたか?」


「はい、ゼル先生。」

ビアンカもノリが良い。

「大変良いお返事ですね、ビアンカ。

一方のウオーラバンナ聖騎士団は『征服派』です。王太子が本星に攻め込もう、といえば問題ありません。しかし、殿下はその気はありません。当たり前のことですが、黙っていても王権は自動的に手に入るのですから。

 その後の原理はクルーグリッツの時と一緒です。命を狙われたと王太子を激昂させるか、あるいは本当に殿下を亡き者にして、幼いシグ王子を擁立します。王子に宣戦の布告をさせるために摂政に誰かがなる。そして、その摂政は姉のメグを妻にすれば権力の正統性が唱えられる、という訳です。」


「すると、ここで鍵となるのは誰でしょう?」

凛が水を向ける。

「それは⋯⋯メグ、ということになるよね。」

リックが答えた。

ゼルが無表情に続ける。

「その通りです。いずれにしても、鍵を握るのはメグ、ということになるわけです。では、その前にメグが、別の国へ嫁ぐことになったとすれば⋯⋯、どうなると思いますか?」


「面白いことになりそうですね。⋯⋯いや、これは失敬。」

マーリンが無責任な感想を述べる。


「でも、そうなったら困るグループは凜を狙うんじゃない? つまり凛が標的になる、ということ?」

ビアンカが驚いたように言う。

「その通り、大正解です。」

ゼルが褒めた。


しかし、計画の顛末を理解したメグが語気を荒げる。

「凜。なぜ無関係のあなたがこんなことを?」


「無関係じゃないよ。メテオ・インパクトは必ず来る。それを防ぐことができるのは僕の構築するエクスカリバーがどうしても必要なんだ。そのためには、この惑星ほしに住むすべての人の協力が必要なんだ。そのために僕はここに来たんだから。」

リックもビアンカもこの時の凛の凄みに息を呑んだ。


[星暦1550年5月20日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


「マグダレーナ王女、婚約か!?」

その、極めて刺激的な噂は瞬く間に国中を駆け巡った。


無論、本人も王太子夫妻も、養親であるデュバルタクス夫妻も否定する。しかし、否定すればするほど巷で噂は盛り上がって行った。


マスコミも真相の追及に躍起になるが、凛に関しては外交官特権により、突撃取材もままならない状況であった。このために大使館を宿舎に選んだのである。


「だいぶ盛り上がってるなあ。」

インターネットを通して情報を収集するリックが呟く。

「もう、このまま『嘘から真』が産まれちゃったらどうすんのよ?」

ビアンカも落ち着かない様子だ。


「全般的には歓迎ムード。あの祭りでの三冠がだいぶ効いているね。しかし、強硬に反対を唱えるノイジーマイノリティが世論を動かそうと躍起になっている、というところだねえ。」

リックの分析にゼルも頷く。

「その方達をさらに洗っていく必要が有りますね。⋯⋯それと、『燃料』も追加していきましょう。ジャンジャンね。」


 そして、凛とメグはは王太子夫妻を交えてメグと映画を鑑賞したり、観劇をしたり、と疑惑のツーショットを演出して行く。


[星暦1550年5月30日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


やがて、王太子のもとに左右両大臣が雁首をそろえてやって来たのである。いつもいがみ合い、中の悪い二人が一緒に来るとは。王太子は腹の中では笑っていた。

「殿下、巷で噂になっておられるメグ様の件は本当なのでしょうか?」


「メグの件とは?」

解っているくせにわざわざ自分たちに言わせる王太子なのであった。

「メグ様が、あのスフィアの士師と名乗るものとご婚約あそばされた、ということにございます。」


王太子はもったいぶって言う。

「初めて耳にしたな。かのトリスタン卿は若輩者ではあるが、きわめて将来の有望な人物ではあるな。

さて、私の娘など相手になさるものかな?」


この言葉に右大臣のサムは色めきだつ。

「殿下は反対はされないのですか?」

シモンは関心なさそうな顔を装った。

「まあ、落ち着け、サム。かの大王シモン7世の姉、アーニャは、スフィア人の大公不知火尊の妻であったこともある。不知火(パーシヴァル)公が我が国にもたらした恩恵は極めて大きかったのは歴史の事実だと思うがね。まあ、いずれにしても二人はまだまだ若い。結論を急ぐことはあるまい。

 それとも何か、いずこに王女を伴侶に、と欲する者でもおるのか?」

王太子はそう言ってニヤッと笑った。


そして、本人たちが否定すればするほど、疑惑は深まってゆき、賛否両論も激しく別れていくのだった。


[星暦1550年6月4日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


「王女を政治の道具に使うな、だって。」


リックは最近は最近のネット動向を監視している。

「凛を国外追放にしろとか、色ボケ王女を修道院ヴァルキュリアへ送り返せ、とか、結構、過激な言動も散見できるね。」

「一応、トレースして書き込んだ本人を洗ってみたが、どうも、ただの一般人のようだ。」

ゼルも付け加える。

「しかし、王族として生まれた以上は政治の道具以外の何者でも無いですけどね。」

マーリンがデリカシーの無いことを言う。

「だからこそ王太子はメグをヴァルキュリアに入れておいたんだよ。彼女を守るためにね。」

凜が付け加えた。


「凛、明日の予定だが、一人で出かけるのか? 」

リックが怪訝そうに尋ねる。

「そうだけど。まあ、多分、罠を張って待っていそうだね。」

涼しい顔で凛が答えた。


「これが、招待状だ。」

凛が差し出した手紙には左大臣のインテイク・オズワルドの署名があった。

「これで僕が何者かに襲われた時、疑われるのはいったい誰なのだろうね?」

凛は笑った。


[星暦1550年6月5日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


翌日の夕方、凛を乗せた自動車が劇場に向かっていた。

「今夜は、バレエ鑑賞会ですか。」

いったい、誰の趣味なのだろうか。『アイドル』のコンサートの方が余程いい、そう心の中では思っていた。

自動車は自動運転オートドライブではあるが、護衛としてヌーゼリアル人の騎士が二人、付けられていた。


(⋯⋯? 。劇場へのコースとは違う?)

突然、クルマは劇場のある市内ではなく、反対の分岐を選ぶと郊外へと出る。

(そろそろ、来るか?)

凛は臨戦態勢を整える。


そして音もなく、凛の目の前に現れたのは小型無人戦闘機であった。戦闘機は突然、機銃を掃射し始める。

防弾仕様のクルマのため、この程度の攻撃ではビクともしないのだが、護衛の騎士たちたちはパニックに陥ってしまい、クルマを路肩に緊急停止した。

「閣下、お逃げください。」

二人は凜に避難を促した。


「おいでなさったか。」

凛はドアを開けて悠然と外に出る。反転して来た攻撃機の機銃掃射が再び凛を襲った。

凛の背に一対の翼が顕現する。凛は機銃掃射を翼で防ぐいだ。攻撃機は凛の上を掠めると旋回してまた向かってきた。

空自絶後フェイルノート

凛の手に魔弓が現れる。凛は右手に現れた重力子矢グラヴィティ・ミサイルを弓につがえる。

攻撃機もミサイルを放った。


ひょう、という風切り音と共に凛の矢を放つ。矢は螺旋を描きながらミサイルに突き刺さるとそのままミサイルを圧壊させた。その、爆発した爆風ごと押しつぶしたのである。

「『ブラック・ホール・ミサイル』ですね。」

小型のブラックホールはあまりに小さすぎて、あっという間にホーキング放射を起こし、消滅する。


無人戦闘機にはそれ以上攻撃手段が無かったのか、再び旋回すると、今度は飛び去ろうとしていた。

「逃がしませんよ。」

凜はもう一度矢をつがえ、放つ。今度は逃げ去ろうとする無人機を矢が後ろから貫いた。

矢は胴体に穴を穿つ。無人機はそのままハイウエイの脇の森の中へと墜落して行った。


「閣下、ご無事で。」

役に立たない護衛たちが何食わぬ顔で戻って来たのである。


「クルマは走りそうですか?」

凛が尋ねると護衛たちは頷いた。凛は再びクルマに乗ると、護衛がドアを閉めた。そして、護衛たちはクルマに乗らずに凜を見送り、クルマも二人を置き去りにしたまま走り出した。

そして、クルマは数十メートル進むと大爆発を起こし、大炎上したのである。激しくクルマから炎と黒煙が立ち上る。

そして、護衛たちが爆破されたクルマを確認に来る。


「やったか?」

「間違いない。あの爆発だ、無事なものか。」

二人は凜の暗殺の成功を確信していた。

「なるほどねえ。」

彼らの後ろで声がする。驚いた二人が振り向いた時、そこには爆散したクルマとともにこっぱ微塵になったはずの凛が立っていた。二人は慌てて拳銃を抜く。


「やはり、爆破こちらが本命でしたか。」

凛が「天衣無縫ドレッドノート」を一閃させると二人の持つ銃身はスパッと二つに切り落とされた。

「どうやって脱出したんだ? ドアには外からカギをかけたのに。」

先ほどの演技ではなく、本当にパニックに陥った二人が尋ねる。

「それはひどいですね。ただの手品マジックですよ。ただし、本当にタネも仕掛けもありませんが。」


そして二人の背後にヴェパールが浮上した。さらに驚く二人をマーリンがカドゥケウスの重力バインドで拘束する。


「殺人未遂の現行犯で拘束致します。なお、当方は外国人であるため、あなた方の身柄は当局者に引き渡します。」

マーリンが高らかに宣言する。

「その前に、こちらで取り調べた方が良くないか?」

リックが口を挟む。しかし、凛はそれを制した。


「いや、リック、それはマズイ。それだと国際条約違反になるからね。まあ、一張羅のタキシードも無事だったし、良しとしよう。その代わり、あの無人機は回収させてもらう。これでどうだ、リック?」


「爆破成功」の一報を受けていた左大臣、インテイク・オズワルドは劇場にふらっと現れた凛に、腰を抜かさんばかりに驚いた。


 今日の鑑賞会は彼が企画して王太子家族や、各国の駐在大使らを招いたものだったからだ。

「オズワルド閣下、本日はお招きありがとうございます。おや、大臣。お疲れでいらっしゃいますか?

お顔の色が優れぬご様子ですが。」


オズワルドの強張った顔に王太子もからかう。

「どうした? インテイク。幽霊でも見た様な顔をして。」


幽霊というフレーズに凜がくいつく。

「嫌だなあ、殿下。私、ちゃんと足がついておりますよ。」

「?」

周りの薄い反応に凜は驚いた。


「トリスタン卿。貴卿の国の幽霊には足が無いのか?」

王太子に問われて凜はそこで初めて気づいた。

「ああ、私の生まれた地方特有のものかもしれませんね。」


 談笑しながら遠ざかる凛の背中を見ながら、インテイク・オズワルドはまさに「キツネにつままれた」という表情をしていた。


「失敗⋯⋯だと?」

何者かに失敗の報告をする左大臣、インテイク・オズワルドの声は震えていた。

爆弾を積んだクルマにあの小僧を閉じ込め、爆破には「成功」したのに、当人は死んでいない。

「ヤツには影武者でもいるというのか?」


そして、凛の暗殺に使った無人戦闘機も回収されてしまったという。

ただ、暗殺に失敗した二人は拘束されたものの、捜査当局に引き渡したい、という連絡があったという。


(やはり、王太子殿下より先にあやつを始末する必要がある。)

オズワルドは恐怖と憎しみを込めた表情で、机を拳でたたいた。


[星暦1550年6月8日、ヌーゼリアル公都、シャーウッド]


「完全にスフィア製だね。航空機エアクラフトギルド、マックイーン商会製⋯⋯。に酷似。」

リックが無人機の分析を報告する。

「酷似?」

凛が聞き返す。

「エンジンを確認したかったけど、どなたかは知らんが、綺麗サッパリくり抜きやがって確認不能⋯⋯なんですけど。」

リックが凛をなじった。


「すんません。あそこでの墜落炎上はマズイかな⋯⋯って思って。」

凛が頭をかく。

「まさかの仲間うちで『炎上』するとはね。」

マーリンが茶化した。


 「まあ、簡易重力制御式であるのは間違いない。横流ししたのは誰であろうと、彼らは盗まれた部品を組み立てたもの、と主張するだろうしね。

そして、マックイーン商会は会頭たちが近しいのは、ハワード卿だ。つまり、彼らがインテイクの率いるウオーラバンナ聖騎士会と繋がっている、という疑惑はまた一歩、深くなったわけだ。」

リックが胸を張る。


「と、ゼルが言ったんでしょう?⋯⋯いずれにしても、しばらくインテイク派は動けないだろう。」

マーリンが続ける。


「つまり、これでこれから何も起こらなければ、インテイクが国王と繋がっている、ということになるのかな?」

ビアンカは凜に尋ねる。

「そういうことに、なりますね。」

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