第26話:ぼっちすぎる、狩人。

[星暦1550年5月3日:公都シャーウッド、王立競馬場ロイヤル・サーキット]


 凛の試合は巴戦であった。10対10対1である。今回、矢はポイントと無関係であるため、自前の物を使える。そして、今日は昨日の暗殺未遂事件を踏まえて、王太子の前に防弾仕様の柵がもう一式、追加されていた。


「ほんとに一人なんだ。」

「いくらなんでも……ねえ。」

観客は凜の単独エントリーを冗談だとおもっていたようだ。三方向に備えられたゲートに赤い装束のチーム、緑の装束のチーム、そして白い装束の凜が待機していた。


「友達いねえんじゃねえの?」

対戦相手からも失笑がもれる。


「ほら、ゼル。やっぱり笑われているじゃないか?」

凜が改めて抗議すると、ゼルにあっさりいなされる。

「なにを今更。はじめから100%で行かないと、負けますよ。」

「勝つ、つもりなんだね。」」

開始の合図と共に、一斉に騎馬が動き出す。多くの射手は追撃式チェイサーの矢を用いる。複雑な動きをするドローンに、しかもそれにつけられた小さな的に当てるためには、それが必要なのである。


大抵、10騎を2チームに分け、4騎で追い込み、1人が矢を打ち込むことが多い。最初は、ドローンもフワフワ浮いているだけだったが、人工知能が搭載されているため、その動きは年々、本物の野生動物の動きに近づいている。

 つまり、逃げも隠れもするのである。そのうち、群れを作って反撃してくるのではないか、とまで言われているのだ。


 凛は馬場の中央にスルーヌと進むと、弓を真上に向ける。

「真上?」

観客は誰もが固唾を呑む。凛は6本の矢をつがえると、それを放った。

矢は真上へと飛ぶと一斉に向きを変え、それぞれ2本ずつ一組になってドローンを追い始めた。


  矢はドローンを挟みうちにすると、次々に的に突き刺さっていく。

 第2射、第3射と次々ににドローンの的に当てていった。そして、1回に放たれる矢は12本まで増えていた。3本ずつ4組でドローンを追い回す。


ドローンも、これまで経験すらしたこともない矢による複数攻撃に虚を突かれ、次々にポイントを献上させられる。

「知らない攻撃には対処できない。それが人工知能の限界なのです。この攻撃を分析し、対処するまで試合時間の10分という時間はあまりにも短い、そういうことです。」

あっけにとられるリックとビアンカにマーリンが説明する。


電光掲示板オーロラ・ビジョンの凛のポイントの表示がグングン上がっていった。


「どういうことだ?」

最初は、凛の存在を歯牙にもかけなかった2チームだったが、凛にあっという間にポイントをひっくり返されると、今度は、凛の妨害に入った。二人ずつ凛を妨害する人員を割いてきたのである。騎馬が急に凜の視界をさえぎるように割り込んできたのだ。


「危ない。」

凜は危険を冒す騎手を睨みつけたが、彼はにやにやとしているだけであった。そして、別の騎手が凜が弓を構えたところで馬をぶつけてくる。凜は体勢を崩しかける。


「そういうつもりか。ゼル、狩りの方は任せる。」

 凛はスルーヌを操ることに専念することにした。

 凛はスルーヌを操り、攻撃を躱し、矢を射る。射った後はゼルがそれを操作して、ドローンに当てていくのだ。


一向に伸びが止まらない凛のポイントに、業を煮やした二チームは弓による物理攻撃をしようと、攻撃の手の向きを凛に変えて来た。射手に「矢」を射かけることは禁じられているが、「弓」によって射手を攻撃することは禁じられていないからだ。


妨害担当の騎手が凜の腕を弓で打った。

「痛い。何をする。」

そしらぬ顔で離れると、反対の方向からまた、別の騎手が凜の腕を弓で打つのだ。


「あの二人、凜のこと妨害しているのか?」

リックがマーリンに尋ねる。

「ええ。普通、物理攻撃を受けると、脳波は防衛本能によってそちらに集中しますから、矢を操ることができない、と踏んでいるのでしょう。」

マーリンの解説に、

「なるほど、そういうわけか。うまいことを考えたなあ。」

「ずるい。そんなの卑怯。許せない。」

リックとビアンカの反応リアクションは分かれた。


ただ、業を煮やしていたのは彼らだけではなかった。

 凜が跨るスルーヌ・ヴェンリーが振り向いて抗議したのだ。その目は怒りと闘志に震え、もはや自分が我慢の限界を超えている、ということを荒い鼻息と血走った眼をむいてアピールしたのだ。


「そうだよな、キミも辛かったよな。よし、スルーヌ、GOだ。」

ここからはロデオのようであった。ただ、ロデオは馬がその乗り手を振り落とそうとしているのに対し、スルーヌの動きは、乗り手と一体となって困難を排除することであった。


 後ろ脚で立ち上がって、近づいた馬を恫喝する。後ろ脚を蹴上げて射手を蹴落とす。他の馬も怖がって足がすくみ、うずくまる馬も出始める。


ただ、これは暴れ馬になったのではなく、スルーヌと凛の連携プレーであった。妨害者の4騎を排除した後はひたすらポイントをあげ続ける。

 その結果、他の2チームにダブルスコアを付ける、まさに『一人勝ち』であった。


「うーん。1対20で勝てるものなのか。まさしく『一騎当千』⋯⋯だな。」

再び、メグの手のひらに金貨をのせた王太子のコメントはひどく陳腐な物であったが、それ以上の言葉を紡げるものはその場にいなかった。


 そして伝統と格式ある「王室主催試合ロイヤル・ゲーム」で外国人が三冠を獲るのは500年に及ぶスフィアにおけるヌーゼリアルの植民地における歴史で初めてのことであった。


左右両大臣は王太子に対して家臣団の不甲斐なさを詫びた。弓技はヌーゼリアルの国技であり、彼らの自尊心を甚だ傷つけるものであったからである。

「良い。臣らの責は問わぬ。トリスタンの名は、スフィアの弓聖から取られた名である。今は新たな英雄の出現に敬意を示すべき時だ。彼、棗凛太朗=トリスタン卿は我らが友邦の指導者である。」

王太子はひどくご機嫌であった。


 そして、その後の祭りの全ての行事において、王太子は凛の席次を円卓からの使者であるハワードよりも上位においた。それは、ハワードの自尊心を甚だ損なうものであった。

「くそ、あのガキはすっかり王太子に取り入りおって」

まさに「ほぞを噛む」という体であった。


また、恵比寿ホクホク顔の者もいた。

ビアンカやロゼはブックメーカーで凛に賭けまくり、膨大な勝ち金をせしめたのである。

「にゃふーん。凛様、最高やわあ。また、スフィアに行ったるで。軍資金はたっぷりでけたことやしな。」

「ぐふふ、どうしよう。服もアクセも買いたい放題! とりあえずは凜くんにもらったネックレスが似合う服をゲットだぜ!」

十分に「しっかり者」の二人であった。


[星暦1550年5月6日:公都シャーウッド]


祭りの終わった翌日、改めて凛は王太子と面会した。王太子は祭りを大いに盛り上げてくれたことについて凛に礼を述べた。その上で、凛は王太子にメテオ・インパクトの危機と新しい惑星防御システムの構築の必要性を説いた。


「実はな、ハワード卿からも同じような提案があったのだ。無論、断る口実も無い故、承知したのだが、ふたつとも引き受けても問題はないのかね?」

王太子は尋ねた。

「そうでしたか。事実を申しあげますと、ハワード卿の予測は甘いのです。旧来の、いや、前回の小惑星衝突(メテオ・インパクト)とはあまりにも規模が違いすぎるのです。ですから、今回は、全く新しい概念のシステムが必要なのです。」


「うむ。あいわかった。協力を約束するのに吝かではないが、一つ、気懸りなことがあるのだが、ご協力いただけないだろうか?」

王太子はおもむろに切り出した。

「私は今、生命を狙われている。つまり、私が斃れれば王太子が代わり、貴公はまたその新たな王太子と交渉しなければならないだろう。」


これが、王太子のリクエストであった。

「しかし、そのようなことを異邦人である私にお話しになってもよろしいので?」

凛は戸惑いを隠せなかった。


「うむ、決め手は貴公の矢だよ。ある時は真っ直ぐに飛び、ある時は縦横無尽に追撃する。私はね、人を見る時、その射姿と馬に乗る姿を見て判断するのだ。きみはどちらを見ても信頼に値する人物だと、私は思っている。」


「恐縮です。」

凛は短く返答する。


「実は、私の生命を狙っているのは、現国王陛下、つまり私の父だよ。」

王太子の言葉に凛は絶句する。これが、一連の事件の黒幕だったのだ。確かに、おいそれと口外できるはずはない。


「なぜに、とは問わぬのかね?」

王太子に水を向けられてやっと凛は口を開く。

「なぜ⋯⋯でしょうか?」


王太子は遠くを見つめるように少し顎をあげた。

「ご存知の通り、我が国の王太子はここで生まれ、育ち、治めてから本星であるヌーゼリアルへ行って、王位に就く。そして、引き連れた側近がそのまま王政の中枢に入るのだ。


 これは、大王シモン7世からの慣習でね。この慣習によって、王は即位する事前に統治の経験を積むことができる。また、若い時から優秀な者を側近として共に育て、決して裏切らない家臣団を持つこともできる。

 また、王位は続くが家臣はたとえ力を持っても一代限り、王家を凌ぐ権勢を臣下に持たせないための我が王家の知恵、と言っていい。


さて、父は王位に就いてから、つまり向こうに帰ってから、子をもうけてしまったのだよ。

これがひとつの「横紙破り」でね。王位を退いてからまた子育てするのは構わないが、在位中の子は政争の具になりかねないからね。

 いや、これがすでに、政争の具になってしまったのだよ。父の側近たちは、考えたのだ。『この子が王になれば引き続き我々は権力の中枢にいることができる』、とね。」


 確かに、これが血統によって権力を引き継ぐ方式の欠点とも言える。「小さくて、担ぎやすい」神輿、それが、彼らの求めているものだ。彼らの関心は自分の権力の保持であり、国民の幸福や安寧は二の次なのである。


凛はワンテンポ置いてから、確かめるように言った。

「つまり、国王陛下は彼らに焚きつけられて、殿下の廃太子を画策しておられると。」

王太子はため息をついてから言った。

「その通り。付け加えるなら、私の死去でも良い。むしろ、その方が手っ取り早いからね。ただ、問題は実行手段だ。それを誰に託したのか、ということなのだ。


さて、我が麾下きかには3つの騎士団がある。一つは「近衛騎士団」。これは我が身辺や国を警護するもので、おもに平民によって構成され、私の血縁に近いものたちによって率いられている。これは恐らく問題は無いと見ている。


  問題は貴族の子弟たちを集めた2つの騎士団だ。一つはクルーグリッツ聖騎士団。これに属する者どもはたいていが『分離派』だ。つまり、ヌーゼリアル本星からは独立しよう、という勢力だ。


そして、もう一つがウオーラバンナ聖騎士会。こちらは逆に、本星に攻め行ってそれを征服して自分たちが政権を奪取しよう、という連中だ。『武闘派』とでも呼べばいいのだろうか。」


凛が付け加える。

「問題は、国王がどちらにその手をつっこんだのか? ということですね。クルーグリッツなのか、ウオーラバンナか。あるいは、その両方なのか。⋯⋯そして、殿下は、この問題にどのような決着(けり)をつけることをお望みでしょうか?」


王太子は天を仰いだ。

「私は、この問題がなるべく波風をたてることなく終わって欲しい。そう思っているだけなのだ。」

凛ははっきりと切り捨てる。

「それは、難しいですね。とても。」


王太子の声は少しトーンがさがる。

「私は甘いのだろうか。」

凜は微笑んだ。

「ええ、とても。⋯⋯でも、私は嫌いではありません。お引き受けしましょう。ただ、一つお借りしたい物があります。」


「⋯⋯何かね?」

王太子は訝しげに尋ねる。


「お嬢様のマグダレーナ王女殿下です。」

王太子の顔色が変わる。

「貴公、まさかメグをエサに使うつもりか?」

凜は説明を続ける。

「姫のお身体の安全は保証します。……と約束するのも難ですが、姫は十分自分の身を守る強さをすでにお持ちです。それに、今度の敵が欲するのは『女性』としての姫のお身体です。そういう意味では、殿下のご家族の中では最も安全なお立場におられる、と言えるでしょう。」


「トリスタン卿、まさかすでにこの動きをご存知だった、というのか?」

王太子は動揺を隠せない。


「全部、というわけではありません。昨年のことです。私は姫と共に、アヴァロンにてウオーラバンナ聖騎士会の団員たちに拉致されたことがあったのです。」


「そ、そのような暴挙⋯⋯。私は聞いていないぞ。」

王太子は声をやや震わせている。さすがに娘の一大事を初めて聞かされては、こうなるのは仕方ない。


「申し訳ありません。姫には私の方から口止めさせていただいておりました。というのも、 その時の彼らの言動に気になるところがあったものですから、小型ドローンを使ってアヴァロンにおける彼らの動向を内偵させていたのです。


ただ、そこで分かったことがあります。それは、我が国の一部の勢力の関与です。まだ、確固たる証拠を掴んだ訳ではないので、行動を起こすことはできていませんが。ですから、今回の調査は、殿下にとっても私にとっても、まさに必要なのです。」


王太子は何とか態勢を立て直した。

「あいわかった。ただ、私はメグの意思を尊重したいのだが、構わないだろうか?」

「もちろんです。」


[星暦1550年5月7日]


 潜空母艦フォルネウスは一度シャーウッドを離れ、一行を乗せて出発した。随行者の団長たちを送り届け、再び、シャーウッドへと戻ることになる。

 重力制御ユニットによって上空へと舞い上がるフォルネウスから見える街並みはみるみる小さくなって

いく。


「また、すぐにここへ戻ることになりそうだね。」

モニターをじっと見つめるメグに凜が話しかける。

「そうだな。ところで凛、ついに例の件に手をつけるそうだな。」

メグが感慨深そうに言う。


「お父上から聞いたの?」

「うむ。私にも協力させてもらおう。」

メグは胸を張った。


「お父上は なんと?」

「私の一存に任せると仰っていた。」

「そう。」

凛はモニターの景色を見たまま答えた。


「グレイス閣下の許可は?」

「それも何とか取り付けた。まあ、選挙大戦コンクラーベの翌年だから、星組の活動にはあまり影響は無いのでな。ただ、決して危ない真似はするな。そう、釘は刺されたがな。」


ただ、メグは凛には言っていないことがあった。それは父にも師にも

「あまり凛にはのめり込むな。」

と言われていたことである。

(私だって、のめり込んでなんかない。)

メグはそう自分では思っていた。


今回、長期滞在任務となるため、実家から騎士団に通っていたビアンカは両親の許可を得る必要があったり、生活に必要なものをまとめたり、と準備が必要だったのだ。


[星暦1550年5月12日]


 強襲降撃艦ヴェパールはアヴァロンを出立した。

新しい宿舎は、シャーウッドにあるスフィア王国の大使館である。無論、メグは自分が育ったデュバルタクス家に逗留することとなった。


「凜、今回の作戦は?」

皆が集まった所で、リックが尋ねた。


「ゼル、説明を。」

凜に促されたゼルが説明を始める。

「それほど難しいことはありません。ただ噂を流す、それだけです。

『王女マグダレーナ殿下は、スフィア王国士師、棗凛太朗=トリスタンと婚約する予定である』と。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る