第25話:張り切りすぎる、相棒。

[星暦1550年5月2日:公都シャーウッド、王立競馬場ロイヤル・サーキット]


競技「笠懸ハット・ショット


「射手、ハワード・アレキサンダー・テイラーJr.殿。乗馬スルーヌ・ヴェンリー号。」

ジュニアが登場した。観衆も沸き立つ。彼は見た目は爽やかで普通にカッコいいので、それなりに人気があのだ。その中身がかなり残念なことは、彼と付き合いのある人間にしかわからないことなのである。


彼も2本ずつ順調に当てて行き、2回目の往路、本命の金の矢をつがえた。

「さあ、皆の者、華麗なる我が一矢を見よ!」

ジュニアが矢を放とうとしたその時だった。

突然、スルーヌが急加速し、ジュニアを背から振り落としたのである。そして、そのまま厩舎の方へと帰ってしまった。


観客席から失笑が漏れる。


ジュニアはしばらく落馬したままポカンとしていたが、よほど恥ずかしかったのか、呼ばれた担架に乗せられるとそそくさと退場してしまったのだ。


「賢い馬ですね。あれでもう、凛以外の人間を自分の背に乗せるつもりはない、という意思を示したのでしょう。」

ゼルが解説した。


「まあジュニアも、自分の気に入ったものなら、なんでもかんでも他人ひとから取りあげようというさもしい根性に懲りたらいいのだけどね。」

凜もやや苦々しそうに言う。

「ジュニアというよりジャ◯アンだもの。」

ゼルと凜が笑っていると、異変が生じる。


「父さん、妖気を感じます!」

ゼルが突然異変を訴える。

「誰が『父さん』て……『ドM様』か?」

凜が慌てて控室から会場へと向かった。


「しまった。」

「どうした?」

焦るゼルに凜が尋ねた。


「髪をアンテナっぽく立てるのを忘れました。ちゃんと左目は隠したのに。」

非常事態に鬼○郎ごっことは。

「はいはい。」


 コースで馬を駆っていた射手が突然、的とは反対方向の観客席に矢を射ったのだ。

心地光明クラウ・ソラス!」

瞬時にメグは剣を抜き、父である王太子をかばうように立つ。そして刺客が放った矢を打ち落とした。


 失敗した刺客はそのまま馬で逃走を図る。

(逃がしたら、まずい。)

凜は全速力で走る。


 たとえ、逃げ切ることができても、『ドM様』の仕込みなら、その射手は無残な仕方で死ぬことになる。


 その時だった。後ろから猛烈な勢いで馬が追い『駆け』てくる。見覚えのある馬だった。

「スルーヌ!」

スルーヌ・ヴェンリーは乗れと言わんばかりだ。凜はそれにまたがると

「スルーヌ、ゴー!」

号令とともにまさに矢のようにスルーヌが駆けだす。凄まじい加速だ。襲歩ギャロップまで加速すると、追っていた背中が見えてきた。


 魔弓・空前絶後フェイルノートに矢をつがえ、狙いを定める。凜に気付いた刺客は、さらに加速しようと鞭を振り上げた。


 その手に、凜の放った矢が深々と突き刺さる。驚いた刺客は馬から落ち、空馬になった馬はいずこへと走り去っていった。


凛が刺客を取り押さえるころ、警官隊が駆け付けた。。

「ご協力ありがとうございます。」

恐縮する警察官たちに凛は、刺客に麻酔を射つよう求めた。


「やれやれ、こうでもしないと自害しかねないから。」

凜は刺客の額に手を当て、ゼルがその脳内をスキャンした。


「『ヴォイス』か……。」

成績優良者との懇親会で、笠懸(ハット・ショット)でも優勝を飾った」凜は、刺客の脳に仕込まれたものの正体を王太子に告げた。


ヴォイスとはエンデヴェール家に代々伝わる秘術で、羽虫大のドローンを耳から脳の中に送り込み、脳波を操って人の行動を強制するものだ。

 500年前、士師であった不知火尊も妻のアーニャ・エンデヴェールを通してその技術を得ており、同じ熾天使セラフの凛も、知っている術式ものであった。


「つまり、この事件には王族が関係している、そう言いたいのかね、トリスタン卿。」

「そうなりますね。」

凛に真っ直ぐ見つめられて王太子は目をそらした。


「トリスタン卿、このことは他言無用にしてもらえまいか?」

困ったような王太子の表情に

「わかりました。」

凜が了承すると、王太子はそのまま、その話題に戻ることは無かった。


「凛、父上は暗殺者の黒幕に心当たりがあるのだろうか?」

メグが心配そうに尋ねる。

「そうだと思うよ。⋯⋯これは、思ったよりも根が深い話なのかもしれない。」


[星暦1550年5月3日:公都シャーウッド]


「今日勝てば三冠なんだよね? 凛。」

ビアンカが朝のコーヒーを飲んでいる凛とマーリンの周りをくるくると回っている。


「弓技大会は他でもやっているからね。そう言うわけでも無いと思うよ。まあ、ゼルのおかげで今日は『騎士団【ひとり】』だから、今日は無理だと思うな。あまり期待しないでね。」

凛は、カップから漂うコーヒーの香りを嗅ぐ。カフェ・ド・シュバリエの店主ヘンリーからわたされた豆をリックが淹れてくれたものだ。


「さすが、リック。店主マスター直伝は伊達じゃないね。とてもおいしいね。」

凜が褒めても、リック的には満点の出来ではなかったらしく、

「ああ? おかわりもあるぞ。」

割とそっけない。


「いや、凜。ひとりでも十分に勝機はあります。」

ゼルも凛を通してコーヒーの香りを楽しんでいるらしい。


 今日の種目の「犬追物フォックス・ハント」は本来は10人一組の団体戦なのである。そこに一人でエントリーする、という暴挙なのである。

「なんか、友達が居ないみたいじゃないか。勝っても負けてもはずかしいよ。」

凜の心配はそこにあった。


「でも、勝つ算段はあるのでしょう? ヌーゼリアルでも権威の高い王室主催試合ロイヤル・ゲームですからね。あまり謙遜すると、却って嫌味になりますよ、凛。」

マーリンがコーヒーのお代わりを凜のカップに注いだ。

「ありがと、マーリン。リックは? 姿が見えないけど。」

「自室で調べ物だそうだ。」

「頑張るなぁ。」


「ねえ、凛。たまにはわたしにもつきあってよ。ねえ、せっかくのお祭りなのに。」

今度はビアンカがデートをおねだりする。


「いいんじゃないですか?どうせ試合は夜までないのでしょ?凜もたまにはビアンカに付き合ってあげても良いのでは?」

マーリンが勝手に決めてしまった。


「それじゃ、少し出店でも見てまわろうか?」

凜がビアンカを誘った。

「おごってくれるの?」

ビアンカも抜け目がない。

「いいよ。」

「やったー。」


しかし、せっかくのデートだったのだが、ビアンカにとって楽しいデート、とはいかなかった。

凛が街を歩くと、老若男女を問わず、人々に囲まれてしまうのであった。


握手を求める者、サインを求める者、一緒に写真を撮ることを求める者。

赤ちゃんを抱っこすることを求める若夫婦までいた。


「次は『手形』でも求められるのでないか?」

力士すもうとりじゃないんだから⋯⋯。」

ゼルがそうからかうと、さしもの凛も苦笑を隠せなかった。


マネジャーよろしくファンの列の整理やら交通整理までやらされたビアンカは面白くない。

(でも、つい身体が勝手に動いてしまう。もしかして、私、女将さん体質があるのかしら。)

などとまんざらでもない様子であった。


「おお、凛くーん。」

押し寄せるファンもようやく一段落し、やっとゆっくり。というところで、凛に飛びついて来たのはロゼだった。


「試合みたで〜、やはり戦う男はカッコええなあ。」

喉をゴロゴロ鳴らしながら甘えてくる。


「ちょっと、ロゼ。今日の凛くんはわたしが予約したんだからね。」

ビアンカも負けじと凜と腕をくむ。二人して凛の腕をとって睨み合い、お互いに威嚇しあうカオスな展開になりつつあった。

「ふー。」

「しゃー。」


しかし、そこに一陣の風のように若い女性がヒールをかつかつと音をさせながら近づいてきた。

「ロゼ……さま。あれほど勝手に出歩くなと何遍言わせれば……。」

すごい剣幕でやってきたのはロゼの教育係のジェシカであった。


「ジェシカ、堪忍な。ほな凜、今日の活躍も期待しとるで〜」

そして、ジェシカに首根っこをつかまれてロゼは去っていった。


「僕、ジェシカさん苦手なんだよね。」

風のように去った二人を見送りながら、凜がおもむろに言う。

「なんで?」

「だって、タイトスカートに髪ひっつめの銀縁めがね。どう見ても大企業の敏腕秘書の格好なのに……あの、ネコミミだろ。あまりのギャップで噴出しそうになるんだよね。」

「言われてみれば、すごいビジュアルだよね。」


そして、遅めのランチを食べ、宿舎のホテルに戻ることにした。


「ねえ、凜くん。わたしって、ただの足手まといかな?」

帰り道、ビアンカは急に凜に尋ねた。

「なんで、そんなこと訊くの?」


「だって、マーリンみたいに賢くないし、リックみたいに料理できないし、メグみたいにお姫様でもないもん。」

ビアンカは不安そうな目を向けた。

(そうか、この子は自分をメグやロゼと比べて劣等感(コンプレックス)を感じているのかもしれないな。)

凜は少し考えてから口を開いた。

「そんなことないよ。ビアンカは明るくて、気が利くから、旅団うちの『看板娘』として大いに助かってるよ。おそらく、旅団うちがマーリンとリックだけだったら、かなりぎすぎすしてそうだしね。」

「ホント?」

ビアンカは安心したかったのかもしれない。

「もちろん。大切な仲間だよ。」

「よかった。」

ビアンカは嬉しそうに凛に絡めた腕にもう少し身体を寄せた。


「ねえ、凜。見て見て?すごい大きな真珠。」

ビアンカが道路わきの露店で真珠のネックレスを発見した。さっきの寂しそうな眼はどこへやら、キラキラと輝いている。


「どれどれ、本当だ。南方真珠レフィリア・パールだね。本物かな?」

凜も身を乗り出す。

(やっぱり女の子、甘い物と光物には目がないか。)

南方真珠は惑星の南極付近の南氷洋に棲む巨大な貝からとれる真珠で、真珠層に流星が流れるような透かしが入り、複雑な輝きを見せる。もともとは南方に住む巨人族レファイムが、食用のために母星から持ち込んだ貝なのである。


「すみません、見させてもらってもいいですか?」

凜が店主の許可を得て透かしを見ると、とてもきれいなものだった。

「本物だね。」

値段を見ると、そう高いものでもなさそうだった。というのも、地球人種テラノイドによって貝の養殖技術が進み、大量に生産されるようになったからだ。

「でも少し歪玉バロックだね。」

真球でないため、さらに安いのだろう。


凜がそれを買い求めると、

「ビアンカ、君にこれをプレゼントするよ。」

そういって、ネックレスを首にかけた。


「私に?」

ビアンカはおずおずと尋ねた。

「うん。そうだな、いつもがんばってくれている君へのお礼かな。」

ビアンカの顔アがぱあっと明るくなった。

「もしかして、プロポーズとか?」


「なぜに、そうなるの。いくらなんでも僕の給料の3か月分はもう少し高いからね。それにその場合は指輪でしょ?」

一瞬焦った表情を浮かべる凜。

「なあんだ、でも、ありがと。大事にするね。凜くんからの初めてのプレゼントだし。どう?似合う?」

ビアンカはポーズをとった。


「よくお似合いですよ。ま、もしかすると最後のプレゼントになるかもしれないけどね。」

凜もからかい返した。

「ええっ!?、それひどい。」

ビアンカは再び凜の腕をからめた。


宿舎に帰り着く頃にはすっかりビアンカの機嫌は治っていた。

「凜、そろそろ迎えが来ます。」

マーリンの言葉に凜もうなずいた。


[星暦1550年5月3日:公都シャーウッド、王立競馬場ロイヤル・サーキット]



「さすがに、今日のトリスタン卿の勝ちは見込めまい。」

人々はそう囁きあう。

3日目の競技は「犬追物フォックス・ハント」である。


 これは、競馬場サーキットコース内の障害馬場を柵で囲い、そこに20機の人工知能を搭載した小型無人機ドローンが放たれる。そこに、10人一組の射手が2ないしは3チーム入り、縦横無尽に動く的に矢を当てるのだ。


 当てるドローンやドローンの箇所によってポイントがきまっており、チームの総合得点で勝敗を争う。

もともとは犬を的に使っていたのが、動物愛護の機運の高まりとともに競技自体が近年まで廃れた状態であった。しかし、人工知能付きドローンを使うことで、見事に復活をとげたのである。


 この競技は十人が十人、闇雲に射つのではなく、獲物を追い込む者と射る者の連携が必要である。そのため、凛のように『騎士団ひとり』では話にならないのだ。

「ねえ、マーリンもリックも出てあげれば良いのに。」

今回、全く働かない二人にビアンカが苦言を呈した。


「私は馬に乗れませんから。基本的に動物は苦手なんです。」

「俺は弓は苦手だから。だって、習ったこともないし。」

二人はにべもなく断る。


そのため、今回の凛の試合に対するブックメーカーの賭け金のオッズは急上昇していたのだ。


 凛が厩舎に行くと、もはや相棒と言っていい、スルーヌ・ヴェンリーが待ち構えていた。スルーヌに騎乗を望む射手が何人かはいたそうだが、スルーヌが頑として受け入れなかったのである。

「スルーヌ、今日は頼むぞ。」


スルーヌは「任せろ」と言わんばかりにピアッフェを踏む。

「やる気マンマンだな、僕と違って。」

凛はスルーヌのたてがみを撫でた。

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