第24話:当てすぎる、射手。

[星暦1550年5月1日:公都シャーウッド]


説明しよう。(富山敬っぽく)。騎射の種目は3種類ある。


一つは、「流鏑馬ギャロップ・ショット」。

 競馬場サーキットのホームストレート上などに3つの的を置き、馬を襲歩ギャロップ(全速力のこと)で走らせながら、弓矢で的を射るのである。

 的のどこに当てたか、何秒で駆け抜けたか、そして、射姿の優美さで得点が決まる。


二つ目は「笠懸ハット・ショット」。

 競馬場サーキットのホームストレートにコースを作るが、的はコースから8m先の流鏑馬より遠い、30m先に一つの丸い的を置き、それを射る。

 騎手は馬をコース上を2往復走らせ、当てる回数とポイントを競う。矢は8本持つことが出来る。

矢自体にポイントがついており、金の矢1本(10ポイント)、銀の矢2本(5ポイント)、銅の矢5本(2ポイント)である。

 もとは射手の帽子を的に使っていたことから、競技の名前がついた。


 三つ目は犬追物フォックス・ハントである。

 もとは犬や狐が的として使われていたが、動物愛護の観点から、現在は人工知能がつけられた無人機ドローンが的である。多くの場合は団体戦で、10人1チームの射手が2チームから3チーム、競馬場サーキットのコース内側の障害馬場に設けられたフィールドで、獲物に当てた数と当てた場所を競う。なお、的になる無人機ドローンは馬のあぶみより上は飛ばない。これは射手が互いを誤射しないためである。

 もっとも、故意に射手が矢を互いに向けて射ち合うことがないための措置でもある。


 これらの競技は「騎射三物トリニティ・オブ・シューター」と呼ばれている。


「ねえ、犬追物フォックス・ハントにもエントリーしてるけど、まさか一人でやれっていうの? 団体戦なのに?」

凛はゼルに抗議する。しかし、

「やればできる。キミは出来る子だから大丈夫です。」

と却下された。


祭りではこれらの競技は神事にあたるため、極めて優美な試合である。射手はすべからくヌーゼリアルの古代からの伝統衣装に身を包んで試合に臨むのである。


そして、王太子主催の騎射会では王太子から矢も供給されるのだ。

「まあ、王太子への暗殺に使われないための措置でしょうね。」

マーリンがぶっちゃける。


 そして、夕刻に凛の出番が近づいた。初日は流鏑馬ギャロップ・ショットである。競技そのものは朝から行われてはいるが、いわゆるゴールデンタイムに出番が組まれているのである。

 凛は少し前に会場入りし、相棒となる馬と引き合わされた。


「こいつは……多少、気は荒いが、抜群に速いよ。」

厩舎の担当者は胸を張った。実はその難しい気性のせいで、他の参加者に選ばれなかっただけであるのだが、その能力だけは買っている、という表情だ。


もっとも、会場入りが最後になった凛としては他に選択肢はなかった。「スルーヌ・ヴェンリー」という名の芦毛の馬で、凛をみると噛み付かんばかりに威嚇してきた。

「スルーヌ、大丈夫だ。僕たちは相棒バディだ。」

そう言って凛はたてがみをなでる。すると、スルーヌは周囲の予想に反してすっかり大人しくなってしまったのである。


「スルーヌ、グッド(いい子だ)。」

凛を大人しく背中に迎えたスルーヌに驚いたのは担当者であった。

(バカな。いつもは暴れて必ず初めての乗り手を振り落とすのに。どうしたんだ?)

 担当者は左大臣のインテイクを通してハワードから、凛には暴れ馬をあてがうように仕組んでいたのだ。


「飼い慣らされてはいてもさすがは動物。凛の真の姿が見えたようですね。」

ゼルが笑った。

「まあ、実際、背中の翼を重力子アストラル状態のまま展開しただけなんだけどね。人間にはわからないけど、動物には分かるみたいだね。」

凛が種明かしをする。馬も、凛が自分よりもはるかに強い力を持つ圧倒的に上位の存在であることを本能的に認識したようだ。


「円卓の連中より余程この馬のほうが賢いですね。」

ゼルが皮肉る。


やがて、凛の出番が回って来た。

「射手、棗凛太朗=トリスタン殿。乗馬はスルーヌ・ヴェンリー号。」


アナウンスに王太子は立ち上がらんばかりに驚いた。

「スルーヌは競技には使えんだろう。危険すぎる。」

スルーヌ・ヴェンリーは気性の荒さから、競技からは外されていたのだ。しかも、そろそろ発情期も近いこともあり、ますます危険だ。


しかし、卓越したその能力を惜しみ、去勢してせん馬にするか、種馬として気性の大人しい牝馬と掛け合わせるか、議論されていたのである。

 しかし、ゲートが開かれる。最初のカーブで襲歩ギャロップまで加速し、柵で囲われたコースへ入るのだが、そのスピードは尋常ではなかった。


「なんという速さだ。」

しかし、暴れ馬特有の人を振り落とそうとぶれる素振りを見せる事すらなく、まさに人馬一体となって、駆け抜けようとしていた。


「何とも美しい射姿いすがたよ。」

重力バリアで風の抵抗をゼロにしているとはいえ、凛も堂に行った姿勢で、スピードに煽られて体勢を崩す事もなく、3本の矢を射った。

 ヒュンという風切り音と共に矢が次々と放たれる。それは、乾いた音を立て、木製の的の星(真ん中の黒い丸のこと)に全て突き立った。


そして、そのままコースを駆け抜ける。観客からどっと拍手喝采が沸き起こった。

凛はスルーヌ・ヴェンリーを降りると、彼の健闘を称え、スルーヌも凛に首を寄せ、あたかも長年の盟友であるかのようであった。

 流鏑馬ギャロップ・ショットは的に当たれば成功とされる難しい競技にもかかわらず、すべて的の「星」に当てるのは前代未聞であった。


 凛は再びスルーヌに跨ると颯爽と馬場を後にした。観客もスタンディング・オベーションでそれに応えた。

 タイムも新記録レコードであり、後の射手も健闘はしたが、遠く及ばず、凛の勝利が確定した。


「士師殿、まことに見事である。」

表彰式で王太子は凛の首へ優勝者へのメダルを自らかけながら凛を称えた。メグは父の顔を横目で見ながら、凛を見るその目が変化しつつあるように思えた。


[星暦1550年5月2日:公都シャーウッド]


「おはよう。」

凛がまだ眠り足りない、と言った感じで起きてくる。


「もう『お早う』なんて時間じゃねえよ。」

リックがぶっきら棒に言った。


(きみは僕のママか。)

凛は突っ込もうと思ったものの出たのはあくびであった。


凛のスイートルームのリビングにはすでに、旅団の面々が集合していた。

「まあ、昨日は遅かったからね。」


結局、優勝者は王太子にもてなされることになっているらしく、宴に付き合わされ、解放されたのは午前零時を過ぎていたのだ。


「まあ、今日も夜の試合ナイト・ゲームだけだしね。もう少し寝ようかな。」

ベッドルームに戻ろうとする凛の腕をリックが掴んだ。


「ちょっと、待てよ。」

「どうしたの?リック。難しい顔して。それよりも、ふわあ。」

もう少しキム○クっぽく言えよ、という言葉もあくびに変わる。


「凛、どうもこの国、風向きが怪しいようですよ。」

マーリンが珍しく真面目な顔をする。


「正確にはスフィアも含まれています。」

ゼルも加わる。


「俺は騎士道精神フェアネスは普遍のものと思っていたが、そうではないらしい。

ウオーラバンナ聖騎士会は執政官コンスルのメンデルスゾーンと陰でつながっているんだ。」

リックも急にまじめなことを言い出す。


(ゼル、この二人、急にどうしたんだよ。変なものでも食ったか?)

凜は急な展開に鼻白む。


「はい。リックのやつが、自分が早く出世するために何が必要か、と聞くので、凜が出世すれば、自動的にキミのポジションは上がります。だから凜の足を引っ張るヤツを排除すれば良いのです、と教えてやったのです。マーリンも面白そうなので乗っかることにしています。」

ゼルが真相を明かした。

「焚きつけたのはやはりお前か、ゼル。」


任務ミッションを早く、スムーズに遂行するには邪魔者を排除するに越したことはありません。」

ゼルがすまして答えた。

「それはそうだけど。」

(リックのやつ、案外政治関係は才能があるかもしれない。)

凜が結論を下すのに数週間をかけた案件を数日のうちに解析してしまったことに驚いたのだ。


「で、証拠はあがったの?」

凜はリックに意地悪く、聞いてみる。

「いや、まだ今のところそう類推できるだけだ。」


「それではまだ動きようがないな。ゼルに探してもらうといい。でも、手ごわいよ。何しろメンデルスゾーンはプロ中のプロだから、そうそうつかまれるような尻尾はださないから。それじゃ、おやすみ。」


 そう、メンデルゾーンが率いる「黙示録騎士団」は諜報、破壊、暗殺工作を含む特殊任務の専門家プロフェッショナルの集団なのだ。執政官を輩出することはめったになかったが、彼らはいつでも権力の中枢に寄り添っていた。


 むしろ、日陰の存在である彼らが表舞台に出てきたということは、ハワードと持ちつ持たれつの関係とはいえ、メンデルスゾーンがかなりのやり手であることは理解に難くない。


(いずれにしても、リックにやる気が出てよかった。まあ、あまり十代の少年が首をつっこみたがる案件とは思えないところが彼に潜む闇の深さを……ふああ。)

「ほんじゃ頑張ってね。おやすみ。」

思考があくびによって遮られた凜は二度寝についた。


 王太子の騎射会の二日目、凜は迎えの車に乗り込むと王立競馬場(ロイヤル・サーキット)へと向かった。


 本日の競技は「笠懸ハット・ショット」である。

先ほども説明したが、コースを馬を駆って2往復する間に、30mほど先の的に8本の矢を射るのである。


ポイントになるのは矢を射る順番である。矢自体にポイントがついているため、何番目にどの矢を射るか、そこで差が出るのである。だいたいは1往復の間に5本ある銅の矢(2ポイント)で感触を掴んで、2往復目に本番、という流れである。


今日は、メグが公務で射手たちを陣中見舞に訪れていた。民族衣裳の乗馬服に身を包んだメグはまた違った趣の凛々しさと美しさがあった。


凛がスルーヌ・ヴェンリーのブラッシングをしていると、メグが寄ってくる。

「凛、調子は良さそうだな。」

「あ、メグ。お疲れさま。まあ、的にあてるだけの弓は気楽だし、楽しいよ。だって、ただの遊戯ゲームだから。⋯⋯人間ひとを狙うのはどうもね。」


「そうであろうな。」

そう言いながら、メグもスルーヌの背中を撫でる。メグは先日のグレイスと凛の戦いを思い出していた。


「そういえばスルーヌ、キミ、ずいぶんと大人しく撫でられているね。」

スルーヌは、横目で凛を見るような仕草をすると、ぶるるっと、首を震わした。彼は女性を乗せるのは嫌いだが、触られるのは好きなようだ。


「女に『乗る』のが好きなのです。この馬は。」

メグがいると急にセクハラモードにスイッチが入るゼルが茶々をいれる。


「おお、メグ。なんて美しく、なんて愛くるしいのだ。まるで砂漠のオアシスにさく可憐な薔薇のようだ。」

突然、厩舎にハワード・ジュニアが現れたので、凛はびっくりしてしまった。


「なんだ、こんなところにいたのか。棗某。昨日は馬の差で負けてしまったが、今日はそうはいかなよ。」

ジュニアが性懲りもなく凛に絡む。

(また面倒くさいのが来たよ。というか彼も出場していたのか。)


「スルーヌは良い馬なのだが、気性が荒すぎてな。今回は祭りには使わないはずだったのだが、何かの手違いで連れて来られてしまったのだ。まあ、今回は凛という得難い相棒パートナーを得て良かったと思うぞ。凛は乗馬も達者なのだな。」

メグが凛を褒めるとジュニアは気分を害したようである。


「それでは、今回、私と馬を交換してみるのはどうかな? キミにできて私に出来ない、ということはないはずだ。」

事もあろうに、馬の交換を持ちかけて来た。

「そうですね。ただ、幾分気性が荒いので、試しに乗ってから決められてはいかがですか?」

凛も、後になって難癖を付けられるの恐れ、そう提案する。無論、虚勢から出た言葉だったのでジュニアもその提案を受け入れた。


突然、暴れ出してジュニアを振り落とすのでは、と二人とも心配したが、そんなこともなく、スルーヌは大人しくしていた。

「どうだね。やはり馬にも乗る人間の高貴さが分かるようだね。それではメグ、僕の活躍を期待してくれたまえ。」

得意満面の笑みでジュニアは去って行った。


「大丈夫なのか、凛?」

「どちらのこと? 僕のこと、それともスルーヌのこと?」

メグの問いはどちらも、のようだ。


「僕は大丈夫。笠懸ハット・ショット襲歩ギャロップじゃなくて駈歩キャンターで行くから、馬の能力よりも気性の方が大事だからね。スルーヌの方は正直分からない。ただ、彼ははかなり賢い馬だとはと思うよ。……そう、いろいろな意味でね。」

凜はそう言ってメグにウインクをする。


 さて、笠懸ハット・ショットは的が一つであるため、一番の近距離である正面から打てるのは2往復するので4回、ということになる。

ただ、使う弓は和弓のような長弓ではなく、短弓か中弓を使うので8回は余裕を持って射ることができる。


 一方、ジュニアから凜に譲られた馬は「トハイ・カーン」という牝馬で美しい栗毛をしていた。誰にでも愛想を振りまく極めて性格の好い子である。


「これは性格の可愛い子だね。お前から乗り換えるなんて、ジュニアはおバカさんですね。」

凛がトハイ・カーンの顔を両手で挟んでさすってやると彼女は嬉しそうにいなないた。


「射手、棗凛太朗=トリスタン殿。乗馬、トハイ・カーン号。」

前日の勝者ウイナーの登場に観客のボルテージが上がる。凛の手綱に従い、トハイ・カーンは常歩ウォークから速歩トロットそして駈歩キャンターへとギアを上げていく。


「トハイ、頼んだよ。」

凜は「空前絶後フェイルノート」に銅の矢をつがえる。

 コースに入って間もなくそれを簡単に当てると、すぐに銀の矢をつがえ、的正面から当てる。

「好いペースだ。」

メグがつぶやく。しかし、凜はもう一度銅の矢をつがえると手綱を離し、馬にまたがったまま真後ろを向いた。そして、矢を放つ。矢はややゆるやかな放物線を描くと吸い込まれるように的に命中(あた)った。


背面射パルティアン・ショットか。」

王太子が唸る。初コンビを組む人馬がそうそうできうる技ではないのだ。


 凜はトハイ・カーンを反転させると復路に入る。銅の矢をまず当て、的正面から金の矢をやすやすと当てる。

「お見事!」

観客は拍手喝さいを送る。

そしてもう一度、背面射パルティアン・ショットで銅の矢を命中させた。


「トハイ、グッド。」

凜はトハイ・カーンを褒める。

「さすが、凜ですね。『弓聖トリスタン』の名は伊達じゃない。」

マーリンがつぶやく。

「しかし、どうやったらあれだけの命中精度が出せるんだろう?なんかいいアプリでもあるのか?」

リックが疑問の声を上げた。

「あれはアプリではありませんよ。凜の脳の構造が利点なんです。」


 2回目の往路が始まる。凜は的正面まで走らせると銀の矢を命中させる。そして最後も銅の矢を背面射パルティアン・ショットで決めた。観客は大喜びであった。


満点である。

すでに矢を射つくした凜の復路はさながらウイニング・ランのようであった。凜は速歩トロットでトハイ・カーンを走らせ観客席に手を振った。それに観客はスタンディング・オベーションで応える。


「こいつは本物だな。初めて乗った馬で背面射パルティアン・ショットを決めるとはな。どれだけ馬と弓の扱いに慣れているというのだ。彼はいったいどこに耳を置いて来たのだ?」

王太子が唸った。「耳を置いて」という表現は、凛が長い耳をしたヌーぜリアル人でないのはなぜか、という意味である。


「ね、私の言ったとおりでしょ? はい、父上。」

メグが澄ました顔で手のひらを王太子の前に差し伸べた。

「うーむ。わしの負けだな。」

王太子がその掌に金貨を乗せた。


「あら嫌だ。賭け事などされたの? 品がないわ。」

メグの母が嘆く。

「ははは、メグのヤツがあまりに彼を褒めるものだから、彼が今日何本当てるか、賭けをしたのだ。『全部当てる』、と『それ以外』でな。」

王太子は奥方に説明する。

「まあ、殿下ったら、年甲斐もなく娘のボーイ・フレンドに嫉妬なさったのですね?」

奥方も笑った。


凛をじっと見つめるメグの横顔を見ながら

「まあ、父親なんてそんなものさ。……メグ、(凜に)惚れるなよ。」


王太子は冗談で言ったのだろう。

しかし、奥方はうふふ、と笑うと彼の耳もとでささやいた。

「あら殿下。そのことでしたら。もう、手遅れでしてよ。」

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