第3部:「エルフの姫を仲間にするぜっ」―宮中の陰謀編―

第23話:似合いすぎる、ドレス。

[星暦1550年4月1日、公都シャーウッド;春宮とうぐう御殿]


 アヴァロンから西へ約4,000kmほどのところに公都こうとシャーウッドは存在する。シャーウッドはいま多忙を極めていた。これから北へ2,000kmほど離れたもう一つのシャーウッドへの引っ越し準備の最中なのである。


 ヌーゼリアル王国スフィア大公領。これがマグダレーナの故郷ヌーゼリアルの正式名称である。メグの実父、シーモニハダゾエル(シモン)殿下はこの惑星からさらに50光年ほど離れた惑星ヌーゼリアルを治める王家の正統王太子、つまり跡取りなのである。


 そしてシャーウッドは夏の都と冬の都に分かれている。宇宙港のある冬の都は惑星の北回帰線上にあるため、夏は非常に暑くて過ごしにくい。それで、4月の終わりからから10月の終わりころまでは避暑を兼ねて温帯地域にある夏の都へ毎年遷都が行われるのだ。


 無論、移動するのは王室の方々と、重臣の方々だけではあるが、それでも忙しくはなるのである。


「大公殿下。スフィア国王のアーサー陛下から、来るべき例の危機について、殿下にご協力賜りたい、との御名目でお使者をお寄越しなされるそうです。」


 ヌーゼリアル王国スフィア領の右大臣、サマーセットフランベルグ(サム)・ペイジが、シーモニハダゾエル(シモン)ヌーゼリアル王国正統王太子殿下に奏上する。


シモン殿下は迷惑そうに答えた。

「祭りの使者と、用向きの使者が一緒とは、相変わらず無粋な陛下じゃな。その件に関しては左大臣のインテイクに一任しておるはずであろうが。」


「ええ、ええ。私めも斯様かように申し上げたのですが……。」

ここでサムの声が低くなる。

「あくまでも巷の噂でございますが、どうやらアーサー陛下と円卓の将軍様方の間が、なにやら上手くいっていないご様子だそうで。」


「ほほう。」

他人ひとの不幸は蜜の味』、殿下の声も興味深々のようである。サムは続ける。

「ハワード卿が、士師になり損ねた一件、お耳になさいましたな?」

殿下も嬉しそうである。

「おうおう。かの重厚を絵に描いたようなハワードめが怒り狂ったというあれであるな。」


サムの声はますますもったいぶった調子になる。

「実は、今度のお使者が『士師』となられたため、とんだとばっちりだったそうでございますよ。」

なぜか殿下の声もひそひそとなっていく。

「あの、澄ましたハワードが取り乱すとはの。それで、どんなヤツなのだ? その新しい士師とやらは」


「それが、歳の端もいかぬ少年こどもだそうで。確か15、6歳ほどに見えた、いや、そうとしか見えないとかで、ティンタジェルのお城(円卓のある城)は大騒ぎだったそうでございますよ。」


「なんじゃ、それではマグダレーナ(メグのこと)と、そう変わらぬな。しかし、その士師からは、就任のの知らせも挨拶もなにもなかったことになるな。」

少し殿下の声に不満がこもる。

サムはしたり顔で言う。

「それで今度のお祭りなのでございましょう。」


[星暦1550年4月28日、空母フォルネウス]


五月祭メイ・フェアはヌーゼリアル人にとって最大の祭りであり、友誼を結ぶスフィア王国をはじめ、同じ惑星に植民するアマレク人やフェニキア人からもお祝いの使者が遣わされるのである。


 それに伴い、多くの観光客も訪れ、そのヌーゼリアルにもたらすその経済効果ははかりしれないものがある。スフィアの祭りと同じで、様々な奉納試合があるが、その多くは弓を使ったイベントである。

 もちろん、外国人にも試合に参加する門戸は開かれており、賞金目当てに集まるスフィアの騎士たちも多い。


今回は、凛が士師となって初めての国務、外遊を迎えることとなった。今回は、補佐役として正統十二騎士団アポストルから聖槍騎士団の団長不知火透、伝令使杖カドゥケウス騎士団長ラドラー・C・ラザフォード、ヴァルキュリア女子修道騎士会団長グレイス・T・レイノルズの3名に加え、聖堂騎士団の団長ジョージ・「ナルセス」・サンダースが随行する。普段の年はこれほど随行する必要は無いのだが、凜と少しでもコミュニケーションをはからせようという王の思惑があった。


 公都シャーウッドはアヴァロンから近いのだが、グラストンベリーに立ち寄るため、一旦、惑星スフィアを逆回りするコースであった。同じアヴァロンに本部を置くサンダースは最初から一緒で、主都グラストンベリーに本拠地ホームがあるグレイスとラドラーを拾う必要があったのだ。


「しかし、あきれるほどデカイな。」

空母フォルネウスの巨大さに、肝の据わった団長たちも、さすがに度肝を抜かれたようである。


「すごい、まるで空飛ぶお城ですね。」

グレイスの随員として来たメグが驚きの声を上げる。まあ、どうせ帰省しなければならないので経費を浮かすため、同行させて欲しい、という領事館からの依頼で会った。無論、何人でも収容は可能なため、王女としてのメグの随員も領事館から乗り合わせている。


「これだけでかければ、(お隣の惑星である)ガイアに攻め込めるだけの能力キャパシティーはありそうだな」

グレイスがなんとも不穏な感想を述べた。


「なんといっても今回は正式な訪問ですからね。ある程度の格式は必要なのですよ。なにしろ、ご本人の方に一切『貫禄』も『風格』も望めませんので。」

マーリンは頭をかいた。


「まあ、円卓も円卓で、僕らとは別に祝いの使者を送るそうだからね。扱いがどう違うのかは興味はあるね。」

透は他人事のように言う。

 今回の使者の件で、スフィア王国の権力構造に分裂が見られることが、少なくともこの惑星においては露呈することになるのである。


さて、この話が始まって、とにもかくにも『祭り』の話が多いと思われるかもしれない。いずれにしても、騎士と祭りは切っても切れない関係にある。以前にも言及した通り、戦闘を生業とする騎士は『修道騎士』と呼ばれる聖職者なのである。それは、祭りで試合を奉納することによって、豊作を祈り、死者の霊を慰め、収穫を神に感謝する役割を果たしている、と考えられているからである。


むろん、こうして騎士の名を世の中に知らしめることにより、騎士に公人としての意識を植え付けたり、人を殺傷することが出来る兵器を扱っていることの自覚を促すことによって、治安の安定を図る目的もある。


「とりあえず、なんでお祭りの話ばっかりなの?って外の人に聞かれたのか?」

マーリンの解説に凛が突っ込みを入れた。

「ようは「大相◯」と一緒だよ。格闘技を神事と考えるのは人類でも普遍的なものだ。古代オリンピック競技にも拳闘ボクシングやレスリングがあったのと一緒だね。」


[星暦1550年4月30日、公都シャーウッド]


円卓を代表し、執政官コンスルであるマッツォ・フィーバー・メンデルスゾーンの名代として、ハワード・テイラーが遣わされている。テイラーの座艇『ブリュッセル』がシャーウッドの地上港に到着すると、軍の楽隊や儀仗兵と共に、左大臣のインペリアルテイクアボルダス(インテイク)・オズワルドが出迎える。


「あの小僧はもう着きましたか?」

ハワードは忌々しそうにインテイクに尋ねた。凛がどのような待遇を受けるか気になって仕方がないようである。


その時、二人の周りに濃い影が差した。驚いて振り返ると、潜空母艦フォルネウスが彼らの頭上を横切り、その巨軀を地に横たえようとしているのであった。

「無駄にデカイな。ワシより目立ちおって。」

 フォルネウスのサイドには国王の紋章である赤竜紋が付されている。それは、士師にしか付けることが許されない紋章であった。


フォルネウスのあまりの大きさにハワードを取材するはずの報道陣は、我先にフォルネウスの方へと向かって行く。見物客も初めて見る巨大な船を見ようと、大移動を始めた。

「閣下、例の件についての話の続きをいずれ。」

インテイクが下卑た笑いを見せた。


 一方、凛たちの船、フォルネウスを迎えたのは右大臣のサムであった。王太子は円卓にも凛にも「等距離」で遇することを明らかにしたのである。ただ、王太子に先に目通りを果たしたのは凛であった。これは殿下が凜を重視したわけではなく、顔なじみのハワードよりも興味があったからに過ぎない。


「殿下、初めてお目にかかります。この度、士師の任に就きました棗凛太朗=トリスタン、と申します。

以後、お見知り置きを。」

凜は一礼する。儀礼上王太子も士師も国王の代理人にあたるため、あくまでも立場は対等なのだ。ひざまづく団長たちを背に凜は立ったまま一礼してみせた。


「話には聞いておったが、本当に若いな。貴殿は先日かのグレイスを弓で追い詰めたそうだな?」

しかし、すぐさまメテオ・インパクトの話は出来そうもなかった。ただ、王太子は先月の祭りで凛が活躍したことを知っており、とりわけ、魔弓『空前絶後フェイルノート』に興味を示した。

(さすがは『森の民』だ。)

リクエストに答えて、凛は『空前絶後フェイルノート』を王太子に披露した。

「こちらが陛下より私に託されました魔弓、『空前絶後(フェイルノート)』にございます。」


「嫌に固いな。若い割に、随分な強弓を引くじゃないか。」

弓を試した殿下は感心する。重力子矢グラビティ・ミサイルは脳波、つまり精神力で軌道や速度を操るため、極めて強い精神力を必要とするフェイルノートはまさに、強弓なのである。


「しかも何本も一度に操ると聞く。いったい貴殿の頭の中身は一体どうなっているのかね? ぜひ、この祭りでも貴殿の腕前を披露して欲しいものだ。」

王太子のリクエストに凜は快諾した。

「もちろん、喜んで。」


その晩の、王太子が主催する歓迎のレセプションと晩餐会が行われた。ハワードはもちろん、アマレクやフェニキアの使者たちも一堂に会し、立食パーティーの形式で行われた。


「凛、我が故郷はどうであろうか?」

美しいドレスを身にまとったメグが尋ねる。凜は少し考えてから答えた。

「うん、とても美しいところだね。空気が澄んでいて、とても美味しい。きっと森のおかげだね。

……でもメグ、ドレスを着るとまるで見違えるね。やっぱりキミは本物の王女様プリンセスなんだね。とても良く似合ってるよ。」


凛は見たままを語ったつもりであったが、女性らしさを褒められ慣れていないメグは頭に血が全て大移動したかと思えるほど、顔を紅潮させてしまった。


「その、わたしもこのような衣裳は滅多に着たりはしないのでな。衣裳に着られているであろう?へんで無ければよいのだが。その、どうだろう? 何かおかしなところはないか?」

メグは照れと嬉しさのあまり、凛に褒め言葉の「お代わり」を求めてしまった。


「なんと美しい。メグ。まるでキミはシャーウッドの夜空を彩る、エメラルド掛かった月のようだよ。まさに南海の孤島の真珠。今日はきみの美しさのためにある。」

  突然、凛の前に立ちはだかってメグを褒め上げたのはハワード・テイラー・ジュニアであった。彼も父の随員としてやってきたようだ。


(うわあ、面倒くさいのが来たなぁ。)

凛は、ジュニアとの無用な衝突を避けるため、その場を辞そうとした。

しかし、ジュニアは凛の肩を掴み、引き止めたかと思うと、

「貴様、あまり調子に乗るんじゃないぞ。どこの馬の骨とも知らぬやつめ。身の程を知れ。」

そう威嚇した。


凛はあまりにも意外な言葉にキョトンとしてしまった。そして思わず破顔する。

「ああ、失敬。あまりにも面白いジョークだったので、我慢出来なかったよ。ジュニア、あなたは場を和ませる天才だね。じゃあ、姫のエスコートはバトンタッチしましたよ。」

凜はそう言って立ち去った。


立ち去る凜にふふん、と鼻でせせらわらうとメグの耳元でささやく。

「ぼくは、グレイス閣下には負けたけど、あいつには一度、勝っているんだ。そう考えると、僕とグレイス閣下の間の実力差はそれほどないかもしれないね。」


 メグは、ジュニアのあまりのお目出度さに「ぐうの音」も出なかった。ジュニアの勝利は凛に譲られたものだったし、ほぼ負けていたグレイスが凛と引き分けたのも、王の機転と、惜しみなく勝ちを放棄した凛のおかげである。

(いったい誰が最強なのか、ジュニアには本当に分からないのだろうか? それとも、本当は分かっていて笑いの種を提供したのか。冗談だったら性質たちが悪いし、本気だったら始末に負えない。困ったお人だ。)

メグはその後もしゃべり続けるジュニアの言葉には上の空で、その目は凛の動向を追っていた。


「おお、凛やないか。ひっさしぶり〜」

凛に飛びつかんばかりに突進して来たのはロゼマリア・ジェノスタインであった。彼女もチャイナ・ドレス風のかわいらしいパーティドレスに身を包んでいたが、どうにも身のこなしががさつであった。彼女もフェニキアの要人である父親に連れてこられたのであろう。


「おや、ロゼも来ていたのですね。」

先月の春の大祭で、家族と別行動で格闘見物を満喫したロゼであったが、御前試合の中継でカメラに大写かれたことに家族が気づき、その後まもなく、あえなく家人たちに御用になってしまったのである。


「美少女ゆえの顛末やねんなぁ。せやろ?」

自分が発見された原因をロゼは嬉しそうに語る。

「でもな、あれからおとんに散々絞られてな。しばらく外出禁止やったんや。ひどいやろ?凜もそう思わへん?」

ロゼは口をとがらせる。

「まあ、ロゼの気持ちはわかりますが、お父様にはあなたを守る、という責任があるからね。仕方がないんじゃない?」


凜の答えが不満だったようでロゼは強調する。

「だからウチは拳法の使い手やって。自分の身一つくらいは余裕綽綽やで。」

胸を張るロゼに凜も苦笑をかくさなかった。

「だから、武器を持った騎士がうようよしてる国なんですよ、この惑星ほし(スフィア)は。」


「ロゼ、また好き勝手にあちらこちらへ行くものではありません。」

眼鏡をかけた背の高い女性が二人の会話に割って入る。


「もう、今、ええとこやねん。邪魔せんといて。」

ふくれるロゼに構うでもなく、その女性は凛に一礼する。

「ロゼマリアの教育担当者のジェシカ・ビジョーソルトと申します。先日はロゼマリアが大変お世話になりました。また、ご迷惑もおかけしました。いずれまた、改めてお礼はさせていただきます。ロゼ、旦那様がお呼びです。」

「ええ〜。ほな凛、またな。」

ロゼはジェシカに引きずられるように連れて行かれた。ジェシカは銀縁眼鏡をかけた切れ長の目をした綺麗な女性だ。パーティーであるにもかかわらず、タイトスカートのスーツにハイヒールと、まるで大企業の敏腕秘書然、としている。ただ、頭に大きなネコ耳が乗っているのがきわめてシュールである。ポカンとする凛にゼルが話しかける。


「凛、弓祭り、エントリーして来ました。」

「ありがとう、ゼル。どれどれ⋯⋯⋯って、ほとんど王太子主催のヤツばかりだね。」

「ポイントは関係ありません。任務が優先です。かっこいいところを見せて王太子に取りいってください。」

こういう判断はやはり人間離れしている。


「取り入る⋯⋯って。まあ、趣味から入る、というのもありか。」

凛は苦笑した。


[星暦1550年5月1日、公都シャーウッド]


 凛の本日最初の公務は、マグダレーナ王女主催の昼餐会への出席であった。

賓客ゲストの中で最高位なのは凛である。そのため、主催者ホステスであるマグダレーナ(メグ)の隣の席が割り振られていた。


「しかし、凜……いや、トリスタン卿。貴卿は父上にどんな協力を所望なさっておられるのだ?」

メグの口調は、公務のため、少しよそよそしく聞こえる。


「そうですね。新しい惑星防御システムを構築し、運用するためには、宇宙港の使用を控えていただいたり、シャーウッドへの電力の提供が滞ったり、何かとご不便をおかけすることもあるのです。

他にも、本星への航路が一時的に制限されたり、資金の提供をお願いしたりなど、何かとお力をお借りする案件もあります。王女殿下にも何卒、お口添え賜りますようお願い申し上げます。」

公式な会話であるため、凛の口調もよそよそしい。


「馬鹿げた会話であるな。お互い、知己であるのに。」

あまりにも形式ばっているので、ややメグが鼻白んだ様子を見せる。

「姫、これが『大人』のやることでございます。くだらなくてもそうであろうとも、形式は踏まねばなりません。信頼。これこそが社会ではもっとも尊いものなのです。」

凛も、やや面白がってメグを諌めた。


「凜……トリスタン卿。我が家の騎射会にお出でになるのは本当か?」

メグは内心ドキドキしながら尋ねる。

「はい、王太子殿下の御意志とあれば。」


「その……楽しみにしておる。」

「はい、光栄でございます。」


ようやく、凜は公務から解放される。

「凛、何を食ったかわからないような宴だ。」

ゼルが不満をもらした。

「そうだね、ゼル。試合前に何か軽く食っていくか。」

「賛成、ソフトクリームがいい。」

ゼルは凛の脳にインストールされているため、凛が食べたものの味覚のみを感じるのである。

ただ、同じものを食べても、二人の好みは異なることが多い。


「何だよ、凛とマーリンだけ良いもの食って。いつも俺は仲間はずれじゃん。」

「私も!」

凛とマーリンが宿舎に戻ると、『随行員』であるリックとビアンカが文句を言う。

彼らは当然、パーティーには呼ばれないし、ホテルのスイートルームをあてがわれている二人に比べ、一般客向けの部屋で寝泊まりしなければならない。



「でも、僕はリックの作ってくれる料理の方がいいけどね。あんなところで食べても、食べた気なんかしないよ。」

「そうですね、やっぱりお家が一番。リックの料理が最高でですよ。」

思わぬところで二人に褒められたリックは

「お、⋯⋯おう。」

照れくさそうに抗議を止めた。


(くぞ、俺はもっと上を目指したいんだ。どうやったら食い込める? どうやったら上がって行けるのか。あの、陽の当たる場所へ)

リックは悶々としていた。


「ねえ、わたしの『お味噌汁』は?」

ビアンカも主張する。

「ビアンカもいつもありがとう。感謝してるよ。」

凜に頭を撫でられるとビアンカは満面の笑みを浮かべた。


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