第22話:可憐すぎる、女傑。

[星暦1550年4月5日]


団長先生マムはこの一戦をもってご自分の闘技人生の集大成になさるつもりのようだ。」

メグの言葉が凜の頭をよぎる。


(なぜ、こんなところで『人生の集大成』なんだろう?……僕に勝ったら引退でもするつもりなのだろうか。それとも負けたら引退?メグが不安にもなるはずだ。まあ、とにかく、下手な手だけは打てないのは確かなようだね。)

凛が深く息を吐いた。


グレイスが大槍、『盾城火煉ランドグリーズ』を構える。

その槍の穂は「突き」の強さに特化されており、重力加速を加えるとその切っ先は音速を超えるといわれる。そして、その柄は、こん棒のように硬く、「振り」に特化され、柄を振る速度も重力加速によって音速を超える。

 それは先回の祭りで、ハワード・ジュニアを一撃でのした槍である。


開始の礼の後、二人は相手の動きを探りあった。

(こやつの場合、モーションだけで動きが読めるわけではないからな。)

グレイスは「重力加速」ではない、凜の「転移術」をどう読むべきか、考えている。

(やばい、なんだかすごく楽しくなってきちゃった。いかんな。無心で、そう、無新だ。)

グレイスは久しく味わっていなかった闘いの緊張感と昂揚感に心を震わせていた。



団長先生マム、凜……)

一方、楽しそうな闘技場の二人とは裏腹に、二人を慕うメグは、胸が引き裂かれそうな気持で戦局を見守る。メグは付き人だった従騎士エスクワイアの時とは違い、グレイスのすぐそばにいてあげることはできないのだ。


(来る)

 凜の姿がふっと消えると、その刹那、すでに彼女の懐に入り込んだ凜が、天衣無縫ドレッドノートで斬りかかった。

 がきん、という刃同士が撃ちあう鈍い音が響く。鋭い切っ先を柄で受けたグレイスはそのまま力まかせにその柄で凜を突き飛ばした。

(なんて速さだ。まるで、瞬間移動テレポーテ―ション並みの速さだ。)

グレイスは冷や汗を拭った。ただし、まるで、ではなく瞬間移動テレポーテ―ションそのものなのだが。


「刀と槍では、断然、槍の方が勝率キルレシオは高いんや。けど、凜にあんな動きをされてもうてはなあ。リーチの差はまったく活かされへんな。これは手の内の読みあいになるで。」

ロゼがぶつぶつとつぶやく。もう、二人の闘いに没頭しているのだ。


(私としたことが、受け身になってはいかんな。そう、私は挑戦者なのだ。この兵器(バケモノ)に対してはな。)

グレイスは今度は積極的に攻勢に出る。アウトレンジからの音速を超える突きを次から次へ凜に浴びせる。

槍の穂先が凜の頬をかすめる。いや、あまりのスピードに、薄皮1枚でよけるとその隙間が真空になるほどだ。重力子磁場アストラル・バリアの装甲がなければそれだで頬から血が噴き出すだろう。

(うわ、危ない、危ない。少しグレイスさんに合わせてすぎたか。……もう一段、ギアをあげるとするか。)

凜はすぐさまグレイスの背後に転移ジャンプすると、斬撃を加えた。背負われた盾にガッという鈍い音と衝撃が走る。


(なに?背後を取られた……!)

グレイスは丸盾ホプロンを背負っているため、ダメージはそれほどなかった。

(今の斬撃……、丸盾ホプロンがなければ危なかった。)

グレイスは冷や汗をかいた。グレイスの丸盾に傷がついたのはここ数年、彼女が天位に昇格してからは初めてのことであった。それは彼女がどんな敵にも背を向けたことがないことの証でもあった。


 凜の姿がまた、ふっと消えた。

(来い。)


グレイスは半歩下がり、凜が現れるであろう自分の懐であった空間に突きを入れた。

しかし、今度凜が現れたのはグレイスの頭上であった。凜は落下に任せてグレイスに突きを浴びせる。


(くそ)

決して『乙女』が口にしてははならぬ言葉を心の中で発しながら、さらに半歩跳び下がって凜を柄でけん制する。


(懐、背後、頭上……だと?槍に死角なし、と思っていたが。なかなかどういして、小僧、いや、棗凛太朗=トリスタン、楽しませてくれるじゃないか。まさに熾天使セラフの名に恥じぬ。ただ、わたしはいまだにやつの『全力』を引き出してはいないのだろうな。)


 グレイスは考え違いをしていた。確かに凜の「全機能」は出させてはいないが、まごうことなく「全力」であった。そして、今度はグレイスが凜に読み勝った。凜が現れる予定の空間を見抜き、振り払った槍の穂先がが天衣無縫ドレッドノートをとらえ、取り落とさせたのだ。天衣無縫ドレッドノートは乾いた金属音を立てると、かなり遠くまで飛ばされていた。


あまりの衝撃に、凜はもう一度自分の右手の存在を確認してしまった。

(うわ……よかった。切り落とされてしまったかと思った。)

そして、凜の見せたその一瞬のすきをグレイスは見逃さなかった。無防備になった凜を『盾城火煉ランドグリーズ』が襲う。

がきん、と再び鈍い音がする。グレイスの渾身の一撃を受けたのは、凜の左手に現れた弓であった。


「さすがです。まさか、ここまでお強いとは。」

凜は惜しみなくグレイスを称賛した。

「小僧、……それは世辞のつもりで言っておるのか?」

グレイスも凜も笑みを浮かべた。


 グレイスは、凜に主武器メイン・ウエポンである「空前絶後フェイルノート」を抜かせた会心から来る笑み、、一方凜の笑みは、自分の予想を上回るグレイスにたじたじとなっている自分に対する苦笑であった。

(いやいや。GTRの異名は伊達じゃない。)


「ところで、なんで凜はここで弓なん……?。空戦マニューバでもないのに通用せえへんで。」

一方、凜が弓を出したところでロゼが驚く。地上戦デュエルでは、矢程度の質量の武器では、大槍でたやすく落とされるのが『オチ』である。


 いわゆる団体戦トゥルネイでの後方支援や、1080度の防御が難しいい空戦マニューバでの使用が多い。

「まあ、見ていてください。伊達に『魔弓』とは呼ばれていませんから。」

マーリンがロゼにいった。


凜が転移して間合いを取る。右手を天に向けてあげると指の間に3本の矢が顕われた。


「3本て。」

ロゼが突っ込む。普通は一度に1本しか扱えない。矢は脳波を使って操るからである。

凜が弓で矢を放つと、それらの矢はまっすぐには飛ばず、三方向からグレイスを襲った。


(これが伝説の魔弓、『空前絶後フェイルノート』か。銘に違わぬ理不尽チートぶりだ。)

グレイスもあきれたが対処しないわけにはいかない。

何とか、『盾城火煉ランドグリーズ』で振り落とす、とすでに凜は第二射に入ろうとしていた。


「5本!?」

今度は5本の矢が、まるでそれぞれが意思を持っているかのように、別々の角度からグレイスに襲い掛かった。


(くそ、なんて矢だ。)

グレイスは上空へ舞い上がると、その「薄明トワイライトの魔女」と謳われた空戦槍術でそれも何とか対処した。1080度の槍術の美しさは王国随一、と謳われている。

(防戦……一方だな。矢であれば質量的に、受けたところでダメージはそれほどはない……かも、いや、ないはずだ。)


すでに凜は第三射に入っており、彼の腰にはすでに回収された天衣無縫ドレッドノートが下げられていた。

(いつの間に……。矢を操作しながら自由に動けるというのか)

たいていの射手は矢を操作する間は動くことさえできない。脳波が乱れるからだ。

しかも、凜が弓につがえる矢の数は、今度は7本であった。

(なんという理不尽チートぶりだ。)


矢が放たれると、抜刀した凜も共に突っ込んでくる。

(同時に攻撃までできるなんて。どういう操作プログラムが組まれているんだ?いや、もはやこれが熾天使セラフ熾天使セラフたる所以なのか。)

グレイスは凜の振るう天衣無縫ドレッドノートをさばくが、次々に矢が別方向から彼女におそいかかる。

さすがのグレイスも、すべてはさばききれず2本ほど被弾する。しかし、肩甲骨の周りに被弾したため、『負傷認定ペナルティ』が課される。これは槍を操るスピードにやや翳りを与えるだろう。


(しかも、闇雲に操っているわけじゃない、というのか。どうする、なんとか矢をかいくぐり、動かぬ射手をたたくはずが、これでは計算はずれもいいとこだ。)


そして、凜は弓に第4射をつがえていた。

今度は9本であり、もはや束のまま射ようとしていた。


(いかんな。このままこの攻撃が続けば、私の負けだ。)

今度は矢がまさに四方八方から襲う。また、急所は防御したものの、時間差での攻撃で右足に被弾した矢は、深々と突き刺さった、と判定され、重力ブーツの性能が一部制限を受ける。

(やばい。脚に来た……。)


槍の速度、足による移動速度。いずれも認定負傷制限を受けてしまい、グレイスにはもはや、なすすべがなかった。


「凜のヤツ、『狩り』の態勢に入ったか……。」

玉座から戦局を見下ろす国王アーサーの口元が笑う。


凜は再び矢をつがえる。その束に何本の矢が束ねられているのか、グレイスは数えたくもなかった。

(くそ、なまじっか人の形をしているからだ。『対人』の戦いを組み立てた私の見立てが甘かったのだ。逆だ。人が『天使』をまとっているのではない。『天使』が人の形をとっているだけだ。)

グレイスは魔獣との闘いをイメージしながら、もう一度槍を構えた。しかし、いつものように力が入らない。


(矢のダメージを甘く見積もりすぎていた。チャンスはおそらく一度きりだろう。)

グレイスは覚悟を決めた。相打ち、いや、せめて一槍浴びせたい。それだけでいい、そう覚悟を決めた。

 

 ……その時だった。

「両者それまで。王の御意によって両者引き分けとする。」

突然、レフリーが試合の終了を宣告したのである。


 凜はすぐに開始線に戻った。

「……!」

グレイスは頭の中が真っ白になっていた。肩で大きく息を吐く。レフリーが止めていなかったら。負けるのは時間の問題であったろう。


 礼を終え、凜とノーサイドの握手をしてもグレイスの頭の中は真っ白なままであった。

試合を終えた二人は王の御前に召された。残念ながら、この模様は報道陣にも観客にも非公開である。


「どうだい、グレイス? 凜の出来栄えは?」

アーサーは行儀悪く玉座に頬杖をついて、意地悪そうにグレイスに尋ねた。その言葉に、グレイスの腹の中に、怒りと悔しさがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。それはすべて、自分自身に向けられたものであった。


「……くっそ理不尽チートでした。陛下。」

グレイスは下を見たまま唇をかんだ。悔しかったのだ。そう、情けをかけられて『引き分け』にされたことも。


「泣いてもいいんだぜ、惑星最強の女子。お前さんのおかげで凜も目が醒めたんじゃねえかな?」

アーサーのいけずにグレイスもたまりかねて言い返した。


「結構です。次は絶対にこいつをぶっ飛ばします。おかげさまで大変勉強になりました。……今夜は反省会がございますのでこれにておいとまいたします。ごきげんよう、陛下。」

グレイスは踵を返すと、神殿のお付きの者たちの制止を振り払い、大広間を退去した。


「陛下、やりすぎです。泣いていましたよ。グレイス。」

凜が苦笑した。


「いいんだよ、あれで。あのもいろいろ悩んでたみたいだったから、あれぐらいでちょうどいいんだ。悩むのをやめてお前さんに勝つ算段でも組んでる方があのらしいだろ。」

アーサーは笑った。

「それからな、凜。さすがに9本はやりすぎだ。」

(あ、最後は12本で行こうと思ってましたけど。)

凜はそれは口にしなかった。


「団長先生(マム)……。」

宿舎に帰って自室に閉じこもってしまったグレイスの様子を団員たちは心配していた。

(団長を辞める、とかいわないかしら。)

彼女たちはやきもきしながら閉ざされた『天の岩戸』を覗っていた。


 何時間か過ぎると、やがて、グレイスが扉の外に姿を現した。だいぶ泣いていたらしく、目は真っ赤に、まぶたもだいぶ腫れていた。ただ、その表情はすっきりとしており、晴れ晴れとしたものさえ感じられた。グレイスは扉を開けると、多くの気配が消灯後の廊下に潜んでいることに苦笑した。


「みんな、団長がこのザマで申し訳なかった。きっと心配してくれていたのだな。結果は見ての通り。

……私の完敗だ。引き分け、というのは陛下の大きなお世話、いや余計なお節介、いや、どちらもけなしていたな。

 どうやら私は、少し思い上がっていたようだ。集大成などと考えていたが、まだまだ、修練がなっていなかった。今度こそ『集大成』と思えたらまた奴に挑みたい。

 だから……私は辞めない。あのいまいましい小僧に槍の一突きを浴びせるまではな。以上だ。

……そして、消灯時間はとうに過ぎている。さっさと部屋に戻らんか!解散!!」


少女たちはきゃあきゃあ言いながら自室へと退散する。みなほっとした安堵の笑みを浮かべながら。


(凜、ありがとう。団長先生マムはもう、大丈夫みたいです。)

メグは明日、凜にそう伝えよう、そう考えながら眠りについた。




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