第21話:濃ゆすぎる、対戦者。

[ 星暦1550年4月1日]


凛とマーリンは、優勝者特典である、上位の大会への出場権を用いて出た大会で、再び優勝した。しかも圧倒的な強さであった。


「ねえ、凜は御前試合には出られるの?」

ビアンカがワクワクして尋ねた。しかし、ゼルはにべもなくその期待感をぶった切った。

「いや、無理です。選挙大戦コンクラーベの年の方が例外的なのです。普段の年は、天位騎士以上だけが参加します。大体、天位騎士が伸び盛りとはいえ、下位の者に負けるかもしれない暴挙に出ると思いますか?」


「え、公明正大フェアネスこそ騎士道の第一歩なのに?」

ビアンカの言うことは正しいが、間違ってもいる。

「まあ、剣聖が推挙すれば、という例外がありますが、それもただのお為ごかしです。あとは祭りを楽しみましょう、ビアンカ。花見はいいですよ。」


「そういうこと。」

凛もウインクする。そのまま、マーリンとゼルを交え、凛は花見の算段に入り始めた。


 その時、ドアをノックする音がした。ビアンカが応対すべくドアを開けると、そこにいたのは見知らぬ人物であった。彼は凛に戸口まで来るよう求めた。

「なに?」


「棗凛太朗=トリスタンであるな。国王のお召しである。4月5日、御前試合に出場し、己の武芸を披露すべし。これが令状である、慎んで拝命せよ。」


そう言って突き出されたのは召集令状である。

「出場資格。剣聖による推挙」

となっていた。


「凄い、奇跡が起こった!」

ビアンカが喜ぶ。

「酔狂な剣聖様ですね。今年は誰だったかな?」

ゼルにマーリンが尋ねた。


「グレイス・トワイライト・レイノルズ上天位。」

ゼルの答えに皆絶句した。


「小僧め、今度は逃がさん。」

グレイスが指をならしながら呟いている、そんな映像が皆の頭をよぎった。


[星暦1550年4月3日]


「ガチの御前試合だぞ、凛。」

透は心配そうに言う。人位騎士が、平年の御前試合に出場すること自体、近年では稀なことなのだ。

今回は模範演武エキシビションではなく、正式な試合である。


「先回、変な遠慮をしたのがバレバレでしたからね。」

マーリンも苦笑する。

「まさか、上天位騎士を衆目の中、中位(地位騎士)が打ち負かすわけにもいかないでしょう。」

凛が抗議する。


「それだよ、それ。その上からな所が、GTRの癇に触ったんだろ?」

透は呆れたように言う。自分の世代の最強騎士が、勝負の行方どころか、負けることを前提で語られていることに。


「ただ先回と異なるのは、凛の武具えものが借り物ではなく自前である、ということです。正直に言って……。まあ、あまり試合前にそのような断定的な表現で事を言うべきではありませんでしたね。」

マーリンが付け加える。

「人生には3つの坂がある、と言いますからね。上り坂、下り坂、そして……。」

そこに唐突にゼルがぶっこむ。

「『御坂』です。」

「ゼル、それでは超電磁砲レールガンになってしまいます。『まさか』ですよ。まあ、そのまさかもあればねえ。」


さて、 御前試合は天位騎士以上であればだれでも参加できる。通常、最上位の『大天位』騎士はまず参加しない。これ以上ポイントを稼いでも仕方がないからである。剣聖などの称号を欲しでもしない限りは参加しないのである。

 それゆえ、今回、「GTRのお墨付き」、ということで凛の参加は巷間の話題になっていた。


団長先生マム。凛を推挙なさったには訳がお有りなんでしょうか?」

メグは恐る恐るグレイスに尋ねた。メグはグレイスの直弟子なのである。


「ふむ。メグ、あなたはあの小僧と関わりが深かったな。教えておくが、あれは少年こどもの皮を被った兵器だ。しかも、最強のな。

 メグ、なぜ天使グリゴリには座天使スローンズまでしかないか知っているか? このスフィアはたいてい、位階は9階と定められている。しかし、天使だけ7階しか存在しないのはなぜか⋯⋯ということだ。」


「さあ。」

メグは首を傾げる。


「最上位の位階の武具、智天使ケルビム熾天使セラフィムは実在するのだよ。しかも、あの小僧は4体しかない熾天使セラフィムのうちの1体だ。

  私は戦いたいのいだ。私の戦士としての『能力ねうち』は、今が生涯で最高であると思っている。心技はこれからも研いでいくことはできるが、体力だけはどんどん落ちて行くだろう。私にとって、最強の天使と戦えるのは今だけなのだ。

 私は見たのだ。目の前で、奴が、士師のしるしである宝具レガリアを抜いたのを。やつはあなたが敬愛するアーニャ・エンデヴェールの伴侶、不知火尊しらぬいたけると同じ、熾天使セラフなのだ。」

グレイスの答えに、メグはさらに問いを重ねる。

団長先生マムはご自分よりも凛の方が強い、とお考えなのですか?」

「それは『兵器』としての話だ。だからこそ私は『騎士』としての自分の強さを試したいのだ。極限までな。」

グレイスがこれほど生き生きとしている姿をメグは初めて見たのであった。


[星暦1550年4月4日]


メグが凛のもとを訪ねて来た。その面持ちは少し暗いものがあった。


「もう。メグはグレイスさんの味方でしょ。ここは『関係者』以外はお断りです。」

にべもなくビアンカがメグを追い出そうとするのを凛がたしなめた。

「ビアンカ、僕を心配してくれてありがとう。でも、大丈夫なんだ。メグ、遠慮しないで入って。何か、話したいことがあるんでしょ? 僕で良ければ聞かせてくれる?」


メグは凛に椅子を勧められるとそこにやや力なく座った。

「凜……。私の心境は複雑なのだ。団長先生マムにも、そしてあなたのどちらにも負けて欲しくないし、勝ってほしい。いや、戦ってほしくないのだ。」

その声は絞り出すようなものだった。


 凛は、メグの肩に手をかけた。そして俯いたメグの顎を上げた。グレイスは凛の目が間近にあることにドギマギしてしまった。

「メグ、心配いらないよ。どんな結果になっても、僕とグレイスさんは憎み合ったりはしない。ただし、それにはグレイスさんの乾坤一擲に、僕がどこまで本気で向き合うことができるか、にかかっているけどね。」

メグはその答えの意味がよく理解できないようであった。

「なぜ、憎しみ合ってもいない二人が戦う必要があるのだろうか?」


凜は少し苦笑を浮かべる。

「そうだね。きっとグレイスさんの場合、それは登山と一緒じゃ無いかと思うよ。人は高い山頂へ登りついた時、爽快感を感じるだろう? でも、それは同時に、もっと難しく、もっと険しく、もっと高い峰へ挑戦したい、そんな気持ちを駆り立てるんじゃないだろうか。

 僕、という存在を目の当たりにして、逃げ出すほどグレイスさんの矜持プライドは低くはないと思う。むしろ、正々堂々と挑戦して、自分の『価値アイデンティティ』を量りたいのかもしれないね。

 ……ただ、巻き込まれてしまった僕は、ハッキリ言って迷惑だけどね。」


凛はそう言って笑った。

「すまない。」

メグが師匠に代わって謝る。

「いいや、メグが謝る必要は無いんだよ。問題は、僕がこの機会をどう活かすか、それが、問題なんだ、きっと。」


[星暦1550年4月5日]


 御前試合は、世間一般的には『波乱の幕開け』、となった。

試合(ジョスト)は多くの場合、地上戦デュエル空戦マニューバを分けるものだが、ここではその区別は無い。すべてが『無差別級」なのである。


 今回の出場騎士は天位騎士が110人、上天位騎士が5人、そして剣聖推挙1名である。

上天位騎士は8強からの出場となるため、残りの3つを残り111名で争うことになる。

 それで各ディヴィジョン、37名のトーナメントとなった。


天位騎士とはいえ、凛の相手としては役不足であり、朝から始まった試合だが、

6試合という長丁場をあっけなく終えてしまった。


「しかし、どうやったらあんな動きが出来るのだろうか?」

メグの呟きを隣で聞いていたマーリンは、

「あれは『省エネ』殺法ですよ。」


 凛は開始線からほぼ動かず、その半径1mの範囲だけで相手と戦っていたのである。

メグとしては、凛の『縮地』を見たかったのだが、たった畳2枚分の空間で大槍であろうと大剣であろうと簡単にいなして、そのままカウンターを入れて行く、凛の華麗な剣捌きに驚嘆せざるをえなかったのである。


「簡単に言えば、相手を舐めてかかっている、ということ。」

ゼルが付け加える。

「まあ、ゼルがここにいる、というのはそう言う事ですね。」

マーリンも笑った。

 ゼルは凛の戦闘補助、とりわけ瞬間移動を司っている。それを必要とはしない程度の相手なのだ。


「どうやったら、あのように『先の先』を読むことができるのだろう。」

メグは、凛が相手の心を読んでいるとしか思えないほどの動きに感嘆していた。

「ああ、凜は他人とは頭の『構造つくり』が違います。凜の予測の『速度』を超えるか、『範囲』を超えない限り、その影すら踏むのは困難です。」

ゼルの答えはメグに理解できなかった。その理由を知るのは少し先のことになる。


そして、夕方、準々決勝が始まった。ゼルはようやく凛からお呼びがかかったようで、姿を消していた。


 最初の相手はアルベルト・「ガウディ」・ロレンツォ。聖堂騎士団の副団長である。聖堂騎士団の宝具『雷帝之鉄鎚ミョルニール』を託された俊秀である。

 さすが上天位騎士ともなると凛のことは知っているようで、正対したその瞳には凛を侮った素振りは微塵もない。

「あなたが新たに士師となられた方ですね? 伝説の熾天使セラフと闘えるとは恐悦至極。」


 ロレンツォの『雷帝之鉄鎚ミョルニール』は指向性の電撃が可能なハンマーである。.ただし、電撃は、『ジャブ』程度でしかない。


真の恐ろしさは……。突然、物凄いスピードで放たれた打撃が、凛の残像を捉える。

「トール・ハンマー」

静けさに満ちた闘技場に、鋭い風切り音、電撃の唸る響き、金属のぶつかり合う鈍い音が響く。


「電撃をハンマーの打ち出しに使う、いわゆるレールガンショットです。」

マーリンが解説する。

「あの速度のハンマーを保持するとは、あのグローブ、かなりの物だな。」

メグも唸る。


「天使『雷帝トール』は『雷帝之鉄鎚ミョルニール』と一対なんやで。」

得意げにロゼも知識を披露する。


その、「トール・ハンマー」をもってしても、凛は捉えられない。

「あのブーツ、どういう仕組みなんやろな? 重力指向性とは術式がまったく違う、なんか新しい感じがするんや。」

ロゼが考え込む。

(さすが商人あきんどの娘さん、嗅覚が鋭い。耳は猫でも鼻は犬並み、なのでしょうか?)

マーリンは感心した。


 しかし、トール・ハンマーは攻撃力も抜群な反面、リスクも大きい。打ち出し終わり、伸びきった腕。瞬時に背後に廻った凛は。ロレンツォの背中に斬撃を見舞う。さらに、「破損認定」された背中の『亀裂』に強烈な突きを食らわせた。その動きにまったくためらいはない。


「あかん、心臓をいってもうた。」

思わずロゼが大声をあげ、慌てて口をふさいだ。

ここで、勝敗が決した。

ざわめく群衆をよそに、二人は礼を交わす。


無名の地位騎士が上天位騎士を食った瞬間であった。


 準決勝の相手は、護法騎士団、警備部部長、サイモン・「ドゥルガー」・ペンテコステである。やはり上天位騎士である。

 彼の武具は「妖刀血塗ダーイン・スレイブ」である。彼はトール・ハンマー対策に気を使っていたが、勝ち上がって来たのは、見た目も小柄なまさに、小僧であった。


「小僧、その刀の銘はなんだ? 本当に『無銘』というわけでもあるまい。」

彼は大上段から尋ねる。

「刀の『銘』を尋ねてどうなさるおつもりですか。『ただの小僧』相手では、戦意が湧きませんか?」

凛が尋ねると

「そこまでは言っておらん。」

豪快に笑う。


「悪い人ではなさそうなおっちゃんやなぁ〜」

ロゼが適当な感想を漏らすと、

「ペンテコステ卿はまだ20代だ。」

メグにたしなめられる。


「やっぱ貫禄があるなあ、凛とちごうて。」

ロゼがぺろっと舌を出した。


「『天衣無縫ドレッドノート』。」

その名を聞いてサイモンは不敵に笑う。


眷属ハイ・エンダーを名乗るか⋯⋯よろしい、叩き斬る。」

彼はまさに「大上段」に構えた。


「薩摩示現流のようですね。まあ、この世界でなんと呼ばれているかは存じませんが。」

マーリンが興味深そうに呟く。


妖刀血塗ダーイン・スレイブは、ああやって気合を入れると、それに呼応して引力が増すんやで。素人やったら構えてられんくらいにな。」

ロゼが固唾を飲む。


「チェスト!」

気合一閃、彼は跳躍とともに一気呵成に凛との間合いを詰める。そして、その太刀を振りおろした。

尋常でない速度である。


重力式加速補助型の太刀である。


 無論、この太刀の性能を良く知る凛の予測の範囲は超えていない。体捌きのみでその鋭い切っ先の軌道を避けた。

 ただ、このサイモンの凄いところは渾身の一撃を振り終わり、まだ大きな負荷がかかったであろう

腕を使ってそのまま二の太刀に入るところである。


凛はそれをバックステップで避けると、天衣無縫ドレッドノートを構えた。

(次はどうでる? 膂力は彼が上ではあるが、それだけで勝敗が決する訳ではない。)

メグも固唾をのんで見守っている。


 ただ、サイモンも『先の先』を渡すことはしない主義らしく、再び鋭い掛け声と共にうちかかる。

しかし、その場に佇んでいるはずの凛も、このたびは同時に跳躍、いや、転移ジャンプしたのである。

 凛は「蜻蛉の構え」と呼ばれる大上段に振り上げたサイモンの懐に潜り込んだ。そしてそのままあご先にカウンターの蹴りを入れる。サイモンは重力ブーツを使った加速をしており、そのスピードがそのまま、自分に衝撃として返ってくる。その凄まじいほどの衝撃でサイモンは意識を『刈り取られ』た。彼は倒れ込むように着地をしくじると、そのまま地面に倒れこんだ。


 闘技場は水を打ったように静まりかえった。糸の切れた操り人形さながらの格好で突っ伏すサイモンの意識をレフリーが確認する。そして、手を交差して続行不可能を告げた。


「なるほど、カウンターを取りましたか。」

驚いて固まるメグとロゼをよそに、マーリンは興味深そうに言う。


そして、決勝で凛を待っていたのは、予想通りグレイスであった。

「逃げずにきたな、凛。」

その声は平穏で、まるで弟に話しかける姉のような口調であった。

「お手柔らかに、お願いします。」

「いやいや、本気でな。そうでなければ困る。」

凛は、その穏やかさの向こう側にある並々ならぬ決意と意思に、苦笑を禁じ得なかった。




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