第19話:巨大すぎる、旗艦。

[ 星暦1549年12月15日]


「それは、メテオ・インパクトです。」

凛の答えに、円卓は水を打ったように静まりかえってしまった。


「今から2年前、突然、夜空を焦がさんばかりの『超新星爆発』があった事を覚えておられることでしょう。

その正体は、彗星ヘンリエッタがこのアポロン恒星系の小惑星帯アストロイド・ベルトに衝突、爆散したものだったのです。


その爆発の影響でかなりの小惑星が散らばっています。その幾らかは、この惑星の公転軌道上に

達する予定なのです。スフィアとガイアには無数の小衛星を持っていますが、その多くはこうした小惑星が衝突した破片です。

 へたをするとそうした衛星たちまでが、我々を襲う凶星になりかねないのです。つまり、皆さんはこの危機において、私と共に働いて欲しいのです。」


 凛太朗の説明にハワードは一度、反っくり返るような仕草で椅子に深く座りなおした。彼の紡ぐ言葉には自信と確信に満ち溢れていた。

「そのことなら、すでにフェニキア連邦をはじめ、いくつかの惑星外民族からも連絡はついていて承知していることだ。坊や、我々がこれまで何もせずに手をこまねいて来たとでも言うのかね?

 惑星防御砲『エクスカリバー』は万全である。しかも、今回我々は新たに、フェニキアを通して銀河系最新鋭を誇るブラックホール砲を購入することが決まっている。

 ゆえに、国王陛下ならびに眷属ハイ・エンダーの諸君には『高みの見物』を決め込んでいただいて結構。この快挙は後世こう呼ばれるであろう。『ハワードカノン』と。その時こそ、陛下も必ずや私を認め、士師、いや大公爵ロードの位に値することを知るだろう。」


(おっさん、おっさん。それ死亡フラグです。⋯⋯これまた盛大びんびんにおったてやがりましたね。)

ゼルが凜に囁く。


「分かりました。ただ残念ながら『お手並み拝見』と言うわけには行きません。陛下の御心を私はただ実行するのみのことです。」

凛はそう言って円卓の間を辞した。


「やはり、拒否されましたね。」

マーリンがやれやれといった様子で首を振る。

「大方の予想どおりです。こちらはこちらで粛々と準備を進めていきましょう。」

ゼルがさも当然のように言う。


翌、星暦1550年1月、「黙示録騎士団」団長マッツォ・フィーバー・メンデルスゾーンが新たに執政官(コンスル)に就任した。


新体制が発表され、その際、『メテオ・ストライク』の危機と、新エクスカリバー、ハワード砲の構築計画が発表される。

 ただ、凛が士師に任じられたことは一般国民には伏せられていた。

 迫りくる「メテオ・インパクト」の危機は、かなり薄められた情報ではあったが公に明かされると、社会は動揺し、惑星外へ脱出を望む者も大勢いた。しかし、スフィア王国は鎖国政策を敷いていたため、多くの人にとって状況は絶望的でさえあった。


財産のある者たちの中にはフェニキアに亡命する者も出始めていた。

 それでも円卓は徹底した報道規制を敷いて情報を統制しようとするが、それがかえって民衆の間に疑心暗鬼を生むことになった。


[ 星暦1550年2月3日]


「凛、君に届け物だそうだ。」

ここ数ヶ月、各方面との折衝に追われていた凛に、透から連絡が入る。


「やっと来ましたね。」

喜ぶマーリンやゼルに、

「どったの?」

リックが訝しげに尋ねる。


「神殿から荷物が届いたんだ。」

「荷物?」

マーリンが腰に手をあてて胸を張った。

「『ソロモン七十二柱』だよ。まあ、一式一そろえに、というわけには行かないけどね。」

リックは驚きの余り、絶句する。


『ソロモン七十二柱』と呼ばれるのは、神殿で管理されている『天使』の素、つまり設計の基となっている兵器とその統御人格である。この惑星の先住民であるゴメル人が、サンプルとして神殿に遺したもので、対外戦争の時に国王から士師に貸与されるものである。

つまり、正規軍の正統性を示す『錦の御旗』としての意味合いが強い。


ここで天使の位階について簡単に説明しておく。


「天使」と「大天使アーケンジェル」はいわゆるパワードスーツにあたる。「大天使」は宇宙空間でも使用が可能であるため、宇宙港や大気圏外で活動する部隊が装備している。


権天使プリンシパル」は大型のいわゆる戦闘ロボットである。北の魔獣や南の巨人族への戦闘に投入されることが多い。陸軍の戦車に当たる兵器である。

能天使エクスアイ」は空戦に特化した戦闘ロボットであり、戦闘機のように空母に積まれることが多い。

力天使ヴァーチヤー」は極地戦に特化した戦闘ロボットで、とにかく堅牢な構造で、災害派遣や人命救助、爆破物の処理など特殊な任務に使われることが多い。

主天使ドミニオン」は「権天使」と「能天使」を合わせたような構造になっており、大きさも一回りほど大きく、複座式になっている。主に指揮官が使用する。

座天使スローン」はいわゆる宇宙戦艦で、様々な形態のものがあり、戦闘から輸送まで使われる。

現在の飛空艇はこの「座天使」の理論を応用したものだ。


つまりこれらの天使を制作し、それを動かす統御人格プログラムを一括管理しているのが『ソロモン七十二柱』である。


 「お届け物」とのランデブーポイントとして指定されたのは、アヴァロンから西へ200kmほど離れた砂漠地域であった。透に「赤兎馬」で送ってもらったのだ。透としても、騎士団の幹部を伴い、引き渡しに立ち会うことにした。幹部たちも話にしか聞いたことしかない『ソロモン七十二柱』、と言われれば興味が出るのも不思議はなかった。


「たぶん、みなさん無駄に大きくてびっくりすると思いますよ。」

凛が苦笑する。


「来ます。」

ゼルが言うと、皆は上を向いて空を探し始めた。

「いや、みんな。下だよ。下。」

凛が地面を指差すと、黒い影が現れた。

それは徐々に、どんどん大きくなる。すると足元から大きな物体が現れ、

そこに居合わせた面々を空に向かって持ち上げる。


「うわー」

リックとビアンカが驚きのあまり大声をあげ、尻もちをついた。


下から現れたのは巨大な「空母」であった。

白地の塗装に金色で装飾が施されていて、優美な姿であった。

ただ、皆は甲板上に乗ってしまったため、その全容は確認できていない。


「潜空母艦フォルネウスです。」

マーリンが紹介する。


潜空母艦とは物質マテリアル世界から非物質アストラル世界へ潜行できる機能を

持つ船である。この能力を持つ船はこのフォルネウスが唯一である。


「でかいな、大きさはどれくらい?」

透が尋ねる。

「全長は300mを超えるでしょうね。」

凜の答えに透は

「おいおい、その大きさ、必要なのか?」

と聞いてしまう。惑星スフィアでこれほど大きな船をもっているものはいない。

宇宙港に接舷するフェニキアの超大型の商船クラスである。


「まあ今回、円卓に拒まれてしまいましたからね。本人に貫禄が無い分、乗り物がデカくなれば、多少は権威はくが付くかもしれませんね。」

マーリンは少し気まずそうに微笑むと、そういった。


 すると、平らだった甲板部分からハッチがせり上がってくる。エレベーターになっているようだ。

ドアが開くと、中から美少女が現れる。身体にぴたっとフィットした、宇宙船のパイロットスーツのような服を着て、白皙の肌、アイスブルー色の瞳と髪をしていた。


少女はつかつかと凛に近づくと、そのそばでひざまづいた。

「凛、わざわざ迎えに来てくれたのですか?」

「もちろんだよ。これからお世話になるよ、ルネ。」


凛が紹介する。

「彼女がこの船の統御人格、七十二柱では序列第30位、フォルネウスだ。」

「皆さんよろしく。わたしのことは『ルネ』と呼んでくださいね。」


 統御人格とは、船の生体コンピューターを司る核となる有人格アプリである。原理はアザゼルと同じである。

「ルネ」はいわゆる「船長」、「機関長」、「航海士」を兼ねている。この船はすべてコンピューターによる自動制御なのである。


 ルネの案内で船内 に入ると、艦橋ブリッジに案内される。

「すげー」

リックとビアンカは興奮気味だ。

透もモニターをしげしげと見つめては感心したように見回っている。


「ルネ、フォルネウスの説明を頼む。簡単に、ね。」

凛が依頼すると、


 「潜空母艦フォルネウスは全長333m、高さ67m。『ソロモン七十二柱』が管理する兵器の中では最大のものです。王国軍艦隊旗艦として、星暦1133年に制定されました。重力制御浮上式で動力は小型ブラックホール圧縮エンジンによる重力推進です。兵装は重力補助式レールキャノン。艦載無人防空システム『ワルキューレ』による防空も完備……。」

嬉々として船のスペックを説明するネルに、ビアンカは首をかしげた。

「凜、あたし、ネルの言っていることの意味が、まったくわかんない。」

「とにかく凄い、ってことだよ。」

凜が苦笑する。


「しかし、今の『旅団』の規模じゃ、オーバースペックにもほどがあるだろう。」

という透の指摘にネルは

「わたしは『少々』大柄なので、小回りの利く『妹』も連れてきています。」

と船底を指さす。


 船底に取り付けられていたのは、「強襲降撃艦」(強襲揚陸艦の飛空艇バージョン)ヴェパールであった。こちらは全長40mほどの小型艦艇で、小回りもきく。


 そしてフォルネウスとはエレベーターで直結されている。ブリッジからさらにエレベーターを降ると、そのままヴェパールに乗艦することができるのだ。


「この子が『ヴェパール』です。」

ルネが紹介で現れたのは、まったく同じ容姿の美少女だった。


 「序列第42位ヴェパールと申します。ルネとは双子の姉妹、という設定です。一応、『泣きぼくろ』の位置が『ルネ』が右目側、私が左目側、という見分け方があります。しかし、同期システムでわたしたちは記憶も共有していますので、二人とも『ルネ』と呼んでもらって差し支えないありません。」

ヴェパールも淡々と説明する。


 「では聖槍騎士団までこのまま戻るとしますか。リックとビアンカはそのまま、ルネのレクチャーを受けてね。」

凛がカンファレンスルームへ透を案内しようとする。


「凜、しかしこんな船、聖槍騎士団(うち)に置き場はないぞ。」

透は心配そうだ。


「透。心配の必要はありません。着けばわかります。」

ゼルがウインクした。


 やがて、船体が再び地面へと潜行を始める。見た目はそうなのだが、実際には重力子世界(アストラル)へと潜航しているのだ。

潜行を終えると室内には灯りが灯される。しかし、モニターには外の様子は投影されなかった。

「周りの様子はモニターに映らないのだな?」

透はモニターに景色が映らないことが気になるようである。


「ええ、そこは潜水艦と同じです。電子体(マテリアル)の目で、風景を見ることはできません。ただ、もし見えたとしても何も無い宇宙空間ですから、面白くも何ともありませんよ。ただ重力子世界(アストラル)でも宇宙空間にも隕石や小惑星、あるいはデブリのような障害物もありますから、レーダーとソナーだけで危険を察知します。」

マーリンが答える。

「潜望鏡を出せば、元の世界を垣間見ることもできますが、敵からも発見もされやすくなりますね。」


「それでは、ここから外には出られないのか?」

重力子界アストラルにですか?」

ゼルが透の問いにいぶかしげに聞き返す。確かに、異世界と聞けば体験したくなるのも無理もない。まして透は科学者である。興味があるのだろう。


「潜水艦から深海に出たら人は一瞬で死んでしまうのと一緒です。大体、ハッチを開けた瞬間に、この船ごと圧潰して、ここにいる全員がまさに『藻屑』になります。なにしろここは『重力世界』なのですから。」

「なるほど。そいつは残念。」

透も納得したようである。


自らを重力子アストラル化して航行するアストラル・ドライブ、という宇宙航法は銀河系で一般に使われているが、重力子アストラル化するまではかなり時間を要するため、物質体のまま異世界に潜るこの方法が広まれば銀河系の物流は一変するだろう。そして、戦争の形も全く別物になってしまうかもしれない。国王がフォルネウスのコピーをいまだに許さない理由は容易に想像できた。


 「凜はすごいんだね。こんな船まで持っているなんて……。」

ビアンカの気分はすっかり舞い上がっていた。

(絶対、凜をモノにするんだから。)

彼女は心にそう誓った。


 「騎士団本部直下です。予定通り浮上します。」

ルネが浮上を宣言する。

「到着しました。ハッチ浮上。」

エレベーターで昇ると、そこは凜の旅団ののために準備されていた設備の一階倉庫であった。


「なるほど。」

透が声を上げる。

「だから、こんなに質素な建物でよかったのか。まさか誰もこの地下に巨大空母が潜んでいるなんて思わないわな。」


「まあ、僕としてはカフェ・ド・シュバリエの2階の方が落ち着きますけどね。」

凜がおどけて見せる。


「ねえ、凛、やっぱり、お家を出て行っちゃうのね?」

ビアンカが残念そうに言う。

「うん、そうなんだ。これまでありがとう、ビアンカ。刀匠マスターをはじめ、工房のみんなにはほんとうに世話になったね。とても感謝してるよ。」

 これまで1年近く、ギブソン家には厄介になった。これからは凜とマーリンは、この建物をねぐらにすることになるのだ。


[ 星暦1550年2月10日]


「ハワード、どうやらあの『坊や』は本物のようだね。」

新たに「執政官コンスル」に就任したマッツォ・フィーバー・メンデルスゾーンは、前任者のハワードに告げた。


 彼が団長を務める「黙示録アポカリプス騎士団」は、軍事行動でも特殊任務に関わる方面に特化した騎士団である。要人警護シークレットサービスを主な任務とする「白馬旅団」のような表舞台に面したものもあるが、情報戦や戦場での撹乱を専門とする「赤馬旅団」、暗殺を専門とする「黒馬旅団」、ABC兵器を扱う「青馬旅団」といった、歴史の、それもどちらかといえば裏舞台で躍動する部隊が非常に多い。


何度か執政官を輩出した名門ではあるが、大抵は「白馬旅団」の出身者で、「黒馬旅団」出身のマッツォは異色の男であった。

 ハワードは、執政官として権力を掌握したごく初期の頃から、この騎士団と懇意にしており、内政の安定に努めて来たのだ。

 ここで言う「内政の安定」とは、自分の地位や権益を脅かす人間を排除することを意味する。その方法はスキャンダルに付け込んだり、事故や病死に見せかけて暗殺したりなど様々であった。


「潜空母艦フォルネウスだ。」

先日砂漠に浮上したフォルネウスの画像である。恐らく、透が随行させた「赤兎馬」の乗組員クルーの中にスパイを潜入させていたのだろう。

 ただ、積極的に公開した訳では無いが、凛としては「士師」の座艇として権威付けのために呼んだものであるから、極秘事項であったわけでもなかった。それゆえ、情報統制などはしていなかったのである。


「王国軍旗艦か?」

ハワードは忌々しそうに呟く。自分もこのような船が与えられなら、さぞ多くの注目と尊敬が集まったであろうに、彼の心は嫉妬に溢れていたのである。

(こういう男は扱いやすい。)

マッツォは心の中でほくそ笑んだ。


「何か対策は立てられないものか?」

ハワードはつぶやく。それは彼自身に問いかけているのか、あるいはマッツォに対して問いかけられた言葉なのか、マッツォは考えていた。


 その時だった。ノックとともに、独りの男が部屋へ招き入れられた。

「お呼びだそうで、まかり越しました。」

背が低いが体格はがっしりしており、その鋭い眼光には屈強さが宿っているかのようである。


「この者は?」

ハワードは、許可も取らずに部屋に闖入ちんにゅうしたこの男に不快さと警戒感の入り混じった声でマッツォに尋ねた。


「今回の『坊や』対策のために専門機関を立ち上げましてね。この男がその責任者なんですよ。見た目は『アレ』ですが腕の方は確かです。」


マッツォは彼が自分の右腕であることを告げ、ハワードにも紹介した。

「『M機関』と呼んでいます。彼が元締めのMです。」

Mが左腕をまくるとそこにはタロットカードの13のカード「死神」の模様が浮かび上がった。


「ナノマシン符牒です。普段は見えませんがね。」

すぐにその模様は消える。


「とりあえずは、『坊や』たちの全容を詳らかにします。それから対策を練りましょう。」

ハワードがにやりと笑う。その真意はどこにあるのか、本人以外には読めないものであった。


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