第17話:せわしすぎる、年末。
[星暦1549年12月15日]
「今年もあっという間だねえ」
街に軽快なリズムの音楽が流れ始めると誰もが年の瀬を実感する。
「いやあ、年とってくると、1年もあっというまで、ホントにいやになっちまうよ。」
大人たちの何気ない会話を聞き流しながら今年15歳になった少年、アトゥム・クレメンスはふと思った。
(そういうものだろうか?俺にとっては一日も随分と長いと感じるものだが。)
街は派手な飾り付けがされ、街路樹にも数多の電飾が灯されている。
「どうだ? トム(アトゥム)。
自分より頭一つ分背の高い男が少年に声をかけた。キョロキョロしているように見えたのだろうか、少年は少し気恥ずかしくなった。
「なんのお祭りなんですか、
「
団長と呼ばれた男は愉快そうに説明した。男の名はラドラー・セルバンテス・ラザフォード。アトゥムが所属する騎士団の
「地球教の祭りですか。」
街の中心部に向かうほどイルミネーションはますます華やかさを増していく。
「まあ、もともとはな。」
ラドラーの横顔にも電飾の光が照り返す。
ここは宇宙港デジマ。王都キャメロットから垂直に4万メートル上空にある宇宙の玄関口である。
ここは、銀河系の様々な国から来た様々な宇宙人たちが交流するマーケットになっている。惑星外鎖国政策をとるスフィア王国では唯一惑星外での取引が認められている街である。
「あれがクリスマス・ツリーさ。」
宇宙港から地上へ降りるシャトルの発着場の前の広場には一際大きなモミの木が植えられており、高い天井に迫らんばかりにそびえたっている。
「あの先端に付けられた星はなんですか? 吉兆星でしょうか」
ツリーの先端に飾られた大きな星の飾りにアトゥムは注意を引かれた。
「ああ、あれか? 諸説あってな。かの救世主が生まれた日に夜空に吉兆となる星が現れ、それを見た東方の
「なるほど。神とやらが現したしるしということですか」
アトゥムは感心したように言う。
「でもな……もう一つ説があってな。その星は
ラドラーは意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「一緒に祝ったんですか?」
アトゥムは適当に答えた。
「はずれだ。こともあろうに、自分の地位が脅かされてはたまらんと、その子を殺そうとしたんだ。ただ、夢のお告げで救世主は難を逃れた。……しかし、その王様はその街の男の赤子という赤子を全員虐殺したんだ。お前、まだまだ甘いな。」
アトゥムは驚いた。権力者が国益より自分の保身を考えるとは思わなかったのだ。そこはまだ彼が純粋な少年である証左でもある。
「だから、あの星は救世主の抹殺を謀った悪魔の仕業、という説があるのさ。」
ラドラーはそういってアトゥムの肩に手を置いた。
「団長はどちらの説が正しいと思いますか?」
アトゥムは几帳面に尋ねた。
「まあ、どっちでもいいさ。この祭りはうちのご先祖様が、商売の振興のために復興させた祭りでね。もうかればそれでいいのさ。」
ラドラーは笑った。
「じゃあ、あの星はどっちなんでしょうね?」
アトゥムは空に一際輝く大きな星を見つめた。数年前、突如として輝き出した星である。
「さあ、どうかな?」
ラドラー・セルバンテス・ラザフォードは「
彼はまだ30代半ばの『青年』だが、その髪は真っ白で、その瞳は真紅であった。彼は
それは彼の出生に秘密がある。彼の母親は「アマレク星人」、同じ惑星スフィアに住む異星人の女性なのだ。アマレク人の肌に含まれる色素が「メラニン」ではなく、「
そして、彼とともにいるアマレク人の少年、アトゥム・クレメンスは彼の母の弟の息子、つまり、従弟にあたるのだ。
アトゥムはアマレク人の名門貴族、クレメンス家の分家の中でも末端の家の子として生まれた。そして、訳あって本家に養子として迎え入れられたのである。
生まれつき病弱な彼はいじめられっ子であり、彼を国防を担う貴族の一員とすることに親族の大半の者たちは反対していた。そのため、彼は「
「団長、そろそろ地上へ降りた方がよいのではありませんか?大事な会議なのでしょう?」
「うん、そうだな。」
二人は地上へ降りるシャトルの「駅」に足を向ける。
その時だった。
激しい爆発音と閃光が巻き起こったのだ。
「テロか?」
ラドラーは天使をまとおうとしたが、閃光で目を痛めてしまった。
(くそ、
「動くな」
武装したテロリストたちにに二人は取り囲まれてしまったのである。あたりに響きわたる悲鳴にアトゥムは身がすくんでしまい、天使を持っていたにもかかわらず、身動きがとれずにいたのだ。
(し、死んでしまうかもしれない)
騎士として、危険に直面する覚悟はできていたはずなのに、いざ、戦場に立たされると足がすくんでしまったのだ。
「何者だ?」
ラドラーは目をつむり、必死に視力の回復に努める。ただ、スフィア人はキング・アーサーシステムをクラウド・コンピュータとして使うため左目が義眼型デバイスに換装されており、網膜に直接モニターを投影できる「ラティーナ」というシステムをもっている。
彼はすぐに駅の防犯カメラの動画と接続し、様子をつかもうとした。
(くそ、ざっと数えても10人以上はいやがる。)
しかし、現場は俯瞰できるものの、近接戦闘できるような状態ではない。
「我々は『シカリオン』だ。セルバンテス・ラザフォードだな?貴様の船を渡してもらおう。」
シカリオンとは過激派組織で、例の超新星を「凶兆」とみなし、スフィアからの脱出と亡命を目指している者たちだ。
ラドラーも宇宙船を奪おうとする彼らの仲間と何度も戦ったことがある。
「そして、貴様の監獄にとらわれた同志も返してもらおうか。」
(さあ、どうしたものか)
ラドラーは思案する。彼らの武器は高が知れているとはいえ、宇宙港の天井に穴でも開けられた日には大惨事である。
その時だった。
杖を持った少年が飛び降りてきたのだ。
しかも、その手にあるその杖はラドラーにとっては馴染み深いものだったのである。
「
杖の先には一対の翼、そして絡みついた2匹の蛇の装飾が付いていた。
「バインド!」
少年が叫ぶと、杖の先の2匹の蛇が伸び、
「何者だ?」
テロリストが振り向くと、彼の腕には蛇が絡みつく。彼が声を上げた時にはその手にあった銃は地に落とされていた。細く作り上げられたバリアは、テロリストの動きを封じてしまった。
「くそ、身動きできない。」
テロリストが支援を求めようと身を起こしたものの、すでに何名かは同じように拘束された状態にあった。
「キングのデータ通りだ!」
その少年はすでに誰がテロリストの仲間か把握しているのか、次から次へと
「棗凛太朗=トリスタンか⋯⋯。見事だ。」
ラドラーは、現場をモニターで俯瞰しながら感心した。
一方、テロリストたちは思わぬ乱入者に連携を乱され、混乱してしまっているようだ。
今度は、足元から湿度調整用のミストが勢いよく吹き出す。宇宙港は極めて空気が乾燥するため、空気に水分を持たせるための設備だ。勢いよく吹きあがる霧はテロリストたちの視界を遮った。
「港湾施設に干渉? 何者だ?」
混乱し、連携を乱されるテロリストたち。ただ、
(なるほど、同じ
ラドラーは驚嘆した。「リンカー」とはアーサーシステムを使役できるレベルを示すものでレベルが高いほど大きな権限を持っているだ。
「くそ、捕まってたまるか」
混乱の極みに陥ったテロリストの一人が、天井に穴を開けようと、ロケット砲を上へ向ける。炭素繊維ガラスで出来た天井は多少の衝撃では破れないようになっているが、強力な武器で穴を開けられてしまったら大惨事である。
ここにいる人たちが真空の世界へと吸い出されてしまうかもしれないのだ。
しかし、少年は慌てることなく、テロリストの持っていた剣を拾い上げると杖の重力子磁場を使って投げつける。
ロケット砲の砲身に剣が貫通し、彼のまとったバリアにまで突き刺さったのか、ぎゃあ、という言葉にもならない悲鳴をあげ、もんどり打って地面に転がった。
ミストが治ると、そこにはびっしょりに濡れた人々が茫然と立ち尽くし、縛り上げられたテロリストたちが転がっていた。
しっかり視力を取り戻したラドラーは頭を抱えてうずくまっていたアトゥムを揺り起こす。
「トム、アトゥム、終わったぞ。」
アトゥムは、恐怖が過ぎ去ると、恥ずかしさに満たされ、項垂れていた。どうやら泣いているようだ。
「男なら泣くな、とは言わない。しかし、お前はなぜ泣いている? 怖かったのか?」
アトゥムは首を横に振った。
「悔しいのか?」
今度は首を縦にふる。
「何が悔しかったのか、よく考えるんだ。その気持ちは無駄じゃない。」
ラドラーは優しく言い聞かせた。
「試合でこんなことは無いのに」
アトゥムはは悔しそうに言った。
「これは
ようやくここで、宇宙港を運営・警備する騎士団「衛門府」の騎士たちが駆けつける。どうやら、複数箇所で爆破事件があり、それら陽動作戦に注意や人員を分散させられてしまっていたようだ。
「凜のヤツ、わざわざこんなところまで何をしに来たのやら。ご苦労なこった。」
ラドラーは少年と知己のようで、「凜」と呼んでいた。
「彼はいったい何者なんだろう。」
アトゥムは少年の姿を探したが、すでにどこにもいなかったのだ。
アトゥムは衛門府の捜査に協力した後、街へ降りるシャトルの中で動画に映った少年を検索したが、情報にはヒットしなかった。
しかし、類似の画像は一種類だけ出てきた。それは、アーサー王が即位した時のアバターたちの集合写真だった。その「円卓の騎士」の一人だったのである。
「棗凛太朗=トリスタン。伝説の騎士……か。まさかね。」
円卓の騎士でも最強と謳われた、あの
アトゥムは はもう一度シートに身を沈め、目を瞑った。
彼はまだ、この出会いが自分を大きく変えることになることをまだ知らない。
[星暦1549年12月15日:王都キャメロットへ向かう軌道シャトル内]
「やっぱり、これが旅の醍醐味だねえ。」
少年は宇宙港から軌道エレベーターを降るシャトルの窓から下を見下ろしていた。
そこから見えるのは惑星スフィアの輝く海や、真っ黒に見える森、赤茶けた荒野、美しい大地と海だ。
「凜、こういうアナログなのもたまにはいいでしょ? 『
彼と相向かいに座る男はそう言って、その長い脚を組み替えた。
「あ、宇宙船団だ! フェニキアの船かな。」
目の前を大きな宇宙貨物船が通る。恐らく惑星間通商国家フェニキア連邦の船だろう。少年のはしゃぎように目を細めてから男は手元にある資料に目を落とした。
宇宙港「デジマ」の下にあるのは王都キャメロット、この惑星スフィアの最大の都市である。
惑星スフィアには30を超える大都市が存在する。
大都市には天空にそびえ立つ軌道エレベーターが備わっており、それぞれの天頂部に巨大な宇宙港を備えていた。
また宇宙港の外角には土星のリングのような羽が突き出していて、太陽光、そして宇宙から降り注ぐヘリウム3による核融合発電によってエネルギーが生産され、エレベーターシャフトを通して都市の需要を賄っている。
「凛、そろそろ準備した方がいいんじゃないですか?」
興奮収まらぬ様子の少年に男は声をかけた。
「そうだね。忘れてたよ。まだ、歓迎されると決まったわけじゃなかったよね。さっきは
少年の左眼が怪しい光を放つ。彼の左眼は義眼であり、見るだけでなく、様々な働きをする。今はコンピュータのモニターとして動いているのだ。
ことの始まりは一週間前に遡る。
[星暦1549年12月8日:王都キャメロット、ティンタジェル城内、
「国王陛下からのお使者……ですと?」
「ええ、年末の忙しい時期ではありますが、円卓の面々を集めておくように、との陛下の仰せです。」
惑星スフィアは多民族……いや、多星人惑星である。最初に植民した人間―
赤道から南北20°まではアマレク星人。ほぼ南北回帰線までである。彼らは科学技術に優れ、多くの工業製品を作っては惑星の内外に売っている。彼らは赤道上に都市と軌道エレベーターを所有しているのだ。
そして、かつて彼らは400年ほどの間、
彼らはこの惑星のものをよその惑星で売ったり、よその珍しいものをここで売ったりしている。また、
そして、アマレク人の領土を挟んで南北20〜40°に住むのが
そして、同じ緯度帯に住んでいるのがヌーぜリアル星人である。彼らは長命で美しく、耳が長いので
さらに北方の極地帯に住むのが「魔獣」である。これは知能の高い獣である。普段は人間と関わり合いを避けているが時として、南下して人里を襲うこともある。彼らはこの惑星の原住民族である「カナン人」と共に暮らしており、二足歩行の彼らが魔獣たちのための世話をしている。ただ時折、「食料」にもなっていることもあるのだが。
逆に南半球の極地帯に住むのはレファイム星人である。
これは「巨人族」であり、この惑星よりも大きく、重力の重い惑星から犯罪者たちの流刑地として使われている。彼らもよく北上しては地球人種とトラブルになることも多い。
まとめると地球人種、アマレク人、エルフ族、巨人族、カナン人、魔獣 の6種類の知的生命体がこの惑星で暮らしていることになるのだ。
まあ、当然種族間のトラブルは日常茶飯事である。それで、人類(地球人種)は各地に騎士団を設立し、自衛と自治を行っているのである。
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