第2部:「ショタがヒーローなんて認めませんっ」―決裂編―

第16話:平凡すぎる、結団式。

[星暦1549年8月17日]


一週間の祭りの期間が終わり、騎士たちがそれぞれの任地に帰って行った。


「秋の大祭はアヴァロンだ。その時にまた、会おう。」

「そうだね、今度は僕らが迎えに行くよ。」

地上港まで見送りに来たメグは名残惜しそうに凛たちと言葉を交わした。。


「別に『プライベート・ライン』もあることだし、遠慮なくコールしてくれればいいよ。」

凜はメグにそう言ったものの、ヴァルキュリア騎士会は門限と同じように、プライベート・ラインにも、時間や回数に制限があるそうだ。


(騎士と言っても年頃の娘、恋愛沙汰に現を抜かされても困る……から。)

ゼルがポツリと言う。


ゼルの姿は、地球時代のとあるアイドル・グループのメンバーの容姿を象っているのだ。

(凜、メグとは『恋愛禁止』です。)

確かに、そのアイドルグループも恋愛禁止で知られていた。

「まあ、ゼル。そこまで言うことはありませんよ。恋愛は良いものですよ。人生を豊かにしてくれます。それに、あなたが言う『恋愛禁止』その具象体アバターだけでしょう?」

マーリンが口を挟む。


「そう、恋愛には苦労も、面倒くさいことも付き物なのです。」

ゼルは相変わらずである。ゼルは、凛がメグに掛かりきりになり過ぎて、本来の使命ミッションを疎かにしてはいけない、と心配しているのだ。一方、凜にとってもただ一度きりの『肉体』の人生を十分に楽しんでほしいとも願っている。


「凛、性欲が溜まり過ぎたら私に言ってください。私がしっかりと抜いてあげます。」

相変わらずドギツイ冗談に、凛は苦笑せざるをえなかった。



状況は徐々に変化し続けていく。


まず、ギブソン工房が忙しくなった。あの、圧倒的な凛のパフォーマンスは、工房の名を上げるのに十分過ぎるものであったのだ。

「お父さん、凛に任せて正解だったでしょ?」

ビアンカが胸を張った。


(ビアンカは工房の跡継ぎとは関係無い、と思っていたが、殊の外『人を見る目』はあるのかもしれない。)

ラッキースターは娘の意外な能力に触れ、少し娘を見直したようである。


また、工房の内弟子たちや職人たちも凛の実力に驚愕したようで、一目おくようになった。


[星暦1549年11月3日]


秋の大祭は聖都アヴァロンで盛大に行われる。恐らく、スフィア王国の三つの祭りの中では最大のものだ。


 この祭りは「収穫祭」の色合いが濃い。ただ、北半球の「秋」なので南半球で過ごす人々にとっては違和感は拭えないかもしれない。


 アヴァロンの「人民大聖堂」では騎士たちの叙位・叙任が行われた。

スフィア王国で言うところの「騎士」とは単純に公的責任の高い仕事の総称である。


軍務にあたる兵士である「修道騎士」、警察官である「護法騎士」、災害救助や消防などにあたる「衆生しゅじょう騎士」。医師や看護師にあたる「医療騎士」、教職員にあたる「教導騎士」など様々な種類があるが、位階は全て9階と定められており、それぞれ独自の昇格制度が設けられている。


マーリンも「人位」に昇格し、旅団を組織したり、選挙大戦コンクラーベに出場する資格を得たのである。


ただ、聖槍騎士団としては今年度の選挙大戦コンクラーベの一次リーグをすでに敗退しており、二人がそこに参加するには遅すぎた。


  メグのヴァルキュリア女子修道騎士会も1位に肉薄したものの、結局は2位に終わってしまった。

それで今回は、昇格をかけた奉納試合に出場するため、アヴァロンまで出向いて来たのだ。


ただ、メグは個人として選挙大戦(コンクラーベ)好成績を収めており、一躍、国民的なスター選手として知られるようになった。

「すまぬ、待たせたな。」

街行く人にサインや握手を求められ、気軽に応じてはいたものの、やはり歩くだけでも、前に進むのに時間がかかる。同行する凛とマーリンが待たされるのも度々の事であった。

「⋯⋯と、言うわけだ。最近は変装でもせねば、街を歩くのもままならない。」


凛は今の状況を嘆くメグに尋ねた。

「すべての人のサインに応じていたら時間なんてなくなってしまうよ。でも、考えてみたら、メグは端から王族なんだから、最初から目立っていたんじゃないの?」


しかし、その答えは意外なものであった。

「そんなことはないぞ。なにしろ、エンデヴェール王家は代々子育てには無頓着でな。ほとんどを外注アウトソーシングで済ますのだ。

 つまり。 私も8歳までは市井の家臣の家で、極々普通の子供として育てられたのだ。」


凛は少し驚いた。

「じゃあ、突然、自分がお姫様だと知ったわけ?」

メグは苦笑を浮かべた。

「まあ、な。8歳の誕生日、突然、実の両親に引き合わされてな。このお二人があなたの本当のご両親です。と来たものだ。」


凜も続けて尋ねる。

「ショックじゃなかったの?」


メグも屈託がない。

「初めはな。それはそれは衝撃的だった。ただ、育ての両親と引き離されたわけではないのだ。

今でも交流はあるし、シャーウッドの『実家』に帰っても、父母に挨拶を済ませたら、泊まるのはだいたい育ての両親の家だ。当時の幼馴染や義兄弟たちも、一人の人間として、私と普通に接してくれる。今となっては、かけがえの無い財産だ。」


「なるほどね。」

凛はお姫様の割に堅実で浮世離れしていないメグの一面を理解することが出来た。


「おかげで、実の両親に引き合わされてから間もなく(全寮制の)ヴァルキュリアに入団したが、ホームシックにかかった事は一度たりともないな。」

そして、凛は15歳のメグがこれほどまでに大人びている理由も理解することができた。


「私は早く大人になりたいのだ。なんでも自分で決められる、自由な人間に。」

メグの願望は良く理解出来た。しかし、完全に自由な人間などいやしない。

「もしかすると、メグの目にはあなたの翼が、自分を自由にしてくれる、魔法の翼のように映るのかもしれませんね。」

マーリンはそう解析していた。


 凜もマーリンも順調に3日間の大会で優勝を果たし、レーティングを上げた。リックは憑依ポゼッセオで初日は優勝。二日目は位階を上げず、実力で4位。3日目も順々決勝まで進み、進歩を見せた。


 メグは奉納試合の人位の部でも2回優勝し、選挙大戦コンクラーベのポイントと合わせて、来春の大祭での地位への昇格を確実にした。


 メグが優勝した二日目の試合は、珍しい「騎士修道女」限定の試合であった。「ヴィクトリア・カップ」というヴァルキュリア女子修道騎士会が主催する奉納試合である。


 決勝の相手は同門、ヴァルキュリア女子修道騎士会の旅団「花組」の先鋒を務めるセイラ・ジュヴァンスであった。セイラはメグより3歳年長であった。

「あらメグ、てっきり一つ上に行ったかと思ったわ。」

つまり優勝者の特権である一つ上の位階の試合に出場したものと思ったのである。セイラは花組では最年少であり、同じように星組の最年少であるメグに、親近感シンパシー嫉妬心ジェラシー対抗ライバル意識を同時に持っている少女であった。

「セイラ、あなたこそ。もしあなたがここに来ることを知っていたらそうしていただろう。」

メグはそう返した。

(女同士はやりにくい。勝っても負けても尾を引くからな。)

メグはいわゆる「修道女杯シスター・カップ」はあまり出たくはないのだが、グレイスの手前、ヴァルキュリアの主催の試合には一度は出るよう心掛けていたのである。


空戦マニューバでは後れを見せても、地上戦デュエルではそうはいきませんわよ。」

珍しくセイラの鼻息が荒い。

心地光明クラウ・ソラス」。

震天動地フリスト」。

メグは大剣、セイラは大槍を抜く。開始の礼もそこそこに闘気を漲らせた二人はフィールドで相対した。

選挙大戦コンクラーベの試合ではないので、メグは自前の武器を使う。セイラの使用する「震天動地フリスト」は槍の穂先の脇に斧がつけられている。


「はあっ。」

気合とともに踏み込むセイラ。突き出した大槍の先にメグが打ち合わせると思いきや、メグは間合いをつめてからいきなり三段を跳ぶ。

 突然、目の前からメグが消えたセイラは

「上か?」

突き出した槍の穂先を、メグの落下に備えて上へ向けるが、その瞬間、セイラの背後を心地光明(クラウ・ソラス)の斬撃が襲った。

「ぐ……はあっ。」

衝撃でセイラは弾き飛ばされ、背負った丸盾(ホプロン)にひびが入った。

背後うしろを取られた?いったい、なにが?)

セイラが体勢を立ちなおすまでまっていたメグが再び間合いを詰めてきた。


「スライスバックか。気に入らんな。」

主催者席に座るグレイスがつぶやく。メグは上へあがるとターンして急降下し、高度を威力(速度)に替えて斬撃にプラスしたのだ。

「スライスバックは空戦マニューバの技ですよ。こんな狭い空間で使うなど、よく考えつきましたね。しかも、あのクリーンヒットです。団長先生マム、ここはメグを褒めるところなのではありませんか?」

グレイスの後ろに立ったまま侍すアンネ・ダルシャーンが返答する。


「そうではない。わたしが気に入らんのは、あの子があの技をどこで仕入れてきたかだ。」

グレイスは面白くなさそうな口調とは裏腹に、にやりとしてアンネを見上げた。一人で習得するには難しい技であるからだ。

地上戦デュエル空戦マニューバの技を入れるなど、そんな戦い方は……あ。」


アンネとグレイスは同じ結論に達したようだ。

(棗凜太朗=トリスタン。)

ただ、二人ともその名を直に口にすることはなかった。


「メグは、大変良い出会いをしたようですね。もっとも、……これ以上、のめりこまなければ、ですが。」

それが、アンネの本音であった。

(あの小僧、まだまだ面白い引き出しを隠し持っているのやもしれぬ。……次は逃がさんぞ。)

メグの戦いっぷりを見るグレイスの目は、その先にある凜の姿を見つめているようであった。


戦いはメグの圧勝であった。


[星暦1549年11月11日]


「行ってらっしゃい。」

ビアンカが、真っ白な騎士団礼装で家を出ようとする凛に声をかけた。

「行ってきます。」

そう返してそのまま通り過ぎようとする凛にビアンカは

「ねえ、凛。ゲンをかついであげる。」

そういって、凜の肩のところで火打石を打った。

「ね、なんだかわたし、凜のおかみさんみたいだね。」


凜は、「火打石」の登場に目を丸くしていた。

「そんなのよく知ってるね。というか、なぜにギブソン家に火打石が?」

「パパの趣味よ。」

ビアンカは笑った。


この日はついに、凛の旅団が結成される日なのだ。とはいえ、あるのは旅団旗一つだけ、というシンプルなものであった。


名称は「第十三旅団」。愛称は「国士無双サーティーン・オーフェンズ」である。


「私も結団式に行っても良い?」

ビアンカの申し出に

「うん、もちろんだよ。だけど、あまり期待しないでね。たぶん、地味過ぎてがっかりするかも。」

凜も苦笑を隠せない。


 結団式には来た来賓は、聖槍騎士団の団長の透、ただ一人だけであった。団員も旅団長の凛を含めてマーリンとリック、合わせて3人だけである。


そして、おめかししたビアンカ、さらにはラッキースター・ギブソンもやって来ていた。


「まあこれでも『聖槍騎士団』では最強だからな。自覚を持って任務にあたり、王と法の名の下に、忠実に国と民に奉仕する存在であって欲しい。」

透はいささか自嘲気味な訓示を垂れた。しかし、5年後、この旅団が選挙大戦コンクラーベの台風の目になるとは、この時は、いささかも思っていなかったのだ。


そして、透の手から団旗が2流、凛に手渡される。

1本は騎士団旗、「聖槍ロンゴミアントとユニコーン」の意匠である。

そして、もう1本は旅団旗である。旅団旗は黒い布地に白抜きのラテン数字で「XⅢ」と抜かれただけである。


 ちなみに愛称の『国士無双』とは麻雀の役満の一つで字牌と1と9を「13枚」集める手である。

「取り敢えず、13人くらいまでは増えると良いですね。」

マーリンは微笑んだ。


「なんか地味だな。」

一方のリックが不満を漏らす。名前も団旗もお気に召さない様子だ。

「まあ、凛らしいといえばらしいですね。シンプルイズベスト、です。」

マーリンが苦笑した。


「まあ、少年、君の中にあるグレイトでゴージャスな旅団の名前は、自分が旅団長になるまでとっておけばいい。」

ゼルが加えた。


 しかし、「13」はスフィア王国でも「忌み数」なので、おそらく、世界中でも唯一であろう。

 聖槍騎士団も、旅団の正式名称は通し番号で、「13」は欠番だった。凛はその空いたままの名称をそのまま使ったのだ。


飛空艇は、年明けに国王から直接貸与される手筈になっており、とりあえずそれまでは小型飛空艇の『利休』を借りることになった。


そして、旅団の本部として使える施設も整備中であり、とりあえず、リックの居候先の、「カフェ・シュバリエ」の二階にある道場を間借りすることになったのである。


 二階の道場は、祭りの時の臨時の客席に使うくらいなので、ほぼほぼ需要はなかったのである。ただ、施設ができた後も、ほとんどこの2階が彼らの居場所となってしまうのだ。というのも、施設に台所がなく、カフェで働くリックが、賄いついでに凜とマーリンの食事を用意してくれたからである。


[星暦1549年11月18日]


「ねえ凛。」

「カフェ・シュバリエ」の2階の旅団仮本部のソファで横になっていた凛に、ビアンカが話しかける。

「どしたの?」


「私も聖槍騎士団に入ったの!」

「へえ。」

なんと、結団式の後に、透に掛け合ったそうである。

ちなみにビアンカはこれまでは同じアヴァロンに本部を持つ『聖堂騎士団』に籍を置いており、現在は商会ギルドである父のギブソン工房に所属していることになっていた。


「それで不知火団長からこれを預かって来たの。」

凛が手渡された封書を開けると、


「ビアンカ・オルブライト・ギブソン。

上記の者を技巧 騎士見習(エスクワイア)として次の旅団への所属を命ずる。

『第十三旅団』

団長 不知火透」


という辞令であった。

「マジで?」


凛が驚いて確認する。

「ねえ、いいでしょう?」

ビアンカは膝をついて凛の枕元に来ると、上目遣いに懇願する。


「いいも何も、辞令だからしょうがないけど。ビアンカに整備なんかできるの?」


「もう、しょうがないってなによ?知識はちゃんと選択してインストールしてあるから大丈夫だよ。」

義務睡眠時に選択していたようだ。


 メンテナンス要員は、国王に頼んで神殿から引っ張って来ようと思っていたので、考えてもいなかったのだ。


「良いではないか? 減るもので無し」

ゼルは賛成のようだ。

「ゼル、その言葉の使い方は間違っているからね。まあ、ワザとでしょうけど。」

凛はあきれながらも

「取り敢えず、師匠に相談しよう。」

こうして、4人目の団員が誕生した。

(ふふふ、こうやって、ライバルを作って置けば、メグにも良い刺激になるに違いない。おもしろいことになりそうだ。)

ゼルの思惑はここにあったようだ。

(まずい、メグに凜をとられる前に何とか物にしなくちゃ。)

ビアンカとゼルの思惑は一致していたのである。



[星暦1549年11月30日]


ついに、選挙大戦の結果が出た。王都キャメロットの闘技場で、最後の勝ち名乗りを上げたのは下馬評通り、「黙示録アポカリプス騎士団」であった。


団長のマッツォ・フィーバー・メンデルスゾーンはハワードの執政中、片腕としてハワードを支えた盟友であり、権力の禅譲相手としては申し分の無い存在だったのだ。


ただ、思いの外闇の深さもあった。


数人の騎士たちが八百長を告白、あるいは告発したのである。

多くの人々にとって予想の範疇であったので、取り立てて驚くことも無かった。


「凛、この事態、どう見ますか?」

マーリンが尋ねる。

「まあ、陛下も知っていて目を瞑って来た案件だからね。と、言うか選挙大戦コンクラーベが一発勝負のトーナメントじゃなくてリーグ戦なのも、もともとは文字通りの腕力だけじゃなく、政治力も力のうち、という発想があったからなんだけどね。要は、八百長できるのも実力の内なんだよ。


 だからさ、確かに褒められたもんじゃないけど、責められるもんでもないんだよね。ただ、僕としては、告発した勇気ある正義感溢れた若者たちの将来が心配なんだけど。」

 その心配通り、数ヶ月後、事故や自殺によって彼らはこの世を去ることになる。


「黙示録騎士団」。彼らは、暗殺、諜報、撹乱など軍の特殊任務のスペシャリストの集団なのである。

「やっぱり消されたか。」

ここに執政官制度の限界があるのかもしれない、そう思わされた一件だった。


[星暦1549年12月8日]


ついに、国王から連絡が入る。

「凛、マーリン、出番だ。来週、円卓に出向いて欲しい。おめえさんに、士師ジャッジになってもらうことになった。」


予想通りの展開だが、心配の方が大きかった。

「恐らく、彼ら『円卓』は僕を受け入れないだろうね。」


凛の言葉にアーサーも頷く。

「だろうな。ハワードとフィーバーの枢軸は意外に固い。下手に刺激して『ドM』のやつなんかにたぶらかされたらもっと厄介だ。

まあ、順番を変えて、外濠から埋めて行くことになる。凛、やってくれるな?」


「そうだね、やらざるを得ないね。惑星スフィアに住まう15億の命がかかってるんだ。

本気でやるしか ない、よね。」



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