第15話:綺麗すぎる、花火。

[星暦1549年8月16日]


御前試合、準決勝。

(まさか、本当にここまで来るとはな……)

忌々しそうに、ジュニアは心の中でつぶやいた。

 次世代のホープは自分で無ければならない。ポッと出の、どこの馬の骨とも知らぬ小僧にその称号を渡してはならないのだ。すでに、話題のランキングでは「40人斬りの少年」に大差をつけられている。ここで、世間の目をもう一度、「最強の貴公子プリンス」たる自分に呼び戻さねばならないのだ。


 互いに天使を実装すると、ジュニアの手に現れたのは意外なものであった。

天使喰エンゼル・イーター……!?」

彼の手に現れた武器、それはガン・ソードであった。「天使グリゴリ」を倒すために作られた、同じ惑星スフィアに植民するアマレク人の企業が開発したものだ。


「邪道ですね。」

ゼルが凛に囁く。


片刃剣に銃が付けられたガン・ソード。最近はスフィアでも一部作られるようになったが、重力子装甲を破る事が出来るほどの弾丸の生産コストがどうしても下げられず、一つ飛ばして重力子レーザーの開発に取り掛かっているのが現状なのである。


逆に言えば、金に糸目をつけさえしなければ、十分に持ち味を発揮することが可能だ。


「いえいえ、彼の必死さがひしひしと伝わって来るね。」

凛は強力な武器を目の前にしても涼しげな表情を崩さない。


「どうかね。びっくりしただろう?」

剣の切っ先と銃口を向け、ジュニアが勝ち誇ったように凛に問い掛けた。


「そうですね。あなたの『経済力』に、とてもね。」

凛は素直に思ったことを口にしたのだが、彼にとっては最大限の侮辱だった。


「俺をバカにするなぁ〜」

ジュニアは激昂して凛に襲いかかった。銃弾が次々と放たれる。凜は紙一重で次々とそれをよける。

観客席は盛り上がってきた。


「あれぐらいで怒るとは、ずいぶんと器が小さいやつなのです。多分、リックとどっこいどっこいぐらいの器です。」

ゼルがここでなぜかリックを引き合いに出す。

「何を比べて?」

不思議に思った凛が尋ねる。


愚息ジュニアが。」


 ゼルのお下品極まりない冗談で、凛が笑いを噴きそうになり、ニヤッとしてしまう。それを見てさらに激昂したジュニアはトリガーを引いた。

「ぶっ殺してやる。」


 凛の姿が一瞬に消え、その残像を弾道が貫く。次の瞬間、ジュニアの眼下に現れた凛は、『気炎万丈ティソーナ』、『百錬製鋼コラーダ』の両刀を薙ぎ、「天使喰い」を弾き上げた。片手はトリガーを引いているため、どうしてもグリップが甘くなる、構造上致し方のないことであった。


ガキーン、という鈍い音がして、弾き飛ばされたガンソードは、激しく回転すると床に突き刺さる。ジュニアの顔が青ざめるが、凛はそのまま彼を追撃せず、開始線まで戻ると再び剣を構えた。


 ジュニアも飛びつかんばかりにガンソードのところに戻るが、床にしっかりとつきささってしまったのかなかなか抜けず、観客の失笑を誘う。


「縮地⋯⋯とは明らかに違うな。」

「ああ、前進落下の速度じゃないね、あれは。まるで瞬間移動テレポーテーションだ。」

透もラドラーもこの試合を興味深そうに見ていた。

「しかし、あのまま追い打ちをかけない、というのは何か意味があるのか?」


(意味はある。……これは、ガンソードの弱点をさらけ出すことが目的だ。)

 凜は心の中でつぶやく。「国」の祭りに、ただ強いというだけで「外国産」の武器を使用する。これ自体が所謂「横紙破り」であろう。祭りはスフィアで作られた武器のデモンストレーションの場でもある。

 たかがエキシビジョンである。「勝利」に固執するのは立派だが、そこだけは譲れない。そちらがPRを怠るのであれば、利用させていただくだけのことだ。


次は、転移ジャンプを使わず、シザーズを使いジグザグに突進する。

「くそう、ちょこまかと。」

次々と銃弾が撃ち込まれる。しかし、それはことごとく空を撃つ。凛は、ジュニアとのすれ違い様に手首に斬撃を叩き込んだ。

「~~~。」

ジュニアは痛みでガンソードを取り落とした。ジュニアはなんとかダイブしてガンソードに飛びついて追撃に備えた。しかし、凜はそれ以上追撃せず、再び開始線に戻ってジュニアを見下ろした。


「凜のやつ、完全に遊んでるな。あれは。」

「うわ、えげつないね。」

ラドラーも透もだんだんジュニアに同情的になる。

 

 次に凜は上に跳ぶ。ジュニアは上に向けて撃つが当たらない。そのまま、自由落下でジュニアに向かって滑空する。

「うわああああああ。」

ジュニアは何度も撃つがかすりもしない。


「上から落下してくるものを銃で狙うのは、かなり難しいんだけどね。」

ラドラーがやれやれといった口調でつぶやく。

弾倉の弾が切れたのか、トリガーが二度ほどむなしく引かれた瞬間、凜の一撃はジュニアの肩をヒットした。ジュニアはガンソードを取り落としたものの、なんとかすぐに拾い上げる。


 ジュニアも銃はあきらめ、弾倉にリロードせず、剣技で凛を圧倒しようと作戦の方向性を変えた。

今度は互いに順調に斬り結ぶ。ジュニアもなかなかの剣技で、「準天位」の地位は伊達ではないことが窺えた。


「ジュニア君もなかなかやるね。でも、凜のやつまだまだ余裕の表情だな。」

透が感心したように言う。


しかし、試合の終了時間タイムアップ間際、観衆は信じられない光景を目にすることになる。

凜の二刀を受け続けたガンソードがばらばらに破壊されてしまったのだ。


「まあ、あれだけの機能を持たせるには、余程の名人が打たないと、脆さが出るね。」

大量生産マスプロの限界だな、あれが。」

透とラドラーは苦笑を浮かべる。


 機能・性能・耐久性を重視したスフィア製の武器に対して、アマレク製の武器の最大の特長はそのコストパフォーマンスの良さである。

 真っ向勝負では名匠が鍛えに鍛え上げた原器オリジナルに敵うはずがないのだ。


 凛は、尻餅をついて青ざめた顔のジュニアの首筋に一回剣の刃をあてると、そのまま開始線に戻ってしまった。


そして、誰の目にも結果が明らかな試合で、勝者の名乗りを受けたのはジュニアの方であった。

 さすがに会場はどよめき、中にはブーイングをする者もいた。歓喜したジュニアは両手を天に突き上げ、ガッツポーズを見せた。

 しかし、凛はそのまま一礼すると控えダグアウトの方に戻って行った。


「凜が負け、と判定された理由は、可能なのにわざと追撃をしなかったが故の『士道不覚悟』だそうだ。……こりゃまたずいぶんとひいき目な判定だね。」

呆れたようにラドラーが言う。


すると、挨拶に凛が二人の元を訪れた。

「おい、良いのか凛? 抗議するなら口添えするぞ。」

敗戦を詫びた凛に透はニヤニヤしながら言う。

「いえ、結構です。たかが『お遊戯エキシビジョン』ですからね。」

凛も笑う。


「ホントのところを言ってみろ。凛、お前、次の相手グレイスが嫌だっただけなんだろ?」

ラドラーが茶化した。凜は笑う。半分は図星であった。

「バレましたか。それではお二方、後の始末は宜しくお願いします。」

そう言って凛は闘技場を退出しようとする。


「棗様。」

恐らく祭の実行委員の人物なのだろう。凛が立ち去ろうとしているのを見咎めると、慌ててやってきた。

「出場者はこの後、陛下とともに会食の栄誉がございます。どうぞ、おとどまりください。」


しかし、凜は

「申し訳ありません。実は先約がありましてね。騎士としてはそちらを優先するのが本道かと存じます。陛下にはよろしくお伝え下さい。それではこれにて。」

そう言って立去ってしまったのだ。そう、これがもう半分の理由であった。決勝戦まで戦えば、間違いなくメグとの約束の時間には間に合わないのだ。


 さて、この事態に怒り心頭な方がもう一人。グレイス・トワイライト・レイノルズ。

「なに?坊やが帰って行っただと?」

グレイスは顛末を聞くと、透とラドラーを怒鳴りつけた。髪の毛が逆立つのではないか、というほどの怒りっぷりである。


「あのような『敗北』、私は認めぬ。これから陛下に掛け合ってくる!」

興奮して本当に直訴しそうな勢いのグレイスをラドラーがなだめる。

「グレイス……。本人がそれでいい、と言っているのだ。お前のよく言う『悪法もまた法なり』さ。しょうがないだろう?」


グレイスはきっとなって言い返す。

「それをよく言っているのは私ではない。テイラー卿だ!」

グレイスは自分でそう言ってから、はっとした表情を浮かべた。ラドラーの言葉の要点をつかんだのだ。

(凜はジュニアに勝ちを譲ることでテイラー卿に『貸し』を作ったつもりなのか……。)

グレイスがややおとなしく去っていくのを見ながら、

「GTRのヤツ、よほど凜とりたかったんだろうな。」

透がつぶやいた。


 しかし、結局、グレイスの憤りは収まらなかった。


 ハワード・テイラーJr.は彼女の持つ大槍「盾城火煉ランドグリーズ」の柄で闘技場の壁面にたたきつけられ、そのまま失神してしまったのだ。


 白目をむき、口からだらしなく泡となったよだれをたらしながら、担架で担ぎ出されるジュニアの様子がモニターに大写しにされると、観衆から失笑が漏れた。


 普通、このような場面が映されることなどあり得ないのだが、それだけ、凜に対するジュニアの勝利に人々が不満を抱いているのかを如実に物語っていた。


「これでGTRのヤツ、見合いの話はなくなったな。」

ラドラーはがやれやれといった体で言う。

「最初からそんな話はなかったろう。まあ、へんに大人ぶらないところがアイツのいいところだからな。」

透はそう言ってグラスの水を飲んだ。

(いや、本気であいつの心は少女(おとめ)のままだぞ。)


 「あーあ。今頃、きっと凜は陛下との晩餐会なんだろうなあ。」

やっとの思いで予約したリザーブ席で、メグはグレイスが憮然とした顔で表彰を受けている動画を頬杖をつきながら見ていた。


 凜は信じられない「敗北」を喫したが、実はマーリンも同じように追撃を怠ったとの理由で敗北しており、「手加減」の難しさを知ることになった。

(凜、ものすごくかっこよかった。きっと、女の子たちが放っておくとは思えない。そこで、「華奢」で可憐な王女様とか、「おしとやか」なお嬢様とかに見初められたりして。)


メグは自分の手を見る。毎日毎日勤勉に剣を振り続けたせいですっかり固くなってしまった手のひら。

(どうせ私は『強い女』。デートを袖にされたところで落ち込んだとすら思われないかもしれない。)

こんな私との約束、反故にされても仕方ない。そう思ってあきらめかけていた。


「まもなく花火大会の開始です。照明がおとされます。足元にご注意ください。」

街の歩道の石畳の隙間に埋められた光子灯が青白く光り、足元をかすかに照らす。


照明が落とされ、灯りはテーブルの上のキャンドルだけになった。

揺らめく炎の影を見ていると、なんだか悲しくなってしまったメグの頬に一筋の涙の跡ができる。もう泣いてもだれにもばれないんだ。そんな気持ちがなおも彼女の涙を誘った。


食前酒アペリテフでございます。」

ウエイターがテーブルに置かれていた二つのグラスに、シャンパンを注いだ。


「わたし、み……」

自分が未成年であることをメグが告げようとした時、メグの相向かいの席の後ろに光の輪が顕われる。

「乾杯用……だよ。メグ。」

凜が転送陣ゲートを使って現れたのだ。その手には花束があった。


「何に乾杯するの?」

突然の登場にドキドキが止まらないメグは、かすかな鼻声で凜に尋ねた。

「僕たちの未来と、そして、……メグの瞳に。」

ジュニアみたいな褒め方だったけど、その時のメグには最高の褒め言葉だった。

凜が差し出したグラスに、メグが軽く合わせるとチン、という涼しげな音のすぐあと、ドンという重い響きを立てて花火が上がった。


「先約は先約だよ。それに、どっちにしても僕はこっちを選ぶついもりだったから。だって、騎士道では、女性との約束は王の命令に優先するからね、……ごめん、実は花束これを用意すること忘れていて、少し、遅くなっちゃったんだ。今日はお招き、ありがとう。メグ」

そういって凜はメグに花束を渡した。夏のバラや白いユリが入った夏らしい涼しげな花束であった。


 再び花火がどん、という残響をたて、凜の顔を照らす。花束に顔をうずめ、その香りを確かめながらメグは恥ずかしそうに言った。

「ううん。大丈夫。……信じてたから。」


次々と花火が打ちあがる。観客の嬌声が上がる。まつ毛にのった涙をメグはそっとぬぐう。

「綺麗な花火だね。」

凜がしみじみという。虫の声が聞こえてくる。

「うん。」

たぶん、これまでに見たどんな花火よりきれいだ。メグは心の中で、そう噛みしめていた。

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