第13話:散々すぎる、初陣。

[星暦1549年8月11日]


 リックが闘っていたのは「ユニコーン・トロフィー」という聖槍騎士団が主催する奉納試合である。

 二人が会場に向かうと、すでに全試合が終わっていて、初日の「ファースト・ステッパートロフィー」の勝者はなんとリックであった。


「どうやら優勝したみたいだね。」

「ほう、存外大したものだな。」


 トロフィーを高々と掲げるリックに、まばらな観客から、まばらな拍手がわく。

 結果を見ただけで会場を立ち去ろうとした二人に後ろから声がかかった。

「おい、そこのお二人さん。」


振りむけばそこにはゼルが顕われていた。

「二人お揃いなんですね。なんだかとても怪しいです。」

ゼルは表情も口調も「無表情」であるため、感情を持つ「有人格アプリ」であるにもかかわらず、その表情はまったく冴えない。


「どこも怪しくはない。ただ、 みんなで食事をしてきただけだ。そうだ、リックの優勝おめでとう、ゼル。」

メグが照れ笑いをかみ殺して抗議する。

「ブイ……です。」

ゼルが二人にブイサインを作って見せた。


「おめでとう、ゼル。そういえば、例の作戦は試せたのかい?」

「グー」

凜の問いにゼルはvサインを解いて、今度は親指を立ててみせた。


 もちろん、その作戦とは「憑依ポゼッセオ」である。

ゼルがリックの身体を操り、トーナメントを勝ち抜いたのである。そういう意味では、リックの真の力量はいまだに計れていないといえる。


「そうだ、そろそろ私も騎士団に帰らなければならない時間だな。本番が近いのでね。これで失礼する。リックにはおめでとうと伝えておいてほしい。」

メグは立ち去っていた。


 そこに、メグが来たことに気付いたリックが急いでやってきたのだが、彼女の姿はすでにそこになかった。

「おめでとう、リック。」

「あざっす。」

凜と握手を交わしたリックであったが上の空のようである。


「メグなら先ほど帰ったよ。試合が近いからね。いろいろと準備が大変らしい。リックに『おめでとう』って言伝を頼まれたんだ。」

凜に説明されると

「そうかあ、残念だなあ。」

とても残念そうだった。


「まあ少年。元気を出せ。明日も試合だ。相手は今日とは比べ物にならないぞ。気合いだ、気合いだ。おー」

ゼルが檄を飛ばした。無表情なままで。


[星暦1549年8月12日]


 今日も凜、マーリン、リックの3人は奉納試合に出場。3人ともに優勝者特権である1階級上の「人位騎士」の大会に出場した。


ただ結果に関しては明暗が分かれた。


 凜とマーリンはそこでも優勝したのである。最初、伝説の「大騎士」と「大魔導士」の名を聞いただけで噴出していた出場者たちは、その数時間後、思わぬ結果に青ざめることになった。


 一方、リックは一回戦であっけなく敗退してしまった。理由は簡単であった。

彼がゼルの「憑依ポゼッセオ」を拒んだからである。


「メグにいいところを見せるつもりだったようです。」

ゼルとしても、リックに「真の実力」を量ることにして黙認したのである。


「そして、結果は『このザマ』でしたね。」

ゼルは怒るでもなく、嘆くでもなく、いつもの淡々とした様子でリックに声をかけた。

「どう?。まだまだ差はあるけど、所詮は人間。凜やマーリンとは違って、今はまだ力が足りないが、決して追いつけぬ相手ではないと思う。へこたれるな、前を向いて立ち上がるのだ、少年。」


悔し涙にくれるリックは何度もうなずいた。

「少年、君は何に悔しがっているの?それ『だけ』は間違えないで欲しい。明日はまた一クラス下がって、君と同等、あるいはやや上の相手と当たることになる。ポイントは初日に稼いでおいたから、安心して今現在の自分をぶつけるといい。」


 夕方、凜とマーリンはメグの招きで、彼女が所属する「ヴァルキュリア女子修道騎士会」に出かけた。リックは今日の一回戦負けがよほど身に染みたのか、せっかく『乙女の花園』に招かれたのに、二人については来なかった。


 ヴァルキュリアは普段は男子禁制だが、祭りの期間中は見学できるように開放されている。むろん、だれでも良いというわけではなく、父兄や団員によって招かれたものに限られていた。


 「きゃー、『本物』もかわいい!」

凜が現れると、女性騎士たちが凜を取り囲んだ。


凜の身体は設定が15歳であり、身長も170cmをやっと超えたばかりである。大柄な女性騎士たちにとっては『可愛く』見えるのだろう。


「メグ、『本物』ってどういうこと?」

マーリンがメグに尋ねる。


「ああ、先日の殲滅戦メレ(バトルロワイアル)のことだ。動画が巷でえらく評判になっていてな、私が『知り合い』だと知ると、是非招いて欲しいとの強い要望リクエストが皆からあってな。」


「なるほど。」

マーリンが苦笑いを浮かべた。

「女は本能的に、強いオスの子種を欲しがるもの。なんの不思議も⋯⋯ぶお」

ゼルの口をマーリンが塞いだ。

「何をする?」

抗議するゼルにマーリンが呆れたようにたしなめる。

「それはセクハラだと言ったでしょう? それに品が無さ過ぎます。場所をわきまえてください。」


ただ、メグは多少ゼルの放つ「下ネタ」言動に耐性がついたのか、どちらかと言えば、実体の無いゼルにマーリンが触れることができることに驚いたようだ。

「それは、私が宮廷魔導師、『偉大なる』マーリンだからですよ。後は秘密です。」

唇に人差し指を当て、マーリンはウインクをした。


「凛、彼女たちが私の旅団だ。」

 メグの旅団は「星組」である。ヴァルキュリアは空戦騎士団であり、取り分け、星組の空中戦マニューバの強さは伝統的である。


 ヴァルキュリア女子修道騎士会の創設者は「解放戦争エクソダス」の英雄「ビッグ7」の一人、エリカ・バーグスタインである。紋章エンブレムは羽飾りのついた兜をかぶった戦乙女ヴァルキューレの横顔と丸盾ホプロンである。


 正統十二騎士団アポストルの一角として、戦争や災害時において暴力・犯罪・略奪の対象になりやすい弱者である女性や子供の権利の保護、また非武装の民間人に対する無差別攻撃からを守ることが主な任務である。そのため、空戦マニューバに特に力をいれている。


「星組」、「月組」、「花組」、「雪組」、「風組」の五組が主に選挙大戦コンクラーベのために組織されており、メグはその最年少のメンバーである。


おおよそは、18歳から25歳程の乙女たちなのだ。


「凛くんは地上戦デュエル空中戦マニューバの技術を組み込んでいて、とても参考になったの。ねえ、どこで修行しているの?」

「ねえ、使ってた剣を見せてもらっても良い?」

丸盾ホプロンは使わないの?」

乙女たちに囲まれ、凜もたじたじである。


「ねー、まだ童貞なの? おっ○いとお○り、どっちを重視?」

ゼルが性懲りもなく首をつっこむ。

「ゼル〜」

マーリンに首根っこをつかまれ、あえなくゼルは退散した。


 ただ、彼女たちはエリート集団、そして修道女らしく質問の内容も真面目であった。軽食を交えながら、門限時間近くまで盛り上がり、楽しい時間を共にすることができた。


騎士団の宿舎に戻ると、リックがひとり、稽古に励んでいた。

「うむ、良いクスリにはなったようだな。」

ゼルが満足そうに言う。


「リック、そろそろ消灯時間です。上がってください。」

マーリンはリックになぜゼルの「憑依ポゼッシオ」を拒んだのか尋ねた。


「だって、勝った時にするキメポーズがカッコ悪いんだよ。」

顔の横に寝かして右手でピースサイン、そして左手は腰に当てていた。


「確かに、それは酷い。」

マーリンは同情を禁じ得なかった。


[星暦1549年8月13日]


 3人は奉納試合の最終戦に出かけた。3日目は1、2日目の各地で行われた奉納試合の優勝者を集めた試合になる。

その優勝者が最終日の御前試合に召されるのである。準天位以上の大会が2名、地位の大会が4名、人位の大会が8名がその対象になる。そして、天位騎士が2名、招待されるのである。


 平騎士の大会は「御前試合」の選抜対象とはならないものの、ポイントが加算されるレーティングの対象になるため、昇格を望む者たちにとって大いにチャンスとなるのである。


 人位の大会でマーリンと凛は再び優勝をはたし、最終日の御前試合の出場権を獲得した。

 リックも、ベスト16まで残り、男の意地を見せた。ただ、正確に言うとそこまではゼルに頼っていたのだ。ベスト8をかけた試合、自分の力だけでなんとかしようとしたが、そうは問屋が卸さなかったのである。


「うむ、まあまあだ。もう1年もかければ人位に手が届くだろう。」

ゼルも納得の結果であった。


 この時点で、凛の人位への昇格が確定した。マーリンも秋の大祭での奉納試合で昇格が決まるだろう。ラドラーの茶目っ気で起こった40人斬りが、ポイントを大きく押し上げた結果である。


「恐らく、史上最速。」

思わぬ新星の出現に、武器ギルドは沸き立った。


[星暦1549年8月14日]


「お宅、なんでも凄い新人が入ったんだってねえ。」

「へえ、そうなんですか?」

 聖槍騎士団の団長、不知火透はまさか、自分の騎士団が話題の中心になっていたとはつゆ知らず、思わぬ対応を強いられていた。


名だたる武器ギルドが、自分たちの所有する「銘品ヴィンテージ」兵器を使うよう、売り込みをかけてきたのだ。


スター騎士が使う兵器は買い手が付きやすく、選挙大戦コンクラーベで使ってもらえれば絶大な宣伝効果が得られるからだ。


よっての「青田買い」である。


しかし、

「いやあ、わたしはこのカドゥケウスで決まっていますので。」

マーリンはにべもなく断られる。


凛はすでにギブソン工房の銘品ヴィンテージを使っていたため、多くのギルドがほぞを噛んだ。

「くそ、ギブソンめ、目が高い上に、手が早い、ライバルながら流石だ。」


 しかし、凛の本来使うべき武器はまだ彼の手許にはなく、いずれはそれを取りにいかねばならないのだ。


ここで、武器の位階を簡単に説明しておく。


量産品マスプロ。大量生産品、つまりほとんどの工程を機械に頼って作られるもの。「機械打ち」ともい われる。

工芸品クラフト。一部の工程を機械に頼って作られるもの。

複製品レプリカ。技巧騎士が師匠の指導のもとで打った原器の複製品。

上品プレミアム。天位以上の技工士が打った業物の模造品。もしくは自分で打った原器。

銘品ヴィンテージ。上天位以上の技巧騎士が原器と同じ方法で打ったもの。シリアルナンバーがつけられているため、「ナンバース」といわれることも。

原器オリジナル。上・大天位技巧騎士が打った名作武器。


原器にも位階があり

業物わざもの良業物よきわざもの大業物おおわざもの最上大業物さいじょうおおわざものの4階があり、つまり、あわせて位階9階になる。


 この日の晩に、選挙大戦コンクラーベの本戦、一次リーグの開会式も行われ、闘技場のフィールドに16の出場チームが並んだ。


しかし、聖槍騎士団の特別旅団に、凛やマーリンの姿はなく、観客や関係者たちを落胆させた。しかし、彼らは出場資格を得られる人位にまだ叙位されていないため、仕方の無いことでもあった。


メグは初めての選挙大戦コンクラーベの出場に緊張の面持ちであった。前方に掲げられた団旗を見つめながら、健闘を誓った。


 一次リーグは16騎士団を4つのディヴィジョンに分け、ホームアンドアウエー方式で6試合行われ、上位1騎士団が勝ちぬけて決勝リーグに臨む。その戦いの火ぶたが切って落とされたのである。


[星暦1549年8月15日]


 ついに選挙大戦コンクラーベの開幕戦が行われる。

主都グラストンベリーに本拠地を構える騎士団の中で正統十二騎士団アポストルに数えられているのはラドラー・C・ラザフォードが率いる「伝令使杖カドゥケウス騎士団」と「ヴァルキュリア女子修道騎士会」である。この二つのチームのホーム戦が行われるのだ。


 聖槍騎士団はどちらの騎士団とも同じディヴィジョンではないため、団長の透が審判員として招かれていた他、凜もマーリンとリックを連れて闘技場コロッセオに観戦に訪れていた。


さて、ヴァルキュリア女子修道騎士会の対戦相手はマクベス北方守護騎士団、厳しい予選を勝ち上がってきた地方騎士団との対戦になる。


 マクベス北方守護騎士団はただの地方騎士団とは異なり、北方の魔獣の生息地にある鉱山施設などを警護するのが任務であり、正統十二騎士団アポストルの一つ、北方統括守護騎士団「鎮守府」の筆頭補佐騎士団である。常日頃から実戦を積むなかなかのつわもの揃いである。


 第一セットの地上戦デュエルは2-3のスコアで惜しくもヴァルキュリアは落としてしまう。

そして第二セットの空中戦マニューバに、メグが属する旅団、「星組」が登場する。


 「あ、メグっちだ!」

ヴァルキュリアのホームゲームらしく、応援のサイリウムが振られる。リックもマーリンも

懸命に振って応援していた。

「ゼル、どうした?」

険しい顔つきであたりを見回すゼルに凜が尋ねた。

「嫌なヤツの気配がする。」

ドMが近くにいる、と言うのか。凜も警戒することにした。


「しかし、圧倒的な人気ですね。」

マーリンが感心したように言う。

世界の騎士の半分は女性である。しかし、戦闘専門の「修道騎士」になると女性は全体の2割程度でしかない。ゆえに、女性のみの騎士団で、しかも男女関係なく強い、となるとやはりヴァルキュリアの人気は圧倒的であった。


 さて、星組の旅団長のアンネ・ダルシャーンは25歳。今年の選挙大戦コンクラーベで競技者としての引退が決まっている。


「メグ、頼んだわよ。」

先鋒のホイットニー・ポルトスが勝ち、次鋒としてチームに勢いをつけたいところだ。ただし、メグにとってはこれが初陣である。

(落ち着け、私)

メグは胸に付けたペンダントを握り、祈った。


英姿颯爽ブリュンヒルデ!」

彼女の手に細身の剣が現れる。ヴァルキュリア修道会の剣であり、原器オリジナルではないが、高名な刀匠「六代 信濃守典綱」が打った「銘品ヴィンテージ」である。


 空中戦は重力制御ブーツのリミットが解除される。生身の人間が、いわゆるドッグファイトをするのである。ただ、戦闘空域フィールドは闘技場の上空100mまでと定められている。


 開始の礼を交わした後、ゆっくりと20mほど上空に浮き、相対する。メグはその時対戦相手に違和感を感じた。

(この感じ、どこかで? )

彼女はもやもやを感じながら、加速、上昇を始めた。通常はらせんをともに描きながら60mほどまで上昇し、そこから勝負が始まるのがマナーであった。


 しかし相手はいきなり上限まで垂直上昇すると、一気に下降してメグに襲い掛かった。

「な!?」

訳も分からず、丸盾ホプロンで斬撃を受け流そうとしたが、物凄い衝撃である。


メグの丸盾ホプロンはあっけなく弾き飛ばされ闘技場の地面に転がった。

「いけない!」

マーリンが異変に気がつき凛に知らせようと肩に手を置く。


しかし、すでに凛は気付いていたようである。

「『実戦バトルモード』になっているね。」


天使や武器は、日頃の訓練に使う『修錬トレーニングモード』、選挙大戦コンクラーベや奉納試合の時に使う『試合ゲームモード』、実際の戦闘に使う『実戦バトルモード』の3つに切り替えて使われている。


当然、対戦者同士がモードを合わせなければ大変危険で、最悪命に関わる。実際、それで致命的な事故、あるいは故意にそうする事件は年に何件も報告されているのだ。


しかし、まだこの異変に他の観客はまだ気がついていない。


「貴殿、モードが『実戦バトル』になっているぞ。一度仕切り直さねば危険だ。」

逃げながらメグは相手との交信を試みるが応答は無い。


無言で、薄ら笑いを浮かべながら二度、三度とメグに襲いかかる。

剣でなんとかいなすが、インパクトに込められた重力がまるで違う。


 その時、メグは違和感の正体に思い当たった。

 それは凛と初めて出会った日、あの、何者かに操られた黙示録騎士団の騎士の表情と同じであった。


「……殺される。」

メグに恐怖が走る。脳波の乱れによって失速し、相手にやすやすと追いつかれてしまう。

(助けて!)

メグは心の中で絶叫した。

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