第12話:楽しすぎる、お祭り。

[星暦1549年8月10日。主都グラストンベリー]


地上港には各地からの騎士団のシャトルや飛空艇でひしめいていた。


「凛!」

グラストンベリーの地上港に着いた一行を出迎えたのはメグであった。

「おやおや、メグったらあんなに一生懸命手を振っちゃって、可愛いですね。ね、凛。」

マーリンがからかうと凛はすました顔で手に持った金属製のアタッシュケースを転がす。それはマーリンの向こう脛にしたたかにヒットする。

「〜〜」

マーリンが言葉にならない痛みを味わっているのを他所にして、リックの方は心が傷ついていた。

「メグッチ、俺もいますよ。リック・ウインザーですよ」

果敢にメグにアピールするものの、残念ながら完全に スルーされてしまっていた。


 メグは凜の肩に手を置くとはにかむように言った。

「凛、久しぶりであるな。息災か?」

メグの声が踊る。


(まあ、先回会ってからまだ一月もたってないわけで。)

「ありがとう、メグ。まあ、徐々にだけど調子は良くなっているよ。それこそ、メグの方は調子はどう?」

凜の方は相変わらずぎこちない挨拶であった。


「そうです、『それこそ』ですよ。メグ、選挙大戦コンクラーベの開幕戦に出場予定だとかで、楽しみにしていますよ。」

マーリンが水を向ける。

「うん。やっと出番がやって来た。とにもかくにもやるだけだ。」

メグとしても数ヶ月前の海賊との戦いで、実戦を経験したのが大きかったようで、緊張は少ないという。

「僕たちも応援に行くからね。」

凜の言葉にメグの表情かおがぱっと輝く。

 祭は「慰霊祭」の趣が強く、街の中心にある広場が主会場である。そこには白い塔のモニュメントが聳えたっており、夕方からライトアップされる。


 イベントやパレードなども全て夜に行われ、いわゆる「夜祭り」なのである。よって昼に「奉納試合」が行われるのである。

 祭りは1週間ほどの日程であり、3人とも3大会ほどエントリーしていた。


 奉納試合は最初の3日間行われ、その勝者を集めた御前試合が最終日に国王臨席のもとに執り行われる。

ただ、今年は選挙大戦コンクラーベの年であるため、御前試合はいつもの「一所懸命がちんこ」な試合ではなく、「模範演武エキシヴィジョン」である。選挙大戦コンクラーベ本戦が行われるため、上位の騎士たちに過度の負担がかかるのを避けるためである。


「メグ、本当はデート、と言いたいところだけど、逆に騎士は祭りの時は大忙しよね。」

ナディンさんにからかわれ、メグは顔を真っ赤にする。


「ところで凜、その⋯⋯花火大会を一緒に見物しに行ってはもらえないだろうか?」

メグは最後の方は消え入りそうな声で凜にねだった。

「もちろん、ボクでよければ喜んで。」

「そ、……そうか?」

凜が笑顔で承諾すると、再び不安に曇りかけたメグの表情が再び明るさを取り戻した。


「まあ、騎士団といっても聖槍うちは本戦の開会式以外に特に予定はないからな。俺は家族サービスさ。」

二人の子を抱きかかえた透さんが付け加える。

「それはそれで大忙しですね。」

マーリンがフォローした。


とはいえ、正統十二騎士団アポストルの団長ともなると家族サービスとも言ってはいられない。透さんは「武芸」関係は暇でも、公式行事やら惑星内外の要人との会談や取引などでスケジュールはいっぱいなのである。


「俺は? ねえ、俺は?」

リックのアピールにゼルが釘を刺す。

「君はまず試合のことだけ考えようか。」


[星暦1549年8月11日]


昼近く、今日のランチについて考え始めたメグに突然凜からのプライベート・ラインがコールされる。

「メグ。今日の試合が早く終わってしまったんだ。この後一緒にランチなんてどうかな?」

凛からお誘いを受け、メグは驚いた。

「凜、こんな時間に。……まさか、負けてしまったのか?」

恐る恐る尋ねたメグに

「一応、優勝したよ。」

ことも無さげに凛は答えた。メグはほっとした。


「そうか、まずはおめでとう。」

「うん、ありがとう。」


「しかし、決勝戦まで戦えば(午後)3時は回るはずだが⋯⋯。試合の動画はあるのか?」

「うん。あるけど、なんか恥ずかしいな。」


凛が出場したのは「マーキュリーカップ」という「伝令使杖カドゥケウス騎士団」が主催する奉納試合で、その中でも無得点の騎士のみが出場できる「ファーストステップ」という部門であった。俗に言う「童貞杯チェリーカップ」である。


今から3時間ほどまえのこと。

「奉納試合の付き合いなんてめんどくさいなあ。」

「団長、何をおっしゃいますか。あなたが主催者ホストなんです。ちゃんとここにいてくださいね。逃げないでくださいね。いいですか?」

 少し長めの純白の髪をかきあげながら伝令使杖カドゥケウス騎士団団長ラドラー・セルバンテス・ラザフォードは主催者席に座った。

 彼がつまらなさそうに、張り切って動き回る事務方のスタッフを見ていると、何やら黒山の人だかりになっている。どうも、出場者に問題があるようだ。


「どうした?なにかあったのか?」

少し暇つぶしになりそうなものにありつけはしないかとラドラーは声をかける。


「ああ団長。いえね、出場登録者に『偽名』らしきものがあって、確認しているところです。」

「偽名?」

ラドラーがのぞき込むと出場者登録票エントリーシートにあったのが「棗凛太朗=トリスタン」という名であったのだ。


聖槍ロンゴミアント騎士団か?透のヤツのところだな。」

ラドラーは何かひっかかる。

「いやあ、この子やらかしましたね。親が付けたのか、自分で名乗っているのかわかりませんが、よりによって眷属ハイ・エンダー、しかも熾天使セラフの名を騙っちゃうとかもうね。大うけですよ。」

スタッフも手をたたいて笑い転げる。

 まあ、剣道大会に「宮本武蔵」、柔道大会に「姿三四郎」、弓道大会に「那須与一」の名前でエントリーしちゃう「」がいるといえばわかりやすいか。


 ラドラーは半年近く前に、国王に召されて神殿まで行ってきたことを思い出した。

(そうか、身体はもう実戦段階に入ったのか。)


「……くくく」

ラドラーが笑いをもらすとスタッフたちの間にも再び爆笑が起こる。

「ね?ウケるでしょう?」


しかし、ラドラーの笑いはスタッフたちのそれとは趣が異なっていたのだ。

「おもしろい、おい、この童貞杯チェリーカップ、ルール変更だ。」


 初心者向けの戦いは、たいてい「地上戦デュエル」と呼ばれる一対一の勝負となることが多い。


それゆえ、トーナメント形式で行っても64人が参加する戦いでは決勝までたどりつくだけでも最低でも5回は戦わねばならない。


(せっかくの熾天使セラフの降臨だ。ド派手にやってもらおう。)

ラドラーが童貞杯チェリーカップごときでやる気を出しているのは前例がなく、スタッフたちもやや訝し気であった。ひそひそと話ながら団長を盗み見る。


 やがて行われたラドラーの開会の言葉に、まばらな観衆(その多くは出場者の家族や騎士団関係者)は度肝を抜かれたに違いない。


録画を見たメグも唖然としたくらいだ。


「よお、無得点者チェリーボーイの諸君。さて、こんな試合で日がな一日をつぶしてしまうのは極めてもったいない、というものではなかろうか。私としては、こんな試合はちゃっちゃと終わらせて、諸君には祭りでも楽しんでもらいたい。それで、ルールを変更する。この試合、一対一デュエルは無しだ。」


ラドラーの言葉にざわめきがおこる。


「……殲滅戦メレとする。」


 殲滅戦メレとは最後の一人になるまで潰しあう集団戦、いわゆるバトルロワイヤルである。無論、選挙大戦コンクラーベでも同じ種目があるが、これはれっきとしたチーム戦であり、誰が誰と組んで誰をつぶすか、というかけひきも作戦も重要になるゲームだ。


観衆からは驚きと疑問の声があがる。


「理由は付き合う俺がめんどくさい、というのもあるがそれだけじゃない。この場末の童貞杯チェリーカップにとんでもないやつが混じっているからだ。ゼッケン16番、名を名乗ってみたまえ。」


 いきなりラドラーに水を向けられた凜が戸惑った表情を見せる。彼は彼でまったくもって上の空になっていたからだ。


「棗凛太朗=トリスタン、聖槍騎士団所属です。」

会場は一瞬なんのことかさっぱり理解していなかったが、それが意味するところを把握すると失笑が漏れた。


(凜、嗤われている。)

ゼルがささやいた。

(仕方ないね。まさかご本人が、しかも「コード;エデン」以来、1000年以上ぶりに実戦とか、誰も信じられないよね。)

凜も苦笑を隠さない。


「そう、彼こそが本物かどうか、試そうじゃないか。一人でも多く倒せば、それだけポイントも稼げる。

優勝者には慣例によって、人位クラスの試合への出場権が与えられる。


さあ、伝説の熾天使セラフの名を持つ少年、君の力を存分に発揮してもらおうか。


さあ、童貞チェリーの名を捨てることができるのは誰か? 頑張って欲しい。」


ラドラーはそう訓示すると主催者席へと踵を翻した。


「やってくれるわね。ラドラー君。」

凛の様子を撮影するために同行してきたナディンさんが呟いた。

夫の透とラドラーは親友でもあり、ナディンとも親交は深い。


(では伝説の『コード;エデン』以来のの悪鬼羅刹ぶりをお見せしようか? 我が名がなにゆえに悪魔の名を帯びているのか、その身体に刻み込むがよい。立ち直れぬほどの恐怖とともに。)

息巻くゼルを凛は笑って制した。

(ゼル、騎士とはいえ、相手は素人同然だぞ。しかも、俺だってあくまでも試運転だ。なるべく数をこなそう。)


武装浸礼バプタイズ!」

全選手がサッカーグランドほどの広さの闘技場に一堂に会する。さすがに64人の出場選手が全員フィールドに立つと、やや狭い様子である。

全員が天使グリゴリを起動した。


「やりづらいなぁ」

凛はそうぼやきながら胸の前で腕を交差させる。

「出でよ。気焔万丈ティソーナ 。そして百錬成鋼コラーダ」。


重力子空間アストラルから物質化された二振りの剣が現れ、それを凛はゆっくりと引き抜く。


やや短めの二振りの剣である。金色の束を持ち、装飾が施されている。

ギブソン家の所有する剣で、いわゆる「原器オリジナル」である。


 剣や天使の位階についてはいずれ語るとして、ギブソン家二代、ストーンブレイカー・ギブソンの傑作である。


「ほお、良い物を持っているな。複製レプリカではないな。」

ラドラーが感心したように言う。


「借り物ですよ。そんな大業物である必要はない、と言ったのですがね。」

凛が居候先のギブソン家に刀か剣を借りようとしたところ、娘のビアンカがどうしても、と家宝の剣を持ち出し、父親のラッキースターを仰天させたのである。


「凛が使えば絶対ウチの宣伝になるから。」

渋るラッキースターと遠慮する凛を説き伏せたのである。海賊を掃討した時に使った刀もこの二振りであった。


皆、地上戦デュエル用の重力制御ブーツを履いている。それは、3m以上の垂直上昇は出来ない仕組みになっている。ただ、ジャンプした時点で、そこを「地上(グラウンド)設定」すれば、そこを起点に、再びジャンプを重ねることができる。


よって三次元的な戦いにはなるのだが、連続飛行ができる大天使アーケンジェルを使った「空中戦マニューバ」とやや異なる戦いになるのだ。


試合開始時間になる。

もちろん、童貞杯チェリーカップごときにテレビカメラなど入るべくもなく、中継はクラウド化された義眼による撮影から抽出された動画を再構成して流されるのである。


レフリーが登場し禁則事項を説明する。

当然、初めて参加する者も多く、会場は緊張感で包まれた。


取り敢えず弱そうなヤツを見つけ、何とかここを抜けたい。そんな視線が辺りを飛び交う。


「始め!」

試合開始を報せる空砲が撃たれる。


 ただ、皆考えていることは同じなようで、取り敢えず同じ騎士団に所属するものはチームで動くようであった。凛を3人のチームが取り囲む。


「いやあ、この場合、チーム行動は一長一短なんだけどね。」

凛が垂直に3段を跳ぶ。慌てて彼らも追随する。そして凛は一転落下に入る。彼らも追うが、

突如、再び反転した凛に二人が利き腕を「落とされる」。


 無論、文字通りではなく、ひじに有効な斬撃を当てられたのである。天使で保護されているため、肉体にはなんのダメージもないが、ヒットされるとそれが「ログ」として貯められ、当たった部分の動きが制限されたり、戦闘不能や死んだ、という判断を下されるのである。


 残った一人は慌てて逃げようと凛に背中を見せ、アッサリと地面に叩きつけられると首を「刈られ」てしまった。

「まずは3人。」


 次の相手は騎士らしく堂々と一人で立ち向かって来た。なかなかの剣技だが、速さと技量がまるで違う。2分足らずで斬り伏せられる。

「これで4人」


 今度は5対5のチーム同士で戦っているところに乱入、一方のチームの二人を斬り伏せる。数的均衡を失い、一方のチームが瓦解し、勝利チームが安心したところを襲撃する。その気の緩みは致命的であり、チームのうち3人を斬り伏せたが2人に逃げられる。


「これで9人」

わずか1時間足らずで人数が半減したフィールドで、凛の異質の強さは際立っていたようで、まず全員でこいつを倒そう、という雰囲気になっていた。


残り30人に凛は包囲される。

「そろそろもう少し、手加減をやめた方がいいと思います。」

ゼルが極めてありきたりな結論を述べる。


「さて、どうする?」

事の発端を作ったラドラーが意地悪そうつぶやく。無論、彼に悪意はない。純粋に凛の強さを量りたいだけなのだろう。


「所詮は『烏合の衆』。結論は正解だが、さて、どれだけ連携できるでしょうか? 甚だ疑問です。」

ゼルはもっと皮肉的であった。


「で、この中で俺と組みたい、というヤツは一人もいないのか?」

両刀を手にした凛の放った一言が、彼らの連携にあっという間に亀裂をもたらした。

(そうだ⋯⋯その手があった。)

凛をまず排除する、という結論は正しいものの、強い者に迎合したい、という生物の持つ本能的な欲求とは相反するからだ。


「なんてね。」

一瞬の隙を作った男に一気に詰め寄ると、あっという間に二振りの剣で戦闘不能に陥れた。


「みんな、もっと連携してみようか? 僕の剣は短い。間合いを取ることが基本ではないのかな?」

凛の挑発に、ようやく皆落ち着きを取り戻して来た。


大槍を構え、凛を牽制する。


しかし、速度が違う。凛の重力コントロールによるダッシュの正確さは、騎士になりたての者たちには荷が勝ちすぎた。


「シザーズ⋯⋯。」

録画を見ていたメグが唸る。

ジグザグに相手の槍の制空権内に入り込むといとも簡単にその懐にはいりこむ。槍の穂先をあっさりと交わすと、がら空きになった相手の胴や脚にテンポよく斬撃を叩き込む。


たった数分で5人が倒されていた。

「みんな、そろそろ冷静になろう。目的はポイントを取ることではないのか? 俺ひとりに手こずるより、

もっと身の丈にあった相手と戦った方が、ステップアップには良いと思うが。」

凜の言葉に皆、我に返った。


(しまった。踊らされていた⋯⋯)

みなそれに気づいた頃にはすでに残り20人ほどになっていた。

 無論、すでに凛にかまけず戦いあっている者もいる。今度は凛は戦いの蚊帳の外に立たされることになった。


今度は目の前の敵に集中する騎士の背中に凛の剣が突き立てられる。


「こいつが殲滅戦メレだということを忘れてもらっては困るね。横入りも自由だぞ。後ろにも気を配らないと。」

戦闘不能を告げられた騎士に凛がウインクする。


「これは旧い地球の諺で、『おい志○、後ろ、後ろ』と言うのだ。」

ゼルが得意そうにメグに説明する。

「なるほど、かのシーザーの『ブルータス、お前もか』的な言葉だな。『○村』とは偉大な将軍だったのか?」


「ゼル、変な言葉を教えるな。志○は『喜劇王』と呼ばれたことはあったが将軍ではないよ、メグ。」

録画を共に見る凛がゼルの悪ノリをたしなめた。

「あいーん」

ゼルはそうとぼけた。


結局、三人一組スリーマンセルに徹した三人が、最後の敵として凛と向かい合った。さすがに2時間動き続け、凛はすっかり息が上がっている。


彼らは大槍で間合いをジリジリと詰めて行く。


(そろそろ限界が近いようだな?)

見ているラドラーもナディンもそう感じた。


 凛はスタンピング(重力ブーツで空中を走る技)で上へ上がると、突いてくる槍の穂先を交わし、カウンターで騎士をつき伏せる。


 上に向けた槍の穂先が下がる前にダッシュでもう一人の懐に潜り込むとティソーナとコラーダで斬り刻む。

凛の背中を襲った最後のやりを振り向きざまに交差した二振りの剣で止め、その勢いを活かして槍は弾き飛ばした。

 慌てて剣を抜こうとする最後の騎士を斬り伏せると、勝者が確定した。


「40人斬りか⋯⋯。」

絶句するスタッフたちに

「まあ、なんだ。猫の群れに虎の子を放りこんだようなものだったな。」

涼しい顔で応じたラドラーであったが、正直驚いていた。

(恐らくまだ調整も終わっていないはず⋯⋯。伝説の『最強騎士』の名は伊達では無いな。)


「団長、優勝者が表彰式は疲労のため辞退したい、と申しておりますが。」


控えに戻った凜にナディンさんが駆け寄ると、疲労困憊の凛はふらふらでブラックアウト寸前であった。

「凜、ちょっと無理し過ぎじゃない?」

「それは設定を変更した方に言ってください。⋯⋯すみません。1時間ほど休止します。表彰式は辞退します。」

そう言って凛は眼を閉じた。


「身体はもう良いのか?」

動画を見終わったメグが心配そうに凛に尋ねる。

「心配してくれてありがとう。一気に体力を使いはたしちゃってね。まだ、メリハリが付けられないんだ。」


「それからランチなんだけど、ラドラー卿やナディンさんが一緒なんだけど、良いかな?」

(なんだ、二人きりじゃ無いのか)

メグは少々落胆したが、グラストンベリーでも有名なシェフを擁するレストランだと分かると

「正装が必要かな?」

すぐに気をとり直した。


レストランは祭りの期間中のため、歩行者天国になった路上にもテーブルを並べており、混雑はしていたが、わりとゆったりと食事が出来る雰囲気であった。ただ、真夏であるため、テーブルにはパラソルがついている。


ただ、凛とメグが案内されたのは奥のVIPルームであった。正統十二騎士アポストル団の団長は「円卓」のメンバーであるため、警備上の都合があるのだ。


「メグ、ずいぶんと大きくなったね。」

ラドラー卿は眼を細める。彼女と最後に直接会ったのは、メグがグレイスの侍従ペイジとして付き添って、というか付き添われていた9歳の頃であった。


「お久しぶりです。ラドラー卿。」

メグも騎士の敬礼で答礼する。

「最近は、メグったら凛と仲良しなんですよ。」

ナディンがそう付け加えると、

「そんなこと……まあ、色々と関わりがありまして⋯⋯」

と口ごもった。


「この体でラドラー卿とお目にかかるのは初めてでしたね。実はラドラー卿とはできるだけ早めに接触(コンタクト)をとりたかったのですよ。」

凛がそう切り出す。

「例の件か?」

例の件とは、メテオ・インパクトの危機が訪れていることである。

「ええ。観測によればまだ時間はあるのですが、惑星防御システムに問題がありましてね。」

聖剣エクスカリバーにか?」


「そうです。あれはあれで、反物質砲という強力な兵器なのですが、あれだけでは対処しきれないことが分かったのです。」


 凜は準惑星に近い巨大な小惑星「デストロイヤー(仮称)」が近づいていることを告げた。

「ぶつかるのか?」

ラドラーの声には不安が混じる。

「直接当たる可能性は低いのですが、『すれ違う』だけでも被害は甚大です。」


凛は食事を取りながら説明する。惑星スフィア全土、そしてスフィアと対になる連星、ガイアの協力を取り付け、その力を結集して新しい惑星防衛システムの構築が必要なことを。

「君はそのために人間ひとの身体を着けたのか?」

ラドラーの問いに凜はうなずいた。


「こんな大事なこと、執政官コンスルのテイラー卿には連絡したのか?」

ラドラーはテイラーの気難しそうな顔を思い起こしていた。彼は警察にあたる護法アストレア騎士団の団長であり、何よりも規律と服従を重んじる堅物である。


「いいえ、彼に関しては気になる噂があるため、軽々には一任できないのが現状です。ですから、正式には年末に直接、円卓の方へ伺うことになるでしょう。国王の正式な使者としてね。」

ラドラーはその時、理解した。

士師ジャッジになるのか?君が。」


 凜は黙ってうなずいた。士師とは国難の際、肉体を持たない国王に代わり、民衆を指揮する人類の最高権力者だ。

「しかし、タイミングが悪かったな。もう1年早ければ選挙大戦コンクラーベに間に合ったのに。」

最強騎士である凜の身体が万全であれば、合法的に指揮権を獲得できたに違いない。


「今年の選挙大戦コンクラーベの勝者はおそらく『黙示録アポカリプス騎士団』となるでしょう。次の執政官は団長のマッツォ・フィーバー・メンデルスゾーンがなるでしょうね。」

凜の指摘にラドラーも苦笑する。

「今度は教頭が校長になるのか。」

マッツォはハワードの右腕であり、彼の後継者と見込まれていたのだ。


「まあ、生臭い話はこれくらいにして、凜は『若者』らしく青春を謳歌してくださいな。」

ナディンはそう言うと、メグと二人、部屋から追い払われてしまったのである。


 少し重い話だったせいか、しばらく無言で歩いていた二人だったが、

「そういえば、マーリン卿も試合があるのではないか?」

思い出したようにメグが凜に尋ねた。


「まあね、彼については心配ないよ。……むしろ問題なのはリックの方だ。」

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