第11話:のんびりすぎる、雌伏。

[星暦1549年7月15日]


「凛、ハヤーク、オキテクダサーイ。」


刀匠ギブソン工房の朝は早い。夜明けになると、刀匠のラッキースターが凜の部屋まで来て、起こしてくれるのだ。

凛は眠気眼を擦る。疲れは無いが、まだ寝足りない。あたかも掛け布団の奥に妖精が潜んでいて、元いた布団に再び足を引きずり込まれてしまうかのようだ。


「この身体、まだ成長期なのか。」

凛は手を動かし、感覚を確かめた。その様子をギブソンはしげしげと観察している。


「凛、ツカーレアリマスカ?」

たどたどしい眷属語ハイ・エンダーズ、つまり、地球時代の大和語である。無論、凛も旧世界で英語と呼ばれていた標準語スタンダードを理解できるのだが。


「師匠、無理に眷属語ハイ・エンダーズを使う必要は無いですよ。ちゃんと標準語スタンダードでしゃべれますから。」

凛が遠慮を示すと、ラッキースターは熱弁する。

「いや、やはり刀は眷属の魂、それに近づくには言葉は重要なのだよ。

せっかく本物の武士サムライがここにいるというのに。」


(いやいや、僕は騎士なんですけどね。)

凛はそう思ったが口にはしなかった。


凛は自分のDNAをもとに出来上がった身体に自分の脳をいれ、その二者が適合するまでの期間をこのギブソン工房で厄介になっているのだ。

凛の調整チューニングを担当するのは不知火ナディン博士。透さんの奥様である。


凛は作務衣に着替えると工房へ入る。まだまだ素人でしかないが、片付け程度は手伝うことができる。


スフィア王国の主な産業は軍需産業であり、通商国家であるフェニキアを通して全銀河に流通されている。

 この惑星の先住民であるゴメル人の開発した武器と防具を一体化した兵器「天使グリゴリ」。

当初は銃とパワードスーツを組み合わせた無骨極まりないものであった。当初は発掘兵器であったこの武器を使い、500年前の解放戦争を戦っていたのだ。


そして、戦いの指導者であった「救国卿」不知火尊=パーシヴァルは戦争の費用をフェニキアに借り、その莫大な借金の返済のために、天使の複製レプリカを作らせ、フェニキアに物納したことが起点となっていた。


 しかし、幾つかの技術革新イノベーションによって、その形態は徐々に変わっていった。


一つは重力子シールド技術の確立である。


それによって弾丸やレーザーが効かなくなってしまったのである。そのシールドを破るためには、同じ重力子で作った武器で一定時間、あるいは一定のインパクトで干渉しなければならない。それを「重力子共振」という。


そのためには刃物の形態の武器が有効になったのである。そのため、刀、剣、槍の形態の武器が主流になっていった。現在、重力子でコーティングした弾丸が開発されているが、あまりにも生産コストがかかりすぎるため、その一つ先の重力子レーザーが研究されているのだ。


ちなみに刀と剣の違いだが、刀身に重力子金属をコーティングするのが剣、物質金属と重力子金属を折り重ねて鍛え挙げるのが刀である。


 よって、剣はとにかく丈夫で強いインパクトを与えられるのに対し、切れ味が鋭く、重力子共振をおこして切り込んでいくのが刀、ということにもなる。


さらには、重力子シールドは物質の重さも遮蔽するため、刀も剣も槍も大型化する一方である。


さて、工房の手伝いが終わると、凛は道場に入り、竹刀を振る。道場の横には弓道場もあり、2日に一度はそちらでも稽古をつける。重力子兵器は竹刀ほどの重量になるよう設定されることが多いためでもある。


最初はぎこちなくて、自分の思い通りに身体を動かせるものではなかったが、最近、ようやく思い通りに動かせるようになってきたといえる。また、スタミナもついてきて、持続時間も長くなっている。


そして、稽古が終わると朝食である。準備してくれるのはラッキースターの妻ベロニカと娘のビアンカである。


食卓は師匠を上座に据え、内弟子や職人たちも共に囲む。凛は一番の下座に場所を取ると、ビアンカも自分のお盆を運んで凛の横の席に陣取った。


「凛、隣に座ってもいい?」

座ってから凛に尋ねるのだが、周りの弟子たちは快く思ってはいない。彼らの冷たい視線が凛へと突き刺さる。


ラッキースターの子に男子がいないため、ビアンカを娶る者がその後継者としてギブソンの名を継ぐものと内弟子たちや職人たちは勝手に踏んでいるのだ。

 凛としては刀匠になるつもりはないので、ライバル視されるのはいささかもって不本意であった。

もちろん、ラッキースターも娘の結婚と跡継ぎは別だと考えている。


「うん。いいよ。ビアンカも朝食の準備を手伝ってくれたの?」

「うん、そうだよ。」

凛の問いに彼女は満面の笑みで答える。凛の身体の設定は「15歳」であり、同じように15歳になる彼女にとっては一番親近感を感じるのであろう。

「美味しいよ、この味噌汁。」

「出汁は顆粒だけどね。」

料理を褒めると彼女は嬉しそうに頷いた。


「凛、今日も騎士団に行かれるですね?」

ロイドが急に話を振った。


「はい、ナディンさんにご厄介になっていますので。」

『聖槍騎士団』と聞いてロイドの弟子たちから失笑が漏れる。それもそのはず、『最弱の騎士団』として知られているのだ。


聖槍騎士団は医療騎士団であり、戦場や災害地に「旅団」を送り込み、敵味方関係なく医療を施すものである。

 創設者は救国卿不知火尊という名門である。敵だろうと民間人であろうと重傷者から治療していくという鉄の掟があり、ある者は賞賛を与え、ある者は偽善に過ぎぬと陰口をたたく。

 衛生兵や医師を育成しており、「人を殺した数よりも、救った数で位階が上がる」、あるいは「主武器メイン・ウエポンはメス」という異色の騎士団である。

 かつては武技でも最強を誇った騎士団であり、戦場では敵どころか味方からすら攻撃されかねない危険から、武芸は殊の外重視されていた。

 しかし、平和な時期に時代に差し掛かると、医師になりたいだけの志願者ばかりになり、騎士としての武技に関してはレベルが下がっていく一方なのだ。

 正統十二騎士団アポストルと呼ばれる由緒正しい名門だが、最近は六大学野球の東●大の扱いである。


聖槍騎士団あそこだったら私でも入れるかな?」

ビアンカが脳天気に言う。

「お嬢の騎士姿も見てみたいですね。」

内弟子たちからおべっかが出る。


「うーん、考えちゃおっかな。」

ビアンカは凛に意味ありげな微笑みをかけた。


凛が床の間の座布団の上に綺麗な「天使グリゴリ」の小匣デバイスが置かれているのを見た。

天使グリゴリ」は大抵、A7程度の大きさの小匣デバイスに納められている。その箱は美しい装飾が施されており、由緒ある騎士団の所有するものを再調整オーバーホールに出しているもののように思えた。


「あれは?」

凛が尋ねるとラッキースターは嬉しそうに答える。

「あれは、うちのオヤジ、ストライク・ギブソンの傑作『心地光明クラウ・ソラス』だ。最良大業物だよ。再調整オーバーホールに出されていてね。

いや、いいね。私もいつかあのような名刀を鍛えてみたいものだ。」


以下延々と話が続いた。

「ご馳走様でした。私は時間ですので。これにて。」

凛は膳を持って下がろうとする。騎士団への出仕の時間が迫っていたのだ。


「凛くん。」

ラッキースターが呼び止める。

「その『心地光明クラウ・ソラス』を届けてくれまいか?」


「はい、構いませんが。どちらまで?」

「マグダレーナ・エンデヴェール嬢が、来ているのだよ。アヴァロンにね。」

「それを受け取るだけのために?」

凛はメグが剣を取りに来るためだけに惑星の三分の一の距離があるグラストンベリーからわざわざやって来たことに驚く。


「それほど不思議なことでも無いよ。このクラスの刀剣の運搬には多額の費用や保険が関係するからね。自分で取りに来た方が安上がりだろう。」

ラッキースターはさも当然のように言った。


ギブソン工房はエンデヴェール家の天使と刀剣を一手に引き受けているのだ。ビアンカがむくれた。

「むう、パパ。凛くんとメグさんを会わせちゃったの? 私、聞いて無いよ。」


「ビアンカ、ジェラシーですか?」

父にからかわれ、彼女は

「知らない。」

とプイッと広間から出て行った。


ラッキースターは両手を広げ首を竦めてみせる。

「年頃の女の子は難しい。」

凛も同じジェスチャーをする。

「ですね。」


 聖槍騎士団では内弟子たちの想像とは違い、旅団長待遇である。「待遇」となっているのは、凛がまだ「平」の騎士だからである。


騎士までの昇格は騎士団に一任されているが、「人位」、「地位」と昇格するためには戦闘に参加したり、試合での勝利が求められているのだ。


 いわゆるレーティング制なのである。

と、いうわけで騎士として対外試合の経験の無い凛はポイント0、たとえ強くてもそれだけで位階が上がるわけでは無いのだ。


 一定のポイントが集まると、昇格の資格を得られる。無論、それだけでなく人格などの素養も要求される。

 戦闘に参加する騎士は「修道騎士」と呼ばれ、いわゆる聖職者なのである。

一般の人に比べてはるかに高い殺傷能力を有する人間をコントロールするのは難しい。


一番簡単なのは宗教を使うことである。

 宗教によって、人は死への恐れを超越できるし、神への畏れによって、強姦や略奪、といった戦闘中の無法を抑えることができるのである。


 それで、騎士団の紋章には大抵、「Et legem regis nomine」(王と法の名のもとに)、というラテン語の文字が入れられていたり、略して「L&R」という字が意匠に含められているのだ。


 凛の執務室の扉には「第13旅団」というプレートと漢字で「国士無双」と描かれた旅団章が貼られている。現在の団員は凛とマーリン、そしてリック3人しかいないのである。


「凛、ナディン先生がお呼びだよ。」

マーリンが凛に告げた。


「うん、じゃあ行ってくるよ。」

ナディンの研究室は騎士団の旧棟にある。

夏の暑さを避けるために欅が南側に植えられており、涼を提供していた。


「久しぶりだな、凛。」

3ヶ月ぶりに会ったメグは来月から始まる一次リーグに備えてトレーニングを積んでいるのだろう、女性として美しく成長していると共に、精悍さも増していた。


「メグも元気そうだね。」

凛も女の子に逞しくなったね、とは言えず、無難に再会を喜んだ。

「そうだ、まずは預かり物を渡しておくね。」

心地光明クラウ・ソラス』を受け取ると、メグは眼を輝かせ、愛おしそうに身につける。


「メグ、剣の調子を見たいんじゃなくて? 試して行ったら。」

ナディンは凛と手合わせするように勧めた。


凛は体の各所に電極のようなものを貼られると、メグと対峙する。

「ナディン先生、今日は少し『本気』を出しますね。」

凛が剣を構えながら言った。背中から一対の光翼が顕れる。


メグの眼の色が変わる。

「手加減無用でお願いします。」


一礼してから正眼に構え、互いの剣先を触れ合わせる。


メグが掛け声とともに打ち込んでくる。剣が正面からぶつかり合い、ガッ、という鈍い音が響く。


(やはり、あの時ほどの動きではない。)

メグは海賊5人を数秒で倒した時に見せた凛の動きとの違いを見てとった。


 凛はメグの剣を受け流しながら、メグに斬りかかる。メグはそれを華麗に避けると剣を振り抜いた体勢の凛にうちかかる。


それを受け止める凛は、その切っ先の鋭さに、柄を握った手にしびれをおぼえた。

「良いね。」


メグの剣撃をことごとく受け止める凛に最初は手加減していたメグも本気を呼び覚まされていった。


二人は息の合った演武をするかのごとく撃ち合う。


(なんだろう。既視感のある手捌きだが。)

メグは3分のラウンドが終わると、かなり息があがっていることに気づいた。


「ところで、『心地光明クラウ・ソラス』の調子はどうだった。メグ?」

ドリンクを手渡しながらナディンが尋ねた。


「え、ええ。問題無い。」

これがただの手合わせであることに気づいたメグが慌てて『心地光明クラウ・ソラス』を見やる。

(しまった。試合に集中しすぎて、調子を見るのを忘れていた)


凜がタオルで汗をぬぐいながらメグに尋ねた。

「ねえ、さっきの手合わせ、グレイスさんの技をトレースしてみたのだけど、どうだった?」

「団長先生の?」


凛の言葉にメグはやっと気づいた。

(そうだ、師匠の手捌きだ。だから前回とは違ったのか⋯⋯)


「なるほど、その方が剣の様子はわかりやすいわね。普段通りの動きですもの。呼吸も合わせやすいわね。」

ナディンさんが会話に割って入る。


「ええ、僕もそう思って。」

(思っただけで真似できるものでもあるまいに。)

屈託のない笑顔を浮かべる凜をメグは驚いて見つめた。


「凛、あなたの反応速度、大分良い数値になって来たわよ。」

ナディンが目を細める。

「しかし、生身でこれだけ激しく動くと、まだまだ反動が酷いんですよ。」

そう答えて凛はもう一度汗をぬぐった。


「そういえば、あの密航者のコック君はどうした?」

メグが思い出したように尋ねた。


「リックのことだね。」

リックはあっけなく旅団の転属を認められていたのだ。

くだんの密航事件から3ヶ月、リックはゼルの「調教トレーニング」を受けているのだ。

 たとえ武技は拙くても、ゼルの求める動きに付いて行くにはまず体力と、筋力、柔軟性が求められているのだ。


 三人が修錬場に行くと、リックはハードなカリキュラムに取り組んでいた。

彼が疲れてよれるとすかさずゼルの檄が飛んだ。


「さあ、少年。目指すのだ、パラベラムゲートを!」

「少年は女子にもてたいのだろ? さあ、カッコ良いところを見せてみろ。」

「どうした少年、美少女に囲まれ、サインをねだられる自分を想像するのだ。」

一風変わった檄だが、その言葉はリックの肉体が躍動するエネルギーとなる。


「どうやら、こってりと絞られているみたいね。」

ナディンはウインクした。ナディンとしても、ゼルの実験に並々ならぬ興味があるようで、ゼルに全面的に協力しているようだ。それが、彼の転属の追い風になった、というわけだ。

 スフィアと時を同じくして人類が入植した、連星ガイアでは、脳波で操縦するロボット、「傀儡マリオネット」が主流であり、ナディンとしてもそれに通ずる技術を習得したいようだ。


リックはまだ、武術を磨くことよりも、今はひたすらトレーニングらしい。

「あれだけのトレーニングを毎日こなせば、案外普通に強くなるのではないか?」

感心したようにメグが言う。

「できれば、そうなって欲しいけどね。」

凛は苦笑した。


「ところで凛、君は来月の夏の大祭にグラストンベリーまで来る予定はあるのだろうか?」

メグが尋ねた。

 スフィア王国では1年に3度の大きな祭りがあり、主都グラストンベリーで行われる夏の大祭は『慰霊祭』とも呼ばれ、その期間中に奉納武芸会が数多く行われる。


ここで位階を上げるためのレーティングを取得できる。とりわけ、天位以上が参加する大会は夏の大祭の主会場となるグラストンベリーで行われるため、強豪の騎士が集結するのである。


また、選挙大戦コンクラーベの予選の結果が出されるのも夏の大祭であり、世界中から、また銀河系のあちらこちらから観光客も押し寄せるのである。


「そうだね。それまでに身体が仕上がっているかな。まあ、リックやマーリンのこともあるし、前向きに検討する、ということで。」

彼らも昇格戦に参加する必要があるのだ。


「私からも透卿にお願いしてみよう。」

メグはそういいながら、ぼんやりと凜との『お祭デートプラン』を思い巡らしていた。

「あらメグ、どこのお店に凜を連れて行こうかもう考えてるの?」

ナディンさんにつっこまれて

「ち、違います。」

メグは慌てて否定した。


[星暦1549年7月17日]


「祭? ああ、良いよ。どうせ俺も行かなきゃならないものだしね。幹部たちに君たちの旅団の正式な立ち上げを認めさせるためにも、三人とも昇格は不可欠だろう。」

透は凛の要請に快諾した。


「祭? グラストンベリー? マジですか? 俺デビューですよね?」

決定を聞いたリックは飛び上がらんばかりに喜んだ。「ばかりに」というか実際にジャンプして喜びを体いっぱい表した。


「俺の執政官コンスルへの道がここから始まるんだ。」

リックは高らかに言う。

「おい、少年、その自信はどこから湧いてくるのだ? こればかりは凛にも見習わせたいものだ。」

ゼルが呆れたように呟く。


「じゃあゼル、適当な奉納試合ところを見繕って、エントリーしておいてくれ。」

凜はゼルに頼んだ。

「了解。」

ゼルがにやりとする。


 5年後の選挙大戦コンクラーベを見据えた凜たちの挑戦がここから、始まる。

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