第10話:ふてぶてしすぎる、密航者。

[星暦1549年4月14日]


「騎士の皆さん、ここは私共にお礼をさせてください。今夜は是非、皆様を我々にもてなさせてください。」

村長が申し出てきたのである。


「いや、僕たちは騎士として当然の事をしたまでのこと。どうぞお気になさらず、ぜひ、村の復興を最優先にされてください。」

凛はそう言って固辞しようとした。しかし村の人たちも引き下がらなかった。


「では、助けられた者として当然のことをさせてはもらえませんか?」

見事に返されて凛は困ったような笑顔を浮かべた。


マーリンは少し考えてから

「トリスタン、ここは受けて差し上げたらいかがかな?」

そう勧めた。


 そこで、村をあげての宴会になったのである。


「家に被害を受けた皆さんは、どうぞご無理をなさらないでくださいね。」

凛太朗は遠慮したが、彼らの救助を恩に感じた村人たちは挙って彼らをもてなした。


 その会場は「スフィア=ヌーぜリアル友好記念会館」つまり、メグのご先祖様の所縁の場所であった。

もともとは廃校跡を住まいに改造したものであり、体育館はそのまま村の公会堂のように用いられていたのである。


 「聖槍騎士団」は500年以上も昔、この村で3年を過ごした救国卿ロード・セイバー 不知火尊=パーシヴァルが創設したものである。ゆえにこの村とは縁が深く、リックが聖槍騎士団を志したのもそのためだったのである。


 感慨深そうにメグは館内を見学していた。かつてここで暮らしていた憧れのアーニャ・エンデヴェールの姿が目に浮かぶようで、彼女は遺された家具の背を愛おしむようにそっと指でなぞった。念願かなったメグは嬉しそうであった。


メグは帽子を深くかぶって耳を隠し、自分が「エルフ族」であることがばれないように気をつけながらであった。


しかし、村人たちはメグを見かけると駆け寄って礼を述べたり、村の女の子たちは春の花で作った花冠をプレゼントしてくれた。

「お姉ちゃん、かぶってみて。」


 子供たちのきらきらとした目でのリクエストを彼女は断れなかった。

メグがそれを頭に載せてみた時、髪をおろして、耳がばれないか心配ではあったが、大人たちはだいぶお酒が進んでいるようで、気にしている者はだれもいなかった。


「凛、良い事をして、感謝されるのは気持ちの良いものであるな。」

宴の席で壇上に祭り上げられた3人であったが、皆が宴を心から楽しんでいる様子は彼らを十分に満足させるものであった。


「そうだね。僕たち騎士は目立たない仕事も多いし、感謝されるどころか罵られることもあるからね。

だから、今日みたいに感謝された事を心に刻んでおきたいものだね。傲慢になることなく、自尊心を高めるために。」

凛はそう言いながらも

(考えてみれば、王女として生を受けたこの子にとって、高貴者の責務ノブレス・オブリージュは既に当たり前のものなのかもしれないな。)

そう考えていた。


 メグは横目で凜を見やる。宴会で盛り上がる人々を見つめるその横顔は、懐かしいものを見ているような表情にも見えた。


一方、リックは無事な家族と再会し、騎士への叙任を告げることができたようで喜びを分かち合っていた。リックは幼い弟妹がたくさんいる家族の長子であるようだ。幸い、海賊の誘拐から奪還された弟もおり、家族の喜びもひとしおだったようである。


「少年。今度騎士になるのでしたか。先ほどは子供扱いしてしまい、申し訳ありませんでした。」

マーリンはリックの肩を叩いた。


 リックも腕を振るい料理を作った。彼は料理番としては定評があり、舌の感覚はほかのどの五感にも勝るものであった。もともと、家族が多いため、幼い頃から家事の手伝いに明け暮れていたことの賜物でもあるようだった。


「おや、リチャード君は料理がお達者ですね。調理師への道は選択肢には含まれてはいないのですか?」

マーリンは料理を褒める。


「俺は、騎士になりたいんですよ。⋯⋯それで、マーリンさん。あの、僕を皆さんの旅団に入れてもらえませんか?何でもやりますから。」


急にリックはマーリンに頼み込んだ。

「どうでしょう。まだ、正式には私たちの旅団の立ち上げが認可されたわけではありませんから。」

そう、にべもなく断られる。

(どう考えても騎士には向いていないでしょう。この子は。)

これがマーリンの正直な感想であった。


「そ、そうですか……。」

がっくりと項垂れるリックに

「ご期待に沿えず申し訳ありません。でも、研鑽を怠ることなく精進に励めば、共に戦う日もあることでしょう。」

マーリンも謝り、励ますにとどめた。


[星暦1549年4月15日]


翌朝、なおも引き止める村人たちを振り払うかのように凛たちはアヴァロンに向けて出立した。彼らはたくさんの「お礼」といっての野菜などを「利休」に積み込んでくれた。


「もうこれ以上は必要ありません。」

そう断っても彼らは引き下がらなかったのだ。海賊の主な狙いは人身売買用の幼児なので、子どもたちを守ってもらえた、という彼らの感謝の念は非常に深かったのである。


 やっとのことで、まさに逃げるように村を後にした3人であった。

彼らは飛空艇「利休」で待機していてくれた乗組員クルーに、村人から貰った料理を食べてもらった。


 それから、一路アヴァロンへと帰投するのである。


「なんか色々あったけど、これで良かったんだよね。」

苦笑する凜にメグもマーリンも頷いた。

「私も、念願叶って『記念館』を見ることもできたし、人助けもできた。充実した休暇だったよ。」

メグも満足げであった。


異変は、飛空艇「利休」がアヴァロンに近づいた頃に生じた。密航者である。


「凛、聞きたいことがあります。」

ゼルが凛に尋ねる。

「どうしたの、ゼル。改まって。」


「凛はリチャード・ウインザーという少年を、旅団への入団を許可しましたか?」

ゼルの質問は意外なものだった。

「いいや。そんな記憶はないよ。なぜ、そんなことを聞くの、ゼル?」

凜は不思議そうに訊き返した。


「その少年がこの船に乗っているからです。」


「え?」

メグもマーリンも乗組員クルーたちも驚きの声を上げる。

「どうやって?」

船の安全も運行もゼルに任せきりにしていたからだ。


「村人の「御礼の品」に彼が入っていたのです。」

「どうして気がつかなかったの?ゼル」

みな動揺は隠せない。


「当然、把握はしていました。本人が自分も『お礼の品』の一部で、何でもするから連れて行って欲しい、と言われたのです。」

ゼルは説明する。マーリンはため息混じりにゼルに告げた。


「ゼル、とりあえず当人を連れてきて」

ブリッジに現れた少年は緊張した面持ちで現れた。


マーリンはリックに尋ねる。

「リチャード君、いったいどういうことか説明してもらえますか?」


 少年の名はリチャード・「ウインザー」。


 ただし、「ウインザー」というのは彼がそう名乗っているからで、本名ではない。本名はリチャード・ヴィントハウス。村のいたって普通の家の子どもである。


 リックは少し変わった子どもであった。かなり「誇大妄想(中二病)」的な部分があったのだ。


 自分のことを500年前の救国の英雄『不知火尊』の生まれ変わりであると信じていたのだ。

「俺は騎士になる。それも最強のだ。」

それが、従騎士エスクワイアになった頃の口癖だった。


当然のことながら彼の言うことなど誰も取り合ってはくれない。


 皆は彼を(不知火尊の民衆からの愛称である)「大公さん」とからかって呼んでいたが、彼は間に受けているようで、しかも満更でも無かったようである。


彼は『良く出来た』子どもではあったが、所詮、『十で神童、十五で才子、大人になれば』なんとやら程度のレベルに過ぎなかったのだ。


 侍従ペイジとして優秀な成績を収めていた彼は、従騎士エスクワイアに昇格すると同時に、村の駐屯所ではなく、本部で研鑽するようアヴァロンへと招待されたのである。家族は反対したが、彼の意志は揺るがなかった。


これは、選挙大戦コンクラーベに出場者を養成するためであり、彼に騎士としての未来が開けたことを意味していた。


そこでも彼は順調に成長し、自分の編み出すであろう「必殺技の名前」を考えたり、コンクラーベで優勝した時の「決めポーズ」を考えたり、ファンに求められた時にする「サイン」を練習したりと割と痛々しい感じの少年へと成長する。


彼に「転機」が訪れたのは騎士への昇格試験に合格が決まった3ヶ月ほど前のことであった。


 彼のアルバイト先である「カフェ・ド・シュバリエ」での出来事だった。

店の立地の関係でカフェには聖槍騎士団の団員が訪れる。彼は「先輩騎士」たちに今年の選挙大戦コンクラーベの展望について尋ねた。


「聖槍騎士団(うち)は実際、どれほど強いのですか?」

彼の純粋な問いかけに、かえって来た答えは余りにも残酷なものであった。

え、何言ってんの?という表情を浮かべてからリックは残酷な現実を突き付けられたのである。


「いや、強いも何も『参加することに意義がある』、というレベルだよ。」

正統十二騎士団アポストル」の一角を占める聖槍騎士団として、もっと華々しい答えを期待していた彼は愕然とする。


「うーん、話そうか迷っていたんだけどねえ。」

客たちが帰った後、頭をかきながら彼の叔父でもあり、この店の店主でもあるヘンリーが付け加えた。

「ここ最近、すっかり聖槍は弱くなっていてな。なにしろ医者志望のやつが多すぎて、逆に修道騎士(戦闘を主な任務とする騎士のこと)を目指すやつがめっきりと減ってしまったのさ。今や騎士団といっても頭でっかちの『もやし』集団でしかねえ。」


つまり、選挙大戦コンクラーベの本戦に出るには出易いが、まさに出るだけ、ということになってしまう。リックの中の輝かしい未来予想図はガラガラと音を立てて崩れていくようだった。


選挙大戦コンクラーベで活躍。 人気者になる。人望を集めた俺は、やがて騎士団長になり、俺が率いる旅団が選挙大戦コンクラーベで優勝するんだ。そしていずれは執政官コンスルになって国難に立ち向かう。

 そして、士師になるんだ。そして、気高く、美しい妻を娶る。俺の名は永遠に刻まれるんだ。」

しかし、その第一歩あたり、いやその手前でつまづきそうであった。


無論、彼の腹の中にあることをそのまま言うわけにはいかない。

(なんとか説得しなければ)


リックは今回の海賊事件で、自分がいかに未熟だったことを思いしったか、

3人の戦いっぷりにいかに感銘を受けたかを滔々と語った。


「何でもします。だから、俺を皆さんの仲間に入れてください。」

土下座を始めんばかりの勢いだった。


「ところでリック、なぜ君は騎士になりたい、って思ったの?」

凛は改めて尋ねた。


(来た。)

リックにはとっておきのエピソードがあるのだ。

おとこになりたいんです。そう約束したんです。」

リックはそう答えた。


「問題ない。だいぶ粗末な「もの」ではあるが、男性器はちゃんと付いている。あなたはすでに男で間違いない。」

 ゼルがまたぶっこんでくる。リックはやや傷ついたような顔をした。ゼルはリックのボディチェックの際に、しっかりとそちらも確認しておいたようだ。


「ゼル、『粗末』とか言わないの。で、リチャード、どういう意味か聞いていい?」

さすがに気の毒に思った凜がゼルをたしなめる。ただゼルは少しも悪びれた様子はない。

「すまない。話を続けてくれ、『お粗末』くん。」

「ゼル。リックは6人兄弟だけど、『6つ子』じゃないから。」


 それは、今から8年ほど前の事だったという。

家族でアヴァロンへとバス旅行をしたリックの一家は、帰路に乗り合わせたバスが、道を外れ、ガードレールを突き破り、崖から転落したのだ。


幸い、子供達に怪我は無かったものの、母親が重傷を負ったのだ。

「ママが死んじゃう。」

血を流し、母親が意識が朦朧としていたところ、救助に駆けつけてくれたのが

『聖槍騎士団』の救急飛空艇だったのだ。


医療騎士(スフィアでの医師)の迅速で適切な処置によって、母親は一命を取り留めたのだ。


心配そうに母親を見つめる子供達に医師は

「大丈夫、君たちのママは必ず治るよ。」

と力強く励ましてくれたのである。


そして、母親の意識が安定し、もう大丈夫、とわかった時の瞬間は今でも忘れられない、という。


「俺は、どうしても先生にお礼がしたくて、その時持っていたお小遣いをすべて差し出そうとしたんだ。そしたら、先生は言ったんだ。

『私は君のお母さんを、お金のために助けたんじゃない。私は正義を愛する騎士道精神に法り、自分の最善ベストを尽くした。ただ、それだけだ。


だから君も他の誰かを助けるために自分の最善ベストを尽くしなさい。

それが、君が私にできるたった一つの、そして最高のお礼だ。』


だから俺は、自分も騎士になる、誰かの助けになれる騎士になろう、そう先生に約束したんです。

 ただ、今の自分は、気持ちだけが空回りしていて、今回もただの足手まとい

だったし。

 だから、俺も強くなりたいんです。強くなって、真のおとことしてみんなの役に立ちたいんです。」

もちろん、これは彼が聖槍騎士団を目指した「きっかけ」ではあったが、成長とともに願望は変質するものである。


「ふむ。意外にまともなことを言いいますね。『お粗末』くん。」

ゼルが感心したように言う。

「てっきり、海で溺れかけ、凶悪な「海Oオー類」に襲われていたところ、麦わら帽子を被った赤髪の海賊に命を助けられたのかと思いました。その海賊は彼の命を助けることの引き換えに、片腕を犠牲にしてくれたのです。」

どこかで聞いた覚えがある話を放り込んでくる。


「ゼル、それじゃリチャード少年は『騎士』じゃなくて『海賊』目指しちゃうでしょ。」

凜がツッコミをいれるが、それがゼルの狙いだったのだ。

「海賊Oオーに俺はなる!」


「ゼル、かなり際どいですよ。まったく伏字にもなっていませんし。でも、リチャード君、それなら、別にうちの旅団でなくても良いのでは無いですか?」

マーリンは尋ねる。聖槍騎士団の中でも、凛の旅団はまだ承認を受けているどころか立ち上がってさえもいないのである。


しかし、リックにはリックの思惑があった。

「僕は聖槍ならここしか無い、と思っています。」

そして、叔父に聞いた、聖槍騎士団の実情を話した。


「まあ、確かにミソッカスですね。」

マーリンが苦笑いを浮かべながら言う。

「ミソッカス?」

ゼルが聞き返す。


「ええ、解りやすく言えば東京六大学○球の東○大学みたいな感じです。」

マーリンの解説にゼルがふむふむと頷く。

「なるほど。Jリー◯黎明期の浦◯レッズのようなものだな。」


「ちょっと、現代いまの人に通じない解説をしないで。」

頭にクエスチョンマークを載っけたままのメグとリックを見かねて凛が苦情を入れた。


「リチャード君。まあ、あなたの仰りようは理解しました。ただし、私の一存ではいろいろと決めかねる案件ですので、アヴァロンの本部に着いてから、団長の透さんに具申してみてください。しかし、密航は密航です。法に遵じて拘束させていただきます。」


取り敢えず彼に手錠をかけ、処置室に隔離することとした。飛空艇『利休』も医療艇であるため、捕虜などの監禁施設はないが、その代わり簡単な手術室である「処置室」があるのである。


「しかし、ゼル。きみが人間に興味を持つのは珍しいね。いったい彼に何かあるの?」

騒ぎがひと段落したところで凛はゼルに尋ねた。


「『お粗末くん』には、物凄い強慾がある。権力、名誉、富、そのいずれにも飢えているし、目的のためなら他人を蹴落とす覚悟もできている。わたしは今どきの少年に、あれだけの物を見たことが無い。

 私はあのものの強慾がどちらに向かって突き進むのか、見てみたい。」

ゼルの言い分に皆理解しがたい、という表情を浮かべる。


「まあ、確かに私も凛も、欲に関しては淡白ですからねえ。」

マーリンが思いついたように呟いた。


「まあ、だからこそ、これまで腐敗無き政治が出来て来たわけだけどね。」

ティル・ナ・ノーグの住人たちには自分の欲望を即座に叶える能力がある。


食欲だろうと性欲だろうと、あるいは物欲であろうと全て、自力で満たすことができる。電脳空間の住人だからだ。


「まあ、欲しているのは『脳』だからな。すべての欲は『信号データ』でしか無い。実際に手にしなくても、脳がそう感じれば、それが真実だ。


そして、俺たちはキング・アーサーの一部として、国王という最大の権力も持っている。だから、わざわざ腐敗する必要が無いからな。」


凛は、さらにゼルに尋ねた。

「彼は、戦闘力としてはどうなの?」


「それは彼次第だ。残念ながら武技に関して、彼に天凛はない。」

ゼルに「あっけ」なく否定され、3人は「あっけ」に取られる。

「実は、私には試したいことがある。」


凛とマーリンは嫌な予感に顔を見合わせた。

憑依ポゼッシオだ。」


やっぱり、と二人はため息をつく。

「これで即戦力間違いなしだ。」

ゼルは手を腰に当て胸を張る。いかにも良いアイデアだと言いたげだ。


「ポゼッシオ?」

メグが怪訝そうな顔をして尋ねる。

「ラテン語で言えばカッコ良い、と思うのはそれこそ中二までだろ。」

凛が自分で説明するように勧める。


「それは、私が彼の脳波を操り、彼を自在に動かすのだ。彼はただ立っているだけで達人クラスの動きが出来るわけだ。」

ゼルはどうしてもこの実験となる玩具おもちゃ⋯⋯ではなく実験動物モルモットが欲しかったようだ。


「私は御免蒙りたい。譬え弱かったとしても、己の足で立ち、己の腕を振るい、己の知を尽くして戦いたいものだ。」

メグの言葉に二人は頷く。


「メグ、あなたは強い。そして天に愛されている。だから、そう言えるのだ。ただ、覚えていて欲しい。たとえ自分の手にあまるものであったとしても、力を欲する者は引きも切らない。それに溺れて自分を見失うものも。それに呑まれて害を為す者に変わり果てようとも、だ。

 力に貴賎はない。ただ、それを手にした者の心にこそ貴賎が生じるのだ。気高くあれ、マグダレーナ。」


皆が感心して聞いていると、ゼルがうっとりとした表情で言う。

「今の私、カッコ良かったですか?」

ずっこけそうになる3人。


「アヴァロンが見えて来ました。」

操舵手パイロットの報告にメグは感慨深そうに言った。


「そうか、私の休暇も⋯⋯とうとう終わるのだな。」

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