第9話:まがまがしすぎる、歌声。

[星暦1549年4月14日。飛空艇『利休』内]


「そろそろ、助けに行かないと、まずいんじゃ無いのか?」

聖槍騎士団に通報はしてみたものの、

「救助よろしく。応援……?現有勢力で十分でしょ? まあ、君たちの仕様が伝説カタログどおりなら、オーバースペックも甚だしいからお任せして大丈夫だよね?」

と団長閣下の透にあっさりと一任されてしまった凛は頭をかいた。


 同じアヴァロンに本拠地を置く、聖堂騎士団にも通報したのだが、現在交戦中の地方旅団程度ではあの体たらくである。


「ゼル、向こうさん(海賊)の戦力分析は終わったか?」

凛がゼルを急かした。

「はい。口頭で報告しますか?」

海賊たちの戦力分析を終えたアザゼルが凜に聞き返す。


「いや、データで俺たちに送ってくれ。総員、網膜投射型ラティーナモニター開け。。」

敵全員の武器、天使デバイスの位置、顔などの詳細なデータが流入してくる。

それによれば敵は戦闘員が50人ほどである。


 内訳は20人くらいが戦闘員。10人が見張り、10人が略奪した物資の搬入にあたっていた。残りの10人は船のクルーだろう。


「一個中隊レベルですか? 負けることはありえませんが、時間をかけると厄介ですよ。

どうも『旅団くずれ』のようですしね。だいぶ手慣れている様子を見ると、戦闘経験が豊富で、しかも統率が取れて意思統一ができている分、手ごわいかと。」

マーリンが所見を述べる。


「まあ、こっちは3人だ。戦力的にはちょうどいい。」

凛もうなずく。


「あの⋯⋯」

メグが不安そうに顔をあげる。

「私も戦力のうちなのか?」

それもそのはず、彼女にとって、競技ではない戦闘は初めてなのだ。当然、不安や躊躇はあるだろう。それに思い至らなかった凜もマーリンも自分たちの不明を恥じた。


「申し訳ない。あなたはヴァルキュリアの騎士だもんね。合同作戦に参加してもらうには了承は必要だったね。メグ、いや、正騎士、マグダレーナ・エンデヴェール。私と供に『王と法の名のもとに』民のため、戦っていただけませんか?」


「騎士」と呼ばれた時点で、メグの中に躊躇も迷いはなくなった。

(そうだ。わたしは騎士なのだ。海賊に襲われた人々に助けの手を差し伸べる。これは騎士にとっては崇高な義務だ。)

「はい。喜んで。」

メグが左胸に右の親指を突き立てる。この所作は、騎士の「敬礼」にあたる行為である。


「ではメグ、よろしく頼む。」

メグに握手の手を差し伸べる凛の笑顔は屈託がない。少年の顔に似つかわしく無い百戦錬磨の風格がそこにあった。


「ところでメグは『初体験』ですか?」

ゼルが無表情に尋ねる。

「え?」

メグはこの言い方に顔を赤らめる。ゼルはさらにたたみかける。

「堅い棒状のモノを持った男と、まさにくんずほぐれつ、やりあう行為は初めてですか?と聞いています。」

明らかにセクハラである。

「いえ、あの。」

返答にしどろもどろになるメグ。


「女性が初めての場合は、疼痛や出血が伴う可能性があります、むぐう」

恥ずかしがる様子のメグを見て調子に乗ったゼルは、後ろからマーリンに口をふさがれる。

「ゼル、この場合は『初陣』ですよ。まあ、わざと言っているのでしょうが。いけませんね。セクハラですよ。それに出血も痛みも毎度のことですから。」

マーリンがゼルをたしなめる。

「ほぎょぎょくまいへえ(処○膜再生)!」

ゼルもしぶとい。


凜が網膜投射型ラティーナモニターに表示された時刻を確認する。

「では、これより『海賊討伐作戦』を開始する。ゼル、作戦プラン送信。1700《ヒトナナマルマル》、行動を開始する。

総員、戦闘用意。」


武装浸礼バプタイズ!」

3人が天使を起動する。


「もともと寄せ集めのチームだけに天使のデザインがバラバラだね。」

凜が実戦モードの天使を見て改めて言う。

(翼が2枚⋯⋯)

メグは凛が初めて起動した時の翼が6枚だったことを思い出していた。

「『戦隊シリーズ』ですと凜がレッドで私がブルーですかね?」

マーリンが軽口をたたく。

「じゃあ、メグはピンク?」

凜が応じる。

「いえいえ、最近は女子のコスチュームを安易にピンクにすると、視聴者からクレームが来るそうですよ。なんでも色によって性別を定めるのは女性差別らしいです。」

マーリンが嘆いて見せる。

「そうなの?ピンク……可愛いのに。」

少しも緊張感の無い戦闘前の会話にメグは拍子抜けしていた。


ゼルから送信された作戦プランが頭の中を流れる。3人は無言で確認する。

デジタル表示が1700を表示した。


転移ジャンプ!!」

3人の足元に魔法陣が生じると、そのまま姿が消えた。


[星暦1549年4月14日。ミーディアン村。]


「まさしく万事休す。」

絶望と悔しさに打ちひしがれるリックは、夕陽がゆっくりと西の空へと傾いて行くのを、ただただ見つめていた。


その時だった。突然、自分たちと兵士たちの間の地面に、3つの正円が光で描かれたのだ。その中には複雑な紋様が描かれ、回転している。呆気にとられてそこにいる全ての者たちの注意が注がれた。


そして、そこから3人の人間が『湧いて』出てきたのである。


「…………!!!!」

人々はざわめきに包まれる。


 一人は少女で、エルフ族と呼ばれるヌーゼリアル星人であろう。長い耳をしていた。長い金髪を結わえており、とても美しい顔立ちである。


もう一人は長身の男であり、黒く長い髪をしていた。彼の手には杖があり、その杖には絡みつく2匹の蛇と一対の翼を模した飾りがついていた。


真ん中の少年は両手に刀を持っていた。その顔にはその年頃に似つかわしくはない、太々しいまでの自信をみなぎらせていた。

彼の背には半透明の一対の光の翼が夕陽を浴びて煌めいている。


「なんなのだ、貴様らは。」

海賊の船長も少々鼻白んでいた。良いところ、というわけではないが、命のやり取りをしている緊張の絶頂において、物見遊山的な若者の一隊が文字通り「湧いて」出たのだから。


「我々は聖槍騎士団、『国士無双』旅団である。」

マーリンが高々と名乗りを挙げる。


「それ……初耳。」

「旅団長」の 凛が呟く。


「貴様らの士道不覚悟、断じて許すまじき行いである。神妙に縛につけ!」

エルフの少女騎士が朗々と言い放った。


「知らぬな。だから誰だと言うのだ。「ぼくちゃん」たちのヒーローごっこに付き合えとでも言いたいのか。こっちだってそれほど暇では無い。邪魔だてをするつもりなら貴様らから排除する。」

明らかに海賊の船長は気分を害していた。彼らは「略奪」ではなく、生活のために「補給」をしているのだ。


むろん船長とて生れながらに盗賊だったわけではない。若かりし頃は正義の味方に憧れたこともあった。しかし、彼と彼の家族、彼の仲間とその家族の糊口を養う為には金が、あるいは物資が必要なのだ。


それこそが彼らの正義である。今日はこの村に物資の「援助」を受けているのである。彼らは「好意」に甘えているのに過ぎない、というのが彼らの言い分であった。


真ん中の少年が不敵な笑みを顔にはりつけたまま口を開いた。

「海賊のお歴々に申し上げる。私は棗凛太朗=トリスタンである。当方に海賊狩りの任務は無いが、行きがかり上、座視することもできない。

まだ人生やり直しはきくはずです。手遅れになる前にこのような暴挙を止めていただきたい。」


海賊たちから失笑が湧く。まさか、圧倒的に不利に見えるところからこれほど大上段から物を言って来るとは思ってもみなかったのだ。


「……トリスタン!?」

リックはその名に覚えがあった。絶対に狙いを外さない魔弓「空前絶後(フェイルノート)」、そして残像さえ残さない霊剣「慈愛(コルタナ)」を使う『最強』の騎士。


「真の円卓」と呼ばれるキング・アーサーの眷属(ハイ・エンダー)の一人と伝えられる四人の大騎士の一人。ただし、本物であれば。


実際、少年は短めの刀を両手に構えており、伝説とはやや異なる。


「随分と大きく出たな、小僧。こともあろうに熾天使(セラフ)の名を騙るとは。さて、この状況が見えないのかな。今から人質を処刑するところなんだけれどな。それとも何か。必殺技のポーズとか考えてるの? 坊や。」

海賊たちから笑い声があがる。


その瞬間、少年の姿が消える、というか残像だけを残し、銃を構えた海賊たちの側に現れては消え、消えては現れた。


(縮地⋯⋯)

メグは初めて見る凛の体捌きに驚いた。


 重力制御ブーツを使い「前進落下」、つまり重力の向きを変えて落下するスピードで前進し、直前で重力指向を反転させて静止する、それを繰り返して瞬時に相手の懐に潜り込む技であるが、正直、上天位保持者であるグレイスでさえ、空間スペースが限定される地上戦デュエルでは使えない難易度の高い技をを易々と使いこなすのだ。


「あの光翼が重力制御装置なのか。」

メグは驚いて見入っていた。


 その直後、銃を人質たちに向けて構えていた海賊たちは悲鳴を上げて地面に転がり、のたうち回る。利き腕を切りつけられ、悶絶しているのだ。

「バカな⋯⋯」


船長が驚く。それもそのはず、天使を展開していればそのような物理攻撃は効かない、はずだからだ。


「重力子共振ですよ。」

あっけにとられるメグの回線に、マーリンが話しかけた。


重力子バリア同士がぶつかり合い、共振して無効化した僅か一瞬、そして微細な隙間に刃を突き立てたのだ。

「実はこれが重力子バリアの弱点なんですが、こんなデタラメな攻撃が出来る人間はいない、ということになっていましてね。これまで放置されてきたのですよ。」


 本来なら、デバイスを破壊すれば良いのだろうが、海賊たちは銃を構えている。つまり天使無しでも扱える武器を使わせないためにはどうしても腕が使える状態は避けたかったのだ。


「では私たちも行きましょう。」

マーリンとメグが跳んだ。


「凄え」

ブライアンも、リックも、自分たちに危機的な状況を忘れて夢中になっていた。


人質が事実上奪還されたため、再び騎士団の攻撃が再開される。

彼らが混乱しているうちにメグとマーリンが処刑されかかった村人を救出する。


「メ、メグッチさん、助けに来てくれたんですね。」

ようやく、エルフの美少女騎士がメグであることに気付いたリックであった。


「俺も加勢します。」

嬉々として天使を展開したリックにメグは言い放った。

「申し訳ない。君たちはおそらく足手まといにしかならない。それより、村のみなさんの避難を助けてあげて欲しい。」


「了解しました。いくぞリック。」

ブライアンは名残惜しそうなリックを引っ張り、村人の護衛にまわった。ブライアンもさすがに、自分たちとの圧倒的な力量差を見て理解できないほど幼くはなかったのである。

「そう、……それでいい。」

メグは二人の行動を確認すると戦闘に戻った。


 凜とマーリンの圧倒的な力量パフォーマンスに、自分たち海賊程度では歯が立たないことを船長は見て取ると、即座に部下たちに退却を命じた。この潔さが彼らを今日まで生きながらえさせて来たのだ。

海賊たちは積み残した物資を放棄すると、一目散に海賊艇へと向かった。


「なんて逃げ足が速いんだ。あいつらを追わなくてもいいのですか?」

リックは凜に尋ねる。


「いいんだよ、あれで、じきににやつらを見逃したわけがわかるから。」

凜は涼しい顔で答える。


やがて、海賊たちが乗った飛空艇が、夕闇に閉ざされた空へと舞い上がった。


「くそう、化け物みたいに強かった。」

やがて、村が豆粒のように小さく見えるまで上昇した彼らは安心していた。


「安心するのはまだ早い。」

聞きなれぬ少女の声が艇内に流れる。するとモニターが一斉に無表情な美少女の顔で埋め尽くされてしまった。


「船長、システムが何者かによってハッキングされ乗っ取られています。だめだ、制御不能!!」

「ばかやろ、あきらめるな。なんとかするんだ。」


「だめです。重力制御装置、制御不能!高度下がります。」

オペレーターは真っ青な顔で船長に訴える。船長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「脱出艇用意。」


ここで捕まるわけにはいかない。船長は総員退避の指示を出した。しかし、

「脱出艇、および脱出ポッド、ロック解除できません。」


「くそう。」

船長はコンソールをたたいた。


「海賊諸氏に告ぐ。君たちはすでに拘束されている。私の名はアザゼル。君たちの命を握っている者の名だ。おとなしく投降していただこう。」

アザゼルの宣告に船内はパニックになる。もう、ドアも開かず、通信すらできない。


 船はゆっくりと下降を始めた。するとモニターのアザゼルはいつのまにか手にマイクを握っていた。


「では、お言葉に甘えて、一曲お聞きください。『青空の大聖堂カテドラル』です。ミュージック、スタート。」

軽快な音楽が響き始める。


「このあおぞらはーどこまでーつづいているのー。 あのくもにのってーたしかめにいこう。Hey!」


ひどく音痴であった。

「うわー、誰だ、歌っていいって言ったやつ? いったいどこのどいつのお言葉に甘えているんだ?」


「俺じゃない。」

あまりの歌の酷さにみな耳を塞ぐ。


「みずいろのうみにうつりこむそらは、そらいろのうみがそらにうつりこんでいるのかしら。

こどものころの、すきだったうたは、いつもーいつもー、かぜいろのにおいー。」


ボエーとマイクにハウリングがおこる。

「ぐええ、やめてくれえ。」

意識が混濁しそうだ。おそらく下降しているため、気圧が加わっていくのも無関係ではないだろう。


「ほんとーにすきだったのは このうたじゃなくてー このうたがいいねって

ほめてくれたあなたーの、あなたーのえがおー

Hey hey hey 」


「へいへいじゃねえ。もうだめだ、立っていられない。」

すでに膝をつくものも出だした。


「このーあおぞらはー わたしのかてどらるー くものべんちにこーしーかけてー みあげたすてんどぐらすにはー あなたによくにたてんしがまう 

ほら、これがきぼうのえがおー 」


「やばい、気が遠くなってきやがった。」

海賊たちがひとり、またひとりと失神をはじめた。


やがて、飛空艇が下降してきた。

「なぜ彼らは戻ってきたのだ?」

メグがその光景を不思議そうに眺めていた。


「戻ってきたんじゃないよ。連れ戻したんだよ。船にアザゼルを仕込んでおいたからね。まあ、スフィアの船に限って言えば、ゼルにとってハッキングはお手の物でね。」

凜が苦笑を浮かべる。


「ではそうやって制圧するのだ? 中には幼子や赤子もいるんだぞ。まさか、ガスなどは使えまい。」

メグの心配は極めて妥当なものであった。


それも大丈夫です。ええと、その、『子守唄』を使うんです。」

マーリンも苦笑を浮かべる。


「大の大人にか?」

「まあね。」


 海賊の飛空艇が着陸すると、先ほどまで彼らと戦っていた聖堂騎士団の地方旅団の騎士たちが半包囲する。やがて、荷物の搬入出扉が開く。


 アザゼルがゆっくりとハッチを降りてくる。一斉に剣や槍に取り囲まれる。

「わたしは敵ではない。指揮官はどなただ?」

旅団長が名乗り出ると、ゼルは艇内の見取り図と海賊たちの所在、そして拉致された幼子たちの位置を渡した。

彼らは艇内に突入すると、海賊の拘束と幼子たちの救助にあたった。


アザゼルも役目を果たすと三人のもとに戻ってきた。

「ゼル、お疲れさん。どうだ、気分よく歌えたか?」

凜が尋ねるとゼルは

「超、きもてぃ。」

とぼそりと答え、無表情のまま、親指を立てた。


 海賊たちはすでにみな失神、もしくは無力化されており、担架が必要であった。彼らが足りない分は「利休」にあるものを貸すことにした。


 凜とマーリンは拷問、虐待などの無法な尋問を控えるように、また、速やかに護法アストレア騎士団に海賊の身柄を引き渡すように、と伝え、彼らを見送った。そのころにはもうすっかり夜の8時をまわっていた。


「二人ともありがとう。被害は最小限に留めることができたと思う。ありがとうメグ、手伝ってくれて。」

凛に改めて礼を言われるとメグはこそばゆくなってしまった。

「その、騎士として当然のことをしたまでのことだ。」

メグも、達成感と充実感に満ち溢れるのを感じた。


「しかし、せっかくのピクニックが台無しですねえ。この有様では見学どころではありませんでしょう。」

マーリンがぼやく。


「仕方ない。出直そう。ただ、私も休暇は明日までなのでな。どうやらミーディアン訪問は今回も見送りのようだな。」

メグも残念そうだ。


「じゃ、帰りますか。」

3人が「利休」へと踵を返そうとした時であった。


「お待ちください。」

誰かが3人を呼び止めた。





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