第8話:無謀すぎる、突撃。
[星暦1549年4月14日]
「ひゃっほおおおお……!!」
少年の声が4月の空の下に響き渡るかのようだ。
少年はポールフリー(中型の軍用バイク)から飛び降りた。
「ありがとう、兄貴。もう、ここで良いよ。家まで走るから。」
「え?こんなところからって正気か?」
兄貴分のブライアンの心配も半分も聞かず、少年は手に荷物を取ると一直線に走る。走る。走る。
15歳の少年の体力はまさに底ぬけだ。
「おいおい、気持ちは分かるが……。」
少年の名はリチャード・ウインザー、地元の騎士団である聖槍騎士団で、侍従《ペイジ》、
彼のもう一方の手には夏の例大祭の時に行われる叙任式への招待状があった。
「おい、リック、本当にこんなところから家まで走る気か? まだ街まで5kmはあるぜ。乗れよ、ちゃんと送ってやるから。」
ブライアン・バーセルスはもう一度少年を促した。彼はリックより3歳年長で、すでに騎士としての叙任を受けている。
騎士団は
彼は久しぶりの帰郷で、しかも故郷に「錦を飾る」ことができるのだ。気がはやらない方がおかしい。
少年はまだ走る速度を緩めない。
ブライアンは優しい眼差しでそんな弟分を眺めた。
少年の嬉しい気持ちは分かるが、ただ、その表現の仕方には付いていけない。
ブライアンはリックに並走させるようにポールフリーを走らせる。
「ほら、乗れよ。お前の足よりは速いはずだ。」
「OK、兄貴。」
リックは再びその後部座席に跨った。
リックは彼の住むミッドガルド大陸東端に位置するミーディアン村に生まれ、育ってきた。
彼が今、ポールフリーで走っている村へ続く農道の両脇は広大な畑が広がっていて、大麦がすくすくと育ち、緑色に波打っていた。
「何だありゃあ?」
突然、ブライアンが声を上げる。街から煙が上がっているのだ。
リックが横から顔を出すと、煙だけでなく炎が上がっているのも見える。街の外れに巨大な飛空艇が係留されていた。
やがて、耳をつんざくような轟音が響く。
「まさか、海賊団じゃ。」
リックの言葉に、ブライアンは無言のままスロットルをさらに回した。
「正面から行くのは危険だ。」
ポールフリーはやや高度をあげ、農道の両脇に植えられた針葉樹の木陰沿いを走る。見張りからの発見を避けなければならない。
リックは自分の手にある大切な封書を握りしめた。
500年前、人類の解放戦争で活躍した武器―
この惑星スフィアに人間が到達するよりもずっと昔に、忽然と姿を消した先住民―彼らはゴメル人と呼ばれていた―が遺した兵器である。
当初、パワードスーツと銃のセットが重力子変換されて掌サイズのデバイスに納められている。
解放戦争の後、人類はその時に借りた莫大な戦費を返済するためにこの『天使』を複製し、売るように、と融資をしてくれた異星人、フェニキア人に求められたのだ。
人類はせっせとそれを作り、改良を重ね、今や銀河系で名だたる武器輸出国なのだ。
それはこれまで人類に活気と豊かさをもたらして来た。
しかし、光には常に陰がつきまとう。それは犯罪の増加だ。手のひらサイズのデバイスは持ち運びしやすいため、簡単に流通し、暴力犯罪に悪用されやすく、重大犯罪はその数を飛躍的に増大させてしまった。
当初は各地の騎士団がそれを取り締まっていたが、やがて時経つうちに、騎士団を退団した者たちが食うに困って今度は盗賊になり、盗賊団を結成したり、挙句の果てには騎士団そのものが盗賊団に「ジョブチェンジ」して地方の町や村を襲うようになっていたのだ。
とりわけ、大型の飛空艇を使っての強奪、略奪を働く盗賊団は「海賊団」と呼ばれていた。
こうした治安の悪化に「円卓」も頭を痛めていた。「刀狩り」のように、天使の所持を騎士だけに制限する政策も検討されたが、既に根付いた自主自立の精神はそれを許さなかった。天使を使う犯罪者にはより強力な天使を持ってあたれ、という精神である。
二人は 街の外れの海岸にポールフリーを置き、街の雨水排水溝から街へと進入を試みる。
「リック、お前はここに残れ。そして、騎士団に通報を頼む。」
ブライアンは天使を展開する。昔はゴツいパワードスーツだったが、今は重力子バリアで展開したかどうか見た目は全く分からないほどだ。
ブライアンが排水溝を登っていくのをみながら、リックは騎士団に通報を試みる。しかし、無線通信が繋がらない。
「妨害電波が出ている。」
おそらくあの飛空艇から出されているのだろう。通信衛星と繋がらないわけだ。オンラインで通信するためには街の中にある騎士団の駐屯所に行くか、数キロ離れた別の街に行くしかなかった。そこには、オンラインの通信で近隣の町まで繋がっていて、騎士団に救難を要請出来るはずである。
リックは通信するため、街への進入を強行した。
リックが街へ入ると、そこは大変なことになっていた。あちらこちらで略奪が起きていた。抵抗する者たちは暴力を振るわれている。
(母さんは無事だろうか?……いや、まずはなんとか旅団までたどり着かなければ。)
ここで言う旅団とは、彼の町に駐屯する騎士団の支部のことである。そこまで行けば本部と連絡が取れるはずである。
ただ問題がある。リックはほぼ丸腰なのである。彼が持っているのは訓練用の旧式の天使で、正式に彼の天使は今度の叙任式で与えられる予定なのだ。
(無いよりはマシか)
リックも天使を展開する。彼はパワードスーツに身を包まれ、背中には鞘に納められた剣が顕現する。
本当は両親や幼い弟妹たちのことが心配ではあるが、騎士団で叩き込まれたとおり、
「為したい事より為すべきことを優先すべし」
という教えが彼をそう突き動かしていた。
周囲を警戒しながら、旅団の駐屯所のある街の中心部へと進んでいく。少なくとも、街の非常用通信設備を開放しなければならない。
それで、住民の誰一人として通報できていないのは、駐屯所が制圧され、非常用の通信設備が作動していないことの証左なのだ。
駐屯所の入口は、見知らぬ軍服を着た兵士によって固められており、やはり見知らぬ軍旗が掲げられていた。入口を窺う地点にやはりブライアンがいた。
「なぜここに来た?」
ブライアンは詰るように尋ねる。ブライアンとて、初陣なのだ。正直、彼にとって今の状態のリックは単なる足手まといに過ぎない。
「ポールフリーで近隣の旅団に戻った方が良かったろうが?」
リックは本部と通信ができなかったのでここまで来たことを説明したが、当然のようにブライアンに否定されてしまった。
「まあ、俺もそこまでは命令していなかったからな。ところでオヤジさんたちの様子は見に行ったのか?」
ブライアンの問いにリックは首を振った。
「しかし、何とか入り込めないものか? リック、
そい言われてリックは思い出す。リックは慎重に移動を開始し、ブライアンも後に続いた。しかし、幼い頃に使っていた抜け道は、今の体格から比べれば随分と小さくなってしまっていたのだ。
そこに女性の悲鳴が上がった。隙を見て脱出を試みたのだろうか、赤児を抱えた女性である。兵士が女性から赤児を奪おうとしていたのである。
銀河系内では後進文明惑星として格付けられているスフィア人は、奴隷としての素養が高く、赤児などは高値で取り引きされる『商品』なのである。
「待て。子供は商品だ。殺されはしない。」
助けに飛び出そうとするリックをブライアンが制する。ここで自分たちの所在が知られては、ここまでの労苦は水の泡となる可能性が高くなる。まずは騎士団との通信を優先すべき時なのだ。
リックが下唇を噛み締めながらブライアンを見つめる。
「こんな悪を見逃して、何が騎士ですか。」
語気を荒げるリックをブライアンは更に強い力で腕を掴んだ。
「見殺しにするわけじゃない。物事にはすべからく優先順位が存在する。お前が今したいことは街の人全員を見殺しにすることに過ぎない。」
しかし、目の前に繰り広げられる光景は、正義感の強いナイーブな十代半ばの少年にはいささか刺激が強すぎた。兵士は母親の腕を捻りあげると赤児を取り上げた。女性は半狂乱になって兵士に取りすがる。兵士は 銃の台尻で母親を何度も殴打した。
リックは幼い頃を思い出していた。リックの頭の中で何かが弾ける感覚があった。
「うおおおおおおおお」
少年は咆哮を上げて兵士に襲い掛かった。
「バカやろお」
ブライアンの手は解けてしまっていた。手に『商品』を持ったままの兵士は少年の一直線の突撃を難なく躱すと銃を赤子に突きつけた。
当然、考えるまでもない行動なのだが、少年にはそれを予見する知恵はまだ身についてはいなかったのだ。
兵士は応援を呼ぶと、二人は呆気なく捉えられてしまった。彼らは目隠しをされ、後ろ手に縛られ、足も拘束され、既に制圧されていた旅団の駐屯所の営倉に放り込まれた。
少年は項垂れていた。自分の正義感だけで起こした行動が、自分だけでなく、ブライアンの命まで危険に晒していることを漸く理解したのだ。
「お前、良い騎士になれるな。……命があればな。」
ブライアンも年長とはいえ、たかだか18歳、少年の傷心を気遣ってやれるほど大人ではなかった。
あとは、奇跡的に誰かが騎士団に通報してくれて、助けが間に合ってくれるのを祈るより他にできることはなかった。
「俺たち、どうなりますかね?」
悔恨と口惜しさで涙ぐむリックにブライアンは
「銃殺されるだろうな。普通はな。まあ、うまくいけばこのまま放置だろう。村の何もかもが奪い去られた後までな。 」
冷たく言い放った。
「どうだ、自分の未熟さで誰も救えなかったご気分は? 殺されてしまったら役にも立たんが、もし生きていられたら覚えておけ。怖いのは強い敵じゃない。愚かな味方だ。そう、今のお前のような。」
リックはぐうの音も出なかった。
何時間か経ち、少し陽が傾きかけてきた。乱暴に営倉のドアが開かれると、兵士たちの騒めく声と足音が響いた。
リックはいつ殺されてもおかしくない状況に心底怯えていた。もちろん、それはブライアンも変わりはしなかったが。
会話の内容を聞いているとどうやら海賊団の「船長」が来たようだった。
「騎士か。生かしておいても邪魔なだけだ。奴隷としては売れないだろう。まあ、殺すまでもないか。」
そのまま放置しておくように見張りの兵に伝えた。
二人がほっとしていると外が騒がしくなる。
「敵襲です。地元の騎士団のようです。逃した連中が通報でもしたのでしょう。」
(助かった……)
このまま気絶してしまいたいくらいほっとしたリックであったが、この援軍が却って二人の命を危機に晒すことになる。
「こいつらを村の城壁に吊るせ。」
船長は短く命令を下した。
「運が悪かったな。お前たちを利用させてもらおう。」
するとリックは突然二人の男に引き起こされると引きづられるように連行された。
土地勘のある地元だ。リックは自分たちが集落を守るために築かれた城壁の上に連れて行かれることに気づいた。
海賊も夜になる前にはここを出発したいのだろう、騎士団との攻防戦が続いているようだった。
「勇敢なる騎士団諸士に告ぐ。」
船長が騎士団に対して網膜モニターでの通信回線を開くように要求した。
漸く、目隠しをされた状態のリックとブライアンの視界も開けた。無線通信の妨害が解除されたからだ。
その視界に広がった映像は、恐らく海賊たちが上空からドローンで撮影したものなのだろう。目隠しされ、杭に縛りつけられた自分たちの姿を俯瞰で見つめることになったのである。
縛り付けられたのは自分たちだけではない。村長を始め、老人たちが一列に並べられる。恐らく、奴隷として惑星外に密輸するには商品にならないため、海賊たちにとっては殺すのになんのてらいも感じない相手であった。
彼らはそれでも誇り高く毅然とした姿であった。さらに兵士たちがその前に銃を構えて一列に並ぶ。あたかも、処刑のシーンのようであった。
しかし、守る側としては「役立たず」どころか、彼らの敬愛する両親や祖父母たちである。駐屯所内に監禁されている人々から悲鳴が上がった。
「そこの騎士たちに告ぐ。無駄な抵抗を止めて投降しろ。さもなくば街の人間が死ぬことになる。それでもいいのかな? しかも、お前たちの同僚もここにいる。この若者たちを失うことは君たちの損失になるのではないのかね?」
海賊たちからの無情な降伏勧告がつきつけられる。
こうして、攻撃は止み、戦闘は膠着状態に陥る。しかし、その間にも村で略奪された物資は確実に船に積み込まれていく。
リックは無力感を味わっていた。自分の軽率さが先輩の、村人の命を危険に晒し、今は騎士団の誇りをさえ汚そうとしているのだ。
(くそ、俺は一人前になったつもりだった。でも俺は、
リックの眼から涙があふれ、目隠しをぬらした。粗い布地で作られた目隠しはたくさんの水分を吸い上げた。
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