第7話:意外すぎる、登場。

[星暦1549年4月10日;アヴァロン市街]


「ミーディアンか⋯⋯。」

店を出て街を歩きながらメグは感慨深そうに言う。


 ミーディアン村は500年以上昔に、人類がアマレク星人の奴隷状態にあった時、救国卿 ロード・セイバー不知火尊=パーシヴァルが士師ジャッジとして立ち上がった場所である。


 そして、その村で出会ったヌーゼリアル星の王女、アーニャ・エンデヴェールやその弟の王子シモン・エンデヴェールと共に、人類を救出する戦いが始まった場所でもある。


 なぜそんなところに異星人の王族がいたのか、というと、彼らの国で国王夫妻を亡き者にしようと陰謀が企まれ、バカンスに出かけた国王一家を宇宙船の故障と見せかけ一家ごと漂流させたのである。


「シモンは私の先祖なのだ。」

メグはくるくるとダンスを踊るようにまわると、凛に向き直った。二人はほぼ同じ身長である。


「凛、週末はミーディアンに行かぬか? 私はまだ行ったことが無いのだ。ここからそう遠くはないはずだ。」

凛はネットで調べると

「飛空艇で言っても往復で半日はかかるよ。それに、旧エンデヴェール邸はスフィア=ヌーゼリアル友好記念館になってる。そんなところにメグが行ったら大騒ぎになるだろ? 田舎だし。」

そう忠告した。


「お忍びでいけば良い。耳さえ出さねばばれはしない。」

メグはもう行く気満々である。

(そういう問題なのか。しかし、最年少騎士も、ただの女の子、という一面もあるのだな。)

次の『デートプラン』に夢中になって語るメグを凛は微笑ましく見つめていた。


 さて、白いローブをまとった巡礼者が行き来する中、凛もメグも自分たちを取り囲むようにして動く異様な殺気に勘付いた。

「メグ、何か様子がおかしい。」

「うむ。私もさきほどから強い殺気を感じていた。」


 凛はメグの手を取ると包囲網が完成する前に、そこを突破しようと試みた。

しかし突然、彼らの周りを巡礼者の白いローブをまとった人々が取り囲む。


沈黙を守ったまま彼らは天使グリゴリを起動させ、細身の剣を抜いた。そして被っていたフードを上げる。視界の確保のためだろう。


「森の民か。」

凛がつぶやく。森の民とはメグと同じヌーぜリアル星人のことである。彼らは、アヴァロンと同じ大陸だが、西のはずれにある杜の都「シャーウッド」に居を構えている。そこは、本当に木々が多く、人々は彼らを「森の民」と呼ぶこともある。

 大抵は、その長い耳をしていることから「エルフ族」と呼ぶことが多い。


「貴公ら、わらわがスフィア大公にてヌーゼリアル王国正統王太子、シーモニハダゾエル・エンデヴェールが娘、マグダレーナと知っての狼藉か?」


血気盛んなメグだが、残念なことに、今はその心地光明《クラウ・ソラス)が無い。


メグの正面に立った男が口を開いた。

「王女マグダレーナ殿下、我らと共にきていただこう。我われはあなたの敵ではない。」

そして左腕を捲くって刺青タトゥーを見せた。


「ウオーラヴァンナ聖騎士会か? 妾を人質に取ったところで父君の意志は変わらぬ。なお、敵ではないと言いながら、剣を抜くとは、矛盾も甚だしいではないか。」

彼女は凛を庇うように前へと進み出た。


「ええ、大人しくついてこられるような方ではないくらいは存じ上げております。」

彼らも包囲網を一回り絞って来る。通行人の中に聖堂騎士団に通報するものもいるはずだ。一気にケリをつけるつもりなのか。


彼らの挙動からただものじゃないな。凛はそう確信した。

「さあ、どうしたものか?」

メグも考えあぐねていた。


ヌーゼリアルはスフィアと同盟を結んだ惑星で、惑星スフィアの宇宙港都市を租借し、植民している。その民を統べるのが次期国王である王太子、現在はこのメグの父親である。ここで王様修行を積む、という目的もあるし、スフィアの持つ技術を学んで取り入れる窓口となる、ということでもある。


 とりわけスフィアの技術が軍事技術であることは非常に大きい。「ウオーラヴァンナ聖騎士会」はこの軍事技術を学ぶために結成されている。彼らは順調にいけば、王太子が王位に就く時に本星に帰ることができるのだ。


 ただ最近は、ヌーゼリアル本星に帰る時期が待ちきれずに、軍事力によって本星に攻め上って支配しよう、と考える者たちが出てきたのである。


「姫お一人ならば、ご自身を守ることだけであれば容易いことでしょう。しかし、周りの方まで守ることはできるでしょうか。」


(凛のことを言っているのか。)

しかし、凛には「転移術」があるはずだ。逃げるのは容易いだろう。

そう判断した メグは、手を挙げて投降の意を示した。


 二人は手錠かけられ、巡礼者の白いローブを被せられると彼らに連れて行かれる。車に乗せられるとさらに目隠しもされた。

(義眼デバイスを舐めるなよ。位置情報も、付近のカメラ動画もとれるのだから)


 しかし、彼らが白い箱を二人の近くに置くと、視界が途切れてしまった。無線LANをジャミングされてしまったようだ。メグは心の中で舌打ちをする。


  彼らは30分ほど車に揺られると、アジトと思しき場所で降ろされ、地下室に監禁されてしまった。

彼らは二人から目隠しを外すと、

「姫様、少しだけ大人しくしていていただきますか?」


そう言ってから、彼らはドアを閉め、見張りを扉の向こうに残すと去っていった。

「済まぬ、凛。まさか、あなたを巻き込むことになろうとは。」

そう詫びたメグに凛の返した答えは意外なものだった

「こっちもごめんね。どうやら僕はスリープ状態に陥りそうだ。5、6時間は起きないけど心配しないで。代理を用意してあるから。」


その答えにメグも慌ててしまう。

「スリープ? 凜、眠いのか?」

「いや、ちょっと深い眠りだよ。ほぼ機能停止といって良い。 まだ、僕の身体は完全体じゃないんだ。でも心配しないで、家に帰る算段はつけてある。門限は何時?」

凜の眼がトロンとしている。全力で遊んだ幼児が力尽きて突然眠り込んでしまう時の様子に似ていた。


「いや、休暇中ゆえ、そのような束縛は無い。ただ、透卿やナディンたちを心配させてしまうかもしれぬ。」

メグは凜を揺さぶりながら応える。


「わかった。じゃあ早いうちにだね。お休み。」

凛はそのまま床に 寝転がると、深い眠りに落ちていった。


(どうなるのだ。これではあの『転移魔法』は使えぬでは無いか。」

計算あてにしていた『策』に寝られてしまい、メグは途方にくれる。


「キスをすれば、もう一度起動するやもしれません。」

そう、声が聞こえた気がした。

おお、そうだ、その手があった。メグは膝を抱えて丸まって寝ている凛の顔を上げ、自分の膝枕に横たえた。


かわいらしい、寝顔だ。

「そうです。優しくキスしてください。」

うむ、優しくだな。ごくり、メグは唾を飲み込んだ。男の子なのにまつ毛が長いな。

メグは顔を凛に近づけた。


「そうです。そして、情熱的に。」

「うむ、情熱的に⋯⋯で、あるな。」


凛の顔が大きくなっていく。口元から静かに寝息がたつ音がする。そして、メグは目を閉じる。

「そして……ゆっくりと。」

催眠術師のささやきのようにメグの唇は誘われていく。ここでメグはなにかがおかしいことに気付いた。


「ちょっと待て。一体今、私は誰と話をしているのだ。この部屋には凜と私の二人しかいないのに。」

メグが我に返って振り向くと、そこには少女が立っていた。

「ちっ。つまらない。」

少女は舌打ちをした。


 その少女は背中までの長さがある艶やかな黒髪をしており、前髪を眉の上まで垂らしている。

服装はくすんだエメラルドグリーンとクリーム色のツートンカラーのシャツに赤いチェックのリボンを襟元にあしらっており、リボンと同じ柄のミニスカート、そして、すらりと伸びた細い脚には紺色のオーバーニーソックス、足にはエメラルドグリーンの靴を履いていた。


可愛い、格好だ。


メグも憧れたこともある、「フェミニン」で「ガーリー」なスタイルだが、性格上、決してトライできない格好であった。


メグは、この場にもっとも相応しい問いをその少女に投げかけた。

「あなたは、誰だ?」


少女は無表情なままであった。そして、無表情なまま、答える。

「申し遅れました。私の名は『アザゼル』。皆は略して『ゼル』と呼んでいます。私は、凛の脳内にインストールされた有人格アプリです。マグダレーナ・エンデヴェール王女殿下、どうぞお見知り置きを。」


声のトーンも無表情なままである。


「有人格アプリ⋯⋯?」

メグは思わずきき返す。

「はい。私はこの惑星の先住民、『ゴメル人』の知恵を司る4人の巫女の一人です。ただいま、主である凛が休眠スリープ中につき、私が任務を代行いたします。マグダレーナ・エンデヴェール王女殿下。」


その慇懃な呼び方にメグも若干苛立ちを覚えた。

「私も『メグ』でよい。そうか、そなたが悪魔の名を持つ「知恵の実」の番人であったか。ここから凛を助けたいのだが、どうすればよい?」


メグも「四つの生き物フォークリーチャーズ」の存在を聞いたことはあったが、見たのは初めてであった。

「ではメグ様。凛にキスをしていただけますか?」

ゼルの要請にメグは再び逡巡する。


「ここでか?」

「はい。」

「どうしても必要なのか?」

「はい。」


「わ⋯⋯わかった。じ、人工呼吸みたいなものだからな、その、ちょっと向こうを向いていてもらえないだろうか?」

「はい。」


 仕方なく、と言いながらメグはもう一度、凛と唇を交わした。まだ、コーヒーの香りが残っていた。

ここでゼルの表情が初めて変わった。その口元だけがゆっくりと動く。口角の両端がほんの少しだけが上がった。そう、笑ったのだ。


すると床に魔法陣のような紋章が浮き出ると回転を始める。そして3人の姿はふっと消えた。

次の瞬間、彼女たちがいたのは、聖槍騎士団の凛の「調整室」であった。


そこにはナディンたちがいた。


「あら、メグ、お帰りなさい。随分と凛くんと仲良くなれたようね?」

「あ、ナディン? ここは?」

突然景色が変わり、メグは動揺を隠せない。


「凛くんの調整室よ。あらあら、休眠状態スリープモードになっているみたいね。どうしたのかしら?」

ナディンはメグのすぐそばまでやって来る。


ここで初めてメグは自分が凛を膝枕させていることに気づいた。

「あ⋯⋯」


「そおっとね。」

慌てて立ち上がろうとするメグを制して、ナディンがゆっくりと凛の頭を持ち上げた。


「あ⋯⋯あの?」

顔を真っ赤にするメグにナディンは微笑んで、頬をそっと撫でた。


「メグ、誰にも言わないから大丈夫よ。でも、よかった。私、あなたが女の子同士、とか目覚めちゃったらどうしようって心配してたから、あなたが普通の女の子で安心したわ。」


「そんなんじゃ⋯⋯」

抗議するメグに

「あとは任せてね。大丈夫、取ったりしないから。」

ナディンはチャーミングな笑みを浮かべるといたずらっ子のような顔でウインクする。


そう言われてしまうと、メグも部屋を辞するほかなかった。

(ゼルは、どうしたのかしら。)


メグは今日1日の『波乱万丈』な出来事に頭がいっぱいになっていた。

「今日はもう寝る」


メグの「義務睡眠」はスタートが遅い分、 まだまだ先が長いのであった。



[星暦1549年4月14日]


この日のメグは、ギブソンからオーバーホール中の「心地光明クラウ・ソラス」の代わりになる刀を受け取り、凛を伴って先祖の所縁の地であるミーディアン村を訪れる予定になっていた。


お忍びだったため、騎士団のアルヴァーク級小型飛空艇「利休」を借りて行くことにした。

先回、電池切れした凛をおもんばかってマーリンも同行することになっていたのだ。


(二人きりではないのか……。)

若干、それがメグにとっては不満であったが、そんなことを口にするわけにもいかなかった。

 もちろん、飛空艇にはクルーもついてくるので、端から純然たる二人きり、ということはなかったのである。


 そして、メグは凛に、ウオーラバンナ聖騎士会に拉致されたことを口止めされていたのだ。

なぜ、という義憤を露わにしたメグに凛はこう言い聞かせた。


「幾つか理由があるんだ。まず、それがばれたら君は即刻グラストンベリーに帰されることになる、つまり、休暇は終わりだ。君の安全上の理由でね。行きたいんでしょう? ミーディアン村に。


次いで、僕はあのアジトに小型ドローンを置いておいた。しばらくは泳がせておいた方がいい。無論、情報はしかるべき時に君のお父上にも献上されるだろう。

良くいうでしょ。『果実はより熟した方が甘い』ってね。それだけでも今回は眼を瞑っていてもらえないかな。」


 そうまで言われてはメグも引きさがざるをえなかった。

「さすが、『悪魔を身に宿し、高位の天使の名で呼ばれる者』だけはある。まあ、なんか私も悪いことをしているようなスリルを感じてしまうものだな。」


今日は、「カフェ・ド・シュバリエ」にて待ち合わせることになっていた。ギブソンの工房に身を寄せる凛が、代刀としてギブソン工房初代・オリヴィエが打った名刀「エクスプローラー」を預かって来たのだ。


代刀とは車検に出した車の「代車」のような意味もあるが、名刀を預かる際の担保として、貸し出されることが多い。さすがに原器オリジナルではなかったが、5代、フレッド・インパクトが打った銘器ヴィンテージであった。


朝食を摂った後、店主にたってのお願いでメグは「エクスプローラー」を披露することになった。カフェ・ド・シュバリエの2階部分は道場になっており、元騎士である店主の肝煎りであった。


「昔は聖槍騎士団も強豪でね。ここにはよく猛者たちが集まったものだ。」

店主マスターのヘンリーは感慨深げであった。


メグはベルトに「エクスプローラー」の小匣デバイスを装着すると、

「出でよ、エクスプローラー

空間から大剣を引き抜き、構えた。


「うむ、いい形だ。」

ヘンリーは騎士としては並だったのだが、騎士道に対する愛情は並々ならぬものであった。


メグは剣技の型を一通り演武する。芯がしっかり通った美しい所作に唸った。

「さすがグレイス・トワイライト・レイノルズの直弟子、往年のGTRを彷彿とさせるな。」


メグは師匠のグレイスが嫌う自身の二つ名が、思いの外根付いていることに驚いた。


店主マスター、そういえば、ボーイの彼は?」

今日はリチャード・ウインザーの姿が無い事に気づいた凛がジェイソンに尋ねると


「昨日から実家に帰ったよ。なんでも、騎士の叙任式が決まったとかで家族や親戚を招待しに行くんだそうだ。まあ、故郷に錦を飾るってやつだ。ああ、俺もあの頃に戻りたい。」

ということだった。


(じゃあ、向こうで会うかもね)

メグは一瞬そう言ってしまいそうになったが、正体を知られているヘンリーに知られてはまずいことに気づき、堪えた。


 アヴァロンからミーディアンまでは、海岸線を北上するとすぐであった。「利休」は全長が30mほどの小型艇で、いわゆる小隊レベルの輸送に用いられる。


アヴァロンがあるミッドガルド大陸の東端の海岸線は断崖絶壁が続いており、美しい景観である。


「そろそろミーディアンの村に着きそうですね。」

マーリンが二人に声をかける。モニターに映し出された村の全景が現れた。


しかし、何か違和感を感じた。

「お祭りですかね? 爆竹か花火なんだろうか? いや、なんか大きな火も見えるけど⋯⋯。」

やがて、その違和感の正体が明らかになる。


村の横にラムゼイ級の中型の飛空艇が横付けにされているのだ。

「どこの騎士団でしょう?」


騎士団の飛空艇にはそれぞれ独自のカラーリングを施すことが義務付けられている。作戦行動中は光学迷彩が施されるので、どんな目立つ色で塗っても差し支えはないからだ。

しかし、この飛空艇は真っ黒に塗られていた。


その答えは一つしか無い。


「海賊船だ。」

皆の顔つきが変わった。













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