第6話:緊張しすぎる、朝食。

[星暦1549年4月8日]


飛空艇「赤兎馬」はアヴァロンの地上港へと到着した。マーリンは受け取る荷物があるとかで、一行とは別行動することになっていた。

(それで到着ゲートを気にしていたのか)

透もメグもマーリンの荷物の正体に興をそそられたが、敢えて聞かないことにした。


 地上港エアポートとは宇宙港スペースポートから垂直に降ろされている軌道エレベーターの地上側の終点駅のことである。その中をシャトルで行き来するのだ。かつて、航空機や宇宙船の排出するガスを削減するために、艦船の地上港への乗りつけは禁止されていた。しかし、近年は重力制御飛行である艦船は大気を汚染する心配がないため、直接接舷を許されるのである。


 地上港の乗降口まで透の家族が出迎えにきていた。透の二人の幼い子供達は透に走り寄る。透は二人を両腕に抱いて抱え上げた。

「パパお帰り〜」

二人は透にキスを浴びせ、透も二人を抱きしめた。


「あらあら、予定より遅くなった分、歓迎が熱烈ね。」

透の妻ナディンさんが微笑みを浮かべながら近づいてきた。


「すまん、ナディン。思わぬアクシデントがあってな。」

透が頭をかく。ナディンはその横にメグがいることに気付いた。

「メグ、すっかりきれいになって。ずいぶんと背も高くなってきたのね。」

「ナディン、お久しぶりです。」

メグはナディンとハグしあって久々の再会を喜びあった。

(そうか、そうやって褒めたらよかったのか。)

透は自分の稚拙なほめ方を思い出し苦笑いを浮かべた。


凛は、少し離れたところから、家族の再会、という場面にすっかり見入ってしまっていた。


すると、ナディンと透が凛に近づく。

「あの……ナディン、その、この子のことなんだが⋯⋯。」

透が奥歯にものがはさまったかのような言い方で凛を紹介しようとする。


「あなたの隠し子なんでしょ?」

ナディンはにっこり笑ってそう言ったので一瞬、その場が凍りつく。


「⋯⋯なんてゆめゆめ思違いなさらぬように、と国王陛下から直々にご連絡をいただいております。」

透にとっては永遠にも近い一瞬だったのか、大きく息を吐いた。


「凜のことをよしなに、との仰せでした。凛太朗さん、私はナディン。透の妻で、この二人の子の母です。」

ナディンは生粋の地球人種テラノイドである。ただ、東洋の血がやや濃く出ているのか、とても若く見えた。黒い髪に丸顔の童顔で、くりくりっとした黒くて大きな瞳がチャーミングな女性だ。

(しゅっとした感じの透さんとまったく違った顔の造りだな)

凜の感想である。


「私は棗凛太朗=トリスタンと申します。凛とお呼びください、奥方様マドモワゼル

凛は跪いて、騎士ナイト式の礼をする。彼女が手を差し出すとその甲にキスをした。


「まあ、小さくても立派な騎士ナイトなのですね。よろしくね、凛。私のこともナディンでいいわ。」

「はい、ナディンさん。」


母親と親しげに話をしている少年に興味がわいたのか、透の腕から降ろされた子供達も凛のもとに

駆け寄った。


子供は女の子と男の子。今年6歳になる由布子=アンリエッタ。そして3歳になったばかりのゆずるである。

「譲は三つ(歳)!」

まだ手が2のままの譲の手を由布子が3の形に指を整えていた。

「お、由布子ちゃんはいいお姉ちゃんだねえ。」


凛が子供たちの相手をしている間に透はナディンに経緯いきさつを説明した。


「ナディン、凛の調整チューニングは君に任せることになるだろう。ただ、身体の方はしばらくギブソンの道場に預けようと思っている。ただ、俺たちが保護者なので、君にはなにかと気を使わせるとは思うが、よろしく頼む。」


「はい、あなた。任せてくださいね。」

おっとりしているように見えるナディンではあるが、彼女も騎士団にあっては優秀な研究者なのである。

とりわけ、移植医療に関する権威で、凛の調整者チューナーとしてはうってつけの人材であった。


凛は聖槍騎士団のすぐ近くに工房を構える刀匠、ストライク・ギブソンの道場にマーリンと共に預けられることに

なった。


 凜の「聖槍騎士団」への入団も決まっていたが、団長官舎である透の自宅から凜が通うとなると、周りから余計な詮索や遠慮を受けかねない、という配慮からでもあった。

 また、庵主のストライクの息子、ラッキースターは透の親友でもあった。


[星暦1549年4月10日]


 ギブソンの工房には道場が併設されている。

これはこの工房の伝統で、武器の扱いを知ることが、新たな技術の革新へと繋がる、と考えられているからだ。主に、竹刀や木槍による剣術の稽古となる。


 と言うのも、グラヴィティソードは重量が竹刀ほどの重さになるよう設定されており、ちょうどいい練習道具なのである。


 重力子甲冑である天使グリゴリは3つのモードが設定することができ、最初の修練モードであれば、稽古の防具としては十分である。

 凛はマーリンと無理のないカリキュラムで朝稽古を行っていた。


 この日、凜との『デート』を約束していたメグも、ここに訪れ参加していた。しかし、その内容は彼女にとっては甚だ物足りないものであった。


「ごめんねメグ。せっかく付き合ってもらったのに。僕はまだ『ズル』をしないとかなり弱いんだ。」

凛は頭をかく。


「その、身体にまだ違和感がある、ってことなのか?」

凛の身体についてある程度知ってしまったメグがその身を案じた。


「いいえ、凛『だけ』で戦おうとすると、この程度なんです。だから、『本体』が強くならないとだめなんです。」

マーリンの説明はメグにとっては意味不明なことであった。もっとも、この後、間も無くその意味を理解するようになるのであるが。


「メグが可哀想だから、マーリン、少し相手をしてあげて。」

稽古でヘトヘトになっている凛を横目に、メグはマーリンと手合わせをする。


(強い⋯⋯。)

メグが驚嘆するほどマーリンの腕前は確かであった。

(これは……手加減されている。)


メグも騎士団では「人位」騎士である。騎士にも天使と同じように9つの階級ヒエラルキーがあり、侍従ペイジ従騎士エクスワイア、騎士が下位3階。

人位、地位、準天位が中位3階。

天位、上天位、大天位が上位3階と定められている。


 選挙大戦コンクラーベに参加できるには「人位」以上であり、今年は彼女もエントリーしているのだが、

おそらくマーリンは天位騎士並み以上の腕前があるのだろう。メグは手合わせをしながら上天位である団長のグレイスに稽古をつけられている錯覚を覚えるほどであった。


「マーリン殿も選挙大戦コンクラーベにお出ましになられるのか?」

稽古が終わった後、ついメグは尋ねてしまった。


「そうですね。必要とあらば。というところでしょうか。」

マーリンは苦笑混じりでお茶濁した。

「ただ、ルール上は今回は出られない、ということは決まっていますけどね。」


稽古が終わる。

「ここが凛の部屋か? 存外狭いものだな。」

(男の子部屋、というものは初めてだが、こんなものなのだろうか。)

シャワーを済ませた後、凛の個室に上がり込んだメグはソファに腰をかけると、物珍しそうに部屋を見回していた。殺風景、といえるもので、観葉植物の一つも

ないものである。


「まだ、片付けきったわけじゃないからね。それに、ここはお弟子さんたちの独身寮だからね。だから、それほど広くはないよ。まあ、僕にとってはこれだけの空間スペースがあれば十分だけどね。ほら、『起きて半畳、寝て一畳』っていうじゃない?メグの部屋はけっこう広いの?」


「そう言われてみれば、私は正騎士に叙されてから個室が与えられたのだった。準騎士エスクワイアの時までは相部屋だったから。……それでも、狭いな。ここは。」


「まあ、女の子は色々と衣裳やら道具やらが多いからね。なんかメグ、天蓋付きのベッドとか使ってそうだし。」

「よくわかったな。」

(ホントに使ってたのか⋯⋯)

 凛の部屋はワンルームである。寮なので食事まかないが出るため、キッチンはついていない。手前がリビングスペースであり、奥にパーテーションで区切られたベッドを含むプライベートスペースとなっているのである。


「お待たせ。」

凛が支度を終えると、二人は外へと出掛けた。


「せっかくだから、朝食も外で摂ろうよ。」

 メグが、親族を訪問するという目的とは別に、休暇をとった理由があり、それがギブソン工房を訪れ、「心地光明クラウ・ソラス」をオーバーホールするためであった。


エンデヴェール家はギブソン工房とは付き合いが古く、家の守り刀である「心地光明クラウ・ソラス」も、メグに合わせて先代のストライク・ギブソンが打ち変えている。


 それで「心地光明クラウ・ソラス」をギブソン工房に預け、その後、二人で街へ出掛けることにしたのだ。


 アヴァロンも軌道エレベーターを持つ主要都市であり、北回帰線上にあるため、4月ではあるが十分暑い。

街には多くの街路樹が植えられていて、すでに新緑の頃を過ぎ、やや葉の色が濃い緑色になっていた。

白い聖衣ローブを着た巡礼者で街は賑わっていた。


 主都アヴァロンは地球教の本部が置かれている街である。アヴァロン中心部には大聖堂があり、その付近には「正統十二騎士団アポストル」の一つである「聖堂テンプル騎士団」の本部も置かれている。


聖堂テンプル騎士団」は巡礼者の安全、そして聖堂や年に三度行われる大祭の警護を主な任務としている騎士団である。


「この時期は子供たちに『割礼かつれい』を施す時期だからね。巡礼者も多いんだ。」

物珍しそうに巡礼者たちを観察する凛にメグは説明する。

『割礼』とは、本来は男性の生殖器ペニスの包皮を切除する宗教上の儀式を指すが、ここでは、子どもが満6歳を迎えると、左の眼球を摘出してナノマシンで構成された義眼型デバイスを入れることである。義眼デバイスを入れると、王国のクラウド・コンピュータ、キング・アーサーシステムに接続することができる。ちなみに摘出された目は保管されている。


さらに、そのデバイスを通じて眠っている間に基本的な知識を自動的に脳に直接インストールすることができるのである。

それで、割礼を受けた子どもは12歳になるまで、毎晩8時間の睡眠をとることが義務付けられているのだ。

 これがいわゆる「義務睡眠」である。

 そして、子どもは7歳になるとギルドや騎士団に通い、インストールされた知識の使い方や技術を学ぶのである。


「私も両親には反対されたが、何とか説得して割礼を受けさせてもらった。ただ、騎士に叙任される直前だったがな。」

メグは苦笑いを浮かべながら語った。彼女の民であるヌーゼリアル人は、入れタトゥー以外、自分の体に傷をつけることを好まないのだ。その場合、眼鏡型のモニターを通じて接続することになるのだが、なかなか不便なのだ。


「どうやらこの店がオススメらしいのだが。」


 義眼デバイスはとにかく便利である。プライベート・ライン(ライン)と呼ばれる電話機能。パソコン機能、お財布機能と、ありとあらゆる機能が備えられており、この惑星に住む地球人種テラノイドにとってはなくてはならないものである。


二人が馴染みのない街を迷わずに歩けるのもこのデバイスのおかげなのだ。

二人が目にした店は「カフェ・ド・シュバリエ」という店であった。

ドアを開けると、扉についた鐘がカランコロンと鳴り、ガタイの良い店主が

「いらっしゃい。」

そう渋い声で迎えてくれた。


二人は窓際の席に座る。さすがに、オープンテラスに座る大胆さがメグにはなかったのだ。

「いらっしゃい、何にしますか?」

注文を取りに来たのは店主ではなく、少年のようだった。


「サイバーメニューではないのだな。」

メグは驚いた。大抵は義眼デバイスでメニューやそれを説明する画像や動画が添付されたサイバーメニューで客が注文するのが普通だが、この店にはないらしい。


「いやあ、うちの店主オヤジは頭が固いんです。」

二人はメニューを見ながら、モーニングのセットを注文した。


しかし、いざ二人きりで向き合うと、お互い意識してしまって緊張感が漂っていた。

(何か、話題はないだろうか?)

二人とも、どう間をつなごうか、そればかり考えていた。


そして、料理が用意されている間、二人は取り留めもない会話をしていた。主に話をしていたのはメグで、内容は今年の選挙大戦コンクラーベのことに関することが多かった。


 選挙大戦コンクラーベは桜の咲く頃に行われる春の大祭から予選リーグがはじまる。

108の騎士団のうち、16チームまで絞られるのだが、正統十二騎士団アポストルは予選免除のため、

残りわずか4つの席を、96の騎士団で争うという過酷なものである。


 システムとしては問題あり、とされているものの変革しようにも既得権益を抱えている者たちがそれを手放すはずもなく、改革は遅々として進んでいなかった。


「あのう、マグダレーナ・エンデヴェールさんですよね?」

二人の料理を給仕しながら少年がメグに話しかける。

「いかにも。今日はプライベートでな。」

メグも堂々と答えた。


「やっぱりそうか、俺、メグッチのファンなんですよ。」

少年の名はリチャード・ウインザー。先日騎士への叙任が決まり、夏の大祭の時に叙任を受けるのだという。


「すごいねメグ。やっぱり有名なんだねえ。」

凛が感心して言うと、リチャードは信じられない物を見るかのような 目で凛を見た。

「あんた、誰? メグッチ知らないとか、なんなの?」

興奮して絡んでくる。

(うむ、何か悪いこと言ったかな)

凛も苦笑いを顔に貼り付けたまま、どうしようか考えあぐねていた。


メグの華麗な経歴を滔々と語るリチャードを、店主が後ろから拳骨で殴りつけた。

「いい加減にしろリック、お客様が食事できねえだろうが。」


いたた、と殴られてできたコブをさするリチャードを追い払ってから店主は二人に頭を下げた。

「すみません。私もお嬢さんがどなたかすぐ気がついてはいたんですがね、まさかコイツが我を忘れるなんて思わなかったもんですから。すみません、ごゆっくりどうぞ。」


そう言って、リチャードを引き摺っていくようにカウンターへと引っ込んでいった。

「バカヤロ、国際問題をこさえる気か、このトンチキめ!!」

二人が引っ込むのを確認してから凛がメグを見ると、必死に笑いを堪えている様子であった。

(よかった。気を悪くしたわけでは ないようだ。)


「じゃあ、いただこうか、『メグッチ』。」

凛がそう言うと、ますますツボにはまったご様子である。


「凜、そればかりは、おやめいただきたい。」

メグが真顔で言うので、凛にも笑いが伝染うつりそうであった。


「美味しい。」

コーヒーを一口味わって二人が同時に放った一言であった。

コーヒーだけでなく、料理も素朴ではあったが十分に味わい深いものであった。


(この唇と私はキスをしてしまったのだな)

思わず凛の口元に見入ってしまうメグなのだった。

「あれ、なんか僕、口についてる?」

凛がメグの視線を気にしてナプキンで口を拭った。

「いや、なんでもない。」

メグは慌てて目を逸らした。


食事を終え、勘定を払うと店主が「お詫び」と称してクッキーの入った小袋をくれた。

「いえ、お気になさらず。とても美味しかったです。」

メグが気を悪くしていないことにホッとしたのか、店主は額の汗を拭った。


「いやあ、あいつ(リチャードのこと)も良い子なんですがね。なにせ田舎者なもので。躾がなってなくてね。ホントに申し訳なかった。あいつは俺の姉の子でね。騎士にどうしてもなりたい、って家出同然で俺ん家に転がりこんでくるぐらいでね。悪気はないんですよ。」


「そうですか。田舎ということですが、店主マスターはどちらのご出身なんですか?」

凛がふと尋ねると店主は胸を張って答えた。


「ミーディアン村ですよ。人類解放戦争ウオー・オブ・エクソダス発祥の地です。」

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