第5話:深すぎる、因縁。

[星暦1549年4月5日]


その後、飛空挺「赤兎馬」は近くの町で一旦降りた。騎士による犯罪に対して警察機構として働く「護法アストレア騎士団」に犯人を引き渡すためであった。また、能天使エクスアイの攻撃によって甚大な損害を被ったため、アヴァロンからの迎えを待つためでもある。


不思議だったのは、捕らえられた犯人たちには、犯行時の記憶が全くもって残っていなかったことだ。


「恐らく『肉体の棘』や『ボイス』」と同じ系統の術式だろう。」

透の推測にメグも頷いた。

これら2つの術式はほぼ同じもので、小さな羽虫大のドローンを耳から侵入させ、脳波を操作して人を思い通りに操るものだ。


「つまり、黒馬の旅団(ニンジャ)は無関係、ってことだろうか?」

メグの疑問に

「まだ、そうとは言い切れないね。」

凛はそう答えた。


棗凛太朗なつめ・りんたろう=トリスタン


 それが、少年の名前であった。その名は、惑星スフィアに住む地球人種(テラノイド)でありさえすれば、誰でも知っているレベルのものだ。


キングアーサーと円卓ナイツ・オブ騎士ラウンドテーブル」―これは、惑星スフィアの社会資本インフラの要であるクラウドコンピューティングシステムである。そして、惑星に存在する生体コンピュータを統合・管理するシステムになっており、高度なネットワークと生活の利便性を提供してくれるものである。


そして、人類に大きな富をもたらす、この惑星にかつて住んでいた民族―現在は『ゴメル人』と呼ばれている―偉大な記憶の遺産もそこには含まれているのである。そのシステムを管理する生体コンピュータ、それが「キング」なのだ。元は「オモイカネ」という名で地球からの移民船イザナギを統御するホスト・コンピュータであり、それには10人の少年少女の生体脳が部品として、接続されていたのである。それらの脳は人間としては死んでいたが、ゴメル人の知恵とつなげられることによって、その人格パーソナリティが復活したのである。


 そのコンピュータ・システムの主要人格メイン・パーソナリティである「アーサー王」は、その移民宇宙船イザナギの船長でコンピューター技師、鞍馬哲平という男である。彼とその妻である可南子は、「オモイカネ」に接続中に、ゴメル人から惑星の支配権を合法的に譲られ、この惑星の王、となったのである。


 それが今から1500年前のこと、つまりその年こそが星暦元年なのである。

そして、その円卓の騎士の一人が「棗凛太朗」、騎士としてのコードネームは「トリスタン」、なのである。


「凛。」

少年の殻を持つ男に、メグは興味を惹かれた。

「1500年も生きたあなたは、真の大人なのだろうな。大人になる、というのはどういうものなのだろうか?」


凛はメグに微笑みかけた。

「メグは僕の中身が大人ジジイなのを信じているの?」


「え〜と……」

メグは言葉に詰まった。

「しかし、天使の姿を見てしまえば認めざるを得まい。それに、我が種族も、地球人種テラノイドに比べれば長命でな。病気でも患わねばほぼ400年は生きる。地球人種テラノイドたちから見れば、あなたも私も似たようなものだ。」


メグの言葉に凛は感動すら覚えた。

「なるほど、他人の言葉を鵜呑みにせず、自分で考え、そして正しく判断が出来るのは『大人』としても、いいことだと思うよ。でもね、大人になる、ってことは、これからもっとたくさんの人と、たくさんの状況で接していかないとなれないと僕は思う。


するとね、素敵な人のその素敵なところを真似したい、と思って真似したり、嫌な人の嫌なところを決して真似するまい、と誓ったりして少しづつ利口になっていく。それが大人になるってことだと思う。ただその点、僕はあまり個々の人間と多く触れ合ったことはないから、まだ大人にはなっていない、と言えるかもしれないね。」


凛はそう言って笑った。


「あなたは、アーニャ・エンデヴェールをご存知か?」

唐突にメグは尋ねた。

「アーニャさん、って透さんのご先祖の? 確か、随分前に亡くなったのでは?」

「そうだ。」


 アーニャ・エンデヴェールは今から500年前、人類を同じ星に住む異星人、アマレク人の下で服していた奴隷状態から解放した指導者、不知火尊=パーシヴァルの妻だった女性だ。彼女はメグの先祖であるシモン・エンデヴェールの姉であり、シモンと共に尊を支えた解放戦争の「ビッグ7」と呼ばれる偉人たちの一人である。


 アーニャは弟のシモンが故郷の星、ヌーゼリアル星の王として即位するとき、夫と共にヌーゼリアルに渡ってその統治を助けた、と言われている。

「その時、アーニャはヌーぜリアルに蔓延はびこる幾つもの伝染病を根絶したのだ。私の、その、憧れの人なんだ。」

なるほど、その時凛はそう思った。彼女は、王族としての振る舞いにおけるロール・モデルをアーニャに求めているのかもしれない。


肉体の死後、尊はスフィアに戻り、再び円卓の騎士として働いてはいるが、アーニャについて語ることはあまりなかった。ただ、帰ってきてからは彼にインストールされている有人格アプリ「ベリアル」の姿をアーニャのものに変更していたりしているところを見ると、彼にとって最良の伴侶であったことは疑うまでもなかった。


「そうだね、彼女とは直接話したことはなかったけど、⋯⋯とても『強い』女性でしたね。」

「どのように?」

メグは凜の言葉に目を輝かせている。どうしたものか、少し凛は迷った。真実を語ってがっかりさせてもいいものか、伝説を語って彼女の中のハードルを上げてしまってもいいものなのだろうか。


「うーん。強いと言っても、その「強さ」というものは人によって違うからな。まあ、「武」に関してなら、貴女はすでにアーニャさんを超えている。なんといっても彼女は運動音痴さんでしたからね。ろくに剣も振るえなかったのではないかな。

 ただ、医者には向いていたんだろうね。敵であろうと味方であろうと患者を公平に扱う度量の広さや、人を包み込む優しさはすごいと感心させられたけどね。……まあ、同じ人間にはなれない、というところかな。」


凜は率直に答えた。しかし、それはメグにとっては不十分なものだったようだ。メグは複雑な表情を浮かべた。

「私は長女なのでな。常々、周りの人々から『アーニャのような』という褒められ方をされたり、『アーニャのように』という叱られ方をされていたのでな。はじめはそれが嫌で嫌で仕方なかったのだ。それである時、アーニャ・エンデヴェールとは何者なのか、ということを調べるようになったのだ。ところが、色々調べていくうちに、逆に、私が『彼女』の魅力にはまってしまった、というわけだ。


凜、彼女にあって、私に無いものとはなんだろうか?」


彼女の問いに答えるのは難しい、そう凛は思った。敢えて死者の影に束縛されるべきではないのだ。ただ、それが王族として生まれた者としての、彼女なりの『覚悟』の表れなのだろう。そのことは凛に痛いほど伝わって来た。


「そうだね。まだ、出会ったばかりの僕にはあなたについて語る資格はまだないと思う。でも、これだけは言えると思う。あなたにはまだ時間がある、ということ。だから焦らないで。結論を急いでもろくなことにはならないしね。

成功だろうと、また失敗だろうと。それは恐らく、人生の最後まで、いや死んだ後になっても決まらないものだし。とりあえず人生の最後に決まるのは、後悔するかしないかじゃないかな。」

そう答えるに止めた。


「そうか、やはり難しいものであるのだな。」

まだ、14年程度の人生では結論は出ない。

(いっぱい悩んでね。それが今のあなたが持つ特権なのだから。)

いつか、この言葉をかけてあげられる時が来るのだろうか、凛はそう思っていた。


その時、二人の網膜ラティーナモニターに緊急連絡が入った。

「捕らえていたはずの騎士たちが逃げ出しました。」


凛は慌てて立ち上がる。

「しまった。『黒幕』がヤツなら、間違いなく彼らの命が危ない。メグ、君にも手伝って欲しい。」

「承知した。」


二人は天使グリゴリを展開すると現場に駆けつける。しかし、時は既に遅く、彼らは3人とも、

既に自殺して果てていたのである。しかも、惨たらしい仕方で。


「しまった。予想はしていたのに。」

悔しがる凛を尻目にメグは茫然と立っていた。騎士だけに、死者に面する経験は皆無ではない。

「なぜ、こんな苦しい死に方を選んだのだろう。もっと楽に死ねる方法ならいくらでもあるのに。」


そう、それはあまりにも酷い有様であった。


「それは⋯⋯、ヤツが『黒幕』だからだ。」

凛の口調には強い怒気が込められていた。


「⋯⋯ヤツ?」

怪訝そうな口調のメグに、凛は死んで倒れた騎士の血の跡を指差した。

彼は流された自分の血で『kick off』と書いていたのである。


「どうやって、書いたのであろうな、絶命するほど頭を壁に打ち付けた後にこうも字が書けるものだろうか?」

「自分で書けやしない。ヤツが、この人がたっぷりと死への恐怖と、耐え難い痛みに苦しんだ挙句、

絶命してから、この字を書かせたのだ。」

凛の怒気は凄まじく、今にも壁にでも殴りかかりそうなのを必死に堪えているようにも見えた。


「しかし、何を『蹴りだす』のだろうな?」

壁に書かれた字を読んで、訝るメグに

「そうじゃない。古代地球の球技の用語で『試合開始』という意味だ。」

凛が呟く。


「そう、俺たちとヤツの血生臭い、戦争が始まるのだ。決して和解ノーサイドが存在しえない戦いのね。」

凛の形相はなおも険しくなっていく。


「凛、いったい、その『ヤツ』というのは何者なのだ?」

ここで凛は、自分の感情があまりにも昂ぶっているのに気がつき、両手を拳にしてぎゅっと握り締めた。

「それには……答えられない。君を、俺たちの戦いに巻き込むわけにはいかない。そう、……無関係の君を。」

メグの問いに凛は、心を押さえ込みながら答えた。


「無関係じゃない。」

そう言いながらメグは凛の左手を取ると、その拳を自分の両手に包みこんだ。少女の掌の柔らかさの名残は

あるものの、騎士だけにしっかりとした強さであった。


「え?」

(手が硬い……)

メグの言葉以上に手の感触に驚いている凛にメグは続けた。


「その……ファースト・キス同士、でしょ?」

とっさの一言であったが、両者にとってその破壊力は抜群であった。

「その、メグ……さん、大丈夫? ……なんかキャラが変わってるけど。それに、あれは人工呼吸で無効ノーカウントだとあれほど……?」

思わず赤面した凛はややしどろもどろになりながらメグに聞き返してしまった。


「うん。……私もつい、勢いで言ってしまったものの、現在、激しく後悔中なのだが。」

『年甲斐もなく』赤面した凛と同じく、『年相応』なメグも顔を真っ赤にしていた。


ただ、3人もの死体が転がっているただ中で、それ以上盛り上がるのは人としては困難であった。

二人の手はゆっくりとほどけた。


(確かに、すでにこの子は僕と関わってしまった。これはヤツとて、もう知っていることだ。恐らく、彼女も

巻き込まれるに違いない。)

死体発見の報を送って、応援が駆けつけるのを待ちながら、凛はメグに打ち明けた。


「メグ、昔、この惑星ほしでメテオ・インパクトってのがあったことを知っているかい?」


 そう、今から1800年ほど前、この惑星をテラフォーミング中に起こった小惑星激突。その結果、地球からの植民船はホストコンピュータを統合し、その圧倒的効率を引き出して難局を乗り切った。しかし、その数十年後、今度はその統合されたコンピュータ人格「Justin」を暴走させ、すべての植民船を全滅させようとした人物がいたことを。


彼の悪企みを阻止するために立ち上げられたのが「アーサー王と円卓の騎士」システムだったのだ。

そして、その人類皆殺しを企んだ人物こそ、

「モルドレッド・モリアーティを名乗る狂人科学者マッド・サイエンティスト、ジェームズ・ハリスという人間だ。」


「そいつは実在するのか? そのモルなんちゃらは?」

「その通りだ。ただ名前をキチンと呼んでやることはない。『ドM』でいい。やつはその後も歴史の中で暗躍を続けている。900年前に人類を奴隷に落とし込んだのもヤツだ。そして今度も⋯⋯」


「そうか、ヤツにとってあなたの存在が邪魔なのだな。」

「そういうわけだ。ヤツの望みは人類がもがき、苦しみ、憎み合って殺しあうことだ。彼はそのすべてに性的快楽以上の快感を感じるのだ。」


「そう……だったのか。」

メグは少し呆然としていた。

考えてみれば、年端も行かない少女に話すべきことではなかったかもしれない。しかし、これでいい。

(これ以上、この子を巻き込むのは本意ではない。きっと、怖くなって僕から離れていくだろう。それならそれでいい。)


 やがて通報を受けた護法騎士たちが到着する。遺体や状況を見聞する彼らを横目に、彼らは「赤兎馬」に戻った。二人の網膜ラティーナモニターに残った動画を騎士たちに渡せば、役目は済んだのだ。


[星暦1549年4月7日]


アヴァロンから迎えの船が来たため、少し予定には遅れたものの一行は聖槍騎士団本部へと出発することができた。

「『ドM』のヤツ、また襲ってくるかな。」

心配する透にマーリンは答えた。

「心配はないでしょう。あまり同じことはやって来ないタイプですから。ひねくれていますからね。やっこさんは。」


船の医務室で調整チューニングを受けている凛をメグが見舞った。

(やはり、不安なのだろう。『ドM』とかかわってしまってはな。)

もう、メグは自分に係わることを望まないだろう、と思っていた凜にとってメグの来訪は意外であった。


「具合はどうだろうか?」

心配するメグに凛は

「病気じゃないからね、心配はいらないよ。」

そう言ってメグの頭を撫でる。


メグとしてもなぜ、ここに来た?となじられるかもしれない、という不安があったのだろうか、

ほっとした表情を見せた。

「そうか、その、向こうに着いたら、私とアヴァロンの街を一緒に巡ってはもらえないだろうか?」

また頬を赤らめながら申し出る。


「うん、いいよ。」

凛の笑顔にメグはほっとした表情を見せた。

「ありがとうメグ、僕を元気付けてくれて。デート、楽しみにしているよ。」

メグは『デート』という言葉に過剰に反応する。

「そんなつもり(デート)じゃない。う、うん。気にしないでいただきたい。これも……そう、乗り掛かった船なのでな。」


ヘンなたとえを使う子だな。そう思いながら凛は目を閉じた。明日か、明日があると信じて目を閉じられることの喜びを感じながら。








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