第1部:「人工呼吸はキスに入りませんっ」―覚醒編ー

第3話:唐突すぎる、危機。

[星暦1549年4月3日;万神殿・「奥の中庭」王の食堂]


時を遡ること今から5年も前のことである。

スフィア王国を統治する超大型生体コンピュータ「アーサー王と円卓の騎士」システムの本体が設置されている万神殿に3人の少壮の騎士団長たちが召されていた。


この万神殿はこの惑星の先住民であり、高度な文明遺産だけ残して何処へかと消えた「ゴメル人」が地下数十キロのところに直径10kmほどの球形の空間を掘り抜いた所に築かれている。


外界とは直接繋がっているところはない完全な密閉空間であり、特定の地点にある転送機だけで行き来する事が可能なのである。


主都グラストンベリーにある王立貿易センタービルに設置された転送機から神殿に送られた3人は不思議そうに互いの顔を見合わせる。


「どんな仕組みなのだ?」

3人の中で唯一の女性であるグレイス・トワイライト・レイノルズはぶっきらぼうに傍らの男に尋ねた。


「俺に聞くな。GTR。理系の話ならとおるのやつに聞いてくれ。」

男もぶっきらぼうに答えた。


「その略称で呼ぶな。ラドラー。貴様の任務は通商ギルドの護衛じゃないか。『移動』に関する事象については貴様にまず尋ねるのが筋であろう。」

グレイスは少しふくれっ面をする。ラドラーは「伝令使杖カドゥケウス騎士団」の団長である。

惑星の南北回帰線上に展開する12の軌道エレベーター、そして宇宙港の間を結ぶ航路の安全が

を護ることが主な任務である。


「ワープ航法や異空間航行アストラルドライブとは勝手が違うようだな。」

ラドラーはそう答えながら、グレイスを見遣った。

グレイスは女性だけで構成される騎士団「ヴァルキュリア女子修道騎士会」の団長マムである。

その任務は女性や子供の権利の保護である。


(GTRのやつ、三十路に差し掛かってますます色っぽくなりやがったな)

ラドラー・セルバンテス・ラザフォードは久しぶりに会ったかつての好敵手を眩しそうに見つめた。


「いや、おれも理系と言っても医療系だからな。物理方面はブッツリさ。」

不知火透しらぬい・とおるが唐突にオヤジギャグを放り込んできたのでグレイスはずっこけそうになった。


不知火透は「聖槍ロンゴミアント騎士団」の団長である。医師や看護師を含む医療従事者を育成し、災害や戦争に医療騎士旅団を派遣し、最新の外科医療を研究するなどの重要な任務にあたっている。


「なんだ、オヤジギャグとはな。貴様、すっかりオヤジ臭くなってしまったではないか。まさか、下腹など出てはおらんだろうな。」

グレイスは透の腹を摘もうと手を伸ばした。


「ほう、驚いた。抜かりはないようだな。」

意外に引き締まった感触に、グレイスは意外そうな声をあげる。


「まあな。うちの嫁がそういうの嫌がるもんでな。食事と運動には気を使ってるのさ。」

透はやや「ドヤ顔」をして見せた。


「なんだよ、そこは『医者の不養生』とやらを発動しなきゃ。」

ラドラーが不満の声を上げる。


「しかし、国王陛下が我々に直々に御用とは、何であろうな?」

グレイスが話題を本題に戻した。


「さあな、『円卓』をすっ飛ばして、しかも若僧の俺たちに、何の用なんだろうな。」


現在、王国に存在する108の騎士団でも、重要度が高く、規模の大きい12の騎士団は

正統十二騎士団アポストル』と呼ばれ、執政官コンスルの下、最高会議である

円卓ラウンドテーブル』を構成しているのだ。


 彼らの騎士団も円卓に属してはいるが、この3人は団長たちの中でも若く、経験が浅いと目されており、本来ならまず円卓を通してから彼らに「下知」があるはずであった。


神殿の祭司に案内されながら彼らは神殿でも中枢域にあたる「奥の中庭」、そこにある会議室である「王の食堂」に通されたのである。


「内密に、とのことだから、何か余程のことでもあるんじゃないのか?」

祭司にすすめられ、「食堂」の丸テーブルに座ってからラドラーは言った。


「取り敢えず、生中3つ⋯⋯。と言いたくなる場面シチュエーションだな。」

緊張に耐えかねたのか、透がまたつまらないジョークを飛ばした。


部屋は全て白系の色のカーテン、調度、絨毯で統一されており、落ち着かない雰囲気ではある。


「陛下がお見えになります。」

祭司が告げると、円卓の上座にある玉座に国王アーサー67世・ペンドラゴンが現れた。

黄金の西洋鎧に、金の月桂冠、深紅クリムゾン・レッドのマントといった、いつものアバターである。


3人は席を立つと、その場で片膝をついて跪き、右手を胸に当てて国王に最敬礼を捧げた。

「うむ。3人とも今日は良く来てくれた。楽にしてくれ。」

アーサーは3人に席に座るよう勧めると本題に入った。


この1年ほど前の星暦1548年2月14日。一つの凶報が王城にもたらされたのである。


「小惑星群が近づいている?」

惑星スフィアを統べる国王アーサー・ペンドラゴン67世は「良い声」でそう言ってみた。拝謁を願い出た天文学者たちも恐縮している。


「ええ、すぐに、というわけではございません。軌道と速度を計算した所、その日は星暦1555年8月15日以降、とのことです。」

王の顧問官であり、宮廷魔導師であるマーリンがしれっと答えた。


「ぶつかるのか? この惑星ほしに?」

王の声は嫌に余裕がある。というよりは、慌てふためいても仕方がない、という体≪てい)である。


「左様でございます。つい最近、大型の彗星である『ヘンリエッタ』は、アポロン星系の小惑星帯アステロイド・ベルトに突入し爆砕いたしました。」

学者たちが説明を始める。


「おう、あの夜空がしばらく明るかったあれな。」

ひと月ほど前、巨大な星が夜空に現れると、2週間ほど真昼のような明るさが続いたのだ。王は原因を確かめるよう天文学者たちや、宇宙を旅するフェニキア星人たちに依頼していたのだ。


「左様でございます。その際、大量の小惑星が弾き飛ばされ、散らばっております。どうも、この惑星の公転軌道上にそれが到達し、そして、そこにこの惑星が突入するのが約7年後、ということになります。」

天文学者たちは生き生きと研究の成果を披露する。王は、不謹慎だな、と思いつつもとがめだてしようとは思わなかった。


「それで、我が国民への被害の予想は?」

天文学者たちは、王の問いに食い気味に答える。

「はい、核兵器の爆発級の災害が惑星中を襲い、津波や地震などによって大量の死傷者が出ることになりましょう。」


「その後は、……氷河期の到来、というわけか? かつてこの惑星を襲ったメテオ・インパクトの再来ということか。」

アーサーの声は苦々しさに満ちていた。


「畏れながら。ただ、それよりも規模は甚だ大きくなると思われます。」


王は学者たちを下がらせると、最高位である熾天使セラフの地位にある四人の騎士を召集した。

アーサーは四人を円卓に招くと、マーリンに命じ、先ほどの説明を伝えさせた。


大事おおごとだにゃん。」

第一のセラフ、富国卿ロード・プロバイダー宝井舜介たからい・しゅんすけ=ガウェインが間の抜けた返事をする。


「しかし、この惑星にはよく小惑星が降って来ますね。いったいどこに原因があるのやら。」

第二のセラフ、救国卿ロード・セイバー不知火尊しらぬい・たける=パーシヴァルが疑問を呈する。


「ああ、実は私たちゴメルの民が原因なのです。」

ここでマーリンがしれっとと言い放った。


「どういうこと? 説明してくれるよね、マーリン。」

第三のセラフ、棗凛太朗なつめ・りんたろう=トリスタンが説明を求めた。顔は笑っていた。⋯⋯そう、目を除いて。


マーリンは額にやや汗をにじませながら説明を始める。

「はい、もともとこの惑星は別の星系にあったのですが、大分昔にここに引っ越して来たのですよ。そう、惑星ごとね。」


マーリンは地球人種テラノイドではない。この惑星の先住民「ゴメル人」の惑星管理者なのである。

人類が新天地を求めてこの惑星に辿りついた時、助けを与えてくれた恩人だ。今は、趣味と実益を兼ねて、「王国最高顧問兼宮廷魔導師」の肩書で王城ティル・ナ・ノーグに居座っているのである。


「それで、もともとあった惑星ガイアと二連惑星として公転軌道をお借りしてるのです。」

マーリンのその説明はその他の5人にとって、初めてきくものであった。


「それは初耳だねそれは。でも、それが今回の危険と何か関係があるの?」

第四のセラフ、鞍馬光平くらま・こうへい=ランスロットが話の続きを急かした。


「はい、おかげで公転軌道上の重力が増えましてね。隕石やら小惑星やら、やたら引き寄せるようになってしまったわけなのですよ。」


「なるほど。」

皆納得したかのように頷いた。しかし、そこでは終わらなかった。


「つまり、この危機は君のせい、ということでいいんだよな?」

舜介が指を鳴らした。

「ねえ、マーリン。一回、君のことボコっても良いよね?」

尊もアップを始める。


四人の目つきが変わる。

「ちょっと陛下、皆に何か仰ってください。流石に、私の責任とは理不尽も甚だしいいのではありませんか?」

マーリンも救いを求めてアーサーを見つめた。


アーサーはため息をつき、頭をかくと、

「まあ、何だ、その、死なない程度にな。」

そう、見放した。


首根っこをつかまれて広間から引きづり出されるマーリン。そして無情にも扉は閉ざされたのである。

「あの、その、なぜ。なーぜーにー。」

マーリンの断末魔を十分に堪能した後、四人は再び席にもどった。


「酷いです。情報体の身体だって無理したら死んじゃいます。」

マーリンがはなをすすりあげた。


「さてと、スッキリしたところで事後策が必要だにゃん。僕らの出番だにゃん。」

舜介は周りを見回した。


アーサーが口を開いた。

「そうだな。こいつはそういう案件だ。何しろ今回はスフィア王国だけの問題じゃねえ。この惑星だけでもエルフ族(ヌーぜリアル星人)やアマレク(星)人、フェニキア人と連携せにゃならん。しかも、ここ最近アマレクとはあまり関係もよろしくない。」


「そうですね、しかも、ガイアの連中とも話を合わなきゃいけませんね。しかも、現在ウチは鎖国中ですし。」

尊が補足する。


「で、今回は誰が行ってくれるんだい?」

目を瞑っていたアーサーが片目を開けた。


「凛くんで良いと思うにゃ。」

舜介が凛太朗に振る。


「ええ? 俺?」

凛太朗は戸惑いを隠さない。今回の任務は趣向も性質も異なるバラバラな種族を束ねて、惑星上の生存の危機に立ち向かう、という難易度の極めて高いものなのだ。即決しかねるのも無理はない。


舜介も尊も一度地上に降りて、人類を救済する難しい任務を果たしている。大公ロードの称号を持っているのはそのためである。

「ダメなの? 」

舜介は残念そうに言うと、その場にしばらく沈黙の時間が過ぎた。


「『肉体』の準備に時間がかかりますからね。早く決めないと。」

尊が念を押した。彼らは「肉体」、つまり物質の身体ではない。『ホワイト・御座スローン』」と呼ばれるスーパーコンピュータの中に存在する「情報体」なのである。このスーパーコンピュータには彼らの生体脳が接続されており、彼らが人間として行動するためには容れ物となる肉体を用意しなければならないのだ。


「じゃあ、俺が行くしかないにゃ。」

ため息混じりに舜介が手を挙げる。

「いや、私が行ってもいいですよ、舜さん。」

尊も仕方なし、という態度で手を挙げる。


「ハイハイ、わかりました。今回は私の『お鉢』なんですね。」

凛が手を挙げる。

「どーぞ、どーぞ。」

二人が満面の笑みで凛に振った。


「そしてマーリン。今回はお前も凛に付き合ってやってくれ。今回の事態の罰ゲームといったところだな。

お前さんも『観察者』を気取ってねえで、たまには『当事者』もやって見ろ。」

アーサーは魔導師にも命じる。


基本的に出不精なマーリンも不満顔だったが不承不承、

「了解です。」

と受け入れた。


「と、言うわけだ。」

アーサーは面喰らう三人に声をかける。

人類存亡の危機、という情報だけで彼らは頭が真っ白になっていたのである。


「それで三人には、凛太朗を手伝ってやって欲しいんだが。」

「はあ」

王の『折り入って』の頼みに、三人はやっとそれだけ口にできた。


「陛下、質問して良ろしいですか?」

ラドラーが口を開く。

「なぜ俺たちなんですか? 普通に円卓を召集なされば良いのに。小惑星程度なら、惑星防御システム『エクスカリバー』があるはずです。そして、そのトリガーを握っているのは執政官コンスルですから。」

エクスカリバーとは、惑星スフィアの南北回帰線上に存在する14基の軌道エレベーターの天頂部に設けられた宇宙港にそれぞれ設置された惑星防衛システムである。メテオ・インパクトの再来に備え、反物質砲という強力な兵器が準備されているのだ。


「そうだな、普通はそう思うだろうな。」

アーサーはふうっとため息をつく。

「なぜそうなのかは、いずれ思い知ることになるだろうな。


それでだ、不知火卿、貴卿に預かって欲しいものがある。「凛太朗」の身体を預かって欲しい。何せ急ごしらえでな。

育成と調整にまだもう少し、時間が必要そうなのだ。そいつを手伝って欲しい。また、お前さんの母君はヌーゼリアル王太子の妹御いもうとごだ。王太子との橋渡しもしてやって欲しい。


そしてラザフォード卿、貴卿の家は代々アマレクと親しい家柄で、しかもお前さんの母君はアマレクでも名門貴族クレメンス家の出身だ。アマレクとの交渉で力を貸して欲しい。


 そしてレイノルズ卿、貴卿はガイアとの鉱物資源交渉で実績がある。それでガイアとの交渉において凛太朗を補弼してやって欲しい。

 頼まれてくれるだろうか?」


三人は顔を見合わせる。彼らに迷いは無かった。

「謹んで拝命申し上げます。」


彼らは再び跪≪ひざまずくと、喜んで使命を受け入れる旨を奏上した。


帰り際、3人の話題は凜の身体の話であった。

「しかしどうしよう。あんな子供を連れて帰ったら、嫁に何て言ってよいのやら。」

透はぼやいた。


「いい考えがある。」

ラドラーが何かロクでもないことを思いついたようだ。

「『認めたくはないものだな。若さゆえの過ちというものを』って言うのさ。どうだ?

いいだろう?」

さすがにグレイスも笑い声を噴き出す。


「それではまるで透の『隠し子』みたいじゃないか。」

グレイスの笑いが収まらない。なんだか彼女の笑いのツボにはまったようである。


「不採用だ。それに俺はまだまだ『若い』」

透も半分呆れたように言う。


「ところで透。任務ついでにもう一人、預かって欲しいものがあるのだが。」

ようやく笑いが治ったグレイスが目尻の涙を拭いながらいった。


「俺に?」

透が意外そうに聞き返すとグレイスは

「あれだ。」

と向こうからこちらへと近づいてくる少女を指した。


団長先生マム!」

快活そうにやって来る少女が誰であるか、透はすぐに気がついた。


「メグ⋯⋯なのか。」


 


















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